表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
383/441

新しい道を

「一つ提案があるんですが、よろしいですか?」


 ソロンがゆっくりと、しかし力強く挙手をした。


「ソロン……?」


 アルヴァが怪訝(けげん)な視線を向けてくる。


「ああ、なんでも言ってくれ。今は(わら)にもすがりたい気分なんだ」

「新しい神鏡を作りましょう。それも、もっと強力なものを」


 五人の視線が、一挙にソロンへと集まった。

 たじろぎそうになるが、ここで引くつもりはない。ソロンだってアルヴァに付き添うためだけに、ここへ来たつもりはないのだから。


「神鏡を作るだと……。そんなことができるのか?」


 エヴァートは目を見開いて、ソロンの真意を問いただす。


「できないはずがありません。神鏡だって誰かが作ったから、存在しているんです。僕の故郷イドリスには、神鏡を作った職人達の伝説が伝わっています」

「しかし、材料はどうするんだ? 星霊銀というのは希少なのだろう」

「それも下界で手に入るでしょう。下界の遺跡では、そのような希少な品が発見されることもあるのです」

「だが、遺跡などというものは、大概は荒らし尽くされているものだと思うが……。そううまくいくものですかな?」


 今度はワムジーが疑問の声を上げる。


「指摘はごもっともですが、勝算はあります。下界には黒雲下と呼ばれる地域があり、これは上界の陸地の影に当たります。もちろん、上界の方はご存知ないでしょうが……」

「いや、アルヴァから聞いているよ。雨が降らない上に、昼間が暗闇になるのだろう? なかなか想像力が及ばないが、興味深い話だとは思う」


 エヴァートは真摯(しんし)な態度でソロンの話を聞いてくれる。地位におごらぬ話しやすい相手だった。

 一方、アルヴァは口を挟まずに、ソロンへじっと視線を向けていた。ただ信頼し、任せてくれているのだと分かった。


「話が早くて助かります。とにかく、人にとっては過酷な環境で、盗賊すら滅多に寄りません。だから黒雲下には、手つかずの遺跡がたくさん残されているんです。僕の師匠に当たる方も、星霊銀が黒雲下の遺跡に埋もれていると語っていました」


 星霊銀が下界の遺跡に点在している。その情報を教えてくれたのは、ソロンの師匠でメリューの父――ドーマ連邦の大君シグトラだった。


「なるほどな、不確実かもしれないが有意義な情報なのも確かだ。今はわずかな光明(こうみょう)でもつかみたい。……だが、問題は時間だ。呪海の王が再び動き出したとして、何度も足止めができるかは分からない。恐らく、その度に犠牲が出るだろう。無理を聞くのは承知だが、どれぐらいかかると思う?」

「今から急ぎ下界へ向かって、星霊銀を集めて……。それからイドリスで鏡を作って、またここに戻る必要があります。正直に言うと、数週間は必要でしょう。……やっぱり厳しいですか?」


 自分で発言しているうちに、段々と不安が増してくる。ソロンは皇帝の顔色を(うかが)った。


「お兄様は何としても時間を稼いでください。戦う必要はありません。避難を優先すれば、不可能ではないはずです。その間、私達が急ぎ星霊銀の捜索を行いましょう」


 強く皇帝へ進言してくれたのは、アルヴァだった。


「……分かった。君にそうまで言われては、聞かないわけにはいかない。こちらでも、なんとかやってみせよう。ガゼット将軍、すまないが頼めるか?」

「仕方ありませんな。どうにかしてみましょう。先の戦いは倒すつもりでやりましたが、時間稼ぎだけが目的なら、もう少し手段はあるはずです」

「頼んだよ、将軍。……それでソロン、下界の捜索についてだが――」

「私達が下界へ向かいます。その間、こちらのことはお兄様と将軍達へお任せすることになりますが……」


 ソロンよりも前にアルヴァが答えた。

 そうして、アルヴァは心配そうな視線を従兄へと向けていたが。


「気にしないでくれ。君のように戦慣れはしていないが、いざという時は民を連れて逃げるまでだ。なんとか持たせてみせるさ」

「お願いします。急ぎ出発するので見送りは無用です。お兄様も将軍も、どうかご自分の役割に専念なさってください」


 *


「ふう……。久々に緊張したぁ」


 皇帝執務室から退出したところで、ソロンは大きく息を吐いた。皇帝エヴァートは堅苦しい男ではないが、さすがに状況が状況だ。部屋の空気は重苦しかった。


「ふふっ、お疲れ様です。まさか、ああいう提案をされるとは驚きましたよ」


 共に退出したアルヴァは、微笑を浮かべてソロンの肩に手を置いた。彼女の表情からは、先程まであった深刻さが薄れているようだった。


「ごめん。先に、君へ相談しとけばよかったね」

「構いません。実際のところ、相談を受ける暇もありませんでしたから。……しかし、あなたのおっしゃる通りですね。古代より伝わる至宝といえど、現代の我々に再現できないと考えるのは弱気に過ぎました。考えもしなかったのが、正直なところです」

「まあ、星霊銀が見つかるかは行ってみないと分からないけど。それより、君も来てくれるんだ?」

「もちろんです。帝国の命運を決する作戦に、あなただけを行かせられませんよ。それから、皆にも相談がいりますね。また冒険になるでしょうから」



 二人で階下に降り、暇を持て余していた三人と合流する。

 さっそく、新たな神鏡の作製について相談すると。


「へえ~、やるじゃねえか。お姫様の窮地(きゅうち)に王子様ががんばったわけだな」


 冷やかすように、グラットがソロンの背中を叩いてくる。


「まだ何もやってないよ。僕は案を出しただけだし」

「ですが、本当に助かりました。打開策が一つもない状況というのは、苦しいものですから」

「ふむ。星霊銀ならば、わがドーマ連邦にも残されている。私からも父様へ連絡を取っておこう。もっとも、それにしても往復に時間はかかるし、あの鏡ほど純度の高い逸品はさすがにない。大きな期待はするな」


 メリューも自分なりに協力を申し出てくれた。


「お気持ちだけでも嬉しく思います。私はよい友人と師に恵まれましたね」

「礼には及ばぬ。星霊銀は元々ザウラストの連中と戦うために収集したものだ。今使わねば、その意義もないというものであろう」

「じゃあ、次はまた下界だね」


 ミスティンがどこか愉快そうにしていた。どんな時でも冒険を楽しむ心を、彼女は持っているのだ。


「ああ、善は急げだな。けど、行くのは俺達だけでいいのか?」


 グラットの質問には、アルヴァが答えて。


「お兄様も兵を出すとおっしゃったのですが、断りを入れました。下界に不慣れな兵を多く連れたところで、行軍が遅くなるだけでしょう」

「そういうこと」


 ソロンが続けて補足する。


「――だから、まずイドリスまで降りて、それから兄さんに相談しようと思う。あっちの兵のほうが頼りになるだろうからね」

「やれやれ、上に行ったり下に戻ったり、俺達も忙しいねえ。バケモノ一匹のために、随分と振り回されてんな」

「その程度でアレを止められるなら、安いもんさ。すぐ出発するよ」

「おう!」


 グラットは苦笑しながらも、勇ましく応じてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