新しい道を
「一つ提案があるんですが、よろしいですか?」
ソロンがゆっくりと、しかし力強く挙手をした。
「ソロン……?」
アルヴァが怪訝な視線を向けてくる。
「ああ、なんでも言ってくれ。今は藁にもすがりたい気分なんだ」
「新しい神鏡を作りましょう。それも、もっと強力なものを」
五人の視線が、一挙にソロンへと集まった。
たじろぎそうになるが、ここで引くつもりはない。ソロンだってアルヴァに付き添うためだけに、ここへ来たつもりはないのだから。
「神鏡を作るだと……。そんなことができるのか?」
エヴァートは目を見開いて、ソロンの真意を問いただす。
「できないはずがありません。神鏡だって誰かが作ったから、存在しているんです。僕の故郷イドリスには、神鏡を作った職人達の伝説が伝わっています」
「しかし、材料はどうするんだ? 星霊銀というのは希少なのだろう」
「それも下界で手に入るでしょう。下界の遺跡では、そのような希少な品が発見されることもあるのです」
「だが、遺跡などというものは、大概は荒らし尽くされているものだと思うが……。そううまくいくものですかな?」
今度はワムジーが疑問の声を上げる。
「指摘はごもっともですが、勝算はあります。下界には黒雲下と呼ばれる地域があり、これは上界の陸地の影に当たります。もちろん、上界の方はご存知ないでしょうが……」
「いや、アルヴァから聞いているよ。雨が降らない上に、昼間が暗闇になるのだろう? なかなか想像力が及ばないが、興味深い話だとは思う」
エヴァートは真摯な態度でソロンの話を聞いてくれる。地位におごらぬ話しやすい相手だった。
一方、アルヴァは口を挟まずに、ソロンへじっと視線を向けていた。ただ信頼し、任せてくれているのだと分かった。
「話が早くて助かります。とにかく、人にとっては過酷な環境で、盗賊すら滅多に寄りません。だから黒雲下には、手つかずの遺跡がたくさん残されているんです。僕の師匠に当たる方も、星霊銀が黒雲下の遺跡に埋もれていると語っていました」
星霊銀が下界の遺跡に点在している。その情報を教えてくれたのは、ソロンの師匠でメリューの父――ドーマ連邦の大君シグトラだった。
「なるほどな、不確実かもしれないが有意義な情報なのも確かだ。今はわずかな光明でもつかみたい。……だが、問題は時間だ。呪海の王が再び動き出したとして、何度も足止めができるかは分からない。恐らく、その度に犠牲が出るだろう。無理を聞くのは承知だが、どれぐらいかかると思う?」
「今から急ぎ下界へ向かって、星霊銀を集めて……。それからイドリスで鏡を作って、またここに戻る必要があります。正直に言うと、数週間は必要でしょう。……やっぱり厳しいですか?」
自分で発言しているうちに、段々と不安が増してくる。ソロンは皇帝の顔色を窺った。
「お兄様は何としても時間を稼いでください。戦う必要はありません。避難を優先すれば、不可能ではないはずです。その間、私達が急ぎ星霊銀の捜索を行いましょう」
強く皇帝へ進言してくれたのは、アルヴァだった。
「……分かった。君にそうまで言われては、聞かないわけにはいかない。こちらでも、なんとかやってみせよう。ガゼット将軍、すまないが頼めるか?」
「仕方ありませんな。どうにかしてみましょう。先の戦いは倒すつもりでやりましたが、時間稼ぎだけが目的なら、もう少し手段はあるはずです」
「頼んだよ、将軍。……それでソロン、下界の捜索についてだが――」
「私達が下界へ向かいます。その間、こちらのことはお兄様と将軍達へお任せすることになりますが……」
ソロンよりも前にアルヴァが答えた。
そうして、アルヴァは心配そうな視線を従兄へと向けていたが。
「気にしないでくれ。君のように戦慣れはしていないが、いざという時は民を連れて逃げるまでだ。なんとか持たせてみせるさ」
「お願いします。急ぎ出発するので見送りは無用です。お兄様も将軍も、どうかご自分の役割に専念なさってください」
*
「ふう……。久々に緊張したぁ」
皇帝執務室から退出したところで、ソロンは大きく息を吐いた。皇帝エヴァートは堅苦しい男ではないが、さすがに状況が状況だ。部屋の空気は重苦しかった。
「ふふっ、お疲れ様です。まさか、ああいう提案をされるとは驚きましたよ」
共に退出したアルヴァは、微笑を浮かべてソロンの肩に手を置いた。彼女の表情からは、先程まであった深刻さが薄れているようだった。
「ごめん。先に、君へ相談しとけばよかったね」
「構いません。実際のところ、相談を受ける暇もありませんでしたから。……しかし、あなたのおっしゃる通りですね。古代より伝わる至宝といえど、現代の我々に再現できないと考えるのは弱気に過ぎました。考えもしなかったのが、正直なところです」
「まあ、星霊銀が見つかるかは行ってみないと分からないけど。それより、君も来てくれるんだ?」
「もちろんです。帝国の命運を決する作戦に、あなただけを行かせられませんよ。それから、皆にも相談がいりますね。また冒険になるでしょうから」
二人で階下に降り、暇を持て余していた三人と合流する。
さっそく、新たな神鏡の作製について相談すると。
「へえ~、やるじゃねえか。お姫様の窮地に王子様ががんばったわけだな」
冷やかすように、グラットがソロンの背中を叩いてくる。
「まだ何もやってないよ。僕は案を出しただけだし」
「ですが、本当に助かりました。打開策が一つもない状況というのは、苦しいものですから」
「ふむ。星霊銀ならば、わがドーマ連邦にも残されている。私からも父様へ連絡を取っておこう。もっとも、それにしても往復に時間はかかるし、あの鏡ほど純度の高い逸品はさすがにない。大きな期待はするな」
メリューも自分なりに協力を申し出てくれた。
「お気持ちだけでも嬉しく思います。私はよい友人と師に恵まれましたね」
「礼には及ばぬ。星霊銀は元々ザウラストの連中と戦うために収集したものだ。今使わねば、その意義もないというものであろう」
「じゃあ、次はまた下界だね」
ミスティンがどこか愉快そうにしていた。どんな時でも冒険を楽しむ心を、彼女は持っているのだ。
「ああ、善は急げだな。けど、行くのは俺達だけでいいのか?」
グラットの質問には、アルヴァが答えて。
「お兄様も兵を出すとおっしゃったのですが、断りを入れました。下界に不慣れな兵を多く連れたところで、行軍が遅くなるだけでしょう」
「そういうこと」
ソロンが続けて補足する。
「――だから、まずイドリスまで降りて、それから兄さんに相談しようと思う。あっちの兵のほうが頼りになるだろうからね」
「やれやれ、上に行ったり下に戻ったり、俺達も忙しいねえ。バケモノ一匹のために、随分と振り回されてんな」
「その程度でアレを止められるなら、安いもんさ。すぐ出発するよ」
「おう!」
グラットは苦笑しながらも、勇ましく応じてくれた。