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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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塗り替えられる伝説

「わぁ……!」


 ソロンを初めとした一同は歓声を上げた。

 中から現れたのは、積まれた棒状の金属だった。

 銀に似ているが、それらが放つ光は銀よりも輝かしい。照明がなくとも闇の中で発光していた。


「星霊銀で間違いなかろう」


 それを見るなり、メリューが断言した。


「凄えな、金の延べ棒ならぬ星霊銀の延べ棒かよ。これ全部合わせたら、帝都の神鏡よりデカいんじゃねえか?」


 グラットが驚くのも無理はない。金属の棒は全部で十個。一つ一つが腕のように長く太かった。

 ちなみに、星霊銀の鏡はアルヴァが一人でもかろうじて抱えられた。鏡のように薄く引き伸ばせば、ずっと巨大となるに違いない。


「便利だけど、ちょっと好都合過ぎるね」


 ミスティンが星霊銀の延べ棒をまじまじと見つめてつぶやく。


「運びやすくていいじゃねえか」


 グラットは取り合わなかったが、アルヴァはそうでもなかったらしい。


「そこなのですよ。これではまるで加工してと言わんばかり。素材として使えるように、原石から精製したのでしょう。私としてはそこに、人の強い意志を感じざるを得ません」


 まるで、その星霊銀はソロン達を待ち構えていたかのようだった。

 上界が創られてから、この島の人類が滅ぶまでには少なからず猶予(ゆうよ)があったはず。だのになぜ、古代人は星霊銀を持ち出さずこの場へと残したのか……。


「人の意志か……。上界ができる前から、人は呪海の力と戦っていたんだよね?」


 ソロンはメリューのほうを(うかが)った。長命の銀竜族は人間よりも、遥かに古代の知識に通じているのだ。


「そうだな。その名にある通り、星霊銀はこの星が呪海に(あらが)うために生み出した抗体だといわれている。それが真実かどうかはさておき、現にこの金属は呪海の力への強い抵抗を持つ。古代人もそれは知っていたはずだ」

「ここの王様も私達が来るのを待ってたんじゃないかな」


 ミスティンは都合の良い論理を展開するが、意外にもアルヴァは賛同した。


「そうかもしれませんね。当時、星霊銀があっても、それを持って呪海に対抗する技術がなかったのでしょう。それゆえ、後世に託すしかなかったとも考えられます」

「もっとも、現在にしても呪海の力と戦うのは容易ではないがな」


 と、メリューは皮肉げに苦笑する。


「それでも、使えるものは使わせてもらうよ。古代人が何を考えたにせよ、この先を生きるのは僕達なんだから」


 輝く神秘の金属を前にして、ソロンは決意を口にした。


 その後、三階を一通り確認し、それ以外には星霊銀がないと確認した。

 島中を探し回れば、他にも発見できる可能性は否定できない。けれど、呪海の王が今も上界を闊歩(かっぽ)している以上、そこまでの猶予(ゆうよ)はなかった。


 星霊銀の棒は、兵士達が六角形の箱ごと運ぶことにした。

 各自の(かばん)へしまうには棒は長く、無闇に外気へさらすのも不安があった。やはり、長年保管された箱のまま、運ぶのがよいと判断したのだ。


 相当に重いらしく、五人がかりでも軽々とはいかないようだ。それでも仲間内で交替しながら、辛抱強く箱を運び続けた。

 ソロンやグラットも何度か手伝ったが、まさしく鉛のような重さだ。その他の財宝の回収は、やはり諦めたほうがよさそうだった。


 魔城を出た時には、既に夕日が沈もうとしていた。

 このまま夜を迎えれば、星の光すらも届かぬ真正の暗闇が来るだろう。上界を覆う黒雲は、星や月のかすかな光すらも通さないのだ。


 それでもランプを頼りに強行すれば、今日中に船まで戻るのも不可能ではない。だが、仲間達も妖花と戦い、城内を捜索し続けたため疲労は深かった。

 ソロンは無理をせず、城の近くにある建物を借りて休息を取るのだった。


 *


 翌朝、魔の島から脱出するために一行は出発した。今も船に残した船員と兵士達は、黒雲下の海で不安にしていることだろう。


「こうなると車があればよかったですね」


 魔城から港へ向かう帰り道、アルヴァがつぶやいた。実際、馬車とはいわずとも、手押し車の一つでもあれば、随分と楽をできたはずだった。

 見る限り、島には車輪らしき乗り物も存在するらしい。……が、なんせ車輪も車体もどうしようもなく古いものしかない。いつ壊れるか分からない物に、貴重な星霊銀を預けられなかった。


