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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
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北の来訪者

 来たるべき決戦に向けて、いよいよ城内は動き出した。


 エヴァートが先頭を切って、会議室へと足を運んでいく。多くは先程の応接室にいた面々であるが、ワムジー大将軍だけはそこから離れた。

 これはワムジーが皇帝の命を受けて、市民の避難に取りかかったためだ。


 帝都を始めとした何十万にも及ぶ沿岸部の住民……。それらを退避させ、他の町に受け入れさせるのは容易ではなかった。

 戦いは雲軍が主体となるため、幸いにも陸軍の人員には余剰がある。彼らを動員し、住民を誘導せねばならない。さらには仮設住居を建設する役目も陸軍兵士のものだった。

 もちろん、避難計画には竜玉船も必要となる。ネブラシア港から軍船を出発させ、沿岸部の町へ兵を送り込むのだ。避難に協力的でない領主がいれば、即刻で処罰する覚悟も必要となる。


 これらを成せるのは(よわい)を重ねて、多大な人望を築いた大将軍しかいなかったのだ。


「……ったく、肩がこってしょうがないぜ」


 廊下を進んでいると、グラットが首を回しながらつぶやく。権力者同士で進む会談に、グラットやミスティンは口を挟む機会がなかったのだ。


「退屈させて申し訳ありません」

「いいよいいよ。私はアルヴァの仕事振りを見守るのが仕事だから」

「だな。俺もたまには、親父の仕事を見とかないとな」


 律儀に謝るアルヴァへ、ミスティンとグラットが応えていた。


 廊下を進む一同の元へ、一人の女官が駆け寄ってくる。こちらの並々ならぬ様子を見ながらも、遠慮がちにアルヴァへと声をかける。


「アルヴァネッサ陛下、客人が来ていらっしゃるのですが……。急いでお会いしたいとのことです」

「どなたでしょうか?」

「シューザーと名乗っております。どう見ても亜人のようなのですが、ただならぬ雰囲気で……。かつて、陛下の教師を務めた方だと聞いては、無下にもできず……。今は城外でお待ちいただいています」

「シューザーだと!」


 真っ先に声を上げたのは、メリューだった。


「まさか……! お兄様、少し遅れます。先に会議を始めてください」

「分かった。こちらも人を集める時間が欲しいからな。多少の遅れは気にしないでくれ」


 皇帝に断りを入れるや、アルヴァは(きびす)を返した。

 メリューはもちろん、ソロン達もアルヴァに続く。客人が気になったのはあるが、そもそもアルヴァを伴わず、皇帝の会議に参加する度胸はソロンになかった。

 客人を待たせまいと、アルヴァは早足で城門前へと向かう。城内は一つの町のように広いため、移動にはそれなりの時間がかかるのだ。


 *


「皆一緒とは都合がいいな」


 城門前に立つ男はにやりと笑い、悠然と手を挙げた。

 メリューと同じ青みがかった銀髪に、異彩を放つ異国の着物。百年を大きく超えて生きながらも、その姿は青年のように若々しい。

 ドーマ連邦大君――シグトラだった。


 城門前において亜人の姿は極めて目立つが、当人は全く気にかける素振りもない。

 彼はかつてシューザーを名乗り、帝都に滞在していたこともある。アルヴァともそれ以来の縁だった。


「まさか、父様がいらっしゃるとは……!」


 メリューはシグトラの元へと駆けていく。尊敬する父の前では、この娘も別人のようにしおらしい。


「しょせんは数週間の旅路だ。驚くことでもあるまい」


 シグトラは平然と言い放ち、メリューの頭を軽く叩く。


「――それに、アルヴァとの約束を守るためだ。獣王傘下の島をいくつか解放したのでな」

「まさか、調査隊の者達が……!?」


 アルヴァがハッと目を見開いた。

 何もかもが謎に包まれていた北方のドーマ連邦。アルヴァはかつて、その偵察のために北方へと調査隊を送ったのだった。だが彼らはシグトラの宿敵――獣王の手によって、捕虜(ほりょ)となっていた。

 シグトラは国交を結ぶに当たり、彼らの解放をアルヴァに約束していたのだ。


「合計で三十四人。獣王国の奴隷となっていた者を連れてきた。いずれもカンタニア公爵に身元を預けている。あちらに待機しているラーソンにも、世話を焼くように伝えておいた。それでよかったか?」

