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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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魔城

 堀を渡った一行の前に立ちふさがったのは、長大な城壁だった。恐らくはこれも、城の全方位を囲んでいるのだろう。

 もっとも、何の障害にもならない。城壁はいたるところが崩壊しており、そこら中に隙間があったのだ。


 崩れた城壁をくぐり抜けて、ソロン達は魔城の庭へと足を踏み入れた。

 かつては緑豊かな美しい庭だったのかも知れない。しかし、今そこに並ぶのは生命の宿らない枯れ木だった。

 いったい何千年前から存在していたのか。湿気がないために、木は腐ることもなかったのだろう。


 ともあれ、今は庭の景観よりも建物だ。

 観察したところ、魔城は五つの建物から成っていた。

 本城となる大きな建物があり、その四隅にはそれぞれ尖塔が屹立(きつりつ)している。


「近くで見たら、結構崩れてんな」


 グラットが顔をしかめながらつぶやいた。

 彼の言う通り、城を囲む四つの塔のうち、二つは崩れ落ちていた。大規模な建造物になれば、それだけ自重(じじゅう)を支えるのが難しくなるのだ。


「けど、この扉はしっかりしてるね」


 と、ミスティンは城の扉へと視線をやった。

 両開きの大きな扉。金属製のそれは錆びた様子もなく、城の入口をふさいでいる。


「鋼の一種でしょう。鉄と他の金属をうまく混ぜ合わせれば、高い耐食性を実現できます。これを作った者達は、高度な冶金(やきん)の技術を持っていたのでしょうね」

「耐食性って何?」

「錆びにくい性質のことです」


 いつものようにミスティンが質問し、いつものようにアルヴァが答える。


「錆びてないんだったら開くかな?」


 ソロンは鋼の扉に手をかけて、開こうとしたが。


「――ぐぐっ……! やっぱり固いな」


 扉はびくともしなかった。体重を思いっきりかけて押しても、うんともすんとも言わない。もちろん、引いてもダメだった。


「へっ、そんな細い腕じゃ動かねえぜ。代わってみろ……んぐぐぐぐ!」


 グラットがソロンに代わって、扉を引っ張った。力こぶがふくれ上がり、グラットが本気の形相になる。


「我々も助太刀します!」


 兵士達も次々と力を貸していくが、それでも扉は動かなかった。


「ちくしょー、ダメか……」


 グラットも兵士達も疲れてへたりこむ。


「さすがに一筋縄ではいきませんか……。かくなる上は私の魔法で」


 アルヴァが決意し、杖を引き抜いた。杖先に光る紫の魔石が、バチバチと電光を宿している。


「それより、窓から入ったらどうだ? あそこから入れるだろう」


 メリューがアルヴァを制止し、扉の上方を指差した。そこには確かに窓があったが……。


「ちっせえよ。お前なら入れるかもしれんが、俺らには無理だ」


