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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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共和国の英雄

 一方、その頃……。上界では新たな動きが発生していた。


 帝都雲軍と戦闘後、体を再生するため動きを止めていた呪海の王もやがて動き出す。

 次なる標的となったのは帝都の南南東――ケベックという半島の先端にある都市だった。


 ケベックは半島の先端という地理を活かし、内雲海の貿易拠点として重要な役割を果たしていた。それだけに人口も多く、呪海の王の標的となったのだろう。

 幸いと言うべきか、その前に皇帝エヴァートは命令を発していた。帝国軍は、ケベックを含む沿岸都市の民の避難を進めていたのだ。


 破壊の閃光が放たれたものの、ケベック市の被害の多くは建物に留まった。数十人という人的被害で済んだのは、その破壊力を考慮すれば奇跡的だとみなせるだろう。

 そして、呪海の王が次なる動きを開始した時には、既に周辺都市の避難は完了していた。


 それが功を奏したのか、呪海の王は沿岸への攻撃を断念した。

 襲う人間達を見失った呪海の王は、そのまま南へと進み続ける。

 そうして行き着いたのは、帝国より内雲海を挟んだ南――サラネド共和国だった。

 その間、サラネド軍も座視していたわけではない。皇帝エヴァートより警告を受けていたサラネド議会は、対策のために動き出していた。


 *


 サラネド共和国の首都マムーン。

 東西を山脈に挟まれた堅牢な地に、その都市は建造された。


 マムーンは南北をつなぐ街道の要衝(ようしょう)にあり、普段から数多くの商人や旅人が行き交っている。マムーンは共和国最大の都市でもあった。

 その官邸に設けられた会議室に、多数の議員達が集まっていた。

 議員達の肌の色は、帝国人と比べると浅黒い。同じ上界人でも、彼らは帝国とは異なる民族的起源を持っていた。


「ネブラシア皇帝によれば、呪海の王と呼ばれる魔物がわが共和国に迫っているという。我らの偵察部隊からも、バファルクから北へ四十里の位置に、巨大な魔物の姿を発見したと報告があった」


 列席する閣僚達へ説明するのは、初老の議長ガトレイだ。議長は議員の代表であり、また共和国の元首でもあった。

 帝国の貴族達とは異なり、華美な衣装はまとわない。議長は白を基調とした衣服と帽子を、上品に着こなしていた。

 それはこの場にいる閣僚達も同様である。市民の代表たる議員は、権威づけのために着飾る必要はないのだ。


「議長、魔物など恐れるに足りません。わが雲軍はここ数十年で大きく軍備を増強し、今やネブラシアすら凌駕するでしょう。所詮は魔物……多量の軍船で包囲すれば、またたく間に雲海の藻屑(もくず)と化すに違いありません」


 一人の男が起立し、自信たっぷりに語った。

 まだ三十の半ばと、老人達の並ぶ閣僚の中では若い。彼はサラネド軍を統括する元帥――ダハークであった。


「だが、呪海の王はネブラシア雲軍の総攻撃でも打破できなかったという。当の皇帝からも、戦いは避けるべきだとの警告があった。決して軽視できる相手ではないと思うが……」

「ふはは! かのネブラシアの皇帝も臆病風に吹かれたようですな。オライバル帝に及ばぬのはおろか、まだ前のアルヴァネッサとかいう女のほうが、男気があったのではありませんかな」


 ダハーク元帥は高らかに笑った後で、鋭い視線を議長へ向ける。


「――議長、どうかこの私に三百の軍船と一万の兵をお預けください。呪海の王など一日のうちに片付けて進ぜましょう」

「しかし、元帥殿……敵は得体の知れぬバケモノだ。まずは少数の軍で、様子を見たほうがよいのではないか? ネブラシアからの情報はあるが、それだけでは敵の実態をつかむのは難しかろう」


