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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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魔の島へ渡る

 再出発してから、およそ一時間。あっさりと小さな島々が目に入った。単なる勘ではあったが、クラゲの道は正解だったのかもしれない。

 黒雲の下には一切の雨が降らないため、島々には一切の緑もない。……はずであったが、意外なことに島は緑に包まれていた。

 海中から生える樹木が伸びて、島を囲んでいたのだ。


「ふむ、塩水を養分にした海の森か。植物とはたくましいものだな」


 紫の瞳で観察していたメリューが、感心してみせる。


「うん、黒雲下でも必ずしも不毛の地ってわけじゃないんだよね」


 ソロンは頷きながら、グラットのほうを向いて提案する。


「――ひょっとしたら魔の島に属する諸島かもね。近くを探してみよう」

「だな」


 魔の島は比較的に大きな島であり、周辺には小島を伴う可能性が高い。そして、この眼前にあるものがその小島かもしれなかった。

 島々を横切りながら、船は目的の島を探し続ける。


 ソロン達の予想は外れなかった。島々に囲まれるようにして、ひときわ大きな島が目に入ったのだ。


 例に漏れず、こちらも海から伸びる樹木に囲まれていた。

 ただし、船から(うかが)う限り、緑に覆われているのは島の外周付近だけのようだ。内側を覗けば荒野と岩山が広がっている。

 やはり、海水から離れるほど、植物が生育するには厳しい環境となるのだろう。


「魔の島で間違いなさそうですね」

「うん。こんな大きい島、間違えないだろうし」


 アルヴァとミスティンが顔を見合わせて確信する。

 実際、目に入った島はマゼンテ海にある島の中でも際立って大きかった。東側から目測した印象だと、船で一周りするのに何時間かは必要なのではないだろうか。


「んで、どうする? 上陸するか?」


 グラットがソロンの意向を尋ねてくる。

 そうしよう――と言いかけたところで、ソロンは思い直した。


「いや、まずはぐるりと一周してみよう。外から遺跡が見つかるかもしれないしね」


 かつて、アルヴァが探検の際に取っていた手法だ。捜索対象の地理が不明な場合、彼女はこうやって探りを入れていたのだ。


「妥当ですね」


 と、アルヴァも賛同してくれた。


 魔の島の周囲を、船で時計回りに移動していく。

 海から生える樹木に外周が覆われているため、見通しは悪い。それでも、木々の隙間から覗く島の内側を観察していく。


 ソロンは自ら羽根ペンを手にして、用紙に地図を書き込んでいく。外側だけでも大まかな形が分かれば、後で探検するに当たって役立つに違いない。

 こういった手先の器用さを求められる作業は、ソロンの得意とするところだった。


 島の北側に差しかかったところで、変化があった。

 樹木の隙間から、石の建物らしきものが覗いていたのだ。

 それもどうやら、樹木を抜けた先の沿岸部に建てられているらしい。いや、それどころか沿岸部そのものが、石で覆われているように思えた。


「港かな」

「だろうな。これで上陸地点に悩む必要はなくなったわけだ」


 グラットは安堵した様子で、じっくりと遺跡の姿を眺めていた。


「理には(かな)っていますね。古代人としても町は沿岸部に造ったほうが、便利がよかったのでしょう」

「それに北のほうが陸地に近いからね。雲海が誕生する前だから、こっちに港を造ったんだと思う」


 そう言いながら、ソロンは遥か北へと続く海を見た。

 らしい――と伝聞なのは、そちらは黒雲下に当たるため、探索された実績が乏しいからだ。


「帝国本島の影ですか……。雲海が誕生する前は、あちらにも大きな都市があったのかもしれませんね。となれば、今も数多くの遺跡が残っていることでしょう」


 北の空に果てしなく広がる黒雲を、アルヴァは仰ぎ見ていた。


「そうかもしれないな。何百里にも渡る暗黒地帯だから、イドリス人にも全く足を踏み入れた記録がない。手つかずの遺跡も腐るほどあるだろうね」

「なんか、浪漫があって楽しそうだね」


 ミスティンはそんな話に嬉しそうに反応する。何か一緒に探検に行こうとか、言い出しそうな雰囲気だ。


「それより、今は目の前にある遺跡だよ」

 ソロンは話を戻して。

「――僕はここから上陸しようと考えてる。みんなもそれでいいかな? まだ、東側を見てないけど、目ぼしい遺跡があった以上は無視する手はないよ」

「俺はもうそのつもりだぜ」

「異論はないな。目的は星霊銀の発見だ。島の全てを探し回る必要はない」


 グラットとメリューが真っ先に同意し、アルヴァもそれに続いてくれる。


「ええ、暗くなる前に上陸してしまいましょう」


 昼過ぎから島の周囲を回ったため、時刻は夕方に近づいている。あまり悠長にしていては、夜が来てしまうだろう。

 ソロン達は島へ渡る決心をした。


 *


 島へ渡るには例によって小舟を使う。

 港らしき構造物はあっても、残念ながら樹木に覆われている。大きな船で近づくのは困難なため、小舟で近づくしかなかった。

