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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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生贄の祭壇

「リーゲル、儀式を中止しろ! 貴様はそれでもラグナイの王子か!」


 レムズが叫びながら、兄の元へと駆け出す。騎士達とソロン達もそれに続く。


「それはできん。俺が新しい国を作るためには、多少の犠牲も必要なのだ。さあ続けろ!」


 リーゲルは兵士をうながした。


「た、助けて!」

「死にたくない!」


 市民達の叫喚(きょうかん)が聞こえてくる。

 兵士の手によって、市民達が呪海へと投じられていたのだ。まるでゴミでも捨てるように粗雑に。

 崖下に投じられた人の運命は、ここからでは確認できない。だが、確認するまでもなかった。投じられた人の体は、氷のように呪海の中へと溶けていくのだ。


「う、あああ……」


 絶望のうめき声が聞こえる。

 そして、溶けた体は赤黒い瘴気となり、宙空に浮かび上がってくる。

 ザウラスト教団では、その瘴気を(さかづき)に吸い込むことで、カオスの結晶を生み出す。その結晶体が聖獣あるいは神獣を生み出すのだ。


 けれど、この場に杯は見当たらない。

 その代りを果たしたのは大神殿そのものだった。

 赤黒い瘴気は宙を(ただよ)いながら、大神殿の上空へと向かっていく。五本の尖塔が、瘴気を吸い込んでいったのだ。


「ナイゼル!」

「お任せを!」


 サンドロスが呼びかければ、ナイゼルが杖を向ける。

 杖先から放たれた強風が、上空をかき乱す。大神殿の上に漂っていた瘴気を、たちまち吹き飛ばした。


「いい感じだよ、ナイゼル!」


 ソロンが快哉を叫んだその時だった。



「邪魔はさせないよ」


 壇上にいる神官達の中から、一人の男が進み出た。

 赤地に黒の紋様が描かれた衣をまとい、紫がかった銀髪を乱雑に伸ばしている。

 赤紫の瞳に、銀竜族特有のとがった耳。中性的な顔立ちは、同じ銀竜族であるシグトラよりも若々しい。それでありながら、まとう雰囲気には底知れないものがあった。


 教祖ザウラスト――ソロンには一目でそうと認識できた。


 ザウラストは杖を片手に握りしめ、その杖先を上空へと向けていた。

 吹き飛ばされたはずの赤黒い瘴気が、再び大神殿の上空に戻ってくる。瘴気は混沌の渦へと変化し、そこからまた尖塔へと吸い込まれていった。


「あの杖は……!?」


 アルヴァが目を見開いて絶句する。

 ザウラストの手にする杖に見覚えがあったのだ。かつて彼女が手にしていた女王の杖――帝都に災厄をもたらした神獣を呼び出した杖だった。

 ザウラストの後ろから、もう一人の人物が進み出た。


「お姉ちゃん……」


 ミスティンがつぶやく。

 ザウラストの隣に並んだのは枢機卿(すうききょう)――セレスティンだった。彼女は教祖に向かって恍惚(こうこつ)とした視線を向けていた。

 ザウラストは薄笑いを浮かべて、迫るこちらを眺めている。


「生贄の祭壇へようこそ! レムズ殿下と騎士達、イドリスの者達、何より遥々、上界から来た諸君を歓迎するよ」


 ザウラストの声は大きくないが、遠くまで明瞭に響いた。何らかの魔法を使って、声を届けているのかもしれない。


「ザウラスト! 儀式を止めろ!」


 レムズが怒りの形相で絶叫し、ザウラストへと向かっていく。騎士達も同じような怒りをもってそれに続いた。


「あはは、気が早いね。レムズ王子」


 にも関わらず、ザウラストは余裕の表情を崩さない。


「レムズを教祖殿に近づけるな!」


 リーゲルが指示を発するや、神官達が聖石を祭壇の下へと投じる。狭い断崖の上に、十を超えるグリガントの巨体が立ちふさがった。


「邪魔だっ!」


 レムズの剣が白光(びゃっこう)を放ち、グリガントを消し飛ばす。

 そうしている間にも、生贄は次々と投下されていく。(さかづき)と化した大神殿へ赤黒い瘴気が吸い込まれていった。


「私達も!」

「了解!」


 アルヴァの号令に従って、ソロン達も動き出す。

 ソロンは蒼煌(そうこう)の刀を手にして、グリガントへと走り寄る。伸びる蒼炎が聖獣の腹を斬り裂いた。


「貴様、何をする気だ!」


 レムズが怒号を飛ばし、ザウラストをにらみつける。


「何って聖杯の儀式さ。儀式によって人はカオスの神と一体化する。最大にして最強の神獣――カオスの海の支配者が誕生するのさ。君達の言葉で言えば、呪海の王ってところかな。まあ、私はどっちでもいいけど」


