根本を断つ
ソロンは改めて室内へと目をやる。窓のない完全な密室だ。光源はアルヴァの蛍光石と兵士達の松明しかなかった。
仲間達はすっかり疲れ切り、息を荒くしていた。
ミスティンに至っては、ぺたりと床に座り込んでいる。いや、これは疲労というより、単に行儀が悪いだけかもしれない。
そんな中でも、メリューは落ち着き払って歩み寄ってくる。
「ひとまず急場をしのげたが、星霊銀を探すどころではなくなったな」
「場合によっては、城からの脱出を優先したほうがいいかもね。どっちにしろ、すぐには襲ってこないだろうし、ゆっくり考えようか」
「なあおい、思ったんだけどよ。俺達、逃げたって言うより、閉じ込められたんじゃねえか」
グラットが不安そうに扉へと目をやる。
「そう言われたら、心配になるんだけど……」
これが動物型の魔物だったら、敵が諦めるまで待つという選択肢も有効だろう。
しかしながら、敵は植物だ。腹を空かせて、引き下がるなんて発想があるかも不明だ。先程は諦めたようだが、今も扉の向こうで触手をゆらして待ち構えているかもしれない。
根比べをすれば、先に音を上げるのが、どちらかは言うまでもなかった。
「いずれにせよ、長居は無用でしょう。方針を決めたら突破に動くべきです」
当然アルヴァも理解しているらしい。既にその瞳は次を見据えていた。
「分かってる。それでみんなに相談したいんだけど……」
「ねえ、あれって結局なんなのかな?」
ソロンの言葉を、ミスティンが遮った。もっとも、それはソロンが聞きたかったことと大差はない。
「妖樹の類なのは間違いなかろうが、それにしても得体が知れぬな」
「アルヴァはひとつなぎの植物だって言ってたよね。やっぱり、あれ全部が――ってこと?」
ソロンはアルヴァの言葉を思い返し、そして尋ねた。
「全てが一つに集約されるのかは分かりませんが、恐ろしく巨大なのは確かでしょう。あの触手は一端に過ぎないと思います」
「どこかに本体がいるってことだよね。そいつを倒すのはどうかな?」
「悪くはねえと思うが、どこにいるかだな」
「触手が伸びてくる方向に行けばいいんじゃないの?」
ミスティンがそんな意見を述べるが、ソロンは眉をひそめる。
「難しいな……。さっき見た感じじゃ、至るところから伸びてたし。どっちから来てるかなんて、分かんなかったよ」
「少なくとも、そこから右だと思うよ」
と、ミスティンは扉のほうを指差す。
「ほう、その根拠は?」
興味を引かれたらしく、メリューが問う。
「まず、入口はないよ。外までは伸びてなかったし。それから登り階段もない。植物だもん、空に向かっても養分になるものはないから」
思いのほか論理的にミスティンが説明する。
「つまり、右に曲がって地面に接している箇所を探せばよさそうですね。有力なのは中庭か、はたまた地下か……。さすが、ミスティンはお利口です」
「えへへ、褒められちゃった」
ミスティンは嬉しそうに頭をかいた。どこかアルヴァに子供扱いをされている気がしないでもないが……。
「しかし、となると途中の階段や入口をふさいでいた意味はなんだ? 自分の弱点となる本体を守っているわけではないのか?」
メリューが幼い顔をしかめた。
「エサを逃したくなかったんだよ。逃げるにしても、自分の元に来て欲しかったんじゃないかな」
「それだと、僕はまんまと誘導されたってわけか……」
「そういうことになりますが、あの時点では妥当な判断でしょう」
「ちっ……草のくせに、上等じゃねえか」
グラットはそう吐き捨て、扉のほうをにらんだのだった。
*
しばしの休憩を兼ねて、作戦会議に一同はいそしんだ。
アルヴァの懐中時計によれば、時刻はもはや昼に迫っている。太陽は黒雲に隠れ、昼闇の帳が落ちている頃だろう。
もっとも、光の届かぬ密室に居座る者達には、関係ないことであったが……。
作戦が固まり、ソロンは腹を固めた。妖樹の妨害を突破し、敵の本体を撃破するのだ。
「よし、開けて!」
扉の前で刀を掲げながら、ソロンは叫んだ。蒼煌の刀は青白い光を放ちながら、来るべき戦いを待ちわびている。
「おう!」
グラットがつっかえ棒を蹴り飛ばし、扉を開いた。
ソロンの眼前に扉の向こうが広――がらなかった。
そこには妖樹の枝葉が重なり、壁のように層を構成していたのだ。こちらが休憩している間、じっと静かに待ち構えていたのだろう。
その圧力に尻込みしそうになるが、それでも想定の範疇だ。
