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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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王都崩壊

 光が消え去った後には、死の都と化した王都が残った。

 防壁が消し飛び、地面は遥か遠くまで(えぐ)られている。閃光が通り過ぎた跡には、王城も、民家も、人も、何も残っていなかった。

 いや、それだけではない。

 周囲には大量の赤黒い瘴気が(ただよ)っており、それは呪海に溶かされた人の末路を想起させた。


「ああっ……」


 アルヴァが小さく悲鳴を漏らし、崩れ落ちそうになる。ソロンはとっさにそれを支えた。

 これほど多くの無辜(むこ)の生命が、一瞬で消し飛んだのだ。既に多数の戦場を経験しているソロン達でも、このような惨劇は未経験だった。

 いくら気丈に見えるアルヴァであろうと、平気なはずがない。いや、本当は人々の犠牲に対して、彼女が人一倍繊細(せんさい)なのをソロンは知っていた。


 ソロン達も積極的に避難誘導をしていたら、より多くの市民を救えたのだろうか……。しかし、その後悔も今となっては遅きに失した。


「無理に見なくていいよ」


 ソロンはそっと言葉をかけ、アルヴァの視線を自分の体で隠そうとしたが、


「いいえ、何が起こるかを見届けなければ……」


 あくまでアルヴァは気丈だった。そうして、紅玉の瞳でしっかりと先を見据える。


「……分かった」


 ならば――と、ソロンはただ彼女の体を支えるだけに留めた。

 衝撃を受けたのは、アルヴァだけではない。王都の崩壊を目にしたラグナイ軍の者達にとっても、深刻な衝撃だったようだ。

 彼らが一番に心配しているのは、レムズの安否だ。赤黒い閃光が飲み込んだ範囲は、王都の三分の一程度。何千という犠牲があったとはいえ、生存の可能性も決して少なくないはずだが……。


