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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
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一丸となって

 国家元首同士の邂逅(かいこう)を経て、呪海の王対策会議がいよいよ開催された。

 ナイゼルやガノンドはまだ到着していない。というのも彼らがいるイドリス大使館は、ネブラシア城からやや離れているのだ。予算の都合で良い土地が取れなかったという事情もあり、仕方がなかった。


 ともあれ、会議が開かれたのはネブラシア城内の会議室だった。大きな円卓に十数人もの出席者が着席している。他にも席がない者もいたが、彼らも起立して参加した。


 出席者の筆頭は当然ながら、皇帝エヴァートだ。

 その右側に、ガゼットを中心とした軍人達がいる。避難を取り仕切る大将軍の姿はなかったが、代わりにその娘のイセリア将軍が参加していた。


 対する左側にいるのは、元老院から選出される政務官達だろう。

 もっとも、オトロスの内乱によって、元老院を構成する人員も激変している。皇帝やアルヴァと敵対的な相手が一掃されているのは好都合だった。


 そして、皇帝の向かいに座るのは、上帝たるアルヴァだ。ソロンも恐縮ながらその左隣に着席している。

 アルヴァの右隣にはシグトラが着席し、メリューはその背後に起立していた。

 見る限り、着席するか起立するかは暗黙の了解で、人物の地位によって決まっているらしい。ソロンが座っているのは、一応のイドリス代表だからだろう。何気に重圧のかかる状況だ。


「なんか、俺は場違いな感じだなあ……」


 と、所在なげにボヤいているのは、ソロンの後ろに立つグラットである。真向かいに座るガゼットの落ち着いた姿とは対照的だった。


「大丈夫、堂々としてたらいいよ」


 ミスティンは相変わらず緊張感なく、アルヴァの後ろに陣取っていた。基本的にアルヴァのそばは譲れないらしい。

 以上が主な出席者である。その他にもナイゼル達を始め、帝都の別所から集まってくる者もいるはずだった。

 いずれにせよ、参加者は当然ながら帝都にいる者達だけだ。帝国の行く末を決める会議としては問題かもしれないが、他の都市から人を集める猶予(ゆうよ)はなかった。



「諸君らは、いずれも私の信頼する者達だ。呪海の王については、改めて説明するまでもないだろう。そして昨日の昼、サラネドの都市を滅ぼし終えた呪海の王が、北へ進路を変えたと報告があった」


 挨拶も手短に、会議はエヴァートの発言から始まった。


「サラネドが……」

「やはり来たのか……」


 迫る危機を知って、議場は騒然となる。

 詳細を聞くのは初めてとなるシグトラだが、さすがに落ち着いたものだった。ただ腕を組み、じっとエヴァートを注視している。


「呪海の王がどこへ向かうのか、完全な予測は難しい。だが、十日後には帝都に迫っていると考えてくれ。既にワムジー大将軍が市民の避難を始めているが、諸君らは今しばらく私と共に対策を検討してもらいたい」


 そうして、エヴァートは机を両手で叩き、宣言した。


「――対策とは一つ、呪海の王を倒すことだ。それ以外の選択肢を私は考えていない。異論ある者はないか?」


 エヴァートが出席者を見渡せば、会議室に緊張が走る。

 元老院の重鎮達は互いを(うかが)うが、異論を述べる者はいなかった。


「異論ありません、陛下」


 アルヴァが代表して応答すれば、皇帝は続けて演説を打つ。


「呪海の王を恐れる者がいれば、市民と共に逃げ出すのもよいだろう。だが、ここで呪海の王を倒さねば、帝都は放棄するしかない。いや、その程度で済むなら、私は一向に構わぬ。ここで決着をつけねば、もはや我らには打つ手がなくなる。暴虐の限りを尽くす呪海の王を(はば)めぬのなら、どの道わが帝国は滅亡するしかないのだ。逃げ場はないと思ってくれ。呪海の王の危害は他国にも及び、全てを滅ぼすまで止まらぬだろう」


 そうして、エヴァートは締めくくりにかかる。


「――私からは以上だ。呪海の王の討伐については、アルヴァやガゼット将軍からも話があるだろう。しつこいようだが、この会議が帝国の存亡を決すると思ってくれ。友好国の方々もふくめ、どうか忌憚(きたん)なく意見を交わしていただきたい」

