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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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魔の島探検隊

 こちらを待っていたグラット達と合流し、石造りの港を歩き出す。

 もっとも、樹木に覆われたそこは港と呼ぶには名ばかりの景観だった。


 酷くひび割れた石造りの桟橋(さんばし)が、海の森を貫いている。伸びる植物は、頭上をトンネルのように覆っていた。

 桟橋そのものにも、木の根と枝葉がまとわりついている。一行はそれらをまたぎながら、内陸へ向けて歩き続けた。


 七人の兵士は、それぞれ重たい荷物を背負ってくれている。一週間程度の食糧と水を含むため、荷物は相当な量だった。

 さすがに海洋の島までは、馬車や竜車を持ち込めないため、人力に頼るしかなかったのだ。


 桟橋を抜けたところで、視界が開けた。海から離れたため、樹木の数が急激に減ったのだ。

 さらに少し歩けば、石造りの港から抜け出したらしい。途端、地面が砂漠のように乾いたものになった。


 そして、その先には数多くの建造物が並んでいる。どれも石造りの四角い建物ばかり。帝国やイドリスによくある三角屋根は見当たらない。

 間近で建物の一つを見れば、意外なほどしっかりした外観が目に入った。


「創雲以前の遺跡というからには、数千年前のものだろう。そのわりには、恐ろしく保存状態が優れているな」


 メリューが驚きの目で、並ぶ建物を観察している。ちなみに『創雲以前』というのは、雲海誕生前という意味らしい。

 ソロンも自分の手で建物の外壁を触ってみたが、頑丈で崩れそうな気配はなかった。数百年前まで人が住んでいたと言われても、違和感はなかっただろう。


「ええ、ええ、本当に素晴らしいですわね。雨が降らない上に、海の森が潮風を防ぐからでしょう。帝国内の遺跡にもこれほど古く、かつ状態のよいものは存在しません。奇跡といっても過言ではありません」


 アルヴァは興奮を隠せない様子で、建物の中へと足を踏み入れていく。ソロンも慌ててその後を追った。


「随分とお気に召したようだな」


 そう皮肉っぽく言うグラットも、興味津々のようだった。

 室内には壺や棚など生活の痕跡を残すものがあった。棚には崩れた陶磁器らしきものが並んでいるが、恐らくは食器だろう。

 いずれも砂をかぶって酷い有様ではあったが、それでも原型を留めている。その一つ一つに対して、アルヴァはしきりに感動を表していた。


「来てよかったね、アルヴァ」


 喜ぶ親友の姿を、ミスティンは微笑(ほほえ)ましげに眺めていた。


「感動するのはよいが、目的を忘れるでないぞ」


 そこに水を差したのはメリューだった。


「……分かっていますよ。手始めに建物の一つを改める必要があると考えたのです」


 決まり悪そうにアルヴァは答える。


「まっ、こんなところに星霊銀はねえだろ。見た感じはちょっと立派な民家だ」


 グラットがもっともな指摘をし、ソロンも頷く。


「う~ん、そうだね。星霊銀って、どこにいけば見つかるのかな?」

「金属だったら、やっぱり鉱脈か?」


 グラットがそう言いながら、メリューへと視線を送る。

 メリューの所属するドーマ連邦は、いくつかの星霊銀を保有していた。その所在についても詳しいかもしれない。


「うむ、星霊銀も古くは下界の鉱脈で見つかったものだと伝わっている。ただし、金よりも貴重といわれるような金属だ。鉱脈を探すなど現実的ではあるまい。あるとすれば――」

