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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
終章 広がる世界
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終わりに向かって

 星霊刀を手にしたソロンは、仲間達を連れて王都イドリスの東門へと向かった。

 そこにはナイゼルの手配によって、いくつかの馬車が用意されていた。

 そして、最も大型の馬車の荷台には、大きな箱が横倒しになって積まれていた。


 箱の中身はもちろん新たな神鏡である。同時に緩衝材(かんしょうざい)をたっぷり詰めたため、予想以上に場所を取っていた。

 さらにその周囲を兵士達が厳重に警備していた。これが壊れたら全てが水の泡なので、当然といえば当然の警戒だったが。


「さて、行きましょうか」


 ナイゼルは自らも馬車の一つへと乗り込んだ。


「あれ、ナイゼルも来てくれるんだ?」

「ええ、イドリスはサンドロス陛下に任せれば十分ですからね。私も坊っちゃんのために戦いますよ」

「ありがとう!」


 ソロンは素直に感激し、ナイゼルの手を両手で握った。


「ははは、坊っちゃん。喜びすぎですよ」


 ソロン、アルヴァ、ミスティン、グラット、メリュー、ナイゼル。この六人に神鏡を運ぶ兵士達が加わった。

 兄サンドロスや母ペネシア、それから鏡の作製に加わった職人達が見送りに来てくれた。


「これが僕達の戦いを終わらせるための旅になる。みんな出発するよ!」


 彼らの声援を受けて、ソロン達は再び上界へと旅立つのだった。


 街道を通って、イドリスから東にある界門へ向けて出発した。

 去年の四月から始まる旅を皮切りとして、ソロンは既に何度も通った経路だ。途中にある宿場で一泊し、翌朝に再出発する。


 早朝の日が明るいうち、ソロン達は界門へと到着した。

 アーチ状の黒い門のそばには、イドリスの兵士達が門番として見張っている。

 これはサンドロスが国家の重要な施設として、界門をみなしている証だった。界門が破壊でもされたら、上下界の交流は止まってしまうのだ。

 仕組み上、下界の界門は必ず黒雲下になる。昼闇の時間に備えて、門番達は照明も用意しているらしかった。


 ともあれ、いよいよ神鏡を界門にくぐらせることになった。

 理論上は問題ないはずだが、ここで失敗したら洒落(しゃれ)にもならない。どうしても緊張してしまう。

 まず、横倒しのままでは通れないため、神鏡の箱を荷車から持ち上げて縦に起こす。

 慎重に箱を抱えながら、兵士達がアーチの下をくぐり抜けていく。どうやら、問題なく門の高さに収まったようだ。


 続いて馬が荷車を引きながら、門へと入っていく。門を通ることを想定して、荷車も小型のものを連結していた。その甲斐あって十分に門の幅に収まりそうだ。

 ちなみに竜車を使わなかったのは、単純に界門をくぐれないためだ。

 体が大きい走竜では体を切り刻みでもしない限り、どうしてもつっかえてしまうのである。竜好きのミスティンが残念そうにしていたが、無理なものは仕方ない。


 その点、馬ならば一頭ずつ通せば、界門を通過できたのだ。

 馬は界門という奇妙なものを目にして困惑していたが、人間にうながされては素直に従った。

 ソロンもそれらの後ろから見守りながら、界門をくぐり抜けたのだった。


 *


 視界に森が広がった。帝国東部にあるカプリカ島――その中でも人里離れた森だった。

 界門のそばには、二人の帝国兵が控えている。こちらも門の管理のため、帝国が人員を配置したのだ。

 もっとも、既にアルヴァは何度か門を行き来している。兵士は中身を(あらた)めもせず、素通りさせてくれた。


 再び神鏡の箱を横倒しにして、馬車に積み直す。森の中の道を通って、街道を目指すのだ。

 この界門がある辺りは人里から離れているため、千年に渡って放置されていたのだという。


 今はイドリスとの交流があるため、最低限の整備がされていた。森を脱出するための道は土をならしており、道をふさぐ樹木も伐採されている。馬車でもどうにか通れるようになっていた。

