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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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呪王の狙い

本日、短いのをもう一話更新予定です。

 メリュー、ガゼット、イセリアの三人と共に、ソロンの席が食卓に用意された。

 もっとも、のんびりと食事をしている余裕はない。

 下界で目にした出来事を、ソロンは懸命に説明した。相手が皇帝とあって緊張するが、これは帝国のためでもあるのだ。


「雲の柱……! 思いもつきませんでした」


 ソロンの説明を聞き、アルヴァが驚きと感心を見せる。彼女もソロンの推測に納得してくれたようだった。


「それで呪海の王が上界へやって来ると……。信じがたいな」


 けれど、エヴァートは今一つ実感を持てないようだった。もっとも、この場では彼だけがその目で呪海の王を見ていない。その点では仕方ないことだろう。


「ですが、あれは尋常な相手ではありません。危険性で言えば、帝都を襲った魔物達を遥かに上回るでしょう。私見ですが、とても下界だけで終わるとは思えません」


 ガゼットがソロンの意見を後押ししてくれる。


「仮に呪海の王が上界へやって来るとしたら、どこへ向かってくると思う?」

「帝都でしょう」


 アルヴァは即答した。


「――呪海の王は人の多い場所を目指す。その推測が確かなら格好の的となり得ます。また、かの邪教が帝都に目をつけていることも、ご存知の通り。呪海の王が邪教の意に沿っているならば、やはり帝都を目指すと考えられます。信じられないというなら偵察隊を派遣し、早急に真偽を確かめてください。杞憂なら杞憂でもよいでしょう」


 畳み込むアルヴァに、エヴァートも気圧(けお)される。いつもながら、彼女が主導権を握ってくれるらしい。ソロンとしては若干、情けない気はするが、大人しく頼らせてもらおう。

 エヴァートはしばし考え込んでから。


「あまりにも荒唐無稽な話だ。……だが、君達そろっての忠告を無視するほど、私も愚かではない。雲の柱はキロデア北部だったな」


 エヴァートは話を聞く覚悟を決めたようだ。具体的な話を尋ねてくる。

 ちなみにキロデアというのは、カプリカ島の地名らしい。


「ただし、偵察を送った時点で、呪海の王は進攻を進めている可能性もあります。少なくとも、ザーシュ大橋まで到達していると想定すべきでしょう。もっとも、呪海の王が雲海上をどのような速度で移動するかは未知数ですが……」


