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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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境界を越えて

 一足先にラグルーブを()ったアルヴァ達は、幾日かを経て上界の帝都へ迫っていた。


 予想した通り、大神殿西の界門は、帝国領の目立たぬ島につながっていた。そこの港から竜玉船を乗り継いで、帝都まで一息でやって来たのだ。

 結果を見れば、大神殿側の界門を使うという選択は正解だった。正攻法で既知の界門を使っていれば、これより日数はかかっただろう。


 そうして、一行は帝都の玄関口たるネブラシア港へと降り立った。

 時刻は既に夜となっているが、港にそびえる灯台が周囲を照らしてくれている。

 その場にいるのはアルヴァ、ミスティン、グラットに少数の兵士達だけだ。

 本来なら、アルヴァは堂々と凱旋してしかるべき立場である。しかし今は、大半の兵士を下界に置いたまま。ささやかな帰還となったのだった。


 さっそく港で馬車を借り、皇城へと向かう。


 下界の騒ぎを知ることもなく、夜の大通りはにぎわっていた。

 城の最上層に鎮座する神鏡が、行き交う人々を優しく照らしている。アルヴァの目的は呪海の王を倒すため、この神鏡を借り受けることなのだ。

 もしここで、アルヴァが役目を果たさなければ、下界はどこまでも荒廃していくだろう。何としても神鏡を手にしたい。それにソロンの信頼にも応えたかった。


 城門に到達したアルヴァは、さっそく皇帝との面会を申し出た。

 予想外に早いアルヴァの帰還に門番は驚いていたが、早々と取り次いでくれた。


 皇帝エヴァートは執務室でアルヴァを出迎えた。

 謁見の間を使うと腹を割った話ができないため、二人はいつもこうしていた。既に夜は遅いが、エヴァートはアルヴァとの面会を優先してくれたのだ。

 ミスティンやグラットも、アルヴァに帯同して執務室へと入った。


「やあ、アルヴァ。随分と早い帰りだったな。しかし、君達だけなのか?」

「結論から言うと、将軍達もソロンも下界で健在です。ですが、容易ならぬ事態になりました」


 エヴァートの問いに答える形で、アルヴァは説明を初めた。

 レムズ王子と協力し、ラグナイ王を討ち果たしたこと。

 そして、神竜教会の司祭であったセレスティンが、邪教の枢機卿(すうききょう)であったこと……。



「随分と大変だったらしいな。正直、信じられない思いだ」


 エヴァートはミスティンへ気遣わしげな視線を向ける。

 なんといっても、神竜教会でも高位の聖職者が、邪教の尖兵だったのだ。オトロス大公の件も含めて、邪教が酷く帝国に浸透している様が(うかが)い知れた。

 もっとも、ここまでは既に書面を送って報告していた内容だ。言葉ほどには、エヴァートに動じる様子はなかった。


「ウチの姉がご迷惑をおかけしています」


 ミスティンは、彼女としては精一杯に申し訳なさそうに頭を下げた。


「ペットみたいに言うなよ……」


 と、グラットが口調の軽さに小声で苦言を呈していたが。


「仕方ない、姉の責任を妹に問うわけにいかんさ。何より、君には命を助けてもらった恩がある。引き続き、アルヴァの友人として手助けしてやってくれ」


 エヴァートは苦笑しながらも、ミスティンを(はげ)ました。


「はい、陛下!」


 寛大な皇帝に、ミスティンもいい笑顔で返事をする。


「お兄様、問題はこの後です」

「ああ、本題に入ってくれ」


 うながされ、アルヴァは話を続けた。

 三国軍を結成し、ラグナイのに王子を撃退したこと。

 ザウラスト教団を追い詰めたが、教祖ザウラストとセレスティンを逃したこと。

 そして、呪海の王と呼ばれる巨大な魔物が現れたこと。



「呪海の王だと……。帝都を襲った魔物達よりも、恐ろしい存在だというのか」

「ええ、残念ながら、私達だけでは有効な手立てを打てませんでした。可能性があるとすれば、神鏡でしょう」

「それが本題というわけか……。僕としても力を貸したい気持ちはある。けれど、少し手間かもしれないな。なんせ――」

「現状、呪海の王は帝国にとって直接の脅威ではない――というわけですか」


 エヴァートの言葉を(さえぎ)って、アルヴァは続けた。


「そんなところだ」

「ザウラストはオトロスを利用し、かつてないほどの脅威を帝都に与えました。帝国の威信にかけて、彼奴(きゃつ)らを野放しにはできません。たとえ、雲の下の出来事であろうともです」

「分かっている」


 力説するアルヴァに、エヴァートも頷いた。


「何にせよ、今は専制君主の独断専行で終わる時代ではないんだ。財務官とその背後の元老院を説得せねばならない。もちろん、君にも協力してもらうよ。先の戦いの功績もあって、面と向かって君に反対できる者は少ないからね」