 グラットが即座に反発する。


「開いたよ」


 そんな中、事もなく言ったのはミスティンだった。

 ミスティンが左右に両腕を開けば、扉も左右に滑り、壁の中へとすっぽりと収まっていく。そうして、扉はあっさりと開かれたのだった。


「なるほど……知恵比べというわけですか。先入観にとらわれる者は、宝にたどり着く資格もない……。さすが、魔城と呼ばれるだけはありますね」


 アルヴァは相変わらず難しそうな顔で考えていた。


「いや、考えすぎだと思うよ。ていうか、魔城と名づけたのは君達じゃ……」


 恐らく、文化が違えば扉の仕組みも違うというだけだろう。別に古代人も意地悪をしたわけではない。彼らにとってはそれが自然だったのだ。


 扉の向こうには暗闇が広がっていた。

 当たり前だが、城内には明かりとなるものが何一つない。入口と高所にある窓から、わずかな光が射し込んでいるだけだった。

 そして、そこにあったのは――


「うわっ、なにこれ?」


 ソロンは思わず声を上げた。

 暗闇の中に垣間見えたのは、城内に生い茂る植物だった。今にも入口からはみ出さんばかりである。


「これは……?」


 アルヴァが警戒心を覗かせながら、蛍光石のブローチを胸元に取りつける。兵士達も遅れて、ランプを掲げた。

 強い照明が城内を奥まで照らしていく。

 植物が繁茂(はんも)しているのは入口だけではない。床、壁、天井……いたるところに枝が伸びており、そこからさらに葉が生い茂っている。


「ツルかな? でも、ツルっていうには太すぎる気がするなあ」


 ミスティンが首をかしげながら、しげしげと観察する。

 見る限り、ツルのように長い植物なのは確かなようだ。

 しかしながら、ツルというには異様に太く、それは樹木の幹や枝を想起させた。もっとも、色は緑なので樹木というよりは草という印象だったが。


「いずれにせよ、枝葉の一種であることは確かでしょう」


 アルヴァが断定すれば、グラットが眉間を寄せる。


「そりゃ、見れば分かるがよ。水もねえのにどっから生えてやがんだ?」

「何らかの養分を得ているとは思うのですが……。どこかに水源があるのかもしれません」

「悩んでても仕方ないし、中に入ってみよう」


 奇妙ではあるが、植物の根を踏まないことには進めない。ソロンは城内へと足を踏み入れた。


「了解です。ただし、魔物には気をつけて」


 後ろに続いたアルヴァが注意をうながしてくる。

 植物があるということは、生態系が働いている証拠だ。となれば、魔物の存在も想定せねばならないという意味だった。


 *


 城内は至るところが植物に侵食されていた。

 とはいえ、植物に覆われた遺跡自体は、ソロンも未経験ではない。上界の旅で訪れたベスタ島の遺跡も、やはり植物に侵食されていたものだった。


 しかしながら、それよりも違和感が強い。

 ベスタ島の遺跡は雨降る密林にあったため、植物が繁茂(はんも)しているのも当然だった。それに対して、この魔城は乾燥地にありながら植物に埋もれているのだ。異様というしかない。

