表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
403/441

呪王の動向

 神鏡を搭載した竜玉船は、雲海を飛ばし続けた。

 たとえ夜間であろうとも、竜玉船は止まることがない。沿岸から離島まで、至るところに立つ灯台が道標(みちしるべ)となってくれていた。


 タスカートを出発したのは昼下がり。ネブラシア港が見えたのは、翌日の夕暮れ時だった。

 一日とわずか数時間で、竜玉船は帝都へたどり着いたことになる。さすがは雲軍の快速船だといえた。


 ネブラシア港へ入港した一行は、箱詰めの神鏡を船から下ろした。

 港からネブラシア城へはそれなりの距離があるため、持ち運ぼうと思えば一苦労だ。

 しかし、そこは雲軍の協力もある。船に同乗していた士官が、さっそくネブラシア港の基地へ連絡を取ってくれたのだ。

 馬車の手配から神鏡の積み込みまで、ソロン達はただ見守るだけだった。


 そして、一行は城へと向かうため、馬車へ乗り込んだ。その後ろには、神鏡が積まれた荷馬車が連結されている。

 ただし、ナイゼルだけは別行動だ。


「あまり大勢で押しかけるのも何ですから、父の様子を見に行ってきます。姉さんばかりに任せるのもなんですから」


 彼だけは別の馬車に乗り込んで、ガノンドがいるイドリス大使館へ向かうのだった。


 大通りを馬車でまっすぐに北上していく。積荷の重要性を見て取って、雲軍所属の騎兵達が警護に当たってくれた。

 やがて日が沈んでいく。すると街路樹に吊るされた蛍光石が、道を照らし出した。


「…………」


 そんな中、馬車に乗るアルヴァは、北のネブラシア城の方角を切なげに眺めていた。

 ソロンはすぐに察した。以前なら、城の頂上から大通りを照らしていた光が、そこにはなかったのだ。

 神鏡は夜も大通りを照らし、太陽の代わりに市民の営みを見守っていた。しかし、呪海の王との戦いで神鏡は砕け散ってしまった。今や、帝都を見守る象徴の姿はない。


「戦いが終わったら、イドリスから新しい神鏡を贈れないか考えてみるよ。まあ、これは大きすぎるから、もう少し小さいヤツを作ったほうがいいかもね」


 と、ソロンは後ろの荷馬車に積まれた神鏡を指差した。


「そうですね。神鏡は長年に渡って帝都の象徴でしたから。両国の友好の証にもなると思います。期待させていただきますよ」


 アルヴァはやわらかな表情でそれに応えるのだった。


 一行が城門前にたどり着くや、すぐさま城門が開かれた。

 雲軍を通して連絡が行っていたため、城のほうでも手配してくれていたのだろう。

 皇帝へ報告に向かう前に、中庭へと神鏡を運び込む。目立つ行為だが、上帝の肝煎(きもい)りだと分かれば、誰も不審を問う者はいなかった。


 *


 案内の兵に従って、アルヴァは城内を歩いていく。彼女にとっては勝手知ったる我が家のようなもの。その足取りに緊張は見られない。

 ソロン達もアルヴァに続きながら、いまだ慣れない城内を進んでいった。



「お兄様、ただいま戻りました」


 応接室に踏み入るや、アルヴァは優雅に挨拶を繰り出した。

 室内にいたのは、三人の男。若き皇帝エヴァートに大将軍のワムジー。それから、対呪海の王の雲軍総司令官である将軍ガゼットだ。

 ガゼットは息子グラットの入室を見て、にやりと笑った。


「おう」


 対するグラットは渋い顔で小声の返事をする。さすがに皇帝の面前では、軽口は叩けないらしい。


「やあ、アルヴァ。首尾はどうだい?」


 エヴァートはさわやかな口調とは裏腹に、目に見えて疲れた表情をしていた。

 連日の呪海の王の対処によって、疲労を溜め込んでいるのだろう。それでも、従妹の帰還に光明(こうみょう)を見出したのか、口元をゆるませる。