「まあ、仕方ないよ。これでも運べているし」


 結果、ソロンが取った手段は車輪以上に原始的なものだった。

 民家から適当に拾ってきた板を地面に敷いて、その上に六角形の箱を乗せる。板と箱をくくりつけた上、ロープで牽引したのだった。

 その点、帰りが下り坂なのは幸いした。数人でロープを引っ張り、別の数人で箱が倒れないように支える。それだけで、円滑に帰り道を進むことができたのだ。


 数時間の行程を経て、一行は港へとたどり着いた。

 港は相変わらず海から生える植物に覆われていた。板を引きずるのは諦め、星霊銀の箱を持ち上げて運ばねばならなかった。

 もっとも、ここまで来れば小舟まではあと少しだ。これが最後のひと踏ん張り――と誰も不満を漏らす者はない。


 海から生える樹木の下をくぐり抜けながら、石造りの桟橋を歩き続ける。じきに三隻の小舟が見えてきた。

 小舟はいずれも、港を包む樹木にくくりつけられていた。もちろん、降りる際にミスティン達がそうやって係留したのだ。


 行きは三隻の小舟に分かれ、四人ずつで乗って来た。帰りも同じように――と行きたいところだが、そうはいかない。

 なんといっても、星霊銀の箱が重すぎるのだ。

 ここまで苦労した挙句、舟が沈んで星霊銀は海の藻屑(もくず)へ――となっては、洒落にもならない。


「乗せただけで沈んだりしねえよな?」


 グラットの危惧を、ソロンは否定する。


「いや、それはないと思うよ。行きは大の男が四人乗っても余裕だったんだし。感覚的にはこの箱、アルヴァ四~五人分ぐらいの重さじゃないかな?」


 何気なくそんな例えをしたら、


「私を単位代わりにしないでください」


 アルヴァにしかられた。


「いや……。何度か抱えたから重さが分かるっていうか、大の男四人よりは軽いっていうか……」

「……まあ、いいでしょう。言いたいことは何となく伝わりました。しかし、そうなると舟にはあと一人か二人しか乗れませんね」

「そ、そうなんだよ。それだと必死に漕がないと進めそうにないな。やっぱり、箱を捨てて、中身を分けるべきかな?」


 行きは三~四人がかりで舟を漕いでいた。だが、箱を乗せれば重くなるため、乗員を減らす必要があるのだ。一層、漕ぐのは大変となるだろう。


「いいえ、私が乗りましょう。人力では困難でも、私なら可能です」


 アルヴァは腰のベルトに差した杖を示した。


「なるほど……。それじゃあ、僕も一緒に乗るよ。もう一人ぐらいは問題ないと思うし」



 兵士達が星霊銀の箱を、慎重に小舟へと運び込む。重みを受けて、ずんと小舟が沈み込んだ。

 続いて、二人が小舟へと乗り込む。ソロンは前方に座り、アルヴァは後ろに立った。


 箱は異様に大きいため、舟を分断する格好になるがやむを得ない。

 アルヴァの魔法は後方に水流を発生させ、推進力とするものだ。必然的に彼女は後方に陣取る必要があった。

 そして、残るもう一人も進路取りをしなくてはならない。ソロンが前方に立つのもやはり必然だったのだ。


 ソロン達が四人乗りの舟を二人で占めたため、自然、残りの舟には五人ずつが乗り込んだ。元々、余裕があったためか、重量の問題はないようだった。


 樹木にくくられた(つな)をほどけば、小舟が動き出した。

 魔の島の周囲に張り巡らされた海の森を抜けて、母船へと帰還するのだ。

 まずはソロンが少しずつ力を入れて、(かい)で漕ぎ出す。予想通りではあるが、舟の動きは鈍かった。


「行きます」


 かけ声と共に、後尾のアルヴァが魔法を発動する。水流が放出され、小舟が一気に加速を始める。

 前方にいた舟との距離が、みるみる縮まっていく。あちらの舟には、グラットとメリューが乗り込んでいた。


「少し飛ばし過ぎではないか?」


 メリューが振り返って、忠告してくれる。今日も彼女らの舟は、ソロン達を先導してくれているのだ。


「僕もそう思うけど……!」


 ソロンは慌てて、櫂を漕ぎながら進路を調整しようとするが、ほとんど効果がない。星霊銀の重みのせいで、舟が悪い意味で安定してしまっているのだ。


「――アルヴァ、もうちょっとゆっくり」


 予想以上の加速に、ソロンはやむなくアルヴァを制した。


「これでいかがですか?」


 精密な制御で、アルヴァは速度を調整してくれる。


「うん、いい感じだ」

「指示をくだされば、こちらで進路も調整しますよ」

「それじゃ、少しだけ左に向けてくれるかな?」

「了解です」


 指示した通りに、舟の進路がわずかに左を向く。水流の放出する方角を、右に向けて調整したのだろう。

 六角形の箱が壁になるため、お互いの顔は見えない。それでも、二人で声をかけ合いながら、舟を動かし続けた。


「いい調子だよ、アルヴァ!」


 後ろからミスティンの声が聞こえる。

 後方の舟には、ミスティンと四人の兵士達が乗り込んでいた。ミスティンは弓を構えながら、魔物の襲撃がないかを警戒してくれているはずだ。

 こちらの舟が不自由な分は、前後の舟にいる仲間が補ってくれていた。


 やがて、小舟が海の森を抜け出した。

 そして、前方に広がる大海原。

 洋上には、(いかり)を下ろして停泊する帆船(はんせん)の姿もあった。


「見えたよ、アルヴァ! そのまま直進でお願い」

「はい!」


 心なしか、アルヴァの返事も弾んでいた。

 ソロンが合図の炎を打ち上げれば、大勢の船員が甲板(かんぱん)に姿を現した。どうやら、みな待ちわびていたようだった。


 *


 そうして、小舟は母船へとたどり着いた。

 こちらの帰還を真っ先に喜んだのは、船員達だった。黒雲下の船で夜を過ごすのは、予想以上に恐怖だったようだ。

 実際、何度か魔物の襲撃に遭ったらしく、その度に兵士達が追い払ったのだという。熟練の兵士達は大した相手ではない――と笑っていたが、船員達はそうもいかなかったのだろう。

 ともあれ、船員達も冒険の成功を知るや、一緒になって喜んでくれた。


 数百年に渡って謎に包まれていた魔の島の伝説は、こうして新たに塗り替えられたのだった。

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