表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
407/441

記憶の彼方

 単身でソロンは星霊刀による訓練を続けた。

 参考とするのはラグナイ王国のレムズ王子が使用していた聖剣――白光(びゃっこう)の剣だ。あれも現存する数少ない星霊銀の剣だと聞いている。


 試したところ、星霊刀の秘めたる力は相当なものだ。レムズのように白光の弾丸を飛ばすのも問題ない。ザウラスト教団の魔物――聖獣や神獣と戦うにも申し分ないだろう。

 しかしながら、この刀による魔法は精神の消耗が大きいことも分かった。普段は極力、蒼煌(そうこう)の刀を使ったほうがよさそうだ。



「ふう……。こんなものかな」


 一息ついたソロンは、アルヴァと神鏡隊の様子を見ることにした。なんせ、皇帝直々の頼みなのだ。

 照射訓練は続いており、幾度となく南の雲海に光が昇った。帝都に住民達が残っていれば、さぞ良い見ものだっただろう。


「なかなか良くなってきましたね。後はもう少し狙いの精度が欲しいところですが……。光を柔軟に曲げられるように調整してみましょうか」


 アルヴァは一定の評価をしながらも、いまだ妥協しなかった。


「ひ、姫様は容赦ありませんな……。老体には厳しいですじゃ」


 意気揚々としていたガノンドが、ついに()を上げた。杖をついて「ぜえぜえ」と息を切らしている。

 もっとも、歳のせいというよりは、単にアルヴァの指導が過酷すぎるだけだろう。若手の魔道士達も大差ない有様だった。

 ともあれ、エヴァートはこうなることを予想していたに違いない。


「アルヴァ、この辺で一旦、休憩にしたほうがいいんじゃないかな? 皇帝陛下も無理するなって言ってたし」


 ここぞとばかりにソロンが口を挟んだ。

 彼女にしても他者へ気遣いできないわけでは決してない。無理をする愚も理解している。……が、なにせ自分自身が超一流の魔道士だ。自然と人に求める水準も高くなってしまうのだ。


「……一理ありますね。二時間ほど休憩にしましょう。港の宿を開放しているので、存分に精神を休めてください」


 アルヴァもしぶしぶながら納得してくれた。

 魔道士達もほっとした様子で、各自の休憩場所へと散っていく。

 ちなみに港も例によって、住民や労働者の多くが避難してしまっている。港の宿は一人一部屋を借り切っても、十分に余裕があった。


「それじゃ、僕達も休憩にしようか」

「そうですね」


 と、アルヴァが頷く。


「相変わらずよく働くな」


 休憩に入るなり、シグトラがアルヴァへと声をかけた。


「当然です。国難に当たり、必死になれぬようでは為政者として失格です。皇帝の地位はなくしても、その誇りまでは失っていません」

「意気込みは立派だが、無茶しすぎるなよ」

「そう言えば、アルヴァは指揮を()るだけなんだ? アルヴァが一番優秀な魔道士なのに」


 ミスティンも同じようにアルヴァのそばへやってくる。シグトラの指導によって、弓の技術に一段と磨きをかけたらしい。


「はい、これだけの人数と人材がいますから。今回は私が精神力を使う必要はないでしょう。光を照射した後も、呪海の王との戦いは続くのです。私もあなた達も、そのために温存しておきましょう」

