表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
379/441

帝都雲軍出撃

 帝都から南の橋を渡れば、ネブラシア湾へと突き出た港に出る。

 港には百を超える竜玉船が停泊していた。大半が帝国雲軍の(よう)する軍船である。

 その中で際立つ船が二隻あった。


 一つはグラットの愛船――ソロン達にとってもおなじみのオデッセイ号だ。木造船が多数を占める港の中で、最新式の銀色の船体が異彩を放っている。

 そして、もう一つの一際大きい船が雲軍の旗艦だ。こちらも船体を銀色に包んでいることから、最新式の船だと分かった。


 旗艦の前で艦隊を率いる提督が、アルヴァと話し込んでいる。

 そのそばにはイセリアも控えていた。彼女も帝国将軍の一人として、今回の作戦に志願したのだ。

 少し離れて、いつもの仲間達も並んでいた。ミスティン、グラット、メリュー……。もちろんソロンもその中にまぎれ込んでいる。


「帝国人でもねえのに、お前も付き合いがいいよなあ。あんま無理すんなよ。中身はともかく、見てくれはガキンチョなんだし」


 グラットがメリューを見下ろしながら、複雑な表情を作る。憎まれ口を叩いているが、本気で心配をしているようだ。


「余計なお世話というものだ。ザウラストとの決戦の舞台に、我ら銀竜が一人もいないというのは不名誉だからな。父様がいれば、私と同じようにしたであろう。それに――」


 と、メリューはソロンを指差した。


「――帝国人でないのは、そやつも同じであろう」

「分かってねえなあ。惚れた女のためとくりゃ、国境も何もねえんだよ。なあ、ソロン」


 グラットは楽しそうに、ソロンの背中をボンボンと叩いてくる。


「なるほど、さすがはソロンだな。顔つきは男らしくないが、こやつの男気は認めねばならん」


 一方のメリューも勝手に納得している。

 当のソロンは迷惑そうな顔をしながら、


「……それより、ガゼットさんが提督だなんて驚いたね」


 アルヴァの横にいた提督――ガゼット将軍を指差した。


「おお、マジでやるみたいだな」


 避けたい話題だったらしく、途端にグラットが渋い顔になった

 本艦隊を率いる提督を決めるに当たり、白羽の矢が立ったのはガゼットだった。

 アルヴァの推挙を受けるや、エヴァートは大して悩みもせずに快諾。かくして、ガゼットは帝都雲軍の提督に就任したのだった。


「凄いじゃない、大出世だよ。嬉しくないの?」


 ソロンは冷やかし半分にグラットの背中を叩き返す。


「嬉しくねえよ。ウチは代々の平民だぜ。……ったく、誰か止めろよな」

「誰かって、アルヴァを除いたら陛下と大将軍しかいないよ。グラットの不敬者」


 ミスティンがすかさずグラットを非難するも、


「へっ、俺様は権力に屈しない男なんだよ」


 グラットは反省の色を見せず、芝居がかった動作で髪をかきあげた。


「あっ、皇帝陛下が来たよ」


 ソロンはそう言って、ネブラシア港の北――帝都へつながる橋の方角を指差した。


「そんな古典的な手にはひっかからな――」


 グラットは言葉を切って、急に居住まいを正した。

 馬に乗って現れたのは皇帝エヴァートだった。その隣にはワムジー大将軍を始めとした高官達も控えている。


「――マジならマジと言えよ」


 グラットが非難がましくこちらを見るが、


「愚か者。見送りに来るのは予測できたであろう」


 メリューが冷ややかに言い捨てた。



「アルヴァ、君達に任せるしかない自分を不甲斐なく思う。けれど同時に、君に任せることが最善なのも理解している。どうか帝国と民のために働いて欲しい」


 馬を降りたエヴァートが、アルヴァへと声をかけてきた。

 その後ろには元老院の議員達も控えている。彼らにしても、今回の危機は持て余しているらしい。結局は、アルヴァにすがるしかないようだった。


「お任せください、陛下。ですが、私達が失敗した時に備え、避難の準備を怠らぬように願います」

「弱気だな。今から失敗した時のことを考えるのか?」

「ええ、失敗したとしても、命さえあれば必ず再起の機会は得られます。幾度敗北しても、最後に勝利をつかめばよいのですから」

「君はすっかりたくましくなったな。覚えておくよ」


 と、エヴァートはアルヴァと握手を交わした。


「ガゼット、頼んだぞ。正直、この仕事は私では務まらん。なればこそ、お前に任せるしかないのだ」


 一方では、ワムジー大将軍が後輩のガゼット将軍へと仕事を託す。


「それは過大評価というもの。私など大将軍には経験も実力も遠く及びません。それでも、引き受けたからには精一杯やりますよ」


 ガゼットは軽い調子でそれに応じる。必要以上に気負わないところは、どことなく息子に似ていた。


「父上、行って参ります」


 イセリアもワムジーへと敬礼して、別れを告げる。

