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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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妖樹の城

 時を置かずして、登り階段はすぐに見つかったが――


「むー、邪魔だなあ」


 うなるミスティンが前方をにらんだ。

 長く続く廊下の途中に、その登り階段があった。

 けれど、その入口には枝葉が密集しており、ふさがっていたのだ。床から、壁から、階段の上から――様々な方向から集まった枝葉が絡み合い、壁を作っていた。


「お任せを」


 イドリスの兵士達が武器を手に、枝葉へと斬りかかる。

 しかし、思いのほか強靭(きょうじん)な枝に跳ね返されてしまう。枝の一本は大したものではないが、何重にも重なれば話は別だった。


「これは……骨が折れそうですね」

「むう、ここだけ妙に強固なのが気になるな」


 アルヴァが眉をひそめ、メリューが怪しむように目を細める。


「きっと大事なものが隠されてるんだよ」


 ミスティンは何やら勝手に確信したらしかった。


「ラチが明かないね。ここは僕に任せて」


 しびれを切らしたソロンは、刀を鞘から抜き放った。

 師匠シグトラから授かった蒼煌(そうこう)の刀……青い炎を放つ魔刀である。


「引火しない?」

「熱で斬るから心配いらない」


 心配そうな目を向けるミスティンに、ソロンは答えた。

 イドリス兵達が引き下がり、交代にソロンが枝葉の壁の前に立つ。

 掲げた刀身が青く輝き、薄暗い城内が照らし出される。


 ソロンは魔刀を振り下ろし、勢いよく枝葉へと斬りつけた。

 何本もの枝葉が溶けるように断ち切られた。力を制御しているため、炎上もしない。さすがに全てを一撃で両断とはいかないが、数分もあれば通り道を作れるだろう。


「おお~、ソロン、カッコいい!」


 ミスティンが拍手を送る。


「よし!」


 気を良くしたソロンが、次なる一刀を放とうとした瞬間――

 前方を覆っていた枝葉が動き出し、ソロンへと襲いかかってきた。その動きは蛇の如く。植物というよりは動物を思わせた。


「うわっ!?」


 ソロンはとっさに飛び退(すさ)り、同時に刀を払う。向かってくる枝が斬り裂かれ、床へと落ちた。


「なんだこいつ、生きてんのかよ!?」


 グラットが困惑気味に声を上げる。

 何をするつもりかは分からないが、枝葉が攻撃的な意思を持っていたのは明らかだった。


「怒ったのかな?」


 ミスティンは呑気にそんなことを言い出すが――


「ミスティン、危ない!」


 壁から伸びる枝がするするとうごめく。ソロンが叫んだ直後には、既に彼女の胴へと巻きついていた。


「きゃわっ!?」


 ミスティンは悲鳴を上げて抵抗するが、うまく振りほどけないらしい。


「ミスティン!」


 ソロンは駆け寄り、一刀のもとに枝を断ち切る。そうして、へたり込みそうになるミスティンの手を取り、助け起こした。

 そうこうしているうちに、枝葉は仲間達へと触手を伸ばしていく。


「ぐわっ、こ、こいつ離れろ!?」


 触手に巻きつかれた兵士が、力づくで振りほどこうとする。

 だが、強靭(きょうじん)な枝をそう簡単にはがせはしない。仲間の兵士が二人がかりで剣を振るい、どうにか断ち切った。


「妖樹の(たぐい)かっ!」


 メリューは念動魔法で何本もの短刀を放った。

 揺れ動く細い枝を、短刀のような小振りな武器で命中させるのは難しい。それでも、メリューは見事な操作で枝を斬り刻んでいく。

 だが、短刀の数本が(さえぎ)られた。葉を緩衝材(かんしょうざい)とされて、いくつかの短刀を巻き取られてしまったのだ。


「ちいっ、狭いところで暴れんなよ!」


 グラットがその枝を槍の穂先で斬り飛ばした。狭い廊下でありながら、巧みな槍さばきだ。


「すまぬ、助かった」


 床に落ちた短刀を、メリューが念動魔法だけで手元に戻した。

 しかし、壁から伸びる触手は絶え間なく、襲いかかってくる。


「厄介な!」


 向かってくる妖樹の触手を、アルヴァが風の魔法で斬り飛ばした。

 ナイゼルが愛用している風刃(ふうじん)の魔法だ。無闇に建物を破壊したり、炎上させたりすると自分達も巻き込まれてしまう。数ある魔法の中から、これが最善だと考えたのだろう。


