表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
394/441

根本を断つ

 ソロンは改めて室内へと目をやる。窓のない完全な密室だ。光源はアルヴァの蛍光石と兵士達の松明(たいまつ)しかなかった。


 仲間達はすっかり疲れ切り、息を荒くしていた。

 ミスティンに至っては、ぺたりと床に座り込んでいる。いや、これは疲労というより、単に行儀が悪いだけかもしれない。

 そんな中でも、メリューは落ち着き払って歩み寄ってくる。


「ひとまず急場をしのげたが、星霊銀を探すどころではなくなったな」

「場合によっては、城からの脱出を優先したほうがいいかもね。どっちにしろ、すぐには襲ってこないだろうし、ゆっくり考えようか」

「なあおい、思ったんだけどよ。俺達、逃げたって言うより、閉じ込められたんじゃねえか」


 グラットが不安そうに扉へと目をやる。


「そう言われたら、心配になるんだけど……」


 これが動物型の魔物だったら、敵が諦めるまで待つという選択肢も有効だろう。

 しかしながら、敵は植物だ。腹を空かせて、引き下がるなんて発想があるかも不明だ。先程は諦めたようだが、今も扉の向こうで触手をゆらして待ち構えているかもしれない。

 根比(こんくら)べをすれば、先に()を上げるのが、どちらかは言うまでもなかった。


「いずれにせよ、長居は無用でしょう。方針を決めたら突破に動くべきです」


 当然アルヴァも理解しているらしい。既にその瞳は次を見据えていた。


「分かってる。それでみんなに相談したいんだけど……」

「ねえ、あれって結局なんなのかな?」


 ソロンの言葉を、ミスティンが(さえぎ)った。もっとも、それはソロンが聞きたかったことと大差はない。


「妖樹の(たぐい)なのは間違いなかろうが、それにしても得体が知れぬな」

「アルヴァはひとつなぎの植物だって言ってたよね。やっぱり、あれ全部が――ってこと?」


 ソロンはアルヴァの言葉を思い返し、そして尋ねた。


「全てが一つに集約されるのかは分かりませんが、恐ろしく巨大なのは確かでしょう。あの触手は一端に過ぎないと思います」

「どこかに本体がいるってことだよね。そいつを倒すのはどうかな?」

「悪くはねえと思うが、どこにいるかだな」

「触手が伸びてくる方向に行けばいいんじゃないの?」


 ミスティンがそんな意見を述べるが、ソロンは眉をひそめる。


「難しいな……。さっき見た感じじゃ、至るところから伸びてたし。どっちから来てるかなんて、分かんなかったよ」

「少なくとも、そこから右だと思うよ」


 と、ミスティンは扉のほうを指差す。


「ほう、その根拠は?」


 興味を引かれたらしく、メリューが問う。


「まず、入口はないよ。外までは伸びてなかったし。それから登り階段もない。植物だもん、空に向かっても養分になるものはないから」


 思いのほか論理的にミスティンが説明する。


「つまり、右に曲がって地面に接している箇所を探せばよさそうですね。有力なのは中庭か、はたまた地下か……。さすが、ミスティンはお利口です」

「えへへ、褒められちゃった」


 ミスティンは嬉しそうに頭をかいた。どこかアルヴァに子供扱いをされている気がしないでもないが……。


「しかし、となると途中の階段や入口をふさいでいた意味はなんだ? 自分の弱点となる本体を守っているわけではないのか?」


 メリューが幼い顔をしかめた。


「エサを逃したくなかったんだよ。逃げるにしても、自分の元に来て欲しかったんじゃないかな」

「それだと、僕はまんまと誘導されたってわけか……」

「そういうことになりますが、あの時点では妥当な判断でしょう」

「ちっ……草のくせに、上等じゃねえか」


 グラットはそう吐き捨て、扉のほうをにらんだのだった。


 *


 しばしの休憩を兼ねて、作戦会議に一同はいそしんだ。

 アルヴァの懐中時計によれば、時刻はもはや昼に迫っている。太陽は黒雲に隠れ、昼闇の(とばり)が落ちている頃だろう。

 もっとも、光の届かぬ密室に居座る者達には、関係ないことであったが……。


 作戦が固まり、ソロンは腹を固めた。妖樹の妨害を突破し、敵の本体を撃破するのだ。


「よし、開けて!」


 扉の前で刀を掲げながら、ソロンは叫んだ。蒼煌(そうこう)の刀は青白い光を放ちながら、来るべき戦いを待ちわびている。


「おう!」


 グラットがつっかえ棒を蹴り飛ばし、扉を開いた。

 ソロンの眼前に扉の向こうが広――がらなかった。

 そこには妖樹の枝葉が重なり、壁のように層を構成していたのだ。こちらが休憩している間、じっと静かに待ち構えていたのだろう。

 その圧力に尻込みしそうになるが、それでも想定の範疇(はんちゅう)だ。


