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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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地底湖に浮かぶ花

「いるな」


 メリューが真っ先にその存在に気づいた。


「デケえな……」

「呪海の王よりは小さいよ」


 ミスティンが指摘すれば、グラットも苦笑する。


「そりゃそうだ。あんなん他にあってたまるかよ」


 遠く前方に広がっていたのは、大きな地底湖だった。水源があるというアルヴァの予測は的中したわけだ。

 もっとも、一同が注目したのはそこではない。


 巨大な紫色の花が、地底湖の水面に浮かんでいた。いや、浮かんでいるのではなく、水底まで根を伸ばしているのかもしれない。ひょっとして、水草の(たぐい)だろうか。

 ともあれ、花から伸びる枝葉が洞窟を通り、城内まで続いていたのだ。

 この方角から見える枝は十数本程度に過ぎない。それが途中で複雑に枝分かれすることで、あのような光景が生み出されたのだろう。


「妖樹じゃなくて、妖花だったね」


 ミスティンが呑気な指摘をしながら、それでも油断なく弓を構えた。


「逆に言えば、あれを倒せばそれで終わりってわけだ」


 ソロンは愛刀を握りしめ、妖樹あらため妖花へと刃先を向けた。


「ここが無人島である以上、どこに根を張るのも自由です。ただ、私達に挑んだ報いは受けてもらいましょう」


 アルヴァはいつもの強気で、杖を握りしめる。杖先の緑風石に魔力が集まり、空気の渦を巻いていた。


 こちらの敵意を察知してか、先に動いたのは妖花だった。

 触手をしならせ、襲いかかってくる。こちらと妖花の距離は、目測で百歩以上。それだけの距離をうねる触手は、まるで迫る波のようだった。

 城内で見たそれよりも、触手は何倍も太い。それこそ、丸太と表現しても大袈裟ではないほどに。


 対するアルヴァも、真っ向から風刃の魔法を放つ。

 放たれた風刃が触手に衝突した。切断を狙った一撃のはずだったが、余りにも触手は太すぎた。衝撃で勢いを相殺(そうさい)はしたが、触手を切断するには至らなかったのだ。


「やあっ!」


 そこにソロンが飛び出した。蒼煌の刀を振り下ろせば、勢いの落ちた触手はたやすく斬り裂かれる。

 落下した触手が、陸に上がったウナギのようにのたうっていた。……気持ちは悪いが、害にはならないと見て放置しておく。


 それよりも、向かってくる触手は尽きることがなかった。

 兵士達は探検用の軽装ゆえに、鎧を身に着けていなかった。それでも、兵士達は二人がかりで剣を使い、触手を受け止める。


「うあっ!」


 激しい音が響き、剣も兵士も吹き飛ばされた。

 触手がとどめを刺そうとうごめくが――


「おい、大丈夫か!」


 グラットが槍を振るって、触手を断ち切った。兵士達は起き上がれないでいるが、大きな怪我はなさそうだった。


 メリューは短刀を何本も投じながら、戦場となった洞窟を走り回る。だが、大量の短刀も、丸太のような触手に跳ね除けられてしまう。

 唯一、効果があるのは愛用の二本だ。炎と冷気――二つの魔刀を突き刺し、触手の一本をようやく仕留めた。


 ミスティンは後列に下がって、矢を放ち続けている。空を切り裂く矢が、触手の勢いを着実に殺してくれる。

 もっとも、武器の性質上、触手に接近されては抵抗ができない。慎重に動かざるを得ないようだ。


「厄介な相手だな……」


 ソロンは刀を振るいながらも、妖花の動きを観察していた。

 問題は触手が切れ目なく襲ってくること。何本にも枝分かれした触手を、一本や二本切り落としたところで焼け石に水だ。

 となれば、(ふところ)に飛び込んで本体を叩くしかない。根本に近づけば、触手も枝分かれしていないため、本数も少なくなるはずだ。


「私が道を作ります。ソロン、行けますか?」


 アルヴァも同じ結論に達したらしく、声をかけてくる。

 いつの間にか彼女の杖先には、雷の魔石がはまっていた。杖先の雷光石はバチバチと弾けるような音を立てながら、輝きを放っている。既に魔力の集中に入っているのだ。


「やってみる」


 ソロンは頷き、下段に構えた刀へ魔力を込めた。

 もっとも、近づくのは簡単ではない。

 妖花に近づけば、それだけ敵の攻撃は激しくなり、触手は太さを増す。現状をどうにかソロン達がしのげているのは、距離を取っているお陰でもあった。


「――みんなも援護してもらっていいかな?」


 だからそこは、仲間達に助けてもらう。


「ほい!」


 ミスティンも元気な返事と共に、弓を構えた。


「分かったが、早いとこ頼む。正直、手に負えねえぜ」

「同感だ。援護は任せておけ」


 グラットとメリューも、触手をさばきながらソロンを後押しする。

 アルヴァは両手を弓矢のように構えて、杖を妖花へと突きつけていた。

 杖先の雷光石がまばゆく輝き、暗い洞窟が照らし出される。集まった魔力が収まりきらず、光となってあふれているのだ。


 そして、放たれたのは彼女の切り札――雷鳥の魔法だった。

 闇を切り裂く稲妻が、妖花を目指して突き進む。


 その時、雷鳥を追うかのようにソロンは駆け出していた。

 本体を守ろうと、触手が次々と稲妻の進路をふさいでくる。だが、それも稲妻に貫かれ、またたく間に消し飛ばされていく。