「分かった、お金持ちの家を(あさ)るんだね!」


 ミスティンが合点したとばかりに手を叩いた。それをアルヴァが注意する。


「ミスティン、人聞きの悪いことを言わないように。……まあ、おおむね間違ってはいませんが」

「お金持ちの家か……。とりあえず、上から見てみよう」


 ソロンは仲間達を誘って、階段へ向かった。この建物は二階建てらしく、外を観察するにはもってこいだろう。

 その間、七人の兵士達は外へ待たせておく。

 階段の一部は瓦礫(がれき)と化しているが、それでも足場はしっかりしている。二階からさらに屋上へ登る階段があったため、そちらへ登った。


 広い屋上からは邪魔するものもなく、周囲を見渡せた。

 北にはソロン達が通ってきた港と、海の森が見えている。樹木より高い位置に立ったためか、おだやかな海風が吹きつけてきた。

 西を見れば乾いた荒野の中に、同じく石造りの建物がずっと続いている。大小様々な建物があり、それぞれ何らかの施設だったのだろう。


 もっとも、今となっては無個性な建物としか認識できない。

 そこに当然あるべき外壁は見当たらなかった。魔物の蔓延(はびこ)る下界において、外壁が存在しない町を見たのはソロンも初めてだった。

 島中の魔物の排除に成功したのか、あるいはかつてあった外壁も朽ち果てたのか……。その内実はもはや分からない。


 さらに西の向こうには、山へと降りていく太陽の姿。いつの間にか、空は赤く染まり始めていた。


「想像以上に大きな町ですね。イシュテア海におけるラスクァッドのように、この町はマゼンテ海における交易の拠点だったのでしょう」


 アルヴァは上界の港町を引き合いに出していた。ラスクァッドとは彼女の祖父――ニバムが領有する海洋の港町だった。

 そして、ソロンが南へと目をやると――


「わあっ! あれ、お城じゃないかな?」


 ミスティンが興奮した様子で声を上げた。

 指差された先を見れば、数多くの建物がゆるやかな上り坂に沿って並んでいる。長方形の建物が複雑に並んでおり、まるで迷路のようだ。

 そしてその行き着く先の高所には、際立って大きな建物がそびえていた。

 よく見れば、町はその建物を中心に構成されているらしい。ミスティンが持った印象の通り、城である可能性が高かった。


「決まりだな。金持ちといえば、やっぱ王様だろ」

「城だから王とは限りませんよ。一介の領主かもしれません」


 強引に断言するグラットへ、アルヴァは細かい指摘をする。


「どっちでも構わねえよ。行こうぜ」


 グラットは今にも槍を片手に飛び降りる構えだ。


「だけど、そろそろ日が落ちるよ。今日は夜営の準備をしよう」


 ソロンは西の空を指差し、グラットを制止する。


「それじゃあ、ここでいいよ」


 と、ミスティンが迷わず指で下を指し示す。

 仲間達からも異論はなかったため、夜営場所はこの建物を使用することにした。ボロボロではあるのだが、さすがに今日、天井が崩れてくる可能性は低いだろう。

 何より、屋内で寝泊まりできる安心感というのは何物にも代えがたい。これは世にいる多くの冒険者ならば同意してくれるはずだ。


 季節は暖かくなり始めた五月。マントにくるまるだけで風邪を引く心配もない。魔の島での一日目は、思いのほか快適に夜を越せたのだった。


 *


 翌朝、寝床(ねどこ)にした民家に別れを告げる。ソロン率いる十二人は、南を目指して出発した。

 かすかな風が吹くだけで、島の朝は静かだった。黒雲下ゆえか海鳥の気配すらないのは、寂しいところだ。


 少し歩けば、なだらかな上り坂の向こうに目的の城が見えてくる。

 昨日、ソロン達は屋上からあの城の位置を確認したのだ。改めて見る限り、城は障害物さえなければ地上からでも視認できると分かった。これなら、見失う心配もない。

 もっとも、視界に入ったとはいっても距離はそれなりにある。さすがに数十分かそこらでは、たどり着けそうにない。


「どれぐらいかかると思う?」

「邪魔な建物が多いから、いくらかは迂回が必要だな。それでも一時間も歩けば足りるだろう」


 歩きながらソロンが尋ねれば、メリューが応答してくれる。距離については、人間離れした視力を持つ彼女の目測に頼るのが一番だった。


「魔の島にある城だから魔城だね」


 城をじっと眺めていたミスティンが、そんなことを言い出した。突拍子のない発言をするのはいつものことであるが……。


「それだと、おとぎ話の魔物でも出てきそうだね。今のところ、魔の島というほど禍々(まがまが)しい感じはしないけど」

「だなあ、所詮は数百年前の伝承だ。村長も言ってたが、話に尾ヒレが付いただけかもな。死人が出たのは本当かもしれんが、俺達みたいに戦い慣れしてない連中のことだ。その辺の魔物にあっさりやられただけかもよ」

