表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
389/441

光の海

 やがて、船は滝のそばを通り過ぎて、西へと向かう。

 日は陰り、西の海へと落ちる太陽が白雲の向こうに覗いていた。


「今日はこんなところだろ」


 グラット船長が進言したので、ソロンも了承する。下界にいる間、その辺りの決定はソロンの役目だった。

 さて、そうなると停泊する島を探す必要がある。可能な限り、大海の中で夜を過ごすのは避けねばならないのだ。


 理由は二つ。

 一つは海流に流され、所在を見失う危険があるため。

 もう一つは魔物の襲撃を受けて、船が被害を受ける可能性があるためだ。もちろん、岸のそばにも魔物はいるが、遠洋よりは大きな魔物が少なかった。


 また、魔の島がある黒雲下への突入は、明日の朝からとなる。できるだけ、黒雲下に近い島であることが望ましい。

 その点、熟練の航海士の協力を得ているのは心強かった。滝を目印に航海する彼らは、この辺りの地理にも精通しているそうだ。


 見つかったのは、森に覆われた手頃な大きさの島だ。

 海船は喫水(きっすい)が深い――つまりは、水面下まで深く船底が伸びているため、うかつに浅瀬へ近づいては座礁(ざしょう)してしまう。

 そのため、島から少し離れたところに(いかり)を下ろし、船を沿岸に停泊させた。

 魔物の襲撃を警戒して、夜間も見張りを立てておく。下界の海は危険の宝庫であり、油断はできないのだ。


 *


 翌朝、船は早々と島を出発した。日が昇り始めた時間から進入するのが、黒雲下の鉄則なのだ。

 マゼンテの滝を遠く背後に仰ぎ見ながら、西の黒雲下へと船を進めていく。

 さすがの熟練の航海士でも、黒雲下へ船を進入させた経験はないらしい。黒雲下を目前にして、船乗り達はいずれも緊張の表情だった。

 そして、船は黒雲下へと入った。


「なんだ、大したことねえじゃねえか」


 船員達が安堵の息を漏らす。

 朝の太陽が黒雲下の海を照らす中では、その明るさも白雲下と大差ない。上空を見れば、一切の光を通さない黒雲が広がっているが、それだけである。


「それはそうです。黒雲下が異常な環境となるのは、極端な乾燥に()っています。海にまでその法則は当たらないでしょう。それほど恐れることはないと思いますよ」


 あくまで、アルヴァは合理的に考察してみせる。

 実際、下界人が黒雲下を恐れるのは、印象によるものも相当に大きい。実際に黒雲下を知った上で、正確に恐れている者はほとんどいないだろう。


「さて、後は肝心の魔の島が見つかるかだな」

「そうだね。だけど、伝説が本当なら大きな島だし、そう難しくはないと思うんだけどね」


 グラットが話を振ってきたので、ソロンはそう楽観してみるが。


「伝説は伝説だろ。そんなの当てになるんかよ?」

「お前も宝探しの(たぐい)は嫌いではなかろう。だというのに、妙なところで冷めておるな」


 メリューが話に加わってくる。


「お前は浪漫が分かってねえな。宝探しってのは甘くねえんだよ。簡単に見つかったら面白くねえだろ? なあ、ソロン」


 グラットが面倒臭いこだわりを発揮する。同意を求めているのか、ソロンの頭をポンポンと叩いた。


「いや、僕に同意を求められても……。だいたい今は必要に駆られて星霊銀を探してるんだよ。浪漫とかいう状況じゃないし」

「お前は真面目な奴だなあ。まっ、見つかるなら早く見つかるに越したことはねえけどよ」


 その時、船に鈍い揺れが走った。


「むっ、何事だ!?」


 メリューが崩れそうになった体勢を整えながら、周囲を(うかが)う。


「ワニだー!」


 右舷(うげん)を見張っていた船員が叫んだ。


「ワニ?」


 ミスティンがきょとんと目をしばたたかせる。

 ソロンは急いで、右舷へと走り込んだ。

 船員が指差した海面にいたのは、太く長い胴体を持った爬虫類(はちゅうるい)――ワニだった。どうやら、これが揺れの正体らしい。

 サメのように大きな体をくねらせて、ワニは船から距離を取る。助走をつけて、再突撃してくるようだ。


「なんで海のど真ん中にワニがいるんだよ! しかも、デケえ!」


 遅れて走って来たグラットが、困惑気味に魔物の姿を確認する。慌てて(もり)を取ろうとするが。


「前に話したけど、これが海ワニってヤツさ。僕に任せて」


 ソロンはそう話しながらも、蒼煌(そうこう)の刀を抜き放つ。そうして、ワニに向かって刃先を向けた。

 慎重に船へ被害を与えないように注意しながら、魔力を解き放つ。

 蒼炎が炸裂し、突撃を繰り返そうとしたワニを貫く。

 ワニは飛沫(しぶき)を上げながら吹き飛び、海の底へと沈んでいった。


「やはり、黒雲下の海は油断ならんな」


 沈みゆくワニを眺めながら、メリューが息を吐いた。


「黒雲下というより、海ワニは色んなところにいるけどね」

「アルヴァの(かばん)の材料だっけ」


 と、ミスティンはアルヴァの鞄を指し示す。


「ええ」


 と、アルヴァはにこりとソロンに微笑(ほほえ)んだ。そうしながらも杖を構えて、油断なくワニが浮き上がってこないかを監視している。


「――やはり、例の邪教徒がイシュテア海で召喚した聖獣とも似ていますね」

「関係はあると思う。ザウラストはこれを元にアレを作ったんだと思う」

「なるほど、聖獣を生み出すにも原型が必要ということですか」

「それから、自然にいるヤツでも、船を沈めることがあるから要注意だよ。マゼンテ海ではサメより恐れられてるんだ」