「お見事です。お兄様」


 アルヴァは従兄の演説を聞き終え、小声で称賛した。さすがに拍手をするような雰囲気ではなかったが……。

 そして、しばしの沈黙が訪れる。人智を超えた途方もない状況に、何を提案してよいものか当惑しているのだろう。


「すまないが、質問してよいだろうか? 昨日、ここに着いたばかりで、こちらの情報が不足しているのでな」


 口火を切ったのはシグトラだった。堂々と挙手をして、発言を求める。


「どうぞシグトラ陛下。なんなりと」


 威厳ある相手の姿を見て、エヴァートも丁寧にうながす。


「俺の知る限り、呪海の王とは、ザウラストが神獣と呼称するものの一種だろう。神獣とは混沌の霧を身にまとい、あらゆる攻撃を無効化する特性を持つ。それに対抗する手段は――」

「星霊銀ですわね」


 アルヴァが最後まで言わせずに(さえぎ)った。


「――先生もご存知の通り、帝都には星霊銀で作られた神鏡があります。数週間前、我々はその力で呪海の王に挑みました。ですが、大きすぎる負荷に耐えられず、神鏡は砕けてしまいました。一定の効果は得られましたが、呪海の王を倒すには至っておりません」

「なるほど、そういうことだったか……。しかし、そうなると打つ手はあるのか? いや、あるのだな?」


 シグトラは確信を持った口調で問いかけてくる。アルヴァやソロンの表情が沈んでいないため、何かを読み取ったようだった。


「僕達には新しい神鏡があります。下界で星霊銀を手に入れて、より強力な神鏡を作ったんです。これで呪海の王を倒すつもりです」


 だから、ソロンもはっきりと断言してみせた。


「ほう、そう来たか」


 シグトラはにやりと笑い、ソロンを見返す。


「星霊銀が黒雲下の遺跡で見つかるとは、師匠もおっしゃっていましたからね」



 ……と、そこで会議室へ入場してくる者達の足音があった。城外にいた者達が、出遅れながら到着を始めたようだった。

 そしてその中には、ナイゼルとガノンドの姿もあった。


「おお、二人とも久しいな」


 シグトラがなつかしげに目を細めた。


「師匠!?」


 ナイゼルが奇声に近い声を上げる。

 散々、シグトラにしごかれたのはナイゼルも同じだ。特に彼の場合は知っての通りの運動神経である。何度も倒れそうになりながら、しごきを受けていたのだ。


「ほう、シグトラ殿もこちらに来ておったのか」


 ガノンドは息子よりもいくらか落ち着いた視線を、シグトラへと向けた。ドーマ連邦でシグトラに再会したことは、ソロンもガノンドへ話していた。


「ガノンド殿……老けたな」

「人間じゃから仕方あるまい。お主は変わらんでうらやましいのう」


 同じ教育者として、ガノンドとシグトラは交流のあった身だった。


「ははは、老けてはいても元気そうだな」

「おかげさまでのう」

「再会を喜んでいるところ申し訳ありませんが、会議を続けますよ」


 空気がゆるんだところで、アルヴァが引き締める。


「おっと、失礼しました」


 ナイゼルはガノンドと共に、ソロンの背後へと移動した。二人とも事情は理解しているため、説明は必要ないだろう。


「新しい神鏡を使い、呪海の王を倒すのだったな」


 中断した話を、シグトラが再開する。


「ええ、問題はどうやって呪海の王を迎え撃つかですが……」


 それまで黙っていたガゼットへと、アルヴァは視線をやった。軍としての見解を、将軍に求めているのだろう。


「私としては、五大要塞の近辺で呪海の王を迎え撃ちたいと願います。皇帝陛下がおしゃった通り、敵の帝都への到達は十日後。決戦はその前日となる想定です」


 ガゼットはそう発言し、エヴァートのほうを(うかが)った。

 五大要塞のあるネブラシア湾は、既に帝都の目と鼻の先だ。そこで呪海の王を止められなければ、帝都を放棄するしかなくなる。


「それで構わない。どこで迎え撃とうが、失敗すれば結果は同じだ。ならば戦力の結集しやすい五大要塞を使うのが合理的だろう」


 エヴァートもガゼットの方針に同意する。


「ありがとうございます、陛下」

 と、ガゼットは謝辞を述べてから続ける。

「――五大要塞に呪海の王を引き込み、神鏡の光を照射します。そこまでは前回と大きく変える必要もないでしょう。神鏡についても、同じく上帝陛下にお任せしてよろしいでしょうか?」

