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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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破壊の閃光

 呪海の王から距離を取った三国軍は、その上で合流をした。

 もっとも、敵は反撃すらしなかったため、離脱する必要があったかも不明だったが……。

 レムズ、ガゼット、イセリア――合流を果たした彼らの表情は、いずれも冴えないものだった。


 そんなこちらの空気も知らず、呪海の王は這うように進み続ける。

 その通った跡には、草木も残らない。赤黒い瘴気は、浴びた植物を腐らせる効果があるようだった。


「……申し訳ありません、紅玉の姫君よ。わが力、及びませんでした」


 レムズが悲痛な表情で謝罪する。彼が全力で放った絶技も、呪海の王の注意を引くことすら叶わなかった。

 アルヴァは首を振って否定する。


「いいえ、先程は見事な技でした。あなたの力不足ではありません。それより、今すべきは他にあるでしょう」

「アルヴァの言う通りだよ。あのまま進むとまずいかもしれない」


 南へと向かい続ける怪物を目にしながら、ソロンが忠告する。


「くっ、そうだ! 王都に向かわねばならん!」


 レムズはハッとした様子で叫んだ。

 アルヴァも頷いて。


「今なら、馬で向かえば間に合うかもしれません」

「……名残惜しいが、姫君とはここでお別れです。騎士達よ、急ぐぞ!」


 レムズは決断を躊躇(ちゅうちょ)しなかった。騎士達へ呼びかけ、数百人の騎馬隊を編成する。

 騎馬での行進は、少人数のほうが迅速となる。大勢で移動する余裕はなかった。


「お気をつけて。くれぐれも無謀な戦いを挑まず、市民の避難を優先するように!」


 アルヴァが餞別(せんべつ)の言葉を送り、さらに忘れず釘を刺す。


「お気遣い感謝します! それではさらば!」


 レムズは馬に飛び乗り、颯爽(さっそう)と駆け出した。

 何人かの騎士を兵の統率のために残したが、それ以外の騎士達は後ろへと続いていく。

 先程までも過酷な活動をしていた彼らだが、それを感じさせない勢いだ。王都を守るという使命感が、彼らの疲れを忘れさせたのだろう。



「さて、我らはどうしたものだろうか?」


 レムズ達を見送った後で、メリューが問うた。


「正直なところ、私も途方に暮れているのですが……」


 アルヴァは疲れた表情で心境を吐露した。状況は目まぐるしく変化している上、加えて先程の雷鳥を放った疲労が重なったのだろう。

 それでもアルヴァは言葉を続けようとしたが、


「二つに分けて考えよう。最初はあいつ――呪海の王の目的と、その対処から」


 ソロンが(さえぎ)って発言した。ソロンだって、多少なりと彼女の負担を分かち合いたかった。


「目的かあ……。なんでこっちに攻撃してこなかったんだろう? 人間には興味ないのかな?」


 ミスティンが素朴な疑問を投げかける。


「もしかしたら、危ないヤツじゃないかもしれないぜ。見た目は怖いが、心優しき怪物ってヤツだ。物語の定番だろ」


 グラットがおどけ半分に言ったが、


「そう思うなら、あれの正面に立ちふさがってみたらどうだ? ひょっとしたら、心優しき怪物殿は動きを止めるかもしれん」


 メリューは心底呆れた顔で言い放つ。

 既に呪海の王へ突進した騎士達が、凄惨な死を遂げている。穏やかな相手とは、とても思えなかった。


「……冗談だ。無茶言うなよ」

「なんていうか、あれはもう善悪という次元じゃない気がする。ただ壊すだけっていうか……」


 ソロンは直感で口にするが、自分でもうまくまとまらない。それでも、アルヴァは理解を示してくれる。


「何となくは分かります。悪と呼ばれる者にも、通常は何らかの主張や欲望があるもの。呪海の王からは、そのようなものも感じられませんでした」

「とはいえ」


 ナイゼルが意見を述べる。


「――当面の目的は、王都ラグルーブと想定してよいでしょう。現状、確実ではありませんが、最悪を想定すべきです」

「うん。市民の避難については、レムズ王子に任せるしかないね。けど、問題はその後だよ」


 ソロンが指摘すれば、サンドロスが苦々しい顔つきになる。


「下手をしたら、イドリスまで来るかもしれんな……」

「ええ、できれば追跡調査が必要ですね。実験台にするようで、レムズ殿下には申し訳ありませんが」


 ナイゼルが言えば、アルヴァも頷く。


「妥当かと思います。今は敵の出方を探るしかないでしょう」

「それじゃ、僕達は後ろから追いかけよう。話の続きはそれからでもいいね」


 ソロンが提案すれば、皆も了承した。


 *


 ソロン達は呪海の王を追いかけ続けた。

 もっとも万の大軍を率いて、追跡するのは機動力の関係から困難だ。無用な注意を引かぬためにも、軍の多くをガゼット将軍に任せて別行動させてある。

 またイセリア将軍には、救出した市民や軍の負傷者を任せた。彼女達は少し遅れて、追ってくる予定となっていた。


 呪海の王は道なき道をゆく。

 街道を無視して、森の中を蹂躙(じゅうりん)していく。草も樹木も石すらも、立ちふさがるものは全て溶かしてしまうのだ。

