妖樹の城
時を置かずして、登り階段はすぐに見つかったが――
「むー、邪魔だなあ」
うなるミスティンが前方をにらんだ。
長く続く廊下の途中に、その登り階段があった。
けれど、その入口には枝葉が密集しており、ふさがっていたのだ。床から、壁から、階段の上から――様々な方向から集まった枝葉が絡み合い、壁を作っていた。
「お任せを」
イドリスの兵士達が武器を手に、枝葉へと斬りかかる。
しかし、思いのほか強靭な枝に跳ね返されてしまう。枝の一本は大したものではないが、何重にも重なれば話は別だった。
「これは……骨が折れそうですね」
「むう、ここだけ妙に強固なのが気になるな」
アルヴァが眉をひそめ、メリューが怪しむように目を細める。
「きっと大事なものが隠されてるんだよ」
ミスティンは何やら勝手に確信したらしかった。
「ラチが明かないね。ここは僕に任せて」
しびれを切らしたソロンは、刀を鞘から抜き放った。
師匠シグトラから授かった蒼煌の刀……青い炎を放つ魔刀である。
「引火しない?」
「熱で斬るから心配いらない」
心配そうな目を向けるミスティンに、ソロンは答えた。
イドリス兵達が引き下がり、交代にソロンが枝葉の壁の前に立つ。
掲げた刀身が青く輝き、薄暗い城内が照らし出される。
ソロンは魔刀を振り下ろし、勢いよく枝葉へと斬りつけた。
何本もの枝葉が溶けるように断ち切られた。力を制御しているため、炎上もしない。さすがに全てを一撃で両断とはいかないが、数分もあれば通り道を作れるだろう。
「おお~、ソロン、カッコいい!」
ミスティンが拍手を送る。
「よし!」
気を良くしたソロンが、次なる一刀を放とうとした瞬間――
前方を覆っていた枝葉が動き出し、ソロンへと襲いかかってきた。その動きは蛇の如く。植物というよりは動物を思わせた。
「うわっ!?」
ソロンはとっさに飛び退り、同時に刀を払う。向かってくる枝が斬り裂かれ、床へと落ちた。
「なんだこいつ、生きてんのかよ!?」
グラットが困惑気味に声を上げる。
何をするつもりかは分からないが、枝葉が攻撃的な意思を持っていたのは明らかだった。
「怒ったのかな?」
ミスティンは呑気にそんなことを言い出すが――
「ミスティン、危ない!」
壁から伸びる枝がするするとうごめく。ソロンが叫んだ直後には、既に彼女の胴へと巻きついていた。
「きゃわっ!?」
ミスティンは悲鳴を上げて抵抗するが、うまく振りほどけないらしい。
「ミスティン!」
ソロンは駆け寄り、一刀のもとに枝を断ち切る。そうして、へたり込みそうになるミスティンの手を取り、助け起こした。
そうこうしているうちに、枝葉は仲間達へと触手を伸ばしていく。
「ぐわっ、こ、こいつ離れろ!?」
触手に巻きつかれた兵士が、力づくで振りほどこうとする。
だが、強靭な枝をそう簡単にはがせはしない。仲間の兵士が二人がかりで剣を振るい、どうにか断ち切った。
「妖樹の類かっ!」
メリューは念動魔法で何本もの短刀を放った。
揺れ動く細い枝を、短刀のような小振りな武器で命中させるのは難しい。それでも、メリューは見事な操作で枝を斬り刻んでいく。
だが、短刀の数本が遮られた。葉を緩衝材とされて、いくつかの短刀を巻き取られてしまったのだ。
「ちいっ、狭いところで暴れんなよ!」
グラットがその枝を槍の穂先で斬り飛ばした。狭い廊下でありながら、巧みな槍さばきだ。
「すまぬ、助かった」
床に落ちた短刀を、メリューが念動魔法だけで手元に戻した。
しかし、壁から伸びる触手は絶え間なく、襲いかかってくる。
「厄介な!」
向かってくる妖樹の触手を、アルヴァが風の魔法で斬り飛ばした。
ナイゼルが愛用している風刃の魔法だ。無闇に建物を破壊したり、炎上させたりすると自分達も巻き込まれてしまう。数ある魔法の中から、これが最善だと考えたのだろう。
「ひゃあっ!?」
しかし、そのアルヴァも触手に足を取られて、尻餅をつく。
「アルヴァ!」
ソロンは急ぎ、彼女の足元に展開されていた触手を払った。蒼煌の刀ならば、太い触手でも断ち切るのは難しくない。
「まったく……!」
アルヴァはまとわりついていた触手を蹴り払った。