「動くぞ!」


 メリューが叫び、指差した。

 破壊の閃光を放った呪海の王は、その反動か動きを止めていた。それが再び動き出したのだ。

 (えぐ)られた大地の上を()うように、呪海の王は進んでいく。赤黒い瘴気が充満した王都ラグルーブへと……。


 生き残った市民と騎士達が、取るものも取りあえず逃げ出していく。ここに至って、ようやく家財を捨てる覚悟をした者が続出していた。

 恐怖の中で制御を失ったのか、馬が好き勝手に町中を走り回っている。


 呪海の王の巨体が、王都の外壁へと到達した。

 いや、外壁であったものと表現すべきだろうか。

 外壁の残骸を溶かしながら、呪海の王は難なく王都への侵入を果たしてしまった。

 充満していた瘴気が、山のような巨体へと引き寄せられていく。王は大口を開き、その一部を吸い込んでいった。


「大きくなってない……!?」


 ミスティンが目を見開いて、呪海の王を見ていた。

 確かに、先程よりもその体は肥大化しているようだった。いつの間にか、ソロン達が立つ小山に呪海の王の背丈が並んでいたのだ。


「まさか、瘴気を吸収してふくらんでいるのか!?」

「まるで呪海そのものが、生きて動いているかのような……。とてつもないですね」


 サンドロスとナイゼルが色を失い、声を上げる。

 呪海の王は王都の中央へ向かって、ゆっくりと進出していく。ソロン達はそれをただ見守るしかできない。

 見る見るうちに、全ての瘴気が呪海の王の元へ集まっていった。

 やがて、かつての王城があった辺りで、その動きが止まった。……と思いきや、ゆっくりと体を倒していく。閃光の爪痕に沿うようにして、巨体が横たわった。


「なんだ、いったい……!?」


 グラットが怪訝(けげん)な声を上げれば、


「眠たくなったとか?」


 ミスティンが意外な説を披露(ひろう)する。


「んな馬鹿な」

「まさか……!」

 アルヴァは絶句したが。

「――いえ、あり得るかも知れませんね。あれだけの大技を放ったならば、消耗も相当に大きいはず」

「……近づいてみるか?」


 サンドロスが恐る恐る提案すれば、アルヴァも頷いた。


「ええ、この機は逃せませんね。レムズ殿下の安否も確認せねばなりませんから」


 *


 果たして、レムズの無事はあっさりと確認された。

 生き残った住民と騎士達が、彼の元へ集まっていたからだ。

 しかし、その様子は血気に(はや)っていた。


「紅玉の姫君よ! 我らは今を好機とヤツへの総攻撃を行います! 止めてくださいますな!」


 レムズはアルヴァに向かって宣言した。何としても、市民達の仇を取る覚悟らしい。


「……仕方ありませんね。ですが、近づきすぎないように注意してください」


 アルヴァは溜息をつきながらも、それを認めた。

 呪海の王は、今も静かに王都の中央に横たわっていた。虚ろな瞳は閉じることなく、虚空を見つめている。巨体の輪郭(りんかく)は、ゆらゆらと波打っており定まらない。

 見れば見るほど、この世の存在とは思えなかった。


 レムズはラグナイ軍と合流するなり、総攻撃の準備をした。横たわる呪海の王に対して四方を囲む。ただし、先程の閃光を警戒して、口元の正面だけは空けていた。

 ソロン達は遠くから、そんな様子を観察していたが。


「どう見る?」

「恐らくは無駄に終わるでしょう」


 サンドロスの問いに、アルヴァはあっさりと答えた。


 そして、攻撃が開始される。

 まず、剣を手にしたレムズが呪海の王へと白光(びゃっこう)を放つ。それを起点に、ラグナイ軍が弓矢と投げ槍による猛攻撃をしかけた。

 渾身の気合が乗った攻撃であったが、呪海の王は身動きすらしなかった。


 レムズは何度となく呪海の王へと白光を放ったが、ついに精魂(せいこん)尽き果てる。ラグナイ軍も、それで攻撃を停止せざるを得なかった。


「やはり、瘴気による防御は健在なようですね」


 アルヴァは淡々と述べた。最初から期待していなかったため、何の落胆もないようだ。


「やっぱり神鏡しかないか……。持ってくるまで、このまま眠っててくれないかな?」


 ソロンが希望的観測を述べるが、アルヴァは首を横に振って。


「そう甘くはないでしょう。これが予想した通りの休眠状態ならば、やがて動き出すはずです。もっとも、人間より長い周期で眠る可能性も否定できませんが……」

「一日でも寝てくれるなら儲けもんだろ。さっさと帝都へ行かねえか?」


 一刻でも早くこの場を離れたいとばかりに、グラットが提案すれば、


「そうしたいのは山々ですが……。その前に、目覚めた後の動向が気になりますね。そもそもの行動原理が判然としません」


 アルヴァは悩む素振りを見せた。


「推測ですが、人を襲っているのではないでしょうか?」


 そこで持論を述べたのはナイゼルだった。彼は長年、呪海やザウラスト教団の分析をしてきた研究者でもある。


「――かの教団が呪海へ生贄を捧げて、聖獣や神獣の材料としているのと同じです。人の生命を喰らって、その場で力へと変換しているのでしょう」

「確かに、そのような動きにも解釈できますね。神官の力を借りる必要もないならば、相当に厄介ですが……」

「けど、人を狙うって言うなら、最初に僕達を狙わなかったのはなんでだろう? あの場には大勢の兵士がいたはずだよ」


 ソロンが疑問を呈すれば、ナイゼルは頷いて。


「そこですよ、坊っちゃん。恐らくは比較してより生命が多い側を、狙っているのではないかと」

「三国軍よりもラグルーブということですか……。確かにこちらのほうが人数は多いようですね」


 アルヴァが一応の納得をすれば、ナイゼルはさらに分析を披露する。


「それにあの時は、軍を分散させて距離を取っていましたからね。より人が密集した王都を狙ったのでしょう。消耗の大きい大技なので、乱用も控えているのだと思います」

「無制限に放てるってわけじゃないのかな? そう考えると、けっこう際どい線だったのかも……」


 ソロンは今更ながら、背筋が凍る思いだった。一歩間違えれば、ソロン達もあの赤黒い瘴気に変えられていたのだ。


「しかし、そうなるとやはり都市を狙ってくるわけか……。ホロージャを初めとしたラグナイの都市を破壊して回り、それが終われば――」


 サンドロスはそう言いながら、重い溜息をつく。


「いよいよ、イドリスだろうね。……アルヴァ、頼んでいいかな?」


 他に手段はない。ソロンはアルヴァに頼るしかなかった。


「了解です。急ぎ、神鏡を手に入れて参りましょう」


 アルヴァは悩みもせずに即答してくれた。


「ソロンは来てくれないの?」


 ミスティンが切なげな視線をソロンへ送ってくる。


「う~ん、確かに僕から陛下に頭を下げるのが、筋なのかもしれないけど……。ただちょっと、こいつの動きが気になるんだよね」

「そうですね。ナイゼルさんの仮説を疑うわけではありませんが、得体の知れぬ相手なのも確かです。予断を排して、動向を見極めるべきでしょう」


 ソロンの説明に、アルヴァもすぐに納得してくれる。やはり彼女自身も気懸かりだったのだろう。


「分かった。無茶しないでね」


 ミスティンは、ソロンを軽く抱きしめて別れの言葉をかけてきた。相変わらず距離感が近い。


「大袈裟な奴だな。ちょっと行って戻ってくるだけだろ」


 と、グラットはミスティンの頭を軽く叩いた。


「そういうことだよ。だから心配しないで」

「ふむ。ならば私も、引き続きソロンと同行させてもらうか。この怪物が何をしでかすかが気になるのでな」


 メリューは元々、ザウラスト教団の動向を気にして、ソロンと同行した立場である。今回もこのまま来てくれるらしかった。


「あっ、ソロン」

 アルヴァが思い出したように声を上げた。

「――可能なら、北の界門を使おうと考えています。ただ、門は閉じられている可能性も高いので……」


 捕虜から得た情報によれば、ザウラスト教団の使う界門が大神殿の西にあるのだという。転送先はネブラシア帝国内にある目立たぬ島。そこの港から竜玉船を使えば、帝都へも速やかに向かえるのだとか。

 恐らくはセレスティンも、それを使って帝都と下界を行き来していたのだ。そうして、神竜教会の司祭と、邪教の枢機卿という一人二役を演じていたのだろう。


「ああ、そっか。それじゃあこれ使って」


 ソロンは界門のカギをアルヴァへと差し出した。

 ……が、アルヴァは受け取ろうとする直前で手を止める。


「よろしいのですか? 貴重な品なのでしょう」

「予備は兄さんが持ってるから気にしないで。貴重なのは確かだけど、君のことは信頼してるから」

「それでしたら」


 アルヴァは頷き、カギを受け取った。


「紅玉の姫君よ!」


 と、そこへ向かってきたのはレムズである。無益な戦いの結果、激しく息を切らしていたが、相変わらずのたくましさだった。


「レムズ殿下。私は上界へ戻りますが、どうか無謀をなさらぬよう」

「ご心配いただき感謝します。お別れとなるのは残念でなりませんが、姫君への愛は永遠に不滅です。ご無事を祈りましょう」

「……今はその愛を、どうかラグナイの民へ向けてください」


 情熱のこもったレムズの視線に、アルヴァは顔をそむけて応えるのだった。

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