「了解、何があるか分かんないもんね」


 ソロンは頷いて応えた。


 *


「久しぶりだな。ソロニウス」


 休憩中のソロンの元へ、若い男が声をかけてきた。品のある整った金髪に、白銀の鎧をまとった身なりの良い男だ。


「……あっ、あなたは!」


 と、反射的に声を上げたものの、実は誰だか思い出せなかった。どこかで会ったような覚えはあるのだが……。

 見た目からして、貴族出身の将校だとは推測がつく。確か、先日の会議の場にもいたはずだ。


「あれからもう一年にもなるのか……。あの時はただの盗人だと思ったのだが、まさか下界の王子だとはな……」

「え、ええ、あの時はお世話になりました」


 よく分からないが、たぶんお世話になったに違いあるまい。盗人という言葉が手がかりのように思えるが……。


「しかもまさか、今もアルヴァネッサ陛下に仕えているとはな。縁とは分からぬものだ。私も、そこだけはお前の働きを認めねばなるまい」


 どうやら、アルヴァとも面識があるらしい。……が、地位のある軍人なら当然なので大した手がかりではなかった。


「いや、別に仕えているわけじゃ……。けど、僕もこんなに長い付き合いになるなんて思いませんでしたよ。あっはっはー」


 ともあれ、ここはこの応答で間違いないだろう。今のうちに記憶の海をたどり、答えをつかむのだ。


「……おい、待て! なんだその白々しい口調は。しかも、さっきから目が泳いでいるぞ!」


 ……が、男はようやく、ソロンの不審な様子に気づき出した。応答はともかく、態度に出してしまったらしい。


「き、気のせいですよ」

「わ、忘れたんだな! この私を!」


 男は怒りと悲しみの混じった複雑な表情を見せた。その姿はどことなく哀れを催した。


「ラザリック将軍、ソロンをあまり責めないでいただけますか?」


 そこへ助け舟を出してくれたのはアルヴァだった。叫ぶ男の声を聞いて、こちらに気づいたらしい。


「こ、これはアルヴァネッサ陛下……。いえ、責めてなどは。ただこの男が私のことを失念しているようですので……」


 途端に男――ラザリックは恐縮してみせた。


「少し抜けたところはありますが、この子も悪気があるわけではないのですよ。ほらソロン、思い出しませんか?」

「……うーん、思い出すって?」


 ……が、ソロンはここに至っても思い出せなかった。

 将軍ということは間違いなく高位の軍人だ。この若さで将軍なのだから、家柄の補正を除いても立派なものだろう。ラザリックという名前も聞いた覚えがないでもない。

 しかしながら、印象に残っていないのだから仕方がない。


「もう、仕方のない子ですね。ほら、私とあなたが初めて会った時のことですよ」


 しびれを切らしたアルヴァが、説明をしてくれる。


「もちろん覚えてるよ。鏡が欲しくてお城に忍び込んだら、まさか雷に撃たれるなんてね」


 神鏡を求めてネブラシア城に忍び込んだソロン。だが、その目論見はアルヴァの雷魔法を受けて、もろくも崩れさったのだ。

 苦い思い出のはずが、思わず表情がゆるんでしまう。アルヴァと出会った記念の日――そのなつかしさが勝ってしまったためだろう。


「ええ、なつかしいですね。私も妙な盗人がいたものだと思いましたよ。まさか、これほど長い付き合いになるだなんて……」


 アルヴァも同じ気持ちだったらしく、自然な笑みがこぼれていた。


「あのうー……」


 蚊帳(かや)の外に置かれていたラザリックが、申し訳なさそうに口を挟んだ。しかし、相手が相手なので遠慮がちだ。


「あの時、隣にいたでしょう?」


 そこでアルヴァはラザリックを指で差した。


「あっ、いたいた! あの時の将軍の人か! 君のことばかり印象に残ってて、すっかり忘れてたよ!」


 ソロンはようやく記憶を探り当てた。

 捕らえられたソロンは、当時の皇帝だったアルヴァから直々に尋問を受けた。その時、彼女の横にいたのがラザリック将軍だった。


「やっと思い出したのか!?」

「いやあ、あの時はご迷惑をおかけしました。僕もあの時は若かったとはいえ、よくあんなに大胆なことしたなあって……。あっ、あのあと、アルヴァに(しか)られませんでした?」


 ソロンはラザリックへと向き直って、心から謝った。警備体制の不備を指摘されたラザリックが、アルヴァを相手に恐縮する姿を思い出したのだ。


「いや、叱られはしなかったけど! というか、なんなんだお前は! 呼び捨てか! 陛下と親しすぎだろう!」


 興奮で顔を真っ赤にして、ラザリックは叫ぶ。


「あー、色々あったからねえ」


 照れくさくなって、ソロンはアルヴァの顔を(うかが)う。


「色々ありましたから」


 アルヴァも視線を合わせて微笑(ほほえ)み返した。心と心が通じ合う瞬間だった。


「ぐぬぬ……。いったい、わずか一年で何が……!」


 息の合った二人の姿に、ラザリックが歯噛みする。


「あっ、おじさん。何やってるの?」


 そんなやり取りをしている三人のところに、ひょっこりとミスティンが現れた。


「むっ……君はミスティンだったか? 私はレムナンド公爵家長子――ラザリック将軍だ。おじさんではないと言っただろう」


 ラザリックは不機嫌そうにミスティンをにらみつける。

 実際、彼の見た目は二十歳を少し過ぎた程度で若々しい。将軍職としてはイセリアと並ぶ異例の若さだろう。それでもおじさん呼ばわりされるのは、いつもしかめっ面をしているせいではなかろうか。


「そう言えばそんな名前だったね。じゃあ、ラザリック。何やってるの?」


 ミスティンは全く悪びれなく言い直した。二人は知り合いだったらしい。


「ぐっ、呼び捨てか……まあいい。本当に上帝陛下の側近なのだな」

「本当もなにも、そんなウソつかないよ」


 ミスティンは口をとがらせて抗議する。


「……それで、ラザリック将軍も作戦には参加するんですか?」


 流れを変えようとソロンは問いかけた。


「ああ、艦隊の一部を預からせてもらう。雲軍の指揮をした経験はないが、故国の窮地(きゅうち)に動けぬようではレムナンド公爵家の名折れだ。今もガゼット将軍に指導を(たまわ)っている」

「レムナンド家は先祖代々から、何度となく帝国の危機に立ち向かってくださいました。当然、あなたのことも期待していますよ」

「はっ、ありがたきお言葉! 退位してのちも、あなたへの忠義はいささかもゆるぎません。どうか、ご期待ください!」


 ラザリックは嬉しそうな顔でアルヴァに返事をした。


 *


「……あれ、やっぱりアルヴァに惚れてるのかな?」


 ラザリックが去った後で、ミスティンがつぶやく。


「さあて、忠誠心の高さは買っていますが」


 アルヴァはあまり興味なさそうに答える。

 ……赤裸々(せきらら)な会話に何だかいたたまれない。ソロンは去ったほうがいいのだろうか? しかし、気にならないといえばウソになる。


「でも、さっき目が本気だったよ」


 ミスティンはなおも追及する。


「まあ、好意を持たれている可能性は否定できませんね。レムナンド公爵家は名門です。お父様も私の婚約相手として、候補に挙げていましたから。私が戴冠(たいかん)しなければ、今頃は彼の妻となっていた可能性も否定できません」

「そ、そうなんだ……」


 思わずソロンは声を上げた。


「あっ、動揺してる? ぐりぐり」


 ミスティンがソロンの頭をつかみ、拳でグリグリとしてくる。


「別に動揺してないし」


 ソロンは素早く手を振り払い、言い返す。


「言っておきますが、父亡き今は私が家長です。私の相手は私が決めますよ。お兄様やお祖父様にだって、決めさせはしません」


 アルヴァはまっすぐにソロンと目を合わせ、言い切った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