 ワムジーが瞬時、泣きそうな顔でこらえていたのにソロンは気づいた。敵はこれまでになく強大な相手だ。本当は大将軍も娘を送り出したくはないのだ。

 それでも、表立って言葉にしないのは、立場ゆえの責任感だろう。

 これを彼女らの今生(こんじょう)の別れとはしたくないな――と、ソロンは思った。


 *


 皇帝との別れを済ませた一同は、オデッセイ号へと乗り込んだ。長らく下界へいたため、ソロンがこの船に乗るのは久しぶりだった。

 艦隊と共に、オデッセイ号はネブラシア港を出発する。

 合わせて百隻をも超える艦隊は、ネブラシア湾を所狭しと進んでいく。これだけの隻数ともなれば、横に広がるにも限界がある。縦に並んだ長い艦隊は圧巻だった。



「さすがに壮観だなあ」


 オデッセイ号の甲板(かんぱん)から、ソロンは周囲を見渡していた。

 隣にはガゼットの乗る旗艦があった。

 その旗艦を守るように、何隻もの軍船が前後左右を囲んでいる。その動きに乱れはなく、進行も速やかだ。即席の提督となったガゼットの下でも、雲軍の統率に乱れはないようだった。


「しっかし、この兵力で足りるかねえ」


 それでもなお、グラットは懐疑的だった。

 アルヴァは応えて。


「可能なら、帝国中から全雲軍を結集すべきなのですが……。そのような時間もないでしょう」


 今、出動しているのは帝都の雲軍に過ぎない。各地に散らばる帝国雲軍の総兵力ではなかった。ソロンからすれば、相当な大軍には違いないのだが……。


「まだ敵が何してくるか分からないし、全軍は怖いよ。今はこれでいいんじゃないかな?」


 ソロンは全雲軍が、破壊の閃光に壊滅させられる姿を想像してしまう。そう考えると、帝都のみの雲軍という選択も間違いではないと思えた。


「……一理あります。そう思っておくことにしましょう」


 最悪の想定をアルヴァも思い浮かべたらしく、ソロンに同意した。


 帝都近海を守る五つの要塞を横目にしながら、艦隊はネブラシア湾を脱出する。

 広大な雲原がそこにあった。


「ふああっ」


 と、ミスティンが日差しを胸に浴びながら伸びをする。こんな状況でも、彼女はいつも通りのようだった。

 それから、ミスティンはアルヴァへと視線をやって。


「――ねえアルヴァ。呪海の王はどの辺にいると思う? ザーシュ大橋は過ぎちゃったんだよね」


 アルヴァは少し考えながら。


「恐らく、ザーシュからそれほど進んでいないのではないかと。偵察によれば、破壊の閃光を放って以来、呪海の王は動きを止めたようです。そのため、当初危惧したほどの速い進攻はないと見ています」

「破壊の閃光か……」


 ソロンも会話に加わった。


「――さすがの呪海の王も、あれを何度も撃てないみたいだな」

「ええ、閃光を放った負担が重いのか、瘴気化させた人々を吸収するのに時間を要するのか……。ともかく、無尽蔵に活動はできないようです。人の犠牲なしで活動できないという点は、かの邪教と変わらないのでしょう」

「だが、殺めた生命を自ら取り込むのは厄介だ。言ってみれば、教徒の助けを得ずに生贄を得られるわけだからな。生物という資源が消滅しない限り、永久に動きは止まらんぞ」


 メリューが重々しい口調で言った。


「だからこそ、これ以上の犠牲を作っちゃいけないんだよ。僕達であいつを止めるんだ。その鏡でね」


 ソロンは甲板の上に鎮座する神鏡へと目をやった。

 かつての帝都の戦いの反動で、大きな鏡面はわずかに欠損している。それでも、その輝きは失われていない。


 鏡面の材質である星霊銀は、呪海に連なる者達を滅ぼすという。星霊銀を保有する品は他にもあるが、特に神鏡は純度と量の二点で抜きん出ているようだった。

 先日、ナイゼルが放った小型の神鏡では、劇的な効果を得られなかった。それでも、本体であるこの神鏡ならば……と、思わずにいられない。


「随分と純度の高い星霊銀だな。わがドーマ連邦にもこれほどの逸物はあるまい」


 メリューが神鏡をまじまじと見て、驚きをあらわにする。

 台座の上に鎮座する神鏡は日の光を浴びながら、淡い輝きを放っていた。神鏡には、日光を吸収して魔力をたくわえる機能があるという。そのため、今もこうやって日差しの下にさらしていたのだ。


「帝国の至宝ですからね」


 と、アルヴァは得意気だった。

 かつて、神鏡はイドリスの至宝であり、暗い下界の町を照らしていたという。だが、帝国の創始者アルヴィオスが、それを帝都へ持ち去ったのだ。


 そして、その八〇〇年後――帝都にある神鏡を求めて、上界に昇ったのがソロンである。

 ここ一年以上に渡るソロンの戦いは、神鏡に始まり神鏡に終わるのかもしれない。そう考えれば、不思議と縁のようなものを感じるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