 小舟に乗るのは合計で十二人。ソロンと仲間達の五人に、イドリス兵の七人だ。三つの小舟に別れて搭乗することになる。


 魔の島の捜索には、何日かをかける覚悟だ。

 その間、帆船(はんせん)(いかり)を下ろして、黒雲下の洋上で停泊させる。必然的に、船乗り達も船で待機するしかなかった。

 白雲下まで戻るにも距離があるため、これはやむを得ない判断だった。船上で昼と夜の闇を耐えしのいでもらうしかない。


 その代わり、残り三人の兵士を船の守りに残しておく。

 いずれもサンドロスが付けてくれた者達であり、魔法武器の使い手もいる精鋭だ。海ワニ程度の相手ならば、十分に対処できるだろう。


 兵士達と協力して、荷物を小舟へと積み込んでいく。

 乾燥した黒雲下を探索するには、特に水の準備は欠かせない。マゼンテ海が真水の海ならば悩む必要もなかったのだが、そこは仕方ないところだった。


「それじゃ、後は頼んだよ」


 兵士と船員達に帆船を任せたソロンは、ハシゴを降りて小舟へと飛び降りた。アルヴァとミスティンも同じ舟へと降りてくる。


「わあっ、揺れるねえ」


 ミスティンは声を上げながら、アルヴァと体を支え合っていた。

 マゼンテ海の真っ只中において、小舟はあまりにも小さい。大きな波が来れば、あっさりと転覆(てんぷく)してしまうだろう。

 舟の定員は四人。先に乗っていた兵士は(かい)を握り、既に漕ぎ出せる準備をしていた。


 ソロンも櫂を握りしめて、舟を漕ぎ出そうとすれば、


「そんじゃ、先行くぜ」


 別の舟に乗っていたグラットが、先に動き出した。二人の兵士と協力しながら、力強く魔の島へと向かっていく。


「うむ、さすがに力仕事だけは頼りになるな。しかと働くがよい」


 メリューはグラットと同じ舟に搭乗し、一人舟上に立っていた。見る限り、舟を漕ぐつもりはないらしい。

 もう一つの小舟にも残り四人の兵士が乗っているが、そちらも動き出す気配があった。


「相変わらず偉そうだな、お前は。……力仕事は免除してやるから、しっかり見張ってろよ」

「任せるがよい。疲れたなら、私の魔法で押してやってもいいぞ」


 メリューはあくまで周囲の警戒に徹するらしい。あまり強く加速しても、樹木の隙間を抜けるのが大変になるからだろう。ならば、こちらもそれにならって人力で行くとしよう。


「アルヴァは後方の警戒をお願い。ミスティンは漕いでもらっていいかな?」

「了解です」

「ほい」


 アルヴァは後ろを向いて舟に座り、ミスティンは櫂を握りしめる。それぞれの役割で、ソロン達の小舟も動き出した。


 帆船よりも目線が低くなったため、魔の島は一層と大きく感じられた。

 島が近いため水面下は浅瀬になっているはずだが、透明度が低いため見極めは難しい。間近で見る暗い海は、一層と底知れない不気味さがあった。


 わずかな距離とはいえ、小舟は無防備だ。水中から襲いかかるサメやワニのような魔物がいれば、絶体絶命の危機である。

 水面下に魔物の影がないか、皆で慎重に確認する。アルヴァも杖を握りしめて、いつでも魔法を放てる構えだった。


 魔の島を囲む海の森が近づいてくる。

 先行するグラットの舟は、既に樹木の隙間へと突入していた。

 ソロン達も遅れて海の森へと突入し、樹木の隙間を()っていく。


 ここまで来れば、樹木の生える水底が目にも見えるようになってくる。少なくとも、水面下から魔物の奇襲を受ける心配はなさそうだ。

 その代わり、樹木同士の間隔は小さく、森の水路は狭い。櫂が樹木と接触しないよう気をつけねばならなかった。

 そもそも、人が作った道でない以上、通れるだけでもありがたいことではあるが……。


「森の中を舟で進むとは、なんとも奇妙な感覚ですね」

「だね、こういうのっていいな~」


 そんな中でも、アルヴァとミスティンは楽しげだった。

 グラット達の先導を頼りに、ソロンは小舟を漕ぎ続ける。ミスティンも楽しそうに、それでいて力強く漕いでくれた。

 直進は難しいため、何度か横にそれながら樹木の隙間を探していく。


 さほどの時間はかからず、上陸地点に到着した。

 目の前にあるのは、帆船からも見えていた船着場のような構造物だ。崩れた石造りの桟橋(さんばし)らしきものが、いくつも海上へと突き出ている。


 もっとも、それらには海中から伸びる樹木がまとわりついている。隙間から覗く石床の大半が(こけ)に覆われていた。

 これが人工物だと気づけたのは、内陸側に向かって植物の気配が減っていくためだ。そちらを見れば、露出した石造りの路面が(うかが)える。


「昔はネブラシア港のように、大きな港だったのかもしれませんね」


 アルヴァは遥かな過去へと思いを巡らせていた。


「今は見る影もないけどね。ありがたく使わせてもらおうか」


 グラット達にならって、ソロンは港の残骸へと小舟を寄せた。


 島を包む樹木が天然の防波堤になっているせいか、港に押し寄せる波はおだやかだった。流される心配は薄いが、それでも一応は係留をしておきたい。

 ソロンがそう思っていたところ、ミスティンが舫綱(もやいづな)を引っ張り出した。桟橋に飛び乗るや、まとわりつく樹木へと舫綱を(くく)りつける。

 どうやら、天然の杭を見つけたようだった。

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