「ええ、イドリス王国の協力を得て、以前より大型の神鏡を作り上げました。中庭に運び入れましたので、自身でご覧なさるとよいでしょう」

「おお……!」


 ワムジーやガゼットの口から感嘆の声が漏れる。


「よし、さっそく見せてもらおう」


 エヴァートは(はや)る気持ちを抑えられないようで、先頭を切って歩き出した。


 *


 中庭に巨大な布で覆われた神鏡が配置されていた。その近辺では、兵士達が神鏡を守護してくれている。

 通りすがりの城内の住民が、何事かと遠巻きに好奇の視線を送る。もっとも、皇帝と上帝に対して、声をかける勇気を持つ者は少ないようだった。


「本当に大きいな……」


 エヴァートが驚嘆の目で神鏡を見上げる。


「布を外してください。さあ、ご覧あれ、お兄様」


 アルヴァが指示すれば、兵士達が布を引っ張った。(ひるがえ)った布の下から、星霊銀の鏡が姿を現した。

 魔力も込めていないのに、神鏡からはほのかな光があふれ出ている。魔道士の素養を持つ者でなくとも、その秘められた力を感じ取れるだろう。


「おお……これはまぎれもない神鏡の輝き……。なんと神々(こうごう)しいことか!」


 ワムジーが崇拝するように神鏡を見た。彼は長年に渡って、帝国を守護してきた老将である。国の象徴ともいえる神鏡に、人一倍の想いを抱いているようだった。


「これなら呪海の王も打破できるかもしれませんな……!」


 ガゼットも強く頷きながら、期待の眼差しを神鏡へと送る。


「そう願います。素材となる星霊銀が発見されたのは、魔の島とも呼ばれる島……。下界でも何百年と人の立ち入らなかった魔境です。その島に巣食う恐るべき魔物を撃退し、星霊銀を見つけ出したのは他でもありません。ここにいるソロニウス王子を始めとした方々です」


 アルヴァは何かの英雄譚でも語るように力説してくれる。……が、当のソロンは少し恥ずかしい。


「そ、そこまで言われることでも……君だって大活躍だったし。それに鏡を作ったのは、イドリスの職人達だから」

「謙遜はいらないよ、ソロン。この神鏡をもたらしてくれた友国の方々に、感謝させてもらおう!」


 エヴァートはソロンに向かって礼を述べた。この人にしては珍しい力の入った口調だった。


「しかし、これほど大きな魔道具となると、いったいどなたが使うのですかな? やはり、姫様でしょうか?」


 しげしげと神鏡を眺めていたワムジーが、アルヴァへ視線を移す。


「いいえ。大人数の魔道士で魔力を込めようと思います。以前を上回る成果を上げようと思うならば、個人の力では限界がありますから」

「協力魔法というわけですか……。なかなか思い切りましたな」

「もちろん、簡単ではないと思います。相応の訓練をした上で、実戦に挑む必要があるでしょう」

「分かった」エヴァートが頷く。「優秀な魔道士を可能な限り集め、訓練させるとしよう。猶予(ゆうよ)はあまりないかもしれないがな……」

「そういえば、呪海の王はサラネドへ向かったんですよね? 現状はどうなっているんですか?」


 ふと気になってソロンは口を挟んだ。

 呪海の王の到着までどれほどの猶予があるのか。それ次第では訓練も満足にできないだろう。


「ああ、共和国には大使を通じて再三の警告をしたのだがな……。それを無視して呪海の王に総攻撃をしかけたようだ」

「……結果はどうなりましたか?」


 アルヴァがガゼットのほうを向いて尋ねる。ガゼットは偵察船を送り、常に呪海の王を監視しているはずだった。


「例の破壊の閃光を受けて、サラネド雲軍は半壊です。敵を侮っていた分、避難も後手に回ったらしい。帝国よりもずっと酷い有様だったとか。私にとって連中は仇敵(きゅうてき)ですが、あまり喜ぶ気にはなれませんな」


