表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
384/441

星霊銀を求めて

 会議が終わったその日のうちに、ソロン達は帝都を()った。


 アルヴァ、ミスティン、グラット、メリュー……。わずか五人での旅路だが、いずれも強い絆で結ばれた者達だ。

 呪海の王が現れて数週間。ソロン達の所在は目まぐるしく変わる。そして、星霊銀を求めるため、また下界へと向かうのだった。


 呪海の王のいる内雲海を避け、まずは陸路で帝都北東のミューン港へと向かう。皇帝の全面的な協力を得ているため、足の早い馬を存分に使うことができた。

 ミューンからカプリカ島に竜玉船で向かい、港町を経由して界門へとたどり着く。

 降り立った場所はイドリスの東部だ。そのまま、宿を取らず王都イドリスへと直行した。


 *


 帝都を発ってわずか三日。ソロン達は下界の王都イドリスへとたどり着いた。もはや、そこまでの経路は慣れたものだった。

 さっそく城内のサンドロスの元へと向かう。

 ラグナイ王国内で別れたサンドロス達だが、予定では既にこちらへ戻っているはずである。


「おう、随分と早く戻ってきたな」


 そして予定通り、サンドロスはイドリスに戻っていた。しかし、ソロンが来れば、真っ先に駆けつけるはずのナイゼルの姿は見られない。


「兄さん、星霊銀の捜索がしたいんだ。協力して欲しい」


 開口一番、ソロンは頼み込んだ。


「ふむ、帝都にある神鏡では足りなかったのか?」


 急なソロンの言葉にも、サンドロスは戸惑いを見せない。


「無理だった。効果はあったけど、決定打にもならず砕けてしまってね。だから、もっと多くの星霊銀が必要なんだ」

「既に五百の兵を捜索に当てている。ナイゼルやダルツ将軍も、その指揮を執ってくれているぞ」

「えっ、そうなんだ!?」

「随分と手際がよいのですね」


 ソロンは驚き、アルヴァが感心する。


「呪海の王が昇竜の門から上界に昇る姿を確認した。……となれば、俺達にできることは、呪海の王を倒す手段を探すだけだ。それで、ナイゼルが強く進言したんだ」

「そっか……」


 この場にいないナイゼルへ、ソロンは強く感謝した。

 昇竜の門からイドリスへ戻るには、それなりの日数がかかる。そこからさらに、星霊銀の捜索へ出発するのは骨が折れるはずだ。


「今や、そちらにとっては対岸の火事のようなものですのに……。ご尽力のほど、陛下に感謝します」


 アルヴァは頭を下げた。


「いや、ザウラスト教団の打倒は、俺達にとって父の代からの悲願でもある。対岸の火事などと思ってくれるな」

「ありがとう、兄さん! 僕達も手伝うよ!」

「ああ、ナイゼル達だけでは手の回らないところも多くてな。当てにさせてもらうぞ。……とはいえ、まずは捜索する場所を検討しないとな」


 *


 イドリス城内の会議室へ一同は集まった。


「イドリス近郊で、現在判明している遺跡は十八点だ。そのうち八点は白雲下に近く、盗掘され尽くしているため除外だ。残り十点に捜索の兵を送っている」


 机上に広げた地図を指差しながら、サンドロスが説明する。黒雲下に打たれた丸印が、その十箇所の遺跡を示しているのだろう。

 イドリス王国とは、上界における内雲海の中部から東部を占める国家だ。そして、内雲海を囲む陸地の数々が、そのまま下界での黒雲下となる。


 ソロンは二度に渡って黒雲下を旅したが、それもごく限られた範囲に過ぎない。北、東、南――イドリスを囲む黒雲下は広大だった。そして、そのいずれの方角にも遺跡を示す点が打たれている。

 中には、先々月に渡った深淵の荒野に属するものも含まれていた。


「んじゃあ、俺達が探す意味ねえんじゃないですか?」

「ある意味ではそうだな。そう思うならば、ここで捜索隊の帰還を待つのも一つの手だ」


 グラットの意見に、サンドロスは頷く。しかし、その言い方には含みがあった。


「確かに、結果的にはそれが早いかも知れませんが……」


 アルヴァはうつむきながら考え込む。ソロンは彼女と視線を合わせて。


「いや、やっぱり僕達でもできることはやりたいな。待ってるのは性に合わないし、兄さんの話もそれで終わりじゃないよね」

「ああ、もちろんだ」

「ソロンのお兄さん。こっちの三角はなに?」


 サンドロスが話を続ける前に、地図をじっと見ていたミスティンが発言した。

 彼女が指差したのは、地図上に五点ほどある三角印だ。こちらも全て黒雲下にあるようだが、丸印よりは王都から遠いものが多い。


「それも遺跡のはずだが、確証がなくてな。地元民の噂には伝えられているが、正式な調査記録がなく存在を断定できない。王都から遠方にあるため、歴代の王もわざわざ調査しようと思わなかったんだろう」