 ソロンは刀を振り下ろし、密集する枝葉をまとめて斬り裂いた。同時に刃から放たれた熱波が、妖樹の枝葉を扉の向こうへと押しやる。


「今だ!」


 ソロンは横へ飛びのき、後ろに向かって叫んだ。


「了解です!」「任せて!」


 二人の声が重なった。アルヴァが杖を向け、ミスティンが矢を放つ。

 風の刃と風の矢が妖樹に追い打ちをかけ、吹き飛ばした。

 それを確認するなり、ソロンは扉の向こうへと躍り出た。

 扉の向こうをふさいでいた枝葉は、既に蹴散らされている。


「大丈夫! 行こう!」


 ソロンは仲間達を呼び寄せ、廊下を右へと曲がった。

 なおも触手が邪魔をしかけてくるが、着実に断ち切っていく。

 敵が脅威なのは、上下、左右、前後――あらゆる方向に枝が伸びており、どこから触手を伸ばしてくるか分からない点だ。


 だが、一つ一つの触手は動きが遅く、全ての触手を同時に動かしてくることもなかった。恐らく、妖樹の処理能力にも限界があるのだろう。

 冷静に見極めさえすれば、ソロンにとってはそう脅威とはならない。


 ……もっとも、仲間達はそう簡単にはいかないらしい。時には触手に足を取られる者もいる。それでも、その度に皆で助け合いながら、どうにか進んでいく。

 方々(ほうぼう)から集まる枝葉が、執拗(しつよう)に行先をふさいでくる。


「掃除します!」


 ソロンの横へと走り出たアルヴァが、杖を構えた。

 杖先の緑風石(りょくふうせき)がきらめくや、狭い廊下に嵐が吹き荒れる。妖樹の枝葉もこれには耐えられず、まとめて吹き飛んでいった。


「お姫様もけっこう力業(ちからわざ)が好きだよな」


 メリューと共に後方を守るグラットも、呆気にとられていた。


 *


 迫りくる触手を退けながら、十二人の一行は走り続けた。


「あった!」


 間もなくして、地下へと降りる階段が見つかった。

 ミスティンとアルヴァによれば、中庭か地下に妖樹の本体がいる可能性が高い。それ以前にも、星霊銀が地下にあるかもしれないとアルヴァは推測していた。


 なんにせよ、降りる意義はあるだろう。

 妖樹の枝は、階下まで続いているようだった。気のせいか、これまでよりも枝葉の密度が高い。本体へと近づいているのかもしれなかった。

 熱波で枝葉を払いながら、ソロンは階段を駆け下りた。仲間達の駆け下りる音が、後ろから響いてくる。


「思ったより長いですね。これほど深くに地下室を造る必要があったのでしょうか……」


 アルヴァが走りながらも、不審の声を上げる。実際、単なる地下室としては意外なほど下り階段は長かった。


 やがて、長い階段が途切れた。


「えっ……」


 ソロンの目に飛び込んできたのは、ぽっかりと開いた岩の空間だった。


「天然の洞窟ですか……」


 アルヴァの困惑する声が周囲に反響した。それまで続いていた石造りの城とは、明らかに一線を画していたのだ。

 妖樹はこの洞窟にも枝葉を広げており、そこいらの石に触手を巻きつけていた。ただ空間が広いせいか、城内よりも密度は低い。壁や天井からの急襲を心配する必要はなさそうだ。


「正解かな。水もあるみたいだし」


 ミスティンは確信の声で上を指差した。

 天井には鍾乳石(しょうにゅうせき)が伸びており、そこから水滴がこぼれ落ちている。この洞窟には何らかの水源が存在し、妖樹もそこから水分を補給しているのだろう。


「……ったく、お日様のねえところで、草が繁殖するなよな」


 と、グラットがボヤく。


「けど、なんで城の地下にこんな場所が?」


 ソロンの疑問に、アルヴァはしばし考えて。


「城内の水源か、あるいは緊急時の避難経路といったところでしょう。その辺りも考えて、城を建造したのかもしれません。まあ、今となっては知るよしもありませんが……」


 そう語りながらも、アルヴァは杖を前方に向けて風刃を放った。触手はいともたやすく一掃されていく。


「――さあ、行きましょうか」


 ソロンは頷き、洞窟の奥へと足を踏み出した。

 十二人の足音が広い洞窟に反響する。

 アルヴァの蛍光石と兵士達のランプが辺りを照らす。だが、広い洞窟の全てを照らしきることは到底できなかった。


「前は任せておけ」


 隣に立ったメリューが、その視力で油断なく前方を確認してくれる。

 分かれ道こそないが、道は上下に緩急(かんきゅう)がついている。地面の死角から襲われないように警戒せねばならなかった。


 進むにつれ、触手の本数が徐々に減っていく。

 その反対に、太さは目に見えて増していた。もはや城内で見た触手の倍以上に達している。

 これは本体が近づいている影響かもしれない。枝は枝分かれする前のほうが太いものなのだ。


 そして、道が途切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