「ひゃあっ!?」


 しかし、そのアルヴァも触手に足を取られて、尻餅をつく。


「アルヴァ!」


 ソロンは急ぎ、彼女の足元に展開されていた触手を払った。蒼煌の刀ならば、太い触手でも断ち切るのは難しくない。


「まったく……!」


 アルヴァはまとわりついていた触手を蹴り払った。

 毅然(きぜん)と立ち直った彼女は、また風で触手を斬り裂いていく。

 それでも、至るところに枝葉は伸びているのだ。

 全ての枝が同時に伸びてくるわけではないのだが、どこから来るかは予想がつかない。全方位からの攻撃をしのぎ続けるのは難しかった。


「――キリがないですね……」

「入口に戻ろ――」


 そう言いかけたソロンだったが、振り向くや考えを変えた。

 触手がゆらゆらと動きながら、狭い廊下を幾重にも重なってふさいだのだ。


「うげえ、気持ちわりいな」


 うごめく緑の壁を目にして、グラットがうめく。


「逃さないというわけですか……」

「崩せるかな?」


 隣に立ったミスティンが、触手の壁に向かって矢を放った。鋭い矢が枝葉を貫き、巻き起こる突風が風穴を空ける。

 壁は崩れたかに見えた。

 ……が、周囲から現れた触手が、崩れたその場所を埋め合わせていく。


「手強そうだな。突破するか?」


 メリューが触手の動きを観察しながら、尋ねてくる。

 階段も無理、入口に引き返すのも難しい。

 ソロンはしばし逡巡(しゅんじゅん)したが――


「いや、あっちだ」


 残ったもう一つの方角――廊下が続くほうを指差した。

 そちらも同様の植物で埋め尽くされているが、少なくとも動く触手の姿はない。少しでも安全な可能性に賭けたのだ。

 たとえ、今動いていなくとも、植物への警戒は怠れない。ソロンは枝葉を斬り裂きながら、廊下を走った。

 仲間達もそれに続いてくる。


「ちっ、こっちにも追ってくるぜ!」


 うごめく植物は、後方からこちらを追跡するように触手を伸ばしてくる。


「メリュー、大丈夫?」

「心配いらぬ。殿(しんがり)は任せておけ」


 遅れがちなメリューをソロンが気遣えば、彼女は力強い返事をしてくれる。

 その言葉通り、メリューは短刀を投じて後方から迫る触手を断ち切っていく。打ち漏らした触手も、グラットが槍でさばいてくれた。お陰で兵士達にも脱落者はいないようだった。


 どうやら心配はいらないようだ。ならば――と、ソロンは先導を続行した。

 アルヴァはソロンに並びながら、杖を前方に向けて風刃を放ち続ける。同じく横に並んだミスティンも、走りながら矢を放っていた。

 二人が巻き起こした鋭い風圧によって、枝葉が蹴散らされていく。


「あの部屋なら!」


 ソロンは手近な扉へと駆け寄り、手をかけた。

 入口と同じような金属の扉だ。押しても開かないのは予想できたため、横方向に力を込める。扉は予想通り、横へ滑りながら開いた。

 足を踏み入れる前に、ソロンは慎重に室内を覗き込む。

 幸い、植物の気配はなかった。扉の隙間が小さかったため、侵入する隙を与えなかったのだろう。


「大丈夫そうだね。みんな、こっちだ!」


 ここならば植物の侵入を防げるかもしれない。ソロンは扉を開いたまま、入口で仲間達が駆け込むのを待った。

 ソロンは十一人全員が中に入ったのを確認した。しかし、うごめく植物がまだ追ってきている。

 ソロンは刀を掲げ、その魔力を込めた。刀身が青白く光り、熱がこもっていく。


「やっ!」


 気合と共に、蒼煌(そうこう)の刀から熱波が放たれる。熱は空気を乱し、追って来る植物を蹴散らした。

 その隙を見て、ソロンは室内へと駆け込んだ。


「おら、閉めるぜ」

「ありがとう」


 ソロンがするまでもなく、グラットが扉を閉めてくれる。

 さらにグラットは何かの棒を扉の横に立てかけ、つっかえ棒とした。

 いや――よく見れば、それは妖樹の枝そのものだった。まあ、切断された部分なので、動き出すことはないだろうが……。

 ソロンは扉を注意深く観察した。隙間から触手が侵入してくる気配はなさそうだ。


「ふう……」


 ソロンは大きく息を吐きながら、仲間達のほうを振り向いたが――


「ソロン!」


 アルヴァが強くこちらの手を引いた。

 同時に、背後の扉がガタガタと揺れ出す。


「うわっ! ……ごめん!」


 ソロンは勢い余って、アルヴァに抱きつくような格好になった。それをアルヴァはしかと受け止める。ソロンは慌てて反転し、扉のほうを振り向いた。

 扉のわずかな隙間から、枝先が入り込んでこようとしていた。

 けれど、さすがに隙間が狭すぎたらしい。しばらくすると、妖樹も枝先を引っ込めたのだった。


「――あ、諦めたみたいだね……」


 そこで今度こそ、ソロンは溜息をついた。

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