見届ける者達
本日二話目の更新です。
ソロンが帝都へ到達して数日後。
下界を進み続けた呪海の王は、昇竜の門へとたどり着いていた。
街道から外れた荒涼たる大地に、その大穴は穿たれていた。
大穴から吹き出す巨大な空気の渦が、絶え間なく回り続けている。周囲に響き渡る轟音は、耳をつんざかんばかりだ。
見た目は巨大な竜巻だが、渦は移動もせず、ただその場に在り続けた。昼夜を問わず、時代を問わず、渦は有史以前よりこの地に存在していたという。
渦はその身を震わせながら、上空へ向かって昇っていく。それは白雲をも貫き、上界にて雲の柱と呼ばれるものに転じていくのだ。
そして、呪海の王は今まさに昇竜の門へ身を投じようとしていた。
形の定まらぬ巨体が、激しい空気の渦の中へと入り込んでいく。
常識で考えれば、体を切り刻まれて崩壊するのが関の山だ。
しかし、上昇する気流を受けた呪海の王は、上界へ向けてゆるやかに浮上していく。その体が崩壊することもない。
やがて、呪海の王は高く、白雲の彼方へと消えていった。
「行ったか……」
「ああ」
呪海の王の昇天を見届けた男達が、深く息を吐いていた。
ラグナイ王子レムズと、イドリス国王サンドロスの二人である。
さしものサンドロスにとっても、呪海の王の追跡は神経をすり減らす仕事だった。なんせ、気まぐれにあの閃光を撃たれたら、一瞬にして自分達の存在が消滅するのだ。
こうして目の前から危機は去った。
……とはいえ、その後の相手をするのは自分の弟達だ。とても喜ぶ気にはなれなかった。
「さあて、後は坊っちゃんとアルヴァさんが、うまくやってくれることを祈りましょう」
遥かな空を仰ぎながら、ナイゼルは口にした。
「祈るのは早いだろう。俺達でもやれることを探すぞ」
サンドロスが言えば、ナイゼルは得たりと頷く。
「もちろん、考えていますよ」
「ほう、どうする気だ?」
「星霊銀を探します。帝都の神鏡だけで、うまくいくかは分かりませんからね。こちらも手を尽くしておいて、悪いことはないでしょう」
「しかし、どこを当たるつもりだ? 少なくとも、城の宝物庫にはなかったと思うが」
「黒雲下の遺跡を探せば、見つかるかも知れません。手つかずのところも多いようですから」
「黒雲下か……。口で言うほど簡単じゃあないぞ」
「承知しています。ですが、何もせずにはいられません。坊っちゃんのためですから」
「だな。……レムズ王子、そちらでも星霊銀に心当たりはないか?」
サンドロスは、そっぽを向いていたラグナイ王子へと声をかけた。
「……かつては王都の宝物庫に残っていたが、邪教徒にそそのかされた父が処分したはずだ。奴らにしても、星霊銀を脅威に思っていたようだからな」
レムズは億劫そうにしながらも返事をする。
「まったく、つくづく面倒なことをする連中だな……」
サンドロスは溜息をつくが、レムズが続ける。
「だが、国内の遺跡を当たれば見つかるかもしれん。こちらでも捜索してみよう」
「そうか、助かる」
「例には及ばん。邪教の魔物を倒すためだ。それに紅玉の姫君のためとあらば、これしきの労苦を惜しむわけにはいかん」
「報われぬ愛ですか……。いかにも騎士道ですねえ」
と、ナイゼルが聞こえないようにつぶやいていた。