封印の箱
食事を終えたソロン達は、全員で魔城の探索を再開した。
城内には相変わらず、妖花の枝葉が残っていた。
もっとも、今となってはそれも動くことのない残骸に過ぎない。枝葉を根城とする虫達こそ残っていたが、宿主が滅んだ今、いずれは滅びゆく運命だろう。
ソロンは迷いなく、枝葉で埋め尽くされた廊下を引き返していく。
たどり着いたのは二階へ上がる階段だった。妖花の触手が妨害していたため、先に進めなかった場所である。
今やその階段も、触手の残骸によって埋もれていた。
触手を避けては階段を登れない。ソロンは触手を踏みつけながら、一歩を踏み出した。
「害がねえのは分かるけど、やっぱ気持ちわりいな」
「それには同意しよう」
グラットとメリューは言い合いながら、ソロンの後ろへと続いてくる。他の仲間達も同様に、触手を踏み越えながら登っていた。
階段はさらに上、三階まで続いているようだった。とはいえ、ひとまずは近場である二階の探索へ向かう。
二階には大きな窓が開いていた。かつては硝子や格子がはまっていたのかもしれないが、今は単なる横穴に過ぎない。
二階への進路を妖花がふさいでいたのは、この窓から外へ獲物を逃がさないためだろう。
窓から覗けば、外はまだ昼闇の時間らしく真っ暗だ。遥か遠く――海の向こうの白雲の下が、光の帯のように煌めいていた。
見つかった扉を、例によって横へと開く。
室内は意外なほど綺麗だった。密閉された扉のおかげか、触手が入り込んでいなかったのだ。
「これって剣かな?」
と、ミスティンが床に転がる棒のような物へと近づいた。元々は壁にかけられていたと思われるが、壁かけ用の金具が年月に耐えられなかったらしい。
「――むう、固い!」
ミスティンは鞘らしき物から、中身を引き抜こうとするが、固くて抜けなかった。
すぐに諦めて、グラットの手へと引き渡す。
「任せな。……うおりゃっ!」
グラットが鞘の中身を力強く引っ張った。中身はあっさりと鞘から抜け出し、勢い余って床へ転がった。
「やった!」
ミスティンは喜び勇んで、鞘の中身の元へと走り寄る。
「――……錆びてる」
しかし、それを目にするなり、がっかりした口調でつぶやいた。
アルヴァも近づいて、蛍光石でそれを照らす。剣であったと思しきものは、刃の潰れた赤茶色の棒と化している。金属らしい光沢を放つこともなかった。
「ここまで酷ければ磨いても無駄でしょうね。何にせよ、星霊銀ではないと思います。皇城にあった剣も、錆びは一切ありませんでしたから」
「まあでも、下の階よりは目ぼしい物が多い気がするね。この調子で探してみよう」
ソロンはミスティンの肩を叩いてなぐさめた。それから、室内に目ぼしい物がないかと足と目を動かしていく。
根気よく二階の捜索を続けたが、星霊銀は見つからなかった。
それでも、形の整った壺、錆びてはいるが形の残った武器など、二階には一階よりも見るべき物が多く目に入った。二階には一階よりも上流階級の者が住んでいたのは確かなようだ。
アルヴァは何かを見つける度に立ち止まって、それらを見分していた。彼女の好奇心をくすぐるものだったのは、想像に難くない。
もっとも、ソロンからしてみれば、ガラクタと区別がつかなかったが……。
二階の調査を終えて、三階へと登った。
どうやら、この階が最上階らしい。王族が暮らしていたとすれば、この階層だろうというのがアルヴァの見立てだ。否が応でも期待が高まるが、同時に不安も湧いてくる。
「こんだけ苦労したんだ。ちっとぐらいは収穫がねえとな」
そんなソロンの心境を代弁するように、グラットがこぼした。
「苦労が成果を保証すると思うでないぞ。それは甘い考えだ」
それをメリューが悲観的に諌めるが、
「……ババ臭い発言だな」
グラットが小声でつぶやいた。
「ほう」
途端、メリューの瞳が紫の光を放った。銀竜族は人間を遥かに凌駕する聴力を誇っている。つまり地獄耳なのだ。