 慎重な意見を述べたのは、外務大臣だった。元帥とは対照的に、こちらは白髭をたくわえた老爺(ろうや)である。


「失礼ながら、貴殿の役目は外交だ。軍事は素人であろう。戦力の逐次投入が愚策なのは、末端の兵士でも知っている。万事、私に任せていただきたい」


 元帥は外務大臣の意見を(かえり)みもしなかった。

 閣僚達が苦々しげな顔色を浮かべていた。元帥の自信過剰はいつもながらであるが、かといって胸中は穏やかともいかないのだ。


 元帥は決して無能なわけではない。名門武家の一員として生まれたとはいえ、それだけで得られるほどその地位は軽くない。

 世襲が幅を利かせる帝国とは違って、サラネドは実力主義なのだ。


 彼は若くして頭角を現し、サラネド軍でも異例の早さで出世を重ねてきた。

 サラネドは広大な砂漠を持つ国家である。砂漠地帯には、今もなお共和国政府に従わない蛮族(ばんぞく)が点在していた。

 当時の将軍だった彼はその制圧に尽力し、大幅に蛮族の勢力圏を削り取ったのだ。


 活躍は陸地だけにも留まらない。

 ダハークは北方の雲海を荒らし回る雲賊を討伐し、さらにその首領を軍門に下した。

 雲賊にサラネドの領土と財産を侵害しないよう厳命し、一方でネブラシア方面については賊の跋扈(ばっこ)を見過ごした。

 暗にサラネドの代わりに、ネブラシアから略奪するようけしかけたのだ。


 そうして、サラネドに降りかかる脅威は大きく減退した。共和国政府を盤石(ばんじゃく)にした彼の功績は多大だったのだ。

 だからこそ、元帥は自信にあふれ、おぼれているのだった。


「よかろう。こたびは元帥に全てを任せよう。要求通り、三百の軍船と一万の兵だ。そなたに預けるぞ」


 議長ガトレイは元帥の要求を認めた。

 ガトレイはこの事態を軽くは見ていない。だからこそ、それを収拾できるのは、ダハークに他ならないと考えていたのだ。


 *


 サラネド共和国の首都マムーン。そこから、数十里ほど北の雲岸にゴルエタの港町があった。

 ゴルエタはサラネド最大の港であり、雲軍の本拠もここに位置していた。


 帝国本島やカプリカ島、サラネド島といった大きな島々に囲まれる内雲海(ないうんかい)……。

 ゴルエタからその内雲海を挟んだはるか北には、ネブラシアの帝都があった。

 いつか来たるネブラシアとの決戦の際には、ゴルエタから発進した竜玉船が帝都を襲撃する。それは、サラネドの首脳達にとっては公然の秘密であった。


 そして、そのゴルエタ港に数多くの軍船が集まっていた。ゴルエタの雲軍基地にあった竜玉船だけでは留まらず、近隣の基地からもかき集めたのだ。

 合計三百にも及ぶ膨大な軍船……。

 事情を知らぬ住民の間には、ネブラシアと戦争するという噂が流れたほどだ。しかし、それはたった一体の魔物を倒すために組織された艦隊だった。


「ご覧あれ、議長。これだけの船に精強なサラネドの勇士達。いかな魔物とて、なすすべもないでしょう」


 港に立つダハーク元帥は誇らしげに、ガトレイ議長へと声をかけた。

 戦いには関与しない議長だが、戦況を見届けるため、ゴルエタに待機することになっていた。今、この場にいるのは見送りのためだ。


「おお、見事なものだな元帥よ。これほどの艦隊は、かの帝国にもあるまい」


 ガトレイも腹をくくったせいか、もはや苦言は口にしなかった。結局のところ、ガトレイも若く有望な元帥へと、この上もない期待を寄せていたのだ。


「貴族が幅を()かせる帝国軍とは違い、わが共和国軍は一枚岩です。議長殿と議会の承諾さえあれば、国中からまたたく間に船と勇士が集まってくるのですからな」


 帝国では各地方を世襲貴族が支配しているが、共和国はそうではない。共和国では議会が任命した知事を地方に送り込み、統治を任せているのだ。

 自然、共和国政府の地方支配は、帝国よりも強固となる。それゆえ、地方から軍船や兵士を集めることも容易となる。それが共和国軍の強さだった。


 白いマントを颯爽(さっそう)(ひるがえ)し、ダハーク元帥は竜玉船へと乗り込んでいく。その姿は、まさしく英雄にふさわしいものだった。


 そして、サラネド軍の艦隊が動き出した。

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