塗り替えられる伝説
「わぁ……!」
ソロンを初めとした一同は歓声を上げた。
中から現れたのは、積まれた棒状の金属だった。
銀に似ているが、それらが放つ光は銀よりも輝かしい。照明がなくとも闇の中で発光していた。
「星霊銀で間違いなかろう」
それを見るなり、メリューが断言した。
「凄えな、金の延べ棒ならぬ星霊銀の延べ棒かよ。これ全部合わせたら、帝都の神鏡よりデカいんじゃねえか?」
グラットが驚くのも無理はない。金属の棒は全部で十個。一つ一つが腕のように長く太かった。
ちなみに、星霊銀の鏡はアルヴァが一人でもかろうじて抱えられた。鏡のように薄く引き伸ばせば、ずっと巨大となるに違いない。
「便利だけど、ちょっと好都合過ぎるね」
ミスティンが星霊銀の延べ棒をまじまじと見つめてつぶやく。
「運びやすくていいじゃねえか」
グラットは取り合わなかったが、アルヴァはそうでもなかったらしい。
「そこなのですよ。これではまるで加工してと言わんばかり。素材として使えるように、原石から精製したのでしょう。私としてはそこに、人の強い意志を感じざるを得ません」
まるで、その星霊銀はソロン達を待ち構えていたかのようだった。
上界が創られてから、この島の人類が滅ぶまでには少なからず猶予があったはず。だのになぜ、古代人は星霊銀を持ち出さずこの場へと残したのか……。
「人の意志か……。上界ができる前から、人は呪海の力と戦っていたんだよね?」
ソロンはメリューのほうを窺った。長命の銀竜族は人間よりも、遥かに古代の知識に通じているのだ。
「そうだな。その名にある通り、星霊銀はこの星が呪海に抗うために生み出した抗体だといわれている。それが真実かどうかはさておき、現にこの金属は呪海の力への強い抵抗を持つ。古代人もそれは知っていたはずだ」
「ここの王様も私達が来るのを待ってたんじゃないかな」
ミスティンは都合の良い論理を展開するが、意外にもアルヴァは賛同した。
「そうかもしれませんね。当時、星霊銀があっても、それを持って呪海に対抗する技術がなかったのでしょう。それゆえ、後世に託すしかなかったとも考えられます」
「もっとも、現在にしても呪海の力と戦うのは容易ではないがな」
と、メリューは皮肉げに苦笑する。
「それでも、使えるものは使わせてもらうよ。古代人が何を考えたにせよ、この先を生きるのは僕達なんだから」
輝く神秘の金属を前にして、ソロンは決意を口にした。
その後、三階を一通り確認し、それ以外には星霊銀がないと確認した。
島中を探し回れば、他にも発見できる可能性は否定できない。けれど、呪海の王が今も上界を闊歩している以上、そこまでの猶予はなかった。
星霊銀の棒は、兵士達が六角形の箱ごと運ぶことにした。
各自の鞄へしまうには棒は長く、無闇に外気へさらすのも不安があった。やはり、長年保管された箱のまま、運ぶのがよいと判断したのだ。
相当に重いらしく、五人がかりでも軽々とはいかないようだ。それでも仲間内で交替しながら、辛抱強く箱を運び続けた。
ソロンやグラットも何度か手伝ったが、まさしく鉛のような重さだ。その他の財宝の回収は、やはり諦めたほうがよさそうだった。
魔城を出た時には、既に夕日が沈もうとしていた。
このまま夜を迎えれば、星の光すらも届かぬ真正の暗闇が来るだろう。上界を覆う黒雲は、星や月のかすかな光すらも通さないのだ。
それでもランプを頼りに強行すれば、今日中に船まで戻るのも不可能ではない。だが、仲間達も妖花と戦い、城内を捜索し続けたため疲労は深かった。
ソロンは無理をせず、城の近くにある建物を借りて休息を取るのだった。
*
翌朝、魔の島から脱出するために一行は出発した。今も船に残した船員と兵士達は、黒雲下の海で不安にしていることだろう。
「こうなると車があればよかったですね」
魔城から港へ向かう帰り道、アルヴァがつぶやいた。実際、馬車とはいわずとも、手押し車の一つでもあれば、随分と楽をできたはずだった。
見る限り、島には車輪らしき乗り物も存在するらしい。……が、なんせ車輪も車体もどうしようもなく古いものしかない。いつ壊れるか分からない物に、貴重な星霊銀を預けられなかった。
「まあ、仕方ないよ。これでも運べているし」
結果、ソロンが取った手段は車輪以上に原始的なものだった。
民家から適当に拾ってきた板を地面に敷いて、その上に六角形の箱を乗せる。板と箱をくくりつけた上、ロープで牽引したのだった。
その点、帰りが下り坂なのは幸いした。数人でロープを引っ張り、別の数人で箱が倒れないように支える。それだけで、円滑に帰り道を進むことができたのだ。
数時間の行程を経て、一行は港へとたどり着いた。
港は相変わらず海から生える植物に覆われていた。板を引きずるのは諦め、星霊銀の箱を持ち上げて運ばねばならなかった。
もっとも、ここまで来れば小舟まではあと少しだ。これが最後のひと踏ん張り――と誰も不満を漏らす者はない。