「ほぎゃ! 何しやがる」
グラットが奇怪な悲鳴を上げた。その茶髪が重力に逆らい、急速に逆立っている。元からツンツンしていた髪質が、さらなる領域に達していた。
「おー、ハリネズミだね」
と、ミスティンは大喜びだった。
*
三階の廊下まで足を踏み入れれば、枝葉の数が目に見えて減った。さすがの妖花も、ここまで触手を伸ばすには至らなかったらしい。おかげで探索が随分とやりやすい。
「おお、なんか立派な扉があるね」
ミスティンがはやる気持ちを隠しきれずに声を上げる。
それは入口の城門によく似た両開きの金属扉だった。けれど、金細工と宝石による装飾が施されている点で大きく違っていた。
金も宝石も大きな経年劣化をしておらず、往時の姿を留めていた。金細工の表面はくすんでいたものの、磨けば輝きを取り戻せるかもしれない。
「こりゃあ、期待できそうだな。ソロン、開けてみようぜ」
グラットが左側の扉に手を当て、弾んだ声で呼びかけてくる。
ソロンも頷いて、右側の扉に両手を押し当てた。扉は例によって、左右に滑る形式になっているようだった。
「ぐぐっ、固いな……」
扉は重く、簡単には動かない。それでも、カギがかかっている気配はないため、力任せでどうにかなりそうだ。
「ソロン、グラット、がんばって!」
ミスティンが背後から応援してくれる。手助けするつもりはないらしい。
「ソロニウス殿下、お助けします」
見兼ねた兵士達が助力を加えれば、扉はゆっくりと滑り出した。
真っ暗な室内をアルヴァの蛍光石が照らし出す。
「うわー……!」
ミスティンの口から感嘆の溜息がこぼれた。
「すごい、黄金だ!」「とんでもない量だな……!」
兵士達からも次々と驚きの声が漏れていく。
目に入ったのは金色が、まばゆい光を反射する姿だった。
室内には、扉の装飾を上回る黄金と宝石がきらめいていたのだ。
数千年の時を経たはずの金細工は、今も色あせていない。赤、白、青、緑……金細工を彩る宝石も、人を引きつけてやまない魔力を放っていた。
重い扉で密閉されていたため、保存状態が一層と良かったのかもしれない。
「ひゃー、これだけあれば、俺達全員が一生遊んで暮らせるんじゃねえか!?」
グラットが落ち着かなげに叫び出す。
「ふん、俗物めが。ここにある財産はイドリス王国の資産であろう。そもそも、我らの目的を忘れたのか?」
「固いこというなよ。見た目は子供のクセに子供心のねえ奴だな。なあ、ソロン?」
調子の良いグラットに、ソロンは苦笑しながらも。
「あはは……。さすがに今は星霊銀の捜索が優先だけどね。それでも、後日それなりの報償は出せると思うよ」
恐らくは後日、兄が兵を増員して財宝を回収することになる。それによって、イドリスの国庫は潤うはずだった。
そして、その見返りを受ける権利も仲間達にあるはずだ。兵士達も含め、これだけの危険を冒して協力してくれた。報償を与えるのも指導者の務めというものだろう。
「おう、さすがソロニウス殿下は話が分かるじゃねえか」
と、グラットは一層調子よく、ソロンの肩を叩いてくる。
「しかし、本当に保存状態が良いですね。よほど純度が高いのか、乾燥した環境が幸いしたのか……。個人的に金は華美に過ぎて好みではありませんが、後世まで形が残るのは素晴らしい美点ですわね」
アルヴァは単純な金銀には興味を引かれない性格である。それでも、この財宝を前にしては饒舌になるようだった。
「感動するのはよいが、我らが探すのは星霊銀だぞ」
そんな中でも、メリューは冷静に皆をたしなめる。
「大丈夫、みんなだって分かってるよ」
ソロンは頷き、捜索のために改めて室内を見回した。
天蓋付きの寝台に、大理石が敷き詰められた床。
壁には至るところに絵が描かれており、緑豊かな草原を駆ける獣達の姿が描かれている。黒雲下に収まる前、在りし日の魔の島の姿だろうか。
