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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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不滅の呪王

「的は巨大です。無理な接近は必要ありませんよ」

「おう!」


 アルヴァの司令に従って、グラットが細かく操舵手(そうだしゅ)に指示を出す。向かいの艦隊との同士討ちにも気をつけながら、最適な距離を取っていく。


 船はかつてないほどに、呪海の王へと接近していく。

 その顔面は艦隊のほうを向いていたため、こちらに見えるのは背中の側だ。それでも、この世の生物とは思えない不気味さに、身がすくみそうになる。

 やがて、艦隊が呪海の王の西側へと到達した。呪海の王は赤黒い瘴気をいまだに吸い込んでおり、そちらに注意を向ける素振りもない。


 次の瞬間、艦隊から嵐のような攻撃が開始された。

 右側面に並んだ兵士達によって、魔法と弩弓が連射される。先程と手段は同じだが、接近しての攻撃は威力が違った。

 数知れない魔法と矢が呪海の王の顔面に命中し、爆炎が巻き起こる。

 それでも、あまりに巨大な体は爆炎に覆い隠されることはない。


 そうしているうちに、こちらの船も呪海の王の東側へ到達した。


「よし、行くぞ! ミスティン、僕に続いて!」


 船の右側面から呪海の王をにらんでいたソロン達も、攻撃を開始する。

 ソロンが蒼煌(そうこう)の刀を構えれば、刀身が青い炎に包まれる。後先は考えない。これで全てが終わると信じるのだ。

 燃えさかる刀身から業火が放たれ、呪海の王の後頭部へと衝突する。兵士達が集団で放った猛火と比較しても、その激しさは引けを取らない。


「あいよ!」


 風伯の弓を構えたミスティンが、ソロンに一拍置いて矢を放つ。

 標的に突き刺さった矢が竜巻を生み出し、青い業火をあおり立てる。業火はますます勢いを増して、呪海の王の頭部を焼き尽くそうとする。


「やれやれ、派手な奴らよの」


 メリューは激しい攻撃に呆気を取られながらも、無数の短刀を宙に浮かせる。


「――ゆけ!」


 彼女がうながせば短刀が急激に加速し、呪海の王へと突き刺さっていく。その多くには魔石を内包していたらしい。兵士達の弩矢と同じような爆発を巻き起こす。

 ちなみに、彼女には父から(たまわ)った愛刀もあるが、さすがにあの炎の嵐の中には投入できなかったようだ。

 呪海の王の表面が崩壊し、そこから赤黒い瘴気が放出されていく。体を構成する何かが崩れているように思えた。


「有効なようですね。私も行きます!」


 神鏡を使って消耗していたはずのアルヴァも、残された精神力で雷鳥の魔法を放った。

 杖先から放たれた激しい稲妻が、雲海の上を駆け抜ける。それは一瞬のうちに呪海の王の頭部へと突き刺さった。


 全快時よりも威力は劣るが、それでも巨竜すら(ほふ)るような強大な魔法である。間近に落雷が降ったような衝撃――それがソロンの元までも伝わってきた。

 雷鳥の光が広がり、呪海の王の頭部を飲み込んでいく。その姿がついに光の中へと覆い隠された。


 けれどそれでも、艦隊による猛攻は終わらない。

 艦隊は時計回りに円を描きながら、呪海の王の周囲を回り続ける。そうやって、敵との距離を測りながら、絶え間なく攻撃を続けるのだ。


 グラットも艦隊の円陣に混ざり合って、オデッセイ号を動かし続けた。ソロン達も残りの力を振り絞り、呪海の王へと攻撃を殺到させる。

 消耗した船から順次攻撃を停止し、円陣から離れていく。弩弓(どきゅう)の矢にも、術者の精神力にも限界がある。いつまでも攻撃は続けられないのだ。


 雷鳥を放ち終えたアルヴァは、なおも紫電の魔法を杖先から放ち続ける。しかし、立ち上がるのも億劫(おっくう)なほどに疲れているようだった。


「グラット、僕達も離脱しよう」


 やむなくソロンが提案する。

 実際のところ、ソロン自身は何の権限も持たない。それでも、船長のグラットならば、アルヴァに代わって判断しても許されるはずだ。


「だな」


 グラットも同意し、速やかに船を離脱させる。

 やがて、全艦隊の攻撃が収まった。全ての船が呪海の王から距離を取り、陣形を分散していく。艦隊は西側へと進路を向けていた。

 一定の距離を置いたところで、アルヴァが船を止めるように指示をする。どうやら、呪海の王が反撃してくる気配はなかった。