 邪教の教祖とは思えないような口調で、ザウラストは投げやりに言い放った。眼下で繰り広げられる戦いには、興味がないとでもいうかのように。


「おりゃあ!」


 サンドロスが金剛の大刀を豪快に地面へ叩きつける。

 衝撃が地面を走り、グリガントの足を(すく)った。


「今だ!」

「我らも遅れるな!」


 そこにガゼットとイセリアが号令を下す。帝国軍から放たれた大量の矢が、グリガントを仕留めた。


「ぐっ、ひるむな! 弓を撃て」


 聖獣達の背後からリーゲルが叫べば、兵が弓矢を放ってくる。グリガントの背中へ当たることを度外視した強引な攻撃だ。


「させません!」

「ふん、甘いな」


 だが、それもナイゼルの風とメリューの念動魔法に叩き落とされていく。

 反対に三国軍側の放った矢が、追い風を受けてグリガントに突き刺さった。


「おまけだ!」


 さらにはメリューが操作した大量の矢が、聖獣の頭へと向かっていく。急所へと矢を集中されたグリガントが、たまらずに倒れた。


「ゆ、弓が駄目なら、槍と剣で戦え!」


 リーゲルはあくまで後方に待機したまま、兵士達を叱咤する。兵士達はいかにも及び腰ながら、槍を片手に迫ってきた。

 しかし、アルヴァの紫電とミスティンの弓矢が、兵士達を寄せつけなかった。グリガントの前に出た勇敢な者から、着実に討たれていく。強引に前に出てきた相手も、グラットが抜け目なく槍で仕留めた。


「大した相手じゃないけど……。このままじゃ!」


 蒼炎を放ちながらも、ソロンは焦りをつのらせる。

 戦場は狭く乱戦に近いが、戦力の質も量もこちらが優位だ。いかに聖獣とて時間稼ぎにしかならない。だが、その時間稼ぎが問題だった。


 ザウラストとセレスティンは、なおも涼しい顔をしていた。まるで劇でも鑑賞しているかのように。

 生贄達が続々と呪海へ投じられていく。その度に、赤黒い瘴気が尖塔へと集まっていった。


 *


 やがて、最後のグリガントが倒れた。三国軍の圧倒的優勢の元、戦いは終わると思われた。


「うおっ、なんだ!?」


 槍を振るっていたグラットが、慌てて後ろへ飛び退(すさ)る。

 途端、大神殿が激しく揺れ動いたのだ。まるで大量の瘴気に耐えられなくなったかのように。揺れはソロン達の足元へと広がっていた。


「教祖様、そろそろよろしいのでは?」


 それを見て取ったセレスティンが、ザウラストに何かを耳打ちする。

 ザウラストはセレスティンと顔を見合わせて。


「そうだね。頃合いかな」


 赤紫の瞳が輝き、彼の体がふわりと宙に浮き上がった。同じくしてセレスティンの体も浮き上がる。


「飛んだ!? 銀竜って空も飛べるの?」


 ミスティンが驚愕(きょうがく)をあらわに、メリューへ問う。


「分からん……。だが、恐らくは念動魔法の応用だろう」

「必死なところ悪いけど、私達はそろそろお(いとま)するよ」


 呆然とするこちらをよそに、ザウラスト達は高く浮上していく。


「ザウラスト、貴様、逃げる気か!?」

「逃げるっていうか、用事が終わったって感じかな」


 レムズが叫ぶが、ザウラストは平静に言い返す。


「ま、待ってくれ! 教祖殿! 行くなら、俺も連れて行ってくれ!」


 リーゲルが飛び去ろうとするザウラストへ追いすがった。


「教祖様、私も!」

「お見捨てになるのですか!?」


 神官達もそれぞれザウラストへすがろうとする。


「あはは、私の魔法は二人乗りなんだよね。悪いけど、自分で切り抜けてくれないかな」


 ザウラストはいかにも楽しそうに、リーゲルへと吐き捨てた。

 リーゲルは顔を真赤にして。


「な……ふ、ふざけるなっ! 俺が貴様らのために、どれだけのものを捧げたと思っている! 貴様らのような邪教がやってこれたのは、誰のお陰だと思っている!」

「あっはっは! 君の父君のお陰かな? まあそれも、神の降臨という大義に比べれば、些事(さじ)に過ぎないけどね」

「些事だと……!?」


 悪びれない教祖の態度に、リーゲルは絶句する。


「そうそう、リーゲル殿下! 君は無能だったけど、役立たずではなかったよ。大勢の生贄を捧げてくれた上に、最後の生贄になってくれるんだからね」

「ど、どういう意味だ!?」

「すぐに分かるさ」


 ザウラストは神妙な顔つきで続ける。


「――カオスの神よ、今ここに最後の供物(くもつ)を捧げよう。それじゃあ、さようならだ!」


 それを最後にザウラストは向きを転じた。もはやここには用はないとばかりに。

 去りゆく二人をリーゲルは呆然と見送っていた。


「待て、ザウラスト!」


 レムズは剣を振るい、光弾を放つが遠く届かない。だが、二人を追うのはそれだけではなかった。


「逃さないよ、お姉ちゃん!」


 ミスティンが弓を引き絞り、矢を放っていたのだ。

 矢は猛烈に加速し、飛び去る二人へと追いすがる。

 狙い(あやま)たずザウラストへと到達するが――

 セレスティンが握る杖先から、闇の障壁が現れる。矢は呆気なく吸い込まれてしまった。


「ミスティン。生きていれば、また会いましょう」


 そうして、二人は呪海の向こうへと飛び去っていった。

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