 眉間(みけん)にしわを寄せながらガゼットが答えた。彼はカプリカ島の防衛責任者として、サラネド軍とは直接・間接的に戦を交えた間柄だった。


「……その後は?」

「呪海の王が真っ先に向かったゴルエタ市は崩壊。その後もサラネド北岸の町を軒並み襲っている模様です。さすがのサラネド政府も、ようやく避難に本腰を入れ始めたようですが……。後手に回ったツケは大きかったようですな」

「しかし、それも今朝に届いた情報だ。事態は刻一刻と変化していると思ったほうがいい」


 エヴァートがガゼットの報告に続けた。

 サラネド北岸からこの帝都までは、竜玉船で一日足らずだ。偵察が送る情報にも、それだけの遅延があると考えねばならなかった。


「サラネドが終われば、次は帝都だと覚悟しておいたほうがよいでしょうね」


 アルヴァがそう言えば、エヴァートも深く頷いた。


「ああ、そのつもりだ」



 それから、事態はまもなく動いたのだった。

 応接室の外で、廊下を駆ける足音が響いた。

 そして次に、応接室の扉が強く叩かれた。


「陛下、呪海の王に動きがありました!」

「入ってくれ」


 エヴァートにうながされて、必死の形相をした士官が現れた。部下から報告を受けるや、そこから自らの足で走ってきたに違いない。

 皇帝の御前において、不調法としかいいようがない慌ただしさだ。もっとも、それで皇帝の不興を買うわけもない。呪海の王の動向については、全てに優先するよう指示されていたのだから。


「呪海の王はサラネド北岸部の町を七つ破壊したのち、方向を北へと転じました! 時刻は昨日の昼です!」


 士官は息を切らしながら、必要最低限の報告をした。


「来たか……!」

「いよいよですな……!」


 ワムジーとガゼットが表情を引き締める。


「よくやってくれた。続けて、知る限りの詳細を伝えてくれ」


 エヴァートがねぎらい、先をうながせば、士官も報告を続ける。


「はっ。呪海の王は昨日の昼頃、サラネドのバハラ市を破壊の閃光で焼き払い――」


 エヴァートにワムジー、ガゼット。それから、アルヴァにソロン達も皆、一言一句聞き逃さないように士官の話へ耳を傾けていた。


 *


「聞いての通りだ。呪海の王はあと十日もすれば帝国本島の南岸に到達するだろう」


 士官の報告を聞き終えたエヴァートは、そう見通しを語った。


「呪海の王は帝都に到達する。そう断言してしまってもよいでしょう。少なくとも、心構えはそのつもりでなければなりません」


 アルヴァは同意しながらも、警鐘(けいしょう)を鳴らす。


「分かっているさ。既に避難場所の選定は終えて、各地の諸侯にも受け入れを要請している。渋る者もいるようだが、事態は国難だ。無理矢理にでも従ってもらう」

「お兄様も頼もしくなりましたわね。私が口を出す必要もなかったようです」

「ああ、だから僕達が考えるべきは、呪海の王を倒す方法だ。これから会議を開くから、どうか知恵を貸して欲しい。本当ならもっと早い段階でしておきたかったが、神鏡もない状況だったのでね……。友好国の方々も、ぜひ参加してくれ」


 エヴァートはそう言って、ソロンやメリューへも視線を向けた。


「よかろう。私でどこまで力になれるか分からぬが、かの邪教とはわが国が最も付き合いが長いからな」


 メリューは皇帝相手にも堂々と言い放った。

 そんな姿を見て、ワムジーが怪訝(けげん)そうに眉をひそませる。一方のガゼットは、既にメリューを見知っているので苦笑するだけであった。

 エヴァートもやや苦笑気味ながら、頷いてみせる。


「それじゃあ、イドリスの仲間も呼んでいいですか? こういう作戦には適任なのがいますから」


 ソロンは大使館に向かったナイゼルと、留守を守っているはずのガノンドを念頭に浮かべていた。


「もちろんだ。今から帝都在住の有力者を招待するから、その中に加えておこう。もっとも、口うるさいばかりの元老院の者達は絞らせてもらうがな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