「不満はありますが、仕方ありません。議員達の説得の件、尽力いたしましょう」


 説得は明日、日が昇ってから行うことになった。

 本音を言えば、元老院議員達を叩き起こしてでも向かいたかったが……。そこはアルヴァも大人として譲歩するのだった。


 *


 翌日、アルヴァは朝早くから議員達の説得に奔走(ほんそう)していた。

 議員の中でも力のある者達を優先し、丁寧に説得していく。大抵の議員は、城内またはその近辺の貴族街に住んでいた。

 幸い、その多くは以前の争乱で、オトロス派による拘束を受けた者達である。アルヴァに対して、頭が上がらぬ者達が大半だった。


「しっかし、お姫様も偉くなったよな。あんな偉そうな爺さん達が、そろってヘコヘコしてやがる」


 護衛として同行していたグラットが、そんな感想を述べていた。


「偉くなったんじゃなくて、最初から偉いんだよ。グラットはバカだなあ」


 ミスティンが辛辣(しんらつ)にグラットの発言を切って捨てる。


「いえ、愚かなのは否定できませんが、ある意味で本質を突いています。実際、皇帝時代は皆、こうも聞き分けよくありませんでしたから」

「……褒め言葉だと受け取っておくぜ」



 夕方、食卓の場を借りてエヴァートと落ち合う。彼もまた手分けして、議員達の説得に当たっていたのだった。

 気兼ねなく話をするため、会食に同席しているのは最小限の護衛のみだ。部屋もあえて小さめの場所を選んでいる。


 皇帝との会食という状況に、グラットは居心地悪そうにしていた。

 一方のミスティンは至っていつも通り。上質な料理を満足そうについばんでいた。


「説得は順調です。お兄様はいかがですか?」

「悪くはない。最初は渋る者も多いが、君の要望だと強く言えば議員達も断りきれないようだ。上帝陛下の名は大したものだな」


 と、エヴァートは皮肉気に笑う。


「少し強引になりますが、明日の朝にでも神鏡を持って出発したいと考えています。よろしいでしょうか?」


 ここぞとばかり、アルヴァは思い切って提案した。

 最低限の相手には話を通した。けれど、このまま関係者全員に話を通していては、どこまでも時間がかかってしまう。ならば、事後承諾で押し通すのも一つの手だろう。


「手続きを無視するつもりか? まったく、本当に強引だな……」


 エヴァートは額を押さえ、うつむいた。

 それでも、(おもて)を上げてアルヴァを見据える。


「――分かった。残りの者達には僕から説明しておくよ。多少、紛糾するかもしれないけれど、それは甘んじて受けよう」

「ご迷惑をおかけします」

「それはお互い様だ」


 アルヴァが頭を下げれば、従兄は苦笑して手を振った。


「よかったね、アルヴァ」

「あのバケモノに引導渡してやろうぜ」


 と、ミスティンとグラットが捗々(はかばか)しい成果に喜ぶ。


「ええ。こうしている間にも、呪海の王は下界の都市を襲っているかもしれません。明日から急いで出発しましょう。イドリスを廃墟にさせたりはしませんから」


 アルヴァは決意を胸に宣言した。


「ソロン、元気かなあ?」

「元気だろ。今もバケモノのケツを追いかけ回してんじゃねえか? どこに向かうのかは知らねえけどよ」

「問題はそれなのですよね」


 アルヴァは頭を悩ませながら、考えを口にしていく。


「――予想では呪海の王はホロージャに向かい、そこからイドリス方面へ南下するはずですが……。ともあれ、我々はイドリスへ向かい、そこで情報収集を図るように――」



 途端、扉が乱暴に開かれた。

 アルヴァは思わず身構えるが、


「アルヴァ!」


 名前を呼びながら入ってきた相手は、よく見知った少年だった。

 鮮やかな赤髪に、透き通った緑の瞳。半端な髪の長さといい、優しげな顔つきといい、中性的な容姿である。……が、近頃はどことなく勇ましく、男らしくなった気がしないでもない。


 急いで走ってきたらしく、少しばかり息を切らしている。

 そして、その場の視線が一挙に少年へと集中した。

 アルヴァ、ミスティン、グラット、それからエヴァートの四人は、ここにいるはずのない人物を目にして驚きをあらわに。

 エヴァートの護衛達は、謎の闖入者(ちんにゅうしゃ)を警戒し、武器を構えた。


「あっ……。えっと、ごめんなさい」


 場の空気に気づいた少年が、所在なさげに縮こまる。勢いで入ってきたものの相変わらず気が弱いらしい。


「ソロン!」


 場の空気を破ったのは、ミスティンだった。

 感激の声と共に席を立つや、そのままの勢いで抱きつこうとする。……が、ソロンはそれを軽くいなして、ミスティンの頭を軽く叩いた。どうやら、あしらい方を身に着けたようだ。


 扉からは遅れて、メリュー、ガゼット、イセリアも入ってくる。他国人のソロンは立場上、城内への立ち入りが難しい。そこは両将軍の案内によって乗り越えたようだ。

 ミスティンはやむなくメリューに飛びついたが、それは置いておいてアルヴァも立ち上がる。


「どうなさったのですか? 神鏡ならどうにか持ち出せる見込みですが――」


 ソロンの元へと向かいながら、アルヴァは問いかけた。

 しびれを切らせて、自ら神鏡を求めてやって来たのだろうか。それなら、自分を信じて待っていてくれればよかったのに……。アルヴァはそう考えたのだが。


「状況が変わったよ。呪海の王が上界へ来るかもしれない」

「はっ……?」


 思いもしない言葉に、アルヴァは絶句した。


「……説明してもらえるか?」


 一拍遅れて、エヴァートが要求した。

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