 長い年月が経過したせいか、はたまた植物に侵食されたせいか、城内には無数の亀裂が走っていた。そして、その亀裂に対して植物が枝をめり込ませている。


 一同はゆったりした足取りで、枝を踏み越えながら進んでいった。枝葉が邪魔になるため、足早に歩ける環境ではなかったのだ。

 葉が服をこする(たび)に、ザラザラした音が響いてくる。

 床には炎のない燭台(しょくだい)が、ツルに巻きつかれて転がっていた。そういったところは往時を(しの)ばせるが、城というよりは森を探検している気分に近かった。


「虫がいますね……」


 アルヴァが控えめな嫌悪感をにじませながら、ソロンの肩に手をかけた。


 枝葉の森の中には虫がたむろしていた。イモムシのようなものからテントウムシまで、色々な種類がいる。しかも、通常の数倍はあるような大きさだ。

 豊富な植物をエサにして、成長したのかもしれない。

 アルヴァも旅慣れており相当にたくましくなった。……とはいえ、やはり苦手意識は抜けないようだ。


「これでどう?」


 ソロンは虫のいる枝葉を、鞘で払って道を作る。さすがに師匠から託された刀を、この程度で抜くのは忍びなかった。


「ありがとう」


 アルヴァはソロンの背中にひっつくようにして、道を通過していく。


「焼き払っちゃダメかなあ?」


 枝葉にうんざりしたらしく、ミスティンが視線をソロンの刀に向けてくる。


「馬鹿を言うでない。その刀は力が強すぎる。炎上が広がれば、タダでは済まんぞ。城も我々もな」

「メリューの言う通りだよ。邪魔かもしれないけど、魔法に頼らず行けるところまで行ってみよう」

「ソロニウス殿下、ここは我々にお任せを」


 協力を申し出てくれたのは兵士達だ。

 先頭に立った彼らは、それぞれの槍や剣――はたまた斧や爪で枝葉を払ってくれる。亜人が混ざるイドリス兵は、武器の種類も様々だった。


「お~、助かるねえ」


 これにはミスティンもご満悦だった。


「しっかし……こんなところ。本当に星霊銀があるのかねえ?」


 顔をしかめるグラットに、メリューが辛辣(しんらつ)な視線を向ける。


「お前、もう飽きたのか? 城に入るまでは乗り気だったであろうが」

「いや、これ。城っていうより、もう植物園だろ。果実はあるかもしれねえが、宝がある気はしねえぜ」


 愚痴をこぼしながらも、グラットはメリューの目前の枝葉を槍で払い落とした。口は悪くとも、行動は紳士なのだ。


「さあね、けど見切りをつけるには早すぎるんじゃないかな。ハズレならハズレでもいいけど、まずは一通り調べてみてからだよ」


 そう言いながら、ソロンは足を動かし続けた。


 *


 先頭をゆく兵士達が、力強く枝葉を切り払ってくれる。ソロンはその後ろを進んでいた。

 隣のアルヴァは、ソロンの(そで)をつかみながら歩いていた。しかし、どこか気もそぞろで正面を見ていない。どうやら、城内に連なる植物を観察しているらしい。


「アルヴァ、危ないよ。なにか気になってるの?」


 ソロンが声をかければ。


「ええ、奇妙な植物だと思いまして。少なくとも、上界にはありませんね。下界で似たような植物に心当たりは?」

「いや、僕も心当たりはないよ。そもそも、植物には詳しくないし。ナイゼルだったら、こういうのも詳しいだろうけどね。……それで、奇妙っていうのは何が?」

「気づきませんか? この枝は入口からずっとつながっているのですよ」

「へっ? ひとつなぎの植物ってこと? もう何百歩も歩いてるのに?」


 その意味が信じられず、ソロンが問い返す。


「そうです。何処(いずこ)から伸びる植物が入口までつながっているようです」

「ううむ、そう言われてみれば、切れ目が見当たらんな。誠に驚嘆すべきことだ」


 メリューが目を見張り、改めて植物へと視線をやっていた。果たして、この植物の正体はいったい何なのだろうか。気にはなるが、今は進むしかない。


 *


 途中、見つかった部屋へ、一行は足を踏み入れた。

 ……が、目ぼしいものは見当たらない。例によって植物が部屋中に蔓延(はびこ)っており、その隙間に本棚や食器、机などが散らばっていた。

 アルヴァは考古学的な価値を見出したようだが、目的はあくまで星霊銀なのだ。


「さすがにこんなところにはないか……」

「まあ、こんな適当なとこじゃな。どこにあると思う? ここはお姫様にお金持ちとしての見識を(うかが)いたいところだが」


 グラットはアルヴァのほうを振り向いた。

 城内に星霊銀があるかもしれないと考え、ここまでやって来た。だが、城内のどこを探すのかは決めていなかった。植物だらけで、自由に動くどころでないという事情もある。


「上か下でしょう」

「あん? お姫様にしちゃ、大雑把な言い方だな。……下ってのは地下のことか?」

「ええ、そちらについては説明不要でしょう。物を地下室に保管するのは常道ですので」

「そんじゃ、上は?」

「権力者の住居は上の階に置かれる傾向があるためです。そして貴重品は、自分の身近に置いておきたくなるのが人の心理です」

「なるほどな。さすが、高いとこに住んでたお姫様は違うな」


 どこか茶化すようにしながらも、グラットは納得する。


「それで、どっち行く?」


 ミスティンがソロンへと瞳を向けてきた。


「一通り歩いてみて、見つかったほうでいいと思うよ。地下室があるとも限らないから、登り階段のほうが有力かな」


 時間をかけて悩む意味はない。ソロンは速やかに決めて部屋を出た。

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