 いずれは、森の中にも石造りの街道を通して、旅人が活発に行き交う場にしたい。それがソロンの将来への願いだった。


「次の目的地は、予定通りタスカートでよろしいですか?」


 ナイゼルが南に位置する港町の名前を口にした。帝都へ向かうには、タスカート港を経由して内雲海を通るのが最も早かった。

 もっとも、前回下界へ降りた際は、呪海の王のいた内雲海を避けて外回りで到達したわけであるが……。


「ええ、何らかの理由でタスカート港が使えなくなっている可能性もありますが……。まあ、ひとまずは妥当な判断でしょう」


 アルヴァは含みを持たせながら答えたが、


「呪海の王に襲われてなかったらいいんだけどね」


 ミスティンがあっけらかんと口にする。

 最悪の想定は呪海の王によって、町が崩壊させられていた場合だ。

 それがなくとも、呪海の王が接近すれば住民が避難し、港も運行を停止するかもしれない。そうなれば、一行は生きた港町を探して歩くしかなくなってしまう。


「どっちにしろ、それを確認する意味でもタスカートに行こう。早く情報収集もしたいし」


 ソロン達が下界にいた間、上界の情勢も刻一刻と変化していたはずだ。その間の変化を把握する必要があった。


 そして一行は、一日をかけて昼過ぎのタスカートへと到着した。

 馬車を引き連れたまま、門をくぐって外壁の内側へと入場する。

 広大で穏やかな雲海が、西に広がっていた。


 季節は既に六月の下旬――帝国の(こよみ)では勝利の月だ。(さえぎ)るもののない天上の太陽が、強く雲海を照らしている。雲海から吹きつける風が、近づく夏の熱気を冷ましてくれた。

 しかしその雲海では、今もどこかで呪海の王が暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くしているかもしれなかった。