「元よりそのつもりです」


 アルヴァは即答した。


「――そのためにも、のちほど優秀な魔道士を厳選させていただきますが」

「それでしたら、我らも手伝えると思います。魔法にかけては、現役の者に引けは取らないつもりですから」


 挙手したのは、老齢の元老院議員の一人だった。


「ネダーク卿、神鏡のそばは安全ともいえないが、よろしいのか?」


 皇帝の念押しに、議員は頷く。


「もちろんですとも。元老院議員の多くは、若かりし日に戦場を経験した者達です。年寄りと侮ってくれますなよ」


 帝国の貴族の中には、皇家を筆頭に魔法の才能に恵まれた者が数多くいた。議員の中に、優れた魔道士がいるのも当然だった。


「それなら、わしも参加させてもらいましょうかな。歳をとって体力は落ちたが、魔力はそう衰えとらんのでな」


 次に手を挙げたのは、ガノンドだった。


「オムダリア公……!」


 エヴァートはガノンドへと視線をやった。


「まさか、ガノンド・オムダリアか……!?」

「追放先から戻ってきたと聞いてはいたが……」


 思わぬ人物が名乗りを上げて、議員達が騒然となる。良くも悪くもオムダリア家の名はよく知られているらしい。


「陛下に公などと呼ばれるのは恐れ多い。とうに公爵位は捨て、今は他国の(ろく)()んでいます。しかし、皇家への恩を忘れたことはありません。わしでは不足ですかな?」

「いや、先日の内乱でビロンドを討ち取った手腕は噂に聞いている。頼りにさせていただこう。アルヴァもそれでいいか?」

「ええ、心強い限りです」


 アルヴァも頷いて。


「――それから、問題は神鏡を照射してからです。瘴気を振り払ったのち、どれだけの攻撃を注ぎ込めるかがカギとなるでしょう。そこで仕留められねば、呪海の王を滅ぼすことは叶いません」


 アルヴァはまたもガゼット将軍へ視線を送る。


「承知しております。帝都の雲軍と五大要塞の全軍を持って、総攻撃をしかけましょう。弓矢と魔法と投石機の全てを投入し、可能な限りの攻撃をぶつける所存です」


 ガゼットは意気込みを持ってそう答えたが、


「いいえ、それだけでは足りませんね」


 ところが、アルヴァは首を横に振った。


「まだ何かあるのか? 残り九日では、わが国が現実的に投入できるのはそんなところだろう」

「一つ、私に策があります。それは――」


 そして、彼女は秘めた作戦を提案したのだった。


 *


 話を聞き終えて、会議室の一同は騒然となる。


「ははは! 全く……。とんでもない女だな、お前は!」


 そんな中で面白がるように、シグトラは笑っていた。


「そんな方法が……だが――」


 作戦の代償は大きく、エヴァートは逡巡(しゅんじゅん)を見せた。


「いいと思いますよ。人を犠牲にするよりはマシでしょう。それに、それぐらいの覚悟もなく、倒せる相手だとも思いません」


 ソロンは一も二もなく、アルヴァの作戦に賛同した。自分は彼女の方針に従って、最善を尽くすだけだ。今更。疑うつもりはなかった。


「私も同意します。それでしたらイドリスの魔導金属も使うとよいでしょう。既に手配は終えていますので、じきに運ばれてくるはずです」


 ソロンに続いたのは、ナイゼルだった。


「ナイゼル、ありがとう」


 背後に立つナイゼルへと、ソロンは声をかけた。


「なあに、サンドロス陛下は最初から物資を送るつもりでしたからね。もっとも、こういう使われ方になるとは、想像もしていませんでしたが……」


 そして、意外なところからも声が上がった。


「皇帝陛下、私も上帝陛下の作戦に賛同します。どうか私の船をお使いください」

「私もです。わが領地から急ぎ帝都へ竜玉船を移しましょう。魔石についても、できる限りを調達しておきます」


 元老院の議員達も次々に、賛同を表明したのだった。


「皆、よいのか?」

「この期に及んで、構うものですか! 我々は先祖代々に渡って、帝国に土地を頂いてきました。私もその一員として、戦わせてください!」

「陛下、私も同じ気持ちです! 呪海の王だか何だか知りませんが、千年の歴史を持つネブラシアは不滅です!」

「ありがとう、皆に感謝する! 正直に言って、今回は苦しい戦いとなる。戦後は十分な報酬を与える余裕もないかもしれない。だが、戦ってくれた者達の名誉は帝国の歴史に残ると宣言しよう」


 皇帝と軍に元老院……国難を前にして、帝国は一丸となろうとしていた。

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