海から生える樹木の下をくぐり抜けながら、石造りの桟橋を歩き続ける。じきに三隻の小舟が見えてきた。
小舟はいずれも、港を包む樹木にくくりつけられていた。もちろん、降りる際にミスティン達がそうやって係留したのだ。
行きは三隻の小舟に分かれ、四人ずつで乗って来た。帰りも同じように――と行きたいところだが、そうはいかない。
なんといっても、星霊銀の箱が重すぎるのだ。
ここまで苦労した挙句、舟が沈んで星霊銀は海の藻屑へ――となっては、洒落にもならない。
「乗せただけで沈んだりしねえよな?」
グラットの危惧を、ソロンは否定する。
「いや、それはないと思うよ。行きは大の男が四人乗っても余裕だったんだし。感覚的にはこの箱、アルヴァ四~五人分ぐらいの重さじゃないかな?」
何気なくそんな例えをしたら、
「私を単位代わりにしないでください」
アルヴァにしかられた。
「いや……。何度か抱えたから重さが分かるっていうか、大の男四人よりは軽いっていうか……」
「……まあ、いいでしょう。言いたいことは何となく伝わりました。しかし、そうなると舟にはあと一人か二人しか乗れませんね」
「そ、そうなんだよ。それだと必死に漕がないと進めそうにないな。やっぱり、箱を捨てて、中身を分けるべきかな?」
行きは三~四人がかりで舟を漕いでいた。だが、箱を乗せれば重くなるため、乗員を減らす必要があるのだ。一層、漕ぐのは大変となるだろう。
「いいえ、私が乗りましょう。人力では困難でも、私なら可能です」
アルヴァは腰のベルトに差した杖を示した。
「なるほど……。それじゃあ、僕も一緒に乗るよ。もう一人ぐらいは問題ないと思うし」
兵士達が星霊銀の箱を、慎重に小舟へと運び込む。重みを受けて、ずんと小舟が沈み込んだ。
続いて、二人が小舟へと乗り込む。ソロンは前方に座り、アルヴァは後ろに立った。
箱は異様に大きいため、舟を分断する格好になるがやむを得ない。
アルヴァの魔法は後方に水流を発生させ、推進力とするものだ。必然的に彼女は後方に陣取る必要があった。
そして、残るもう一人も進路取りをしなくてはならない。ソロンが前方に立つのもやはり必然だったのだ。
ソロン達が四人乗りの舟を二人で占めたため、自然、残りの舟には五人ずつが乗り込んだ。元々、余裕があったためか、重量の問題はないようだった。
樹木にくくられた綱をほどけば、小舟が動き出した。
魔の島の周囲に張り巡らされた海の森を抜けて、母船へと帰還するのだ。
まずはソロンが少しずつ力を入れて、櫂で漕ぎ出す。予想通りではあるが、舟の動きは鈍かった。
「行きます」
かけ声と共に、後尾のアルヴァが魔法を発動する。水流が放出され、小舟が一気に加速を始める。
前方にいた舟との距離が、みるみる縮まっていく。あちらの舟には、グラットとメリューが乗り込んでいた。
「少し飛ばし過ぎではないか?」
メリューが振り返って、忠告してくれる。今日も彼女らの舟は、ソロン達を先導してくれているのだ。
「僕もそう思うけど……!」
ソロンは慌てて、櫂を漕ぎながら進路を調整しようとするが、ほとんど効果がない。星霊銀の重みのせいで、舟が悪い意味で安定してしまっているのだ。
「――アルヴァ、もうちょっとゆっくり」
予想以上の加速に、ソロンはやむなくアルヴァを制した。
「これでいかがですか?」
精密な制御で、アルヴァは速度を調整してくれる。
「うん、いい感じだ」
「指示をくだされば、こちらで進路も調整しますよ」
「それじゃ、少しだけ左に向けてくれるかな?」
「了解です」
指示した通りに、舟の進路がわずかに左を向く。水流の放出する方角を、右に向けて調整したのだろう。
六角形の箱が壁になるため、お互いの顔は見えない。それでも、二人で声をかけ合いながら、舟を動かし続けた。
「いい調子だよ、アルヴァ!」
後ろからミスティンの声が聞こえる。
後方の舟には、ミスティンと四人の兵士達が乗り込んでいた。ミスティンは弓を構えながら、魔物の襲撃がないかを警戒してくれているはずだ。
こちらの舟が不自由な分は、前後の舟にいる仲間が補ってくれていた。
やがて、小舟が海の森を抜け出した。
そして、前方に広がる大海原。
洋上には、錨を下ろして停泊する帆船の姿もあった。
「見えたよ、アルヴァ! そのまま直進でお願い」
「はい!」
心なしか、アルヴァの返事も弾んでいた。
ソロンが合図の炎を打ち上げれば、大勢の船員が甲板に姿を現した。どうやら、みな待ちわびていたようだった。
*
そうして、小舟は母船へとたどり着いた。
こちらの帰還を真っ先に喜んだのは、船員達だった。黒雲下の船で夜を過ごすのは、予想以上に恐怖だったようだ。
実際、何度か魔物の襲撃に遭ったらしく、その度に兵士達が追い払ったのだという。熟練の兵士達は大した相手ではない――と笑っていたが、船員達はそうもいかなかったのだろう。
ともあれ、船員達も冒険の成功を知るや、一緒になって喜んでくれた。
数百年に渡って謎に包まれていた魔の島の伝説は、こうして新たに塗り替えられたのだった。