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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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タンダ村の伝説

 村民達の注目を浴びながら、ソロンは村長の家へ向かった。こういった漁村では、村長自身も船乗りに顔が利くものである。


「これはこれは、ソロニウス殿下!」


 突如、訪れたソロンの姿に驚きながらも、村長は歓迎してくれた。


「頼みがあるのですが――」


 ソロンはマゼンテ海の島に渡るため、船を借りたい(むね)を説明する。


「そういうことなら、船と船員をこちらで手配いたそう。それで、どちらまで向かわれるつもりかの?」


 航海する距離が長くなるほど、それ相応の準備が必要となる。村長はそれを確認したいようだった。


「この島なんですけど……」


 ソロンは地図を広げ、目的地の島を指し示した。


「なんとまあ、魔の島に上陸なさるのか……!?」


 村長は(くぼ)んだ目を見開き、正気を疑うようにソロンを見た。どうやら、説明せずとも島について知っているようだ。


「魔の島ねえ……」

「それはまた大層な名前だな」


 グラットとメリューが怪訝(けげん)そうに顔を見合わせる。もっとも、二人の表情を見る限り、恐怖よりも興味が勝っているようだ。

 深淵の荒野がそうであったように、黒雲下には不吉な地名が多い。今から向かう島も、ご多分に漏れないらしい。


「地元ではそんなふうに呼ばれているんですね。島にある遺跡はご存知ですか?」

「地元といっても、魔の島までは何十里も離れておるからのう。漁でそんな遠くまでは行かぬし、交易船も黒雲下は避ける。今、生きている者で、島に渡ったものはおらんぞい」

「なるほど……未踏の地と思ったほうがいいみたいですね。けど昔、渡った人はいたんですよね?」


 ソロンが尋ねれば、村長は大きく頷いた。


「そうじゃな。わしの祖父の祖父の祖父の……ともかく二百何十年か前のことになろうかの。とある冒険者が島に渡ったと伝わっておる。よければ、お話しするが」


 村長はそこで話を切って、ソロンの顔を(うかが)う。


「ぜひ」

「承知した。この村を訪れたとある冒険者――彼はマゼンテ海の宝を求めていると公言し、この村で仲間を(つど)ったのじゃ。興味を示したのは、若い漁師達じゃった。血気盛んな若者達にとって、宝探しというのは魅力的だったんじゃろうな。たとえ話が荒唐無稽だったとしても……」


 上界と比較すれば、下界は荒れ果てた世界である。道楽にふけるような余裕があるとは言えない。それでも、宝探しのような浪漫を求める者は、少なからず歴史の中に現れた。

 上界の者は生活に余裕があるがゆえ、一層の高みを目指して浪漫(ろまん)を求める。反対に、下界の者は生活に余裕がないゆえ、一縷(いちる)の望みを託して浪漫を求めることが多かった。


「――漁師達の協力を得た冒険者は船を得て、マゼンテ海へと漕ぎ出したのじゃ。冒険者達は黒雲下の海を進み、とある島へとたどり着いた。乾いた砂漠の地を探検の末、見つけたのが古びた遺跡だったという」

「おお、宝はあったのか?」


 グラットが拳を握りしめ、期待の視線を向ける。


「ところがどっこい。遺跡で現れたのは恐るべき魔物じゃった。全貌が見えぬほど巨大な魔物の襲撃を受けて、男達は次々と倒れていった。結局、宝は手に入らず、それどころか冒険者自身も帰らぬ人になったのじゃ」