 動物や魔物が狂ったように逃げ出していく。呪海の王が通り過ぎた後は、まさしく死の荒野となっていった。


 幸い、呪海の王を追いかけるのは、さして難しくなかった。

 速さは人間の歩行と同程度、あの巨体を考えれば遅いといってもよい。地形を無視して直進するのは厄介だが、その後ろには歩きやすい荒野が生まれた。

 何より、山のように巨大であるため、多少離れていても見逃すことはない。一里や二里離れたところで姿は丸見えだったのだ。


「さてソロン、話の続きといこうか。呪海の王の対処法だったな」


 追跡が安定したところで、サンドロスが切り出した。

 ソロン達が率いるのは、千人程度で構成された騎馬と亜人だけの部隊である。休まず進む相手を追跡するには、さすがに生身の人間兵では辛いものがあった。


「うん。対処っていうか、倒し方だね」

「あれって、星霊銀が効いてないのかな……?」


 ミスティンが難しい表情でつぶやいた。

 呪海から生み出された魔物は、星霊銀を天敵とする。先の戦いは、その法則すらも(くつがえ)したかのようだった。


「私はそう思いません。星霊銀そのものは、確かに効果を発揮していたと見ています」

「同感です。手応えそのものは感じました。ただ、大海の水を干上がらせるのは至難の(わざ)ということでしょう」


 アルヴァが否定すれば、ナイゼルもそれに同調する。


「単に力不足ってことか……。そりゃ一番厄介じゃねえか」


 グラットは重く溜息をついた。


「ナイゼルの鏡も、ミスティンの矢も、レムズ王子の剣もダメ……。可能性があるとすれば――」


 ソロンが視線を送れば、アルヴァも応じる。


「帝都の神鏡ですね。私がお兄様と交渉してみましょう。もっとも、いかに皇帝でも、ただちに神鏡を持ち出すのは容易ではありませんが……」

「ああ、言ってたね」


 ソロンはかつてのアルヴァの発言を思い出していた。皇帝とはいえ、国宝を許可なく自由にする権限はないのだとか。


「いずれにせよ、まずは呪海の王の動きを見極めたいと思います。このままラグルーブへ向かいましょう」


 *


 呪海の王は休むことなく南へと進み続けた。

 一行は馬車や竜車を交替で寝床に使いながら、夜間も怪物を追い続けた。呪海の王は闇の中でも奇妙な赤い光を放つため、見失う心配はなかったのだ。

 しかしながら、そんなやり方で全員が十分な休息を取れるはずもない。疲労は蓄積するが、それでもやるしかなかった。


 途中、進路上にあった町を、王は蹂躙(じゅうりん)していった。民家も農場も、全てが呪海の王の巨体に飲み込まれていった。

 幸いといっては何だが、町には既に住民がいなかった。これはリーゲル軍が住民を拉致していたためである。


 数日後、呪海の王は予想に(たが)わず、王都ラグルーブへと迫っていた。

 ソロン達は少数の部隊で近くの小山へ登り、その様子を俯瞰(ふかん)していた。それなりの高度にいるはずなのに、呪海の王の背丈よりわずかに高いだけだ。つくづく規格外な相手だった。


「ちっ、手間取ってやがるな……」


 グラットが苦々しい声を発した。

 激しく鳴らされる警鐘(けいしょう)がここまで響いてくる。

 王都には、今も避難する市民達が長蛇の列を作っていた。馬車に大量の家財を積み込んでいるらしく動きは鈍い。それを騎士達が駆け回って誘導していた。

 遠くてよく見えないが、あの中にレムズも混ざっていることだろう。


 しかしながら、呪海の王を目前にしても、避難は完了していなかったのだ。残る市民の数は、確認できるだけで一万人は越えているだろう。


「無理もないか……。あんなバケモノがやって来るなんて、にわかには信じがたいだろうからな。住民の全てが素直に受け入れるとは思えん」


 サンドロスは為政者として、レムズの苦労を思いやった。


「そうは言っても、このままじゃまずいよ!」


 ソロンは焦りを(つの)らせる。

 呪海の王の姿をこの目で見るまで、危機感が湧かないのは理解できる。市民達も頑強な防壁に囲まれた王都にいるほうが、安全と考えたのだろう。

 しかし、王都の頑丈な防壁も、呪海の王の前では紙切れも同然。肉眼で脅威を確認できる今になって、ようやく市民も本気で避難を始めたようだったが……。


「いえ、まだ半時間は猶予(ゆうよ)があるはずです」


 アルヴァはそう言ったが、ソロンの嫌な予感は振り払えない。かくいう彼女自身も握る(こぶし)を震わせて、不安を抑えている有様だった。


 間もなく異変は起きた。

 呪海の王がワニの(あぎと)を思わせる大口を開いたのだ。


「むっ、何をする気だ」


 メリューが怪訝な声を上げる。

 巨体の全身にまとわりついていた赤黒い瘴気が、急速に螺旋(らせん)を描き出した。瘴気は大口の中へと凄まじい勢いで飛び込んでいく。それによって、呪海の王の体が不自然にふくらんでいった。


 そして、大口から赤黒い閃光が放出された。

 閃光は怒涛(どとう)の勢いでラグルーブの防壁を破壊した。何の抵抗も感じない呆気ないものだった。

 逃げ遅れた住民の列を、破壊の閃光は丸ごと飲み込んでいく。中央にそびえていた王城すら、何の歯止めにもならなかった。閃光は王城を飲み込み、向かいの防壁すらも貫通してしまった。

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