「もちろんです。さすがに今の帝都へ呼び寄せるわけにもいきませんからね。感謝いたします、先生」


 アルヴァは深々と頭を下げた。


「父様、ラーソンは元気でしたか? 落ち着いたらこちらへ呼ぼうと思っていたのですが、当面は難しい情勢で……。一応、わずかな暇を見つけて文だけは送ったのですが」


 メリューは心配そうな口調で尋ねた。

 ラーソンはメリューの秘書官として、帝都に赴任するはずだった人間だ。自衛手段を持たない文官であったため、メリューだけが帝都に向かっていた。

 その後も帝都の危機は去らず、結果として彼女らは数ヶ月も会っていない。


「元気ではあったが、お前のことをいたく心配していたぞ。相当に無茶をしたようだな」

「やむを得ません。友人の危機である上に、ザウラストが関わっていたのですから。……まずかったでしょうか?」


 メリューはシグトラと真っ直ぐに視線を合わせて釈明した。それでも少しばかり心配になったらしく、機嫌を(うかが)うような声の調子だった。


「よいよい。俺も若い頃は無茶をしたからな。だがまあ、あまり心配させないでくれ。終わったら、ラーソンに早く連絡を取ってやるのだぞ」


 そう言うやシグトラは、メリューの髪をくしゃくしゃっと撫でた。メリューは嬉しそうになすがままだ。彼女はソロンよりずっと年上のはずだが、こうなるとやはり子供にしか見えない。


「先生。ご令嬢が愛しいのは分かりますが」

「……すまん」


 アルヴァの冷ややかな視線を受けて、シグトラはメリューの頭から手を離す。それから、こほんと咳払いして、アルヴァへと向き直った。


「――ともかく、もう一つの用件はザウラストだ。奴の動きが怪しいと噂に聞いてな。自らの目で確認しようとやって来た。しかしまさか、これほどの事態になろうとはな……」

「師匠、情報が早いですね」


 シグトラの口振りからすると、以前からザウラストの挙動をつかんでいたようだった。少なくとも、呪海の王が現れるよりも以前から。


「無論だ。教団の中には俺達の協力者もいるのでな」

「諜報というわけですか……。さすが抜かりありませんわね」

「得体の知れぬ連中だ。それぐらいやらねば、対処の仕様がない。それより、問題は呪海の王と呼ばれる神獣のことだ。奴も切り札をついに切ったのだな」


 ソロンは神妙に頷いて。


「これが連中との最後の戦いだと思っています」

「うむ。俺も今回の戦いには参加させてもらう。ザウラストとの確執は帝国やイドリスよりも、我らのほうが遥かに長い。嫌とは言わせんぞ」


 シグトラはアルヴァへと視線をやった。その紫の瞳はかつてなく力強かった。


「嫌だなんて! 世界最強であられる父様が力を貸してくれるなら、これほど心強いことはありません!」


 メリューが目を輝かせ勝手に承諾する。


「なんでお前が決めるんだよ」


 いつもとは正反対に、グラットが冷静に指摘した。


「協力はありがたいのですが……。大君ともあろう方が、このような無茶をなさってもよいのですか?」

「それはお前に言われたくないがな」


 アルヴァの問いに、シグトラは苦笑して返す。


「――問題ない。後継指名は済ませた。大君に代わりはいるが、ザウラストに引導を渡す役目は他の者にはできまい」


 暗殺された父と兄に代わって、シグトラが大君を継承したのは四ヶ月以上前のこと。兄の子は若いながらも健在であり、後継とはその一人だろう。

 アルヴァは頷いて。


「それでしたらぜひ。これから城内で会議を開くつもりです。主催は私の従兄である皇帝陛下です。ご一緒に参加していただけますか?」

「ほう、皇帝が……。それは俺にとっても渡りに船だな」


 *


 シグトラを伴い、ネブラシア城の会議室へと足を踏み入れた。

 会議室には既に数多くの高官が集まっていた。その大半は城内か周辺の貴族街で起居している者達だろう。

 亜人の姿に奇異の目が集中した。しかし、シグトラはやはり堂々たる足取りで皇帝へと近づいていく。


「皇帝陛下、こちらはドーマ連邦大君シグトラ陛下です。こたびの会議にもぜひ知恵を貸していただきたいと思い、お連れしました。かつては私の教師として、帝都に滞在していたこともあるお方です」


 アルヴァが速やかにエヴァートの元へ歩み寄り、シグトラを紹介する。

 エヴァートは突然の来訪に驚いたようで、シグトラの姿を見やった。

 先に切り出したのはシグトラだった。


「お初にお目にかかる。ドーマ連邦大君シグトラだ。取り込み中のところに押しかけ、申し訳ない。本来ならもう少し落ち着いた時に話したかったが……」


 シグトラはこの場において、圧倒的な威厳を放っていた。皇帝とすら対等な国家元首であることを、その場の誰も疑わなかったであろう。


「そうか、アルヴァから話は聞いています。こちらこそ、遠路はるばる痛み入る。皇帝エヴァートです。ぜひ、あなたの知恵を拝借させて欲しい」


 エヴァートは微笑し、手を伸ばす。そうして、シグトラと固く握手を交わしたのだった。


「やはり父様がいると心強いな」


 メリューは誇らしげに、父の姿を眺めていた。

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