「さっき思いっきりぶつけられたけど、大丈夫? 沈まない?」


 ミスティンも不安そうに尋ねる。


「大丈夫だと思うけど」


 ソロンは自分では答えず、熟練の船乗りを呼んでうながす。そうしたほうが彼女も安心するだろう。


「一発ぶつけられたぐらいじゃあ沈みませんよ。沖に出たらワニの襲撃なんて、毎度のこってすからね。いつもは銛で仕留めるんですが……いやはや殿下はさすがですなあ」


 と、船乗りは感心してみせる。


「毎度のことなんだ……」


 安心していいのか、不安になるべきなのか、ミスティンは困惑しているようだった。


「またやって来ても一撃でやっつけるよ。できたら、突撃を喰らう前にね」


 ミスティンの肩を軽く叩いて、ソロンは言った。


「なんか、最近のソロンは頼りになるね」


 それでミスティンもようやく安心したようだった。


 海ワニとの戦いを乗り越えて、黒雲下の海を進む。

 彼方にある太陽が徐々に位置を押し上げて、雲の向こうへと昇っていく。

 けれど、魔の島らしき島影はいまだ見えない。


「見つからねえなあ。このままだと昼闇が来ちまうぜ」

「仕方ないか。どこかの島に船を停めて、太陽が降りてくるまで待とう」

「りょーかい。次に見つかった島に停めるぜ」


 グラットが操舵手(そうだしゅ)に指示を出して、手頃な島を探す。

 しかし、島は簡単に見つからなかった。そもそも、黒雲下の海については、詳細な地図も存在しないのだ。ただ魔の島を始めとした大きな島が、いくつか記されているだけである。

 そして、この近辺には魔の島以外に島は記されていない。


「時間切れだな。帆を下ろしてくれ」


 太陽が少しづつ隠れ出したので、グラットもついに諦めた。

 場所は黒雲下の海の真っ只中だ。(いかり)を下ろせるような浅瀬もない。

 グラットが船員に帆を下ろさせたのは、風に流されないようにするためだ。

 黒雲下の中、これから何時間と太陽が降りてくるのを待たねばならない。その間、できる限り位置を一定に保つ必要があった。


 やがて、太陽が完全に隠れ、周囲が暗闇に包まれた。

 北にはどこまでも闇の世界が広がっている。巨大な帝国本島の真下に当たるため、対応する黒雲もまた巨大なのだ。

 南側の空からはかすかな光が漏れているが、とても当てにできる光量ではない。


 昼闇で過ごした経験のない船員達は、不安に怯えているようだった。

 ソロンにとってはもう何度も経験したことだ。今更、怯えはしないが、海上という点だけは気をつけねばならない。


 *


 洋上でただ昼闇が過ぎるのを待つ。


「早く、終われよなあ」

「太陽を()かしても得るものはない。座して待つのみだ」


 ぼやくグラットに対して、メリューは泰然自若(たいぜんじじゃく)と腕を組んでいた。


「それ、格言っぽくてカッコいいね」


 ミスティンが謎の感激をする。


「まあ、言われんでも分かってるけどよ。退屈なんだよなあ」

「何か光ってるぞ!」


 その時、周囲を見張っていた船員が声を上げた。

 ソロンが見れば、光る何かが船の周囲を取り囲んでいる。その数は二十や三十では到底足りなさそうだ。

 メリューがまぶしげに目を細めながら海を覗き込む。それから、ふうと息をついた。


「クラゲのようだな。船に害を与える大きさではなかろうし、気にする必要はないと思うぞ」


 実際、クラゲは発光しているだけだった。ただただ船の周囲に浮かびながら、長い光の帯を作っているだけである。


「光の海ですか。美しいものですね」


 アルヴァが舷側に手を置いて、海面を覗き込む。


「綺麗だけど不気味じゃない?」


 ソロンがそう言えば、彼女は不満そうだった。


「ソロンは風情(ふぜい)がなくていけませんよ」

「つっても、クラゲじゃねえか。なんで船に集まってくるんだ?」


 グラットが加わってくる。

 それにはミスティンが答えて。


「きっと、船が珍しいからだよ。クラゲだって退屈だろうし」

「退屈も何も、あいつら浮いてるだけじゃねえか。光に釣られて、魔物がやって来たらどうするよ」

「その時はソロンがやっつけてくれるから大丈夫だよ」


 と、ミスティンが相変わらずの信頼を寄せてくる。

 そんなやり取りをよそに、ソロンはじっと海を眺めていたが……。


「あの先って、何かあるのかな?」


 ふと気づいてつぶやいた。

 船を囲むクラゲの大群による光の帯……。その一部が囲みを外れて、どこかへつながっているように見えたのだ。それも遠く水平線の向こうまで。


「ふむ、北西ですか。陸地につながっている可能性も否定できませんが……」


 アルヴァが手元の羅針盤を確認しながら言った。


「んじゃ、行ってみるか? 当然、陽が降りてからの話だけどな」

「そんな適当でいいの?」

「あっちの方向は行ってねえし、ちょうどいいんじゃねえか。俺だって当てもなく進みたくねえしな。外れだったらそん時はそん時だ」


 グラットは楽観的に言い放った。


 *


 やがて、昼闇の時間は過ぎ去り、クラゲの光も消えていった。

 船員達がほっと安堵の息を漏らす。


「おし、あっちの方角だったな」


 光の帯が続いていた方角を、グラットが指差した。


「ええ、間違いありません」


 と、アルヴァが羅針盤を指し示す。

 まだ薄暗い中、船は北西へと動き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