ソロンは刀を振り下ろし、密集する枝葉をまとめて斬り裂いた。同時に刃から放たれた熱波が、妖樹の枝葉を扉の向こうへと押しやる。
「今だ!」
ソロンは横へ飛びのき、後ろに向かって叫んだ。
「了解です!」「任せて!」
二人の声が重なった。アルヴァが杖を向け、ミスティンが矢を放つ。
風の刃と風の矢が妖樹に追い打ちをかけ、吹き飛ばした。
それを確認するなり、ソロンは扉の向こうへと躍り出た。
扉の向こうをふさいでいた枝葉は、既に蹴散らされている。
「大丈夫! 行こう!」
ソロンは仲間達を呼び寄せ、廊下を右へと曲がった。
なおも触手が邪魔をしかけてくるが、着実に断ち切っていく。
敵が脅威なのは、上下、左右、前後――あらゆる方向に枝が伸びており、どこから触手を伸ばしてくるか分からない点だ。
だが、一つ一つの触手は動きが遅く、全ての触手を同時に動かしてくることもなかった。恐らく、妖樹の処理能力にも限界があるのだろう。
冷静に見極めさえすれば、ソロンにとってはそう脅威とはならない。
……もっとも、仲間達はそう簡単にはいかないらしい。時には触手に足を取られる者もいる。それでも、その度に皆で助け合いながら、どうにか進んでいく。
方々から集まる枝葉が、執拗に行先をふさいでくる。
「掃除します!」
ソロンの横へと走り出たアルヴァが、杖を構えた。
杖先の緑風石がきらめくや、狭い廊下に嵐が吹き荒れる。妖樹の枝葉もこれには耐えられず、まとめて吹き飛んでいった。
「お姫様もけっこう力業が好きだよな」
メリューと共に後方を守るグラットも、呆気にとられていた。
*
迫りくる触手を退けながら、十二人の一行は走り続けた。
「あった!」
間もなくして、地下へと降りる階段が見つかった。
ミスティンとアルヴァによれば、中庭か地下に妖樹の本体がいる可能性が高い。それ以前にも、星霊銀が地下にあるかもしれないとアルヴァは推測していた。
なんにせよ、降りる意義はあるだろう。
妖樹の枝は、階下まで続いているようだった。気のせいか、これまでよりも枝葉の密度が高い。本体へと近づいているのかもしれなかった。
熱波で枝葉を払いながら、ソロンは階段を駆け下りた。仲間達の駆け下りる音が、後ろから響いてくる。
「思ったより長いですね。これほど深くに地下室を造る必要があったのでしょうか……」
アルヴァが走りながらも、不審の声を上げる。実際、単なる地下室としては意外なほど下り階段は長かった。
やがて、長い階段が途切れた。
「えっ……」
ソロンの目に飛び込んできたのは、ぽっかりと開いた岩の空間だった。
「天然の洞窟ですか……」
アルヴァの困惑する声が周囲に反響した。それまで続いていた石造りの城とは、明らかに一線を画していたのだ。
妖樹はこの洞窟にも枝葉を広げており、そこいらの石に触手を巻きつけていた。ただ空間が広いせいか、城内よりも密度は低い。壁や天井からの急襲を心配する必要はなさそうだ。
「正解かな。水もあるみたいだし」
ミスティンは確信の声で上を指差した。
天井には鍾乳石が伸びており、そこから水滴がこぼれ落ちている。この洞窟には何らかの水源が存在し、妖樹もそこから水分を補給しているのだろう。
「……ったく、お日様のねえところで、草が繁殖するなよな」
と、グラットがボヤく。
「けど、なんで城の地下にこんな場所が?」
ソロンの疑問に、アルヴァはしばし考えて。
「城内の水源か、あるいは緊急時の避難経路といったところでしょう。その辺りも考えて、城を建造したのかもしれません。まあ、今となっては知るよしもありませんが……」
そう語りながらも、アルヴァは杖を前方に向けて風刃を放った。触手はいともたやすく一掃されていく。
「――さあ、行きましょうか」
ソロンは頷き、洞窟の奥へと足を踏み出した。
十二人の足音が広い洞窟に反響する。
アルヴァの蛍光石と兵士達のランプが辺りを照らす。だが、広い洞窟の全てを照らしきることは到底できなかった。
「前は任せておけ」
隣に立ったメリューが、その視力で油断なく前方を確認してくれる。
分かれ道こそないが、道は上下に緩急がついている。地面の死角から襲われないように警戒せねばならなかった。
進むにつれ、触手の本数が徐々に減っていく。
その反対に、太さは目に見えて増していた。もはや城内で見た触手の倍以上に達している。
これは本体が近づいている影響かもしれない。枝は枝分かれする前のほうが太いものなのだ。
そして、道が途切れた。