「なるほどな。残された選択肢は他国に(おもむ)くか、この五点に赴くかというわけだな」


 メリューが首をゆったり振って納得する。


「他国っていうと、ラグナイか、トドリアス連合のどちらかだよね? そっちの遺跡の位置は分かってる?」


 ソロンはサンドロスの顔を(うかが)いながら、そう確認する。

 ラグナイは言うに及ばず、トドリアス連合はイドリスの西方に位置する都市連合である。こちらはラグナイとは異なり、イドリスとは良好な関係を保っていた。


「さすがにわが国では把握していないな。現地で聞けば、この五点よりは明確な情報も見つかるだろうが……。とはいえ、ラグナイについては不要だ。レムズ王子が捜索に当たってくれているからな」

「あっ、そうなんだ」

「あの男の打倒ザウラストに懸ける執念は本物だ。信じてもよかろう」


 メリューはレムズへの一定の信頼を覗かせる。


「――となれば、そのトドリアス連合とやらだが……」

「ちょっと遠いね」


 ミスティンはトドリアス連合の付近を指差した。かの連合は地図の西方にあるため、当然ながらそちらの遺跡は距離が遠くなる。


「ええ、移動だけでも時間がかかるでしょうね。仮に現地へ向かったしても、手頃な遺跡が見つかる確証はありません」


 アルヴァは否定的な見解を述べた。


「あっ、ここなんてどうかな?」


 声を上げたミスティンが地図のとある一点――三角印を指差す。


「よりにもよって、なんてとこを指すんだよ。海のど真ん中じゃねえか」


 グラットが正気を疑うように、ミスティンを見る。

 彼女が指差したのはイドリス西部――マゼンテ海にある孤島だ。マゼンテ海の一部は黒雲下にかぶさっており、そしてその中にも島があり遺跡があるのだという。


「ふふふ、果たしてそうかな?」


 ミスティンが不敵な笑みを浮かべた。なにやら自信があるらしい。

 アルヴァはそんなミスティンの案を吟味していたが、


「なるほど、悪くないかもしれませんね」


 と、理解を示した。


「どういうことだよ」

「この場所をよく見てください」


 アルヴァがミスティンに代わって説明する。……あくまで説明はアルヴァの役割らしい。


「――川を下り、海を船で渡るだけでたどり着けるのです。黒雲下を長々と歩き続けるよりも、合理的だとは思いませんか?」


 実際、イドリス川は東から西へと流れている。イドリス川から西につながるマゼンテ海を目指すには都合がよかった。


「ん、ああ……。そう言われてみりゃそうだな」


 グラットもアルヴァの説明を理解したようだった。


「さすが、お目が高いな。そこは漁師から報告があった地点だが、まだ一度も調査が入っていない。近いとまでは言えないが、相対的に便利が良いのも確かだ。悪い判断じゃないと思うぞ」


 サンドロスもミスティンの案を否定しなかった。


「それじゃ、決まりかな? 他の四つの点だって、確証があるわけじゃないし、僕もこれでいいと思う」


 ソロンも同意し、方針は固まった。


 *


 翌日、まだ日が昇りきらないうちにソロン達は王都を出発した。

 いつもの五人に加えて、イドリスの兵士達を十人ほど連れている。例によって、人間と亜人の混成部隊だった。

 兵士達は鎧兜ではなく、胸当てにマントという軽装だ。あくまで探検のための人手なので、戦争に向かうような重装備は必要ないのだ。

 この十五人が今回の探検隊というわけだ。


 少し北に歩けば、イドリス川の船着場が目に入った。

 船着場の用途は第一に漁だが、時には交通手段としても使われる。

 特に川の流れに沿って西へ向かう限り、船は最も速い交通手段となるのだ。王都から急ぎの使者を西方に送る場合にも、船は重宝された。

 そして、サンドロスが用意してくれた船も、そういったものの一つだった。


「……なんつうか、しょぼいな」


 グラットが忌憚(きたん)なく感想を述べてくれた。

 確かに小さな船だった。小ぶりな船体に、小ぶりな帆……屋根も船室もあるはずはない。

 帝国の竜玉船はおろか、イシュテア海で見た帆船(はんせん)にも及んでいない。わずか十五人の探検隊でも、手狭に感じるほどだった。


「そりゃ、帝国の船には遠く及ばないけどさ。海では別の船に乗り換えるし、川だけなら大丈夫だよ」


 ソロンは安全を主張したが、


「沈まない?」


 ミスティンが一言で懸念を表明する。


「……万が一、沈んでもイドリス川はゆるやかだから心配いらない。いざという時は、僕がみんなを泳いで助けるから」

「分かった。ソロンを信じる」


 ミスティンは純粋な信頼の目をソロンに向けてくれる。


「ううむ……本当にこれで六十里もゆくのか?」


 が、メリューの目は疑わしげだ。泳いだ経験に乏しい彼女は、水に苦手意識があるのだとか。


「大丈夫です。私もソロンを信じます」


 先陣を切ったのは、やはりアルヴァだった。いつもながらの思いきりのよさで、真っ先に船へと乗り込んでいく。

 グラットとメリューも渋々、アルヴァに続くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