毅然と立ち直った彼女は、また風で触手を斬り裂いていく。
それでも、至るところに枝葉は伸びているのだ。
全ての枝が同時に伸びてくるわけではないのだが、どこから来るかは予想がつかない。全方位からの攻撃をしのぎ続けるのは難しかった。
「――キリがないですね……」
「入口に戻ろ――」
そう言いかけたソロンだったが、振り向くや考えを変えた。
触手がゆらゆらと動きながら、狭い廊下を幾重にも重なってふさいだのだ。
「うげえ、気持ちわりいな」
うごめく緑の壁を目にして、グラットがうめく。
「逃さないというわけですか……」
「崩せるかな?」
隣に立ったミスティンが、触手の壁に向かって矢を放った。鋭い矢が枝葉を貫き、巻き起こる突風が風穴を空ける。
壁は崩れたかに見えた。
……が、周囲から現れた触手が、崩れたその場所を埋め合わせていく。
「手強そうだな。突破するか?」
メリューが触手の動きを観察しながら、尋ねてくる。
階段も無理、入口に引き返すのも難しい。
ソロンはしばし逡巡したが――
「いや、あっちだ」
残ったもう一つの方角――廊下が続くほうを指差した。
そちらも同様の植物で埋め尽くされているが、少なくとも動く触手の姿はない。少しでも安全な可能性に賭けたのだ。
たとえ、今動いていなくとも、植物への警戒は怠れない。ソロンは枝葉を斬り裂きながら、廊下を走った。
仲間達もそれに続いてくる。
「ちっ、こっちにも追ってくるぜ!」
うごめく植物は、後方からこちらを追跡するように触手を伸ばしてくる。
「メリュー、大丈夫?」
「心配いらぬ。殿は任せておけ」
遅れがちなメリューをソロンが気遣えば、彼女は力強い返事をしてくれる。
その言葉通り、メリューは短刀を投じて後方から迫る触手を断ち切っていく。打ち漏らした触手も、グラットが槍でさばいてくれた。お陰で兵士達にも脱落者はいないようだった。
どうやら心配はいらないようだ。ならば――と、ソロンは先導を続行した。
アルヴァはソロンに並びながら、杖を前方に向けて風刃を放ち続ける。同じく横に並んだミスティンも、走りながら矢を放っていた。
二人が巻き起こした鋭い風圧によって、枝葉が蹴散らされていく。
「あの部屋なら!」
ソロンは手近な扉へと駆け寄り、手をかけた。
入口と同じような金属の扉だ。押しても開かないのは予想できたため、横方向に力を込める。扉は予想通り、横へ滑りながら開いた。
足を踏み入れる前に、ソロンは慎重に室内を覗き込む。
幸い、植物の気配はなかった。扉の隙間が小さかったため、侵入する隙を与えなかったのだろう。
「大丈夫そうだね。みんな、こっちだ!」
ここならば植物の侵入を防げるかもしれない。ソロンは扉を開いたまま、入口で仲間達が駆け込むのを待った。
ソロンは十一人全員が中に入ったのを確認した。しかし、うごめく植物がまだ追ってきている。
ソロンは刀を掲げ、その魔力を込めた。刀身が青白く光り、熱がこもっていく。
「やっ!」
気合と共に、蒼煌の刀から熱波が放たれる。熱は空気を乱し、追って来る植物を蹴散らした。
その隙を見て、ソロンは室内へと駆け込んだ。
「おら、閉めるぜ」
「ありがとう」
ソロンがするまでもなく、グラットが扉を閉めてくれる。
さらにグラットは何かの棒を扉の横に立てかけ、つっかえ棒とした。
いや――よく見れば、それは妖樹の枝そのものだった。まあ、切断された部分なので、動き出すことはないだろうが……。
ソロンは扉を注意深く観察した。隙間から触手が侵入してくる気配はなさそうだ。
「ふう……」
ソロンは大きく息を吐きながら、仲間達のほうを振り向いたが――
「ソロン!」
アルヴァが強くこちらの手を引いた。
同時に、背後の扉がガタガタと揺れ出す。
「うわっ! ……ごめん!」
ソロンは勢い余って、アルヴァに抱きつくような格好になった。それをアルヴァはしかと受け止める。ソロンは慌てて反転し、扉のほうを振り向いた。
扉のわずかな隙間から、枝先が入り込んでこようとしていた。
けれど、さすがに隙間が狭すぎたらしい。しばらくすると、妖樹も枝先を引っ込めたのだった。
「――あ、諦めたみたいだね……」
そこで今度こそ、ソロンは溜息をついた。