「ソロン……呪海の王はどうなりましたか?」

「確認しよう」


 ソロンはアルヴァを支えながら、船の後尾へと近づいていく。仲間達も一様に後尾へと集まっていた。


 *


 雲海に突き出た呪海の王の頭部――今やそれは原型を失っていた。

 雲軍の猛攻とソロン達の攻撃を受けては、呪海の王も無事ではいられなかったのだ。周囲には赤黒い瘴気がまとわりついている。

 そして、代わりに確認できたのは赤い何かだった。ただモゴモゴと微動を繰り返しているだけで、攻撃をしかけてくる様子はない。


「うわ、いっそう気持ち悪くなったな……。なんつうか、ガキの頃に虫ちぎって遊んでた時のことを思い出したぜ。頭ちぎっても、しばらくはピクピク動いてるんだよな」


 呑気にも、グラットが幼少の思い出を語り出したが……。


「最低」

「なるほど、幼少より野蛮だったのだな」


 ミスティンとメリューから砲火を受けて、グラットはたじろぐ。


「しゃーねえだろ、ガキだったんだから!」


 グラットは抗議を(こころ)みるが――


「おい、あれを見よ!」


 突如、メリューが叫び声を上げた。彼女にしては珍しいほどに取り乱している。

 周囲をただよっていた赤黒い瘴気が、呪海の王の残骸へとまとわりついていく。

 瘴気が凝固して、呪海の王の欠損した体を補っているようだった。


「もしや、再生しているのですか!? 誰か、神鏡をここに!」


 アルヴァが驚愕(きょうがく)の表情を浮かべながら、指示を下す。

 ソロンは慌てて、神鏡が鎮座している船の前方へと駆けていく。兵士達の力を借りながら、ソロンは神鏡を後尾へと運んでいった。

 そうこうしているうちに、呪海の王は急速に体を再生させていた。


「急いでください!」


 急かすアルヴァへとソロンは神鏡を手渡した。

 アルヴァは両手で神鏡を抱え、呪海の王へと向けた。

 しかしながら、その足元はおぼつかない。既に彼女の消耗は激しく、限界が近づいているのだ。


「大丈夫? 僕も力を貸すよ」


 無理に取り上げようとしても抵抗するだろうな――と、予想したソロンは、神鏡の片側へと手を添えた。


「そういうお前もヘナヘナだろうが」

「うん、みんなでやろう」


 グラットにミスティン、それからメリューも鏡に手を添えて、力を貸してくれる。

 アルヴァは頷いて。


「それでは、行きますよ!」


 再度、神鏡の光が放たれた。

 形を失った呪海の王へと光が向かう。赤黒い瘴気が、まばゆい光に吹き飛ばされていく。

 アルヴァやソロンが消耗しているのは仕方ないが、それは仲間達が補ってくれている。特にグラットは船の指揮を執っていたため、精神力に消耗はないようだ。

 先程に負けじと光も勢いを増している。


 これならば――と、ソロンが思ったその時、異変が起こった。

 何かが割れるような異音がしたのだ。

 次の瞬間――神鏡から破裂するような音が響いた。激しい反動が、こちらへと襲いかかる。


「んっ、あ!?」


 アルヴァが悲鳴を上げた。神鏡がその手から離れようとしているのだ。仲間達も神鏡をつかもうとするが、押さえきれなかった。


「アルヴァ!」


 ソロンは強く力を込めて、アルヴァの背中を支える。しかし衝撃は強く、いくら足を踏ん張っても支えきれない。五人まとめて、甲板(かんぱん)の上を吹き飛ばされる。


「ぐはっ……!」


 背中にぶつかる強い衝撃。続いて、一緒に飛んできたアルヴァの体にも押しつぶされる。

 ソロンは甲板へと倒れ込み、さらにアルヴァの下敷きになった。

 どうやら、船室の外壁にぶつかったようだ。もっとも、壁がなければ、そのまま雲海まで吹き飛ばされていたかもしれない。そこは幸運だと思うべきだろう。


「ソロン、大丈夫ですか!?」


 先に起き上がったアルヴァが、ソロンへと手を差し伸べる。どうやら、ソロンが緩衝(かんしょう)となったため、彼女にケガはなさそうだ。


「なんとか平気だよ」


 痛みはあったが、体に異常はない。ソロンがアルヴァの手をつかみ、二人で速やかに起き上がった。

 グラット、ミスティン、メリューの三人もすぐに体を起こした。方向の都合で、二人のような強い反動を受けなかったらしい。誰も雲海へ落ちなかったことに、ソロンは胸を撫で下ろした


「――それより神鏡は……?」


 アルヴァは顔を蒼白にして、甲板を指差した。

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