 何本もの触手を飲み込んだ雷鳥が、妖花へ直撃。雷鳥は砕けて閃光へと転じた。


 もっとも、距離があるため、決め手にはならないだろう。決めるのはソロンなのだ。

 妖花とはまだ五十歩以上の距離がある。動物なら見られるはずの怒りや驚き、恐怖といった感情は(うかが)えない。


 ともあれ、ソロンの前方にあった触手は大半が消し飛んでいた。床には残骸もなく足元から奇襲される心配もない。

 地底湖の上に浮かんでいた妖花が、その巨体を揺すり出す。静かだった地底湖に波が生まれる。

 何をするかと思いきや、体の側面と背後にあった触手を動かし、正面へと移動させてきた。いかにアルヴァの雷鳥でも、正面以外の触手を消し飛ばすのは困難だったらしい。


「ソロン、任せて!」


 ミスティンの放った矢が、ソロンの隣を駆け抜ける。一点集中された風の力は、太い触手をも貫いた。


「俺もいるぜ」


 ソロンのすぐそばを走っていたグラットが、触手の一本へと槍を突き立てる。それだけでは、触手を貫くこともできなかったが――


「――おらよっ!」


 グラットが叫ぶなり、槍に魔力が込もった。

 触手は突如、巨大な重力を得て地面へと落下した。振動を響かせながら、触手は地に縫い留められる。そこからつながる枝も、まとめて動きを止めた。


「ソロン、早くゆけ!」


 メリューも短刀を一挙に投じて、ソロンに迫ろうとした触手を押し返す。

 しかし、それでも止めきれない一本が、ソロンへと迫る。


「ぬおっ!」


 剣を構えた兵士達が、触手の攻撃を受け止めた。凄まじい衝撃に兵士達は吹き飛んでいく。

 ソロンは心配になって目を向けるが――


「我らにできるのはこれぐらいだけ。ソロニウス殿下、後はお願いします!」


 転がりながらも、兵士はソロンに向かって叫んだ。

 ならば、ソロンも迷わない。

 妖花は目前だ。地底湖の上に浮かびながら、体をくねらせている。相変わらず感情は窺えないが、平常心でいられないのは確かだろう。


 妖花は体を振って、触手をそばへ引き戻そうとする。だが、その猶予(ゆうよ)を与えるつもりはない。触手を長く伸ばしすぎたゆえに、引き戻すのも一苦労なのだ


(ふところ)がお留守だよ!」


 ソロンが振り上げた刀には、青い炎が宿っていた。仲間達が援護してくれている間に、十分な魔力をたくわえておいたのだ。

 手加減はいらない。ここには地底湖がある。広い空間がある。炎が広がる心配もないだろう。


 ソロンは妖花に向けて、蒼煌の刀を振り下ろした。

 激しい蒼炎が、波濤(はとう)のように妖花へと殺到する。炎は広がり、妖花が伸ばそうとした触手をも飲み込んでいく。

 地底湖の表面が蒸発し、猛烈な蒸気が吹き上がる。妖花の姿が白い霧に覆われるように隠された。


 蒸気の霧が晴れた後には、ただ地底湖が残るばかりだった。妖花の残骸は燃え尽きたか、あるいは湖に沈んでいったのだろう。


 *


 妖花の枝葉が散乱している中を、ソロンは歩いて戻る。

 途中、負傷した兵士達を、ミスティンが回復の魔石――聖神石(せいしんせき)で治療していた。


「うまくいきましたね」


 アルヴァは手頃な岩に腰かけながら、こちらを待っていたらしい。しっかりした足取りでソロンへ近づくや、手を差し出してくる。

 どうやら、あれでも魔力に加減をしたらしい。雷鳥を放った後でもわりかし健在なようだった。

 ソロンはいつかしたように、アルヴァと手を合わせて小気味よい音を鳴らした。


「一仕事終えたって感じだな」


 触手から引き抜いた槍を布で丁寧にぬぐいながら、グラットはつぶやいた。


「一応言っておくが、何も終わっていないぞ。我らの目的は妖花の撃破ではない」


 喜ぶ仲間達へ、メリューが水を差すが、


「知ってるけど、空気読みなよ。今は勝利を喜ぶ時間だから」

「ぐっ……。納得いかん」


 ミスティンにポンポンと頭を叩かれて、メリューは腹立たしげにうなっていた。


「……さて、どうしますか? さすがにもう危険はないと思いますが」

「そうだね。アルヴァも疲れてるだろうし、どこか他の建物で休んだらいいよ」

「あなたは休まないのですか?」

「夜までには時間があるはずだから、昼食を取ったらもう少し探ってみる。一つ気になるところがあるんだ。ほら、金持ちが宝物を置くのは上の階だって、君も言ってたでしょ」


 妖花が触手を動かし出してから、一同は酷く緊張した状態を強いられていた。体感では長い戦いだったが、実際には一時間程度しか経過していない。今はまだ昼過ぎといったところだろう。


「それなら私も行きます。星霊銀は帝国にとって希望ですから」


 アルヴァは有無を言わさぬ調子で言い切った。


「いいけど、無理しないでね」


 ソロンがしぶしぶそう言うと、


「ソロン、お腹空いた」


 遠くからミスティンの手が上がった。どうやら、兵士達の応急処置を終えたらしい。


「俺も俺も。メシにしようぜ」


 グラットもすかさず賛同する。


「もしや、ここで食事を取るつもりですか?」


 アルヴァは呆れるように洞窟内を見渡した。辺りには死骸となった妖花の触手が散乱している。


「仕方ないよ。これでも城内よりはマシだし、外に戻ってもまだ昼闇だろうからね」


 そうして、一同は洞窟の中で食事を取るのだった。

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