「グラット、油断は禁物ですよ。何はともあれ、結論を下すのは魔城に入ってからでも遅くありません」

「……魔城でいいんだ?」


 ソロンが確認すればアルヴァが頷く。


便宜(べんぎ)的に呼称があってもよいでしょう。イドリスにはあの城の名称はおろか、この島の名称も残っていないのですから」


 ミスティンが発案し、アルヴァが承認。城の名称は晴れて魔城となったのだった。


 *


 十二人の一行は、荒野の廃都を進み続けた。

 砂漠化した地形の中に、延々と角張った民家が並んでいる。

 まっすぐに南進すれば、ときおり長方形の建物が立ちふさがってくる。それらを迂回しながら、ひたすら城のある南を目指し続けた。

 かつては町中を通る街道があったのだろうが、今や砂に埋れて見分けもつかない。そこはもう、勘で進むしかなかった。


 とはいえ、一行の足取りは軽い。

 荷物の大部分を宿泊した民家に置いたため、身軽なのが大きかった。

 というのも、民家から魔城までさほどの距離がないため、最低限の荷物があればよいと判断したからだ。補給が必要なら、都度戻ればよいというわけである。


 朝早くに出発したため、昼闇の時間が訪れるには十分な猶予(ゆうよ)がある。順調な旅路だった。



「この町って上界ができたから滅んだんだよね」


 町並みを眺めていたミスティンが、ふとつぶやいた。

 上界の誕生によって、黒雲下にあった数々の町が放棄されたという。シグトラが語っていたことを彼女も記憶していたらしい。


「そのように聞いています。上空を(さえぎ)られた結果、日光と雨が不足したのでしょう。その結果、町を放棄するしかなくなったわけです」


 アルヴァが説明するが、グラットが納得のいかないような顔をする。


「なんかマヌケだよなあ。それぐらいのことは、俺だって予想つくぜ。陸地を空に浮かす技術があって、なんでこうなるかねえ?」

「そうしてまで、呪海から逃げたかったんだろうね。いずれ下界が滅ぶのは、分かりきっていただろうし」


 下界人として苦い思いを胸中に秘めながら、ソロンは言った。


「そもそも、それをやったのは上界に移住するつもりだった連中だ。残される下界の町など、わざわざ考慮する義理もない」

「ああ、そういやそうだったな。しっかし、そう考えたら迷惑な話だよなあ。他のところだって、空は毎日(くも)りだしよお」


 と、グラットもメリューの指摘に納得してみせる。


「まあ、生まれた時から住んでたら、特に不満も感じないんだけどね。上界に行った時は、空の青さに感動したなあ……」


 ソロンがしみじみと述懐したら、


「健気だなあ」

()いやつよのう」


 ミスティンとメリューに憐憫(れんびん)の視線を向けられた。


 ゆるやかな坂を登りながら、迷路のような町を進むこと一時間……。道中、警戒を怠りはしなかったが、魔物に襲われることもなかった。

 朝日の照らすうちに、ソロン達は魔城の前にたどり着いたのだった。


「おい、なんだこりゃ……」


 グラットが唖然と口を開いていた。

 ソロン達の目の前に立ちふさがったのは、城を囲む長大な谷だった。昨日は下から眺めるだけだったため、死角になっていたらしい。

 谷の深さはソロンの背丈の倍程度はある。

 なぜ城の前にこんなものがあるのか。少し考えたところで答えに行き当たった。


「これって、水堀だよね」


 水のない掘を眺めながら、ソロンはアルヴァに答え合わせを求めた。


「でしょうね。とうの昔に干からびたと考えられます」

「じゃあ、橋はないかな?」


 そう言いながら、周囲を見渡してみたが、それらしきものは見当たらない。反対側の南にある可能性も捨てきれないが……。


「あれじゃない?」


 ミスティンが指差したのは、堀の底だった。石の残骸のようなものが、土に埋もれて堆積(たいせき)している。


「……そんなところかと思いました」


 アルヴァは頭を押さえて。


「――橋のような構造物が、補修もなく数千年も持つとは考えにくいですからね。他の手段を考えましょう」

「じゃあ、俺が運んでもいいけどよ」


 グラットが立候補するが。


「帰りのことを考えると、道を作ったほうが望ましいでしょう。坂を作るだけでよいのですから、たやすいものです」


 アルヴァは腰のベルトに差していた杖を引き抜き、堀へと向けた。

 手前の土がなだれ打ちながら、傾斜を造っていく。以前よりも手際がよくなっていた。


「ならば、向こう側は私に任せておけ」


 メリューも念動魔法で対岸の土を崩していく。

 あっという間に両岸が坂道でつながった。傾斜は急だが、健康な人間なら難なく登れる程度だ。問題はない。

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