「ここは被害を受けていないようですね」


 平和な町並みを目にして、アルヴァが安堵の声を漏らした。


「住民も避難していないようだな。この近辺には呪海の王はいないのか?」


 メリューは町の様子を眺めながら、現況を推し量ろうとする。

 前回、帝国雲軍が呪海の王と交戦した地点は、ここから五十里ほど西になる。遠くはないが、近いともいえない距離だ。一週間もあれば、呪海の王は到達してしまうに違いない。

 にも関わらず、住民が避難している気配はない。となれば、当面の危機は去ったと判断すべきだろうか。


「まっ、港が使えるみたいでよかったぜ。使えなかったら、万事休すだったからな」


 グラットの発言にソロンは頷く。


「そうだね。けど、その前に情報収集だよ。呪海の王がどこに行ったのかは気になるし。……情報収集っていえば、やっぱり酒場かな?」


 ソロンは定石に従って提案してみるが、アルヴァは横に首を振った。


「今回の場合、雲軍基地のほうがよいでしょう。呪海の王の動向については、軍が連携して当たっているはずですから」

「なるほど。ここにも基地があったんだね」

「主要な港町には大抵あるぜ。じゃねえと、誰が雲賊を取り締まるんだって話だ。まあ、ベオみたいに大きくはねえけどよ」


 説明してくれたのは元雲軍のグラットだ。

 カプリカ島の雲軍は、グラットの故郷であるベオを本拠としている。その雲軍を統括するのは、もちろん彼の父ガゼット将軍だ。

 だが、そのガゼットも今は帝都に赴任して、対呪海の王の指揮を執っているはずだった。


 *


 上帝の強権を駆使し、アルヴァは即行でタスカートの雲軍基地へ入り込んだ。

 慌てて出迎えた責任者は、ハボイ千人長と名乗る男だった。


「ザーシュが崩壊させられて以降、呪海の王の被害を受けた町はありませんか?」


 応接室に案内されるや、アルヴァがさっそく千人長へと尋ねる。

 こういう役割は上帝陛下に任せるに限る――と、下界では一同を主導したソロンも、ここでは静観の構えだった。


「はっ、ケベックが半壊したとの連絡を受けています。破壊の閃光を受けて、大半の建物が一撃で崩壊したのだとか……」


 ハボイは重たい口調で被害を語った。

 ケベックとは、帝都から南南東に突き出たケベック半島の先端にある町のことだ。雲海交易の要所として栄えていたが、それだけに呪海の王の注意を引いてしまったのだろう。


「……ケベックですか」


 アルヴァも重苦しい顔で先をうながす。


「ただ幸いといってはなんですが、人的被害は最小限に抑えられたそうです。皇帝陛下が軍を派遣し、住民の避難を進めた結果、死亡者は数十人程度に収まったのだと」

「そうですか。陛下はうまく対処されたのですね。しかし、ケベックが襲撃を受けたとなると、帝都もそう遠くないはずですが……」

「いえ、被害はケベックだけに留まりました」

「どういうことでしょう? 皇帝陛下とガゼット将軍は、呪海の王の封じ込めに成功したのでしょうか?」

「それが……呪海の王はサラネド方面へ向かったようなのです」

「共和国に……!?」


 アルヴァは意外そうに瞳を見開いた。

 サラネド共和国は、帝都から内雲海を挟んで南に位置する国家だ。エヴァートも共和国の大使を通して、警告を発していたはずだった。


「はっ。ケベックを襲った呪海の王は内雲海を南下。現在はサラネド軍が交戦していると思われます」

「……そういうことですか。サラネドの民には申し訳ありませんが、好都合ですね」


 アルヴァは冷徹に判断していた。

 彼女が一番に優先すべきは帝国の民である。為政者としてのアルヴァは、あくまで現実的だった。

 その後もアルヴァは、ハボイ千人長から細かな情報を収集していた。その上で、これから帝都へ帰還するつもりだとハボイへ告げる。


「それでしたら、わが軍の船をお使いください。この時期に雲賊が出るとも思えませんが、大事があってはなりません。それに民間船よりも速度が出ますからな」


 風体は冴えないが、なかなか気が()く人物らしい。千人長の申し出を、アルヴァはありがたく受けるのだった。


 *


 軍の竜玉船に神鏡を積み込み、その日のうちにタスカートを出発することになった。

 民間船で大型の荷物を積み込もうと思えば、それなりの交渉がいる。そう考えれば、軍船を使えたのは幸運だった。


 イドリスの兵士達の半分は下界へ戻すと決めた。この先は帝国兵の助力を得られるため、神鏡を運ぶ困難もなくなったためだ。

 正直なところ、敵はあまりに強大だ。数人のイドリス兵を連れていったところで役に立つかどうかは怪しかった。そのため、馬車を下界へ戻すと共に、兄へ報告する役目を託したのだ。


「ソロニウス殿下、ご武運を祈ります!」


 兵士達の見送りを受けながら、竜玉船は雲海へと()ぎ出した。

 ハボイ千人長はタスカートにある軍船の中でも、最速のものをあてがってくれたらしい。竜玉船は快調に内雲海を飛ばしていた。

 改めてみると、竜玉船の揺れは相当に少ない。つい先日、水の船に乗ったからこそソロンも実感できる。おかげで神鏡への衝撃が抑えられるのは、好都合だった。


 気持ちは(はや)るが、雲海へ出てしまえばやれることは少ない。船上には弛緩(しかん)した空気が流れていた。


「いやあ、やっぱり雲の上は気持ちがよいですね」


 甲板(かんぱん)に立ち、気の抜けた声を放ったのはナイゼルだった。


「本当に、こうしてみると平和なんだけどな……」


 ソロンも相槌を打ちながら。


「――まあ、これから大変になるだろうし、帝都に着くまではゆっくりするといいよ。ナイゼルだって、体力ないのに冒険するのは大変だったんでしょ?」

「ははは、私は父と違って若いので問題ありません。竜車に乗って黒雲下の観光と決め込んでいましたよ」

「相変わらず騎乗はしないんだね……。あ~でも、ガノンド先生のことも忘れないようにしないとなあ」

「そうですねえ。退院したとは聞いていますが、見舞いに行く暇もありませんでしたし。まあ、父の介護なら姉さんもいますし、心配はいらないでしょう」


 ソロンはガノンドとは数週間前に会ったばかり。退院した直後ながら、彼は元気そうだった。

 危急の場合は、職員の避難を彼が指示する想定になっている。呪海の王が遠ざかった以上、今も帝都の大使館でカリーナと共に留守を守っているはずだ。


「……介護って、先生に聞かれたら怒られるよ」

「ははは、聞かれなければどうということはありません」


 ナイゼルは余裕の笑顔だった。

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