「……急に尻すぼみとなったな。しかし、冒険者が死んだのなら、なぜ今に至るまで話が伝わっているのだ?」


 メリューはがっかりした様子で、疑問を投じる。

 村長はおもむろに頷いて。


「よくぞ聞いてくれた。なぜわしが知っているのかというと、漁師達の中に生き残りがいたからに他ならぬ。そして、その一人がわしのご先祖様なのじゃ!」


 村長は最後の部分を強調し、得意げな顔を作った。そして、どうやら今のが話のオチだったらしい。


「な、なるほど、そうだったんですね」


 わりとどうでもよかったが、相槌を打ってみせる。ソロンもそれなりに大人だ。ミスティンと違って露骨に生返事をしたりはしない。


「もしかして、じいさん。それで終わりか?」

「うむ、終わりじゃ」

「……終わりですか。なにかもうちょっとためになる情報は……。例えば、遺跡の特徴とか、どんな魔物がいたかとか」

「今言ったのが全てじゃ。まあ、昔の話ゆえ、尾ヒレがついた可能性も否定できんがの。すまんのう。文字もロクに残さぬ田舎ゆえ」

「い、いえ……」


 そう言われてはソロンも引き下がるしかない。これ以上の情報を得るのは難しいだろうか……。


「質問よいだろうか?」


 流れを変えたのは、メリューだった。


「構わんぞ。お嬢さん」

「この海にはいくつもの島があるようだが、魔の島以外にも遺跡はないのか?」


 地図に視線をやりながら、メリューが尋ねる。

 そもそも他に目ぼしい遺跡があれば、わざわざ魔の島へ踏み込む必要はない。メリューの質問はそういう意図だろう。もっとも、あまり望みが高いとは思えないが……。


「無論、あったぞいぞ。とは言っても、白雲下の遺跡はさらに前――何百年も前に発掘され尽くしたようじゃがの」


 村長は予想通りの答えを返してくる。白雲下に目ぼしい遺跡がないからこそ、サンドロスもそれを考慮から外していたのだ。


「それじゃあ、黒雲下だと?」


 ソロンは尋ねるが、


「わしの知る限り、魔の島以外に大きな島はない」


 村長は首を横に振って否定した。

 広大なマゼンテ海において、存在しないという証明は難しい。かといって、その可能性に当たる余裕はなかった。


「そんじゃあ、白雲下のほうで発掘した宝はどうなったんだ? まさか、何も見つからなかったってことはねえだろ?」

「各地に流れたと言われておるな。……そうそう、宝のいくつかは王城に残っているかもしれんぞ。なんといっても、宝を発掘した一人は王家のご先祖様じゃからな」

「え?」


 村長の思わぬ指摘に、ソロンは素っ頓狂な声を上げる。そして思い至ったのは。


「――ひょっとして……そのご先祖って、アルヴィオスのことですか?」

「そうじゃよ。アルヴィオスがマゼンテ海の島々を探検した話は、この村にも伝わっておる。ソロニウス殿下が、ご存知なかったとは意外じゃな」

「う~ん、僕も兄さんも古い話にはそんなに興味もなかったもので……」


 最も古い話に詳しかったのは亡き父だが、今はもういない。

 ナイゼルやガノンドなら知っていたかもしれないが、生憎(あいにく)ここにはいない。二人はよく城の書庫で古文書を漁っていたのだ。


「アルヴィオスというと、そなたとアルヴァの共通の祖先だな。八百年ほど前だったか」


 メリューが意外な詳しさを発揮する。


「うん。……ていうか、そんな話まで聞いたんだ?」


 アルヴィオスは帝国のサウザード皇家の始祖として知られる人物だ。

 かつて下界を訪れた彼は、そこで得た宝を持って上界へ帰ったのだという。その際に忘れ形見として残された子が、イドリス王家の始祖になったという伝説が残っていた。


「祖先が同じだから、そなたは弟のようなものだ――と、あやつが嬉しそうに主張しておったぞ。人間の寿命では八百年も離れれば他人も同然と思うが、あやつがそう思うならそうしておこう」


 理解ある友人を気取っているのか、メリューは勝手に納得していた。


「そ、そう……」


 何はともあれ、重要なのはそこではない。気を取り直して、ソロンは村長のほうを向く。


「――例えば、どんな宝があったか分かりますか? 残念ながら、イドリス城には大した宝は残ってないもので……。僕達は光る銀に似た金属を探しているんです」

「もしや、白光(びゃっこう)を放つ剣かの。アルヴィオスが手にした宝の中で、最も有名な逸品じゃよ」

「もしかして、星霊銀の剣じゃ……!? ねえグラット、僕が帝都の神獣に突き刺したアレだよ!」


 ソロンは去年の死闘を思い出しながら、グラットに同意を求める。


「おお、アレか! つうことは、宝は神鏡と一緒に帝都に渡ってたってことだな」


 ソロンが知っていたのは、アルヴィオスが神鏡を帝都へ運んだという話に留まる。星霊銀の剣の出所が分かったのなら、大きな収穫だった。

 そして、それが示す可能性は……。


「収穫あったようだな。ならば、その魔の島の遺跡からも、白雲下の遺跡と同じものが見つかるかもしれん。上界が創られる前の古代人にとっては、白雲も黒雲もないのだからな」