 ザーシュ大橋とは、帝国本島とカプリカ島をつなぐ橋だ。雲の柱で上界に昇ってから、雲海を通って帝都方面へ向かうには必然的に通るはずだった。


「それも断定は危険だ。呪海の王は陸地を通るかもしれんぞ」


 メリューが慎重な意見を述べた。


「君はドーマの……」


 帝国語を流暢(りゅうちょう)に話すメリューに、エヴァートは目を見張ったが。


「――いや、忠告をありがとう。陸地についても、警戒するように達しておこう。いざという時は、現地の判断で避難を進めてもらう」

「そういうことなら、心配はいらぬな」


 年下のエヴァートに対して、メリューはいつもの態度だった。もっとも、エヴァートもそれを気にした様子はない。


「可能なら、今から帝都の住民を避難させたいくらいですが……」


 アルヴァはそう進言するが、エヴァートはゆるりと首を振る。


「難しいだろうな。先の戦いで市民は、相当に疲弊(ひへい)している。確証のない情報で、市民を振り回すわけにもいかないだろう」

「ならば、一刻も早い情報収集をお願いします。それから、神鏡の用意を忘れずに」

「分かった。帝国を守るためなら、議員達にも文句はないだろう。避難の強制は難しいが、現時点でもできることから進めていこう。雲軍も臨戦態勢を取らせておくよ」


 *


 偵察の結果が出るまでの間、一同は帝都で待つしかなかった。


 アルヴァはいつの間にか、城内の居室を取り戻したらしい。ミスティンやメリューと共にそこへ留まるようだ。

 メリューはドーマ連邦の大使という立場である。本来なら大使館を定めて、帝都に居留する予定だったのだ。

 しかし、状況が状況である。大使館を探す余裕もなく、一時的にアルヴァの元へ厄介になるのだとか。


 また、アルヴァが引き連れていた兵士達は帝都出身者が多くいた。彼らもそれぞれ家族の元へ戻っていった。

 そして、ソロンはといえば、イドリス大使館へ戻ることにした。


 市街地から離れた筋へ向かえば、古びた宿のような建物があった。

 その表には、ここがイドリス大使館であると示す立派な看板が掲げられている。

 もっとも、立派なのは看板だけだ。内装は買い取った古宿から変わりなく、推して知るべしである。


「おお、戻ったか。ソロン」


 ソロンを出迎えたのは、杖を持った初老の男――恩師ガノンドだった。

 杖は歩行の補助のためではなく、あくまで魔道士としてのたしなみである。ガノンドは自らの足で力強く歩いていた。


「先生、退院してたんですね! 酷い火傷(やけど)だったって聞いたんですが……」


 彼は先日の戦いで、実弟のビロンドと壮絶な戦いを繰り広げたという。酷い火傷を負って修道院に入院していたはずだが、退院していたらしい。今も包帯は取れていないが、声には確かな張りがあった。


「つい先日、ようやく修道院から戻れたわい。まっ、あの程度でいつまでも寝ておれんしな」


 と、そこで階段を降りる足音が響いてきた。


「おや、坊っちゃんじゃないか。無事で良かったよ」


 降りてきたのは、ガノンドの娘――カリーナだ。二人の声を聞いてやってきたらしい。

 人兎(じんと)の母の血を引く彼女は、やはりウサギのような長耳の持ち主である。毛並みの良い薄紅の髪は、人間には見られない色合いだった。


「やあ、カリーナ。色々あったけど、アルヴァ達が助けに来てくれてね」

「へえ、色々聞きたいところだけど。その前にナイゼルはどうしたんだい?」


 何はともあれ、カリーナは腹違いの弟を気にかけた。


「まさか、くたばってはおらんよな?」

「ナイゼルだったら、下界に残ってますよ。それで、二人にも話しておきたいんですけど――」


 ソロンは二人にこれまでの経緯を説明した。大筋はアルヴァがエヴァートに話した内容と変わらない。



「ふむ、ラムジードが死んだか……。だが、ザウラストの教祖がいる限り、セドリウス陛下も浮かばれまい」


 ガノンドは亡き父王の仇の一人――ラグナイ王の死に感慨を持ったようだった。ガノンドは長年、父の側近として国政を支え続けた。当然、ラグナイ王国との対立にも悩まされてきたのだろう。


「親父さんも色々あったんだねえ。しっかし、呪海の王か……。話についてけないっていうか、実感が沸かないなあ」


 カリーナは当惑した様子で溜息をつく。


「気持ちは分かるけど、帝都に来るかもしれないんだ。先生、いざという時の避難指示は任せていいですか?」


 大使館には、イドリスから連れてきた複数の職員がいる。彼らを統率する役目も必要だった。


「それは言われるまでもないが、お主はどうする気だ?」

「僕はアルヴァを守ります。どうせまた、無茶をするでしょうから」

「へえ、男の子だねえ」

「くくっ、聞くまでもなかったな。ならば、姫様のことはお主に任せるぞ」


 即答するソロンに、カリーナとガノンドは笑う。

 ガノンドはかつて、アルヴァの父オライバル帝に仕えていたことがある。イドリスの家臣となっても、彼はその忠心を忘れていなかった。


 そうして、ソロンは事態が動くのを待った。ネブラシア城のアルヴァの元へしきりに通い、情勢の変化を逃すまいとする。

 果たして、呪海の王はやって来るのか。

 ソロンは焦燥に駆られながらも、待つしかできなかった。

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