窓らしきものもあるが、そこも金属の戸で閉じられている。
こうして見ると、部屋の主は部外者の侵入を強く警戒していたのかもしれない。状態のよさは、外部から密閉されていたことが大きいようだ。
部屋の主は言うまでもなく権力者だろう。それも、恐らくはこの島の最高権力者だ。
個人の部屋としては極めて広いが、家族などと合わせて暮らしていたのかもしれない。やはり、ソロン達には知る由もないが……。
この部屋からは、さらに複数の部屋へ扉でつながっているようだ。ソロン達は手分けして、部屋を捜索することにした。
*
「ソロニウス殿下、一つ気になるものが」
兵士の一人がソロンを呼んだ。
駆けつけてみれば、倉庫らしき部屋の中に大きな箱が鎮座していた。
金属製かつ六角形の箱は、奇妙なほどに古さを感じられない。それは室内で異様な存在感を放っており、嫌でも注目を引きつけた。
「これは……?」
「見ての通りです。力づくでフタを開けようとしたのですが、一向に動く気配すらなく……」
四人の兵士が箱を囲んでいたが、いずれも途方に暮れているようだった。
彼らが協力して箱を開けようとしたのだろう。中には力自慢の熊男すら含まれているが、それでも微動だにしないとは尋常ではない。
ソロンも挑戦してみたが、確かにフタは溶接でもされているかのように動かなかった。
「う~ん、この模様は何かな。どこかで見たような……?」
早々に諦めたソロンは箱の上部――フタらしき部分の表面へと目をやった。
そこにあったのは、奇妙な紋様だ。紫色の塗料によって、幾何学的模様が幾重にも刻まれている。塗料は時間の経過を一切感じさせないほどに鮮やかだった。
気を引かれたのは、紋様の形状だけではない。これに似た雰囲気のものを、ソロンは見た記憶があったのだ。
仲間達に相談をしようか――と、後ろを振り返れば、
「なになに、星霊銀?」
ミスティンが小走りで駆け寄ってきた。彼女に遅れて、他の仲間達も近寄ってくる。
「ほほう、これは封印の紋様だな」
見るなり、メリューが断定した。
「封印……そっか! 確か、ベスタ島の遺跡でも似たようなものを見たんだよね。もしかして、ドーマ連邦でも使ってるんだ?」
「うむ、古代から存在する技法だ。国宝を保管する際、劣化を防ぐために施すことがあるな。さらには盗難を防ぐ効果も期待できる」
封印されたものは、熟練の魔道士以外には取り出すのが困難となる。さらに特筆すべきは、時間による劣化が停止することだ。
それゆえ、何百年も前のものが、新品同然のまま残される可能性がある。……というのは、アルヴァもしていた説明だった。
メリューは語りながらも、顔をしかめて。
「――しかし、こうなると難しいな。このような強固な封印を解呪するには、それ相応の技量と準備がいる。箱ごと船に運ぶのはどう――」
「解呪なら私でも可能かもしれません。試してみましょう」
メリューの言葉を遮ったのは、アルヴァだった。
そうして、アルヴァは杖先に灰色の魔石を取りつける。これも確か、ベスタ島の遺跡で使っていた封印解除の魔石だ。
「……そなたは本当に何でもできるのだな。父様が最も見所のある弟子と評するだけはある」
メリューが尊敬と少しの嫉妬をにじませながら、アルヴァへ眼差しを向けていた。
「まだ成功すると決まったわけではありませんよ。……いきます」
アルヴァは六角形の箱へと杖先の魔石を向けた。
箱を囲んでいた兵士達も後ろへ下がり、固唾を飲んで見守る。
魔石が淡く輝くのに呼応して、箱の表面にある紋様も輝き出した。
「おお、なんか久しぶりだな」
「いい感じだね!」
グラットとミスティンが期待に声を上げた。
光が徐々に収まると同時に、紋様が薄れて消えていった。
「手応えはありました。成功であったならば、後は力づくで開くはずです」
アルヴァにうながされ、兵士達がフタへと手をやる。
四人がかりで力を入れれば、今度こそフタは呆気なく持ち上がった。