 ソロンが話すまでもなく、メリューが説明してくれる。

 下界の各地にある遺跡は、上界誕生前に暮らしていた古代人の痕跡(こんせき)だという。そう教えてくれたのは、シグトラだった。

 黒雲下に遺跡が多く残っているのは、後世そこが人の立ち寄れる環境でなくなったためだ。本来、白雲下の遺跡と黒雲下の遺跡は同列のものなのである。


 魔の島そのものについての知識は、さして得られなかった。とはいえ、目的の星霊銀が得られる目算は高まった。情報としては十分だと思っておこう。


 *


 情報収集を終わりにして、村長に改めて船の手配をお願いする。


「ならば、村に一つしかない交易船を使うとよいじゃろう。あれがわが村で一番に頑丈じゃからな」

「いいんですか? 大事な船を借りてしまって……」

「この村にある漁船は、いずれも遠洋を想定しておらぬからな。あれ以外の船では安全を保証できん。それに我らは辺境の田舎者ではあるが、王家の方――とりわけソロニウス殿下への恩を忘れておらぬ。お役に立てるなら本望じゃよ」


 去年、この村から出発した交易隊を野盗が襲撃する事件があった。村人に混じっていたアルヴァを含め、大勢の人が野盗にさらわれるところだったのだ。

 後日、得た情報によれば、野盗はザウラスト教団の後援を受けており、生贄を集めていたともいう。

 その時に野盗を退治し、村人を救出したのはソロン達だったのだ。村長が語る恩とはそのことだろう。


 こうして当初の心配は杞憂(きゆう)に終わり、村長は快く協力してくれたのだった。


 *


 村長に無理を言った結果、出発は明日の早朝となる予定だった。

 出発前の点検、船員の募集、食糧の準備といった用意があるため、さすがに今日中の出発とはいかない。それでも最悪、船が出払っていた可能性を考えると、上々の結果といってよいだろう。

 ひとまず宿に戻って、アルヴァ達を待つ。


 しばらくすると、ミスティンと一緒にアルヴァが戻ってきた。村人との旧交を温めたというアルヴァは、満足そうな表情を浮かべていた。

 首尾を尋ねるアルヴァに、ソロンは村長と話した内容を報告すると、


「魔の島かあ……。なんかワクワクするね」


 ミスティンは楽しそうに空色の瞳を輝かせる。


「ええ、俄然(がぜん)、面白くなってきました」


 あろうことか、アルヴァまでそれに同意する。


「ミスティンだけでなく、そなたまでその調子か。どんな危険があるか分からぬのだぞ」


 これにはメリューも呆れるようにたしなめる。

 目的はあくまで呪海の王を倒し、帝国の危機を救うことである。それを考えれば、楽しんでいる余裕はないのだ。


「あまり気を張っても仕方ないでしょう。そうしたところで、結果が上向くわけではありませんから。私はミスティンからそれを学びました」


 そんなことを(のたま)いながら、アルヴァはミスティンと顔を見合わせる。対するミスティンも愛らしい笑顔で応えた。


「学んだというより、毒されている気がしないでもないがな」


 メリューは苦笑気味に二人を眺める。


「あはは……。まあ、本番は島から帰った後からだからね。気を張っても仕方ないのは確かだよ」


 何はともあれ、ここまでやって来れたのは、ミスティンの明るさのお陰なのも確かだ。アルヴァもそれを理解しているからこそ、そう言っているのだろう。

 ソロン達は明日の出発に備えて準備をし、あるいは息抜きをするのだった。

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