地下室の子供達
民家の物陰には、地下へと続くハシゴがあった。物陰ゆえ襲撃者に発見されなかったのだろう。
レムズが真っ先にハシゴを降りていく。
ソロンも短いハシゴを降りて、地下室へと足を降ろした。アルヴァとミスティンもそれに続く。地下室が狭いという事情もあり、他の皆は待機していた。
石床に置かれたランプが、狭い地下室を照らしている。
地下室の床には所狭しとタルが置かれていた。
そして、残った隙間に十人ほどの子供達が身を寄せ合っていた。
見張っていた騎士が、子供達を安心させようとしきりに話しかけている。
恐らく、地下室は備蓄用の倉庫として使われていたのだろう。子供達は、タルの中にある食糧や水で糊口をしのいでいたはずだ。
「レムズ殿下、子供達は数日前からここに隠れていたようです」
騎士がこちらの足音に気づき、レムズを見るなり説明する。
「数日だと?」
「はい。大人達と離れて以降、ずっと地下に隠れていたそうです。そのため、日付も分からないのだとか」
訝しむレムズに、騎士は答えを返す。
「そういうことか。健康状態はどうだ? 問題があるなら、まずは手当をさせるが」
「食糧も十分あったらしく、大きな問題はありません。ただ、親と離れ離れになった衝撃が大きいようで……」
「分かった。誰か一人でいい、代表として話せるか?」
レムズがそう求めると、年長者らしい少女がおずおずと前に進み出た。年長といっても、十をわずかに過ぎた程度だろう。ぞろぞろと現れた大人達に、彼女は緊張を隠せないようだった。
「――怖がる必要はない。ただ何なりと事実を話すがいい」
レムズはいつも通りの態度で、少女へ問いかけた。心持ち口調は優しげだが、目つきは鋭く威圧的なのはいつも通りだった。
さすがに十を過ぎたばかりの少女にまでは、レムズもへりくだらないらしい。
「は、はい……」
「単刀直入に聞こう。他の住民達はどこに行った?」
「えっと……町にやって来た人達に連れて行かれて……」
「それは何者だ? そもそも、住民達は抵抗しなかったのか?」
「軍の兵隊さんだと思うんですけど……。あ、えっと……町の入口をふさがれた上、子供達を人質に取られて、逆らえなかったみたいです。私達はなんとか隠れたんですが……」
二つの質問に困惑しながら、少女はなんとか受け答えする。
町を守る外壁は、見方によっては中の住民を閉じ込める檻となる。その性質を敵に悪用されたようだった。
「兵隊と言っても色々といるだろう。所属は分からんのか?」
レムズは矢継ぎ早に質問を繰り出す。まるで捕虜の尋問のようだ。なにか見ていてヒヤヒヤする光景だった。
「所属って……。いえ、普通の鎧を着ていたとしか……」
少女は脅えるような目で、レムズを見上げていた。後ずさろうとしてか、首を左右にキョロキョロさせる。しかし、背後に控える他の幼い子供達を見て、やむなく正面へと向き直る。
「レムズ王子。その子、怖がってるよ」
見かねたミスティンが、ついにレムズをとがめた。
「こ、怖がっているですと! 私を? では、どうすれば?」
レムズは衝撃を受けた顔で、ミスティンのほうを見る。どうやら、自覚がなかったらしい。
ミスティンは返事の代わりに、ソロンの肩を叩いてきた。
「ん、僕?」
「うん。女の子の扱いは得意だよね?」
「……その言い方には抗議したい」
「私もそのほうがよいと思います」
アルヴァも同意してくる。
「まあいいや、僕に任せて」
ソロンはレムズをよけて前に進み出た。少なくとも、自分のほうがレムズよりも人当たりがよいのは間違いない。
「むっ、ソロニウスか」
レムズは不服そうだったが、とがめはしなかった。
「緊張しなくていいから、楽にして。できたら、質問に答えてくれるかな?」
ソロンはしゃがんでから少女と目線を合わせ、柔らかな笑みを作ってみせる。
「ふわっ……。う、うん!」
すると少女は顔を赤くして、ソロンを見返した。
「鎧っていうのは、あの人達と同じ鎧だよね」
ソロンはレムズ傘下の兵士達を指差した。
「うん」
少女は大きく首を振って頷いた。
「それじゃ、ザウラスト教団――赤い服を着た人達は見なかった?」
「あっ、遠くのほうにチラッとだけ。近づいてきたのは、兵隊さんでしたけど……。遠くのほうで、赤い人達が叫んでたのを覚えています」
「なるほど。ザウラスト教団が兵を使って実行したようですね。兵はリーゲル王子の手の者でしょう」
アルヴァが頷きながら、少女の言葉を咀嚼する。
「どっちに行ったか分かる?」
「分かんない。みんな怖かったんで、ずっと隠れてましたから……」
「そっか、無理もないな」
ソロンはそうやって、少しずつ話を聞き出していく。
そうすると、子供達がいかに恐怖に怯えていたかが伝わってくる。どれほど心細い思いをしながら、この地下室で耐えてきたのだろうか。
三国軍がやって来たのも物音で察していたが、襲撃者の軍が戻ってきたと勘違いしていたらしい。そのせいで、騎士達に発見された時も非常に怯えていたようだった。
町の住民も当初は、襲撃者の軍を強く警戒しなかったという。リーゲルの軍が相手ならば、それも当然だろう。
なんせリーゲルは前王の長男であり、順当なら新王となっていた人物だ。これほどの暴挙に出るなど、普通なら予想もつかない。
「くっ……。俺が休養している間にこんなことが起きていたとは……」
詳細を聞き、レムズは悔しげに表情を歪めた。
「あなたの責任ではありません。不慣れな下界での強行軍は、我々にとっても負担が大きく、休息は必要でした」
アルヴァは珍しくレムズを慰めていた。
「おお、なんと慈悲深きお言葉……!」
もっとも、感激するレムズからアルヴァは嫌そうに顔をそむけていたが……。
「答えてくれてありがとう。もう大丈夫だよ」
少女の話を一通り聞き終えたソロンは礼を言い、もう一度ほほ笑んでみせた。それから、レムズのほうへと向き直って。
「――他に聞きたいことはある?」
何のために住民を連行したかは考えるまでもない。追い詰められたリーゲルは、生贄とするために自国民へ手を出したのだ。
「いや、十分だ。……どこまでも落ちたな、リーゲルめ。民を生贄にする為政者など、自らの足を喰らうタコと何ら変わらん。それを知っていたからこそ、父も国民には手を出さなかったのだ」
レムズは憎々しげに兄を唾棄してみせた。
そうして、レムズは少女へと歩み寄る。頭を軽く撫で、それから宣言した。
「――俺はこの国の新しい王となる。邪教徒どもにもリーゲルにも邪魔はさせん。民の命を守ると約束しよう」
レムズの強い意志は子供達にも伝わったらしい。皆、真剣な表情でレムズへと視線を送る。
「レムズ様、父さんと母さんと町のみんなを助けてください!」
泣きわめかんばかりに子供達はレムズへと嘆願した。
「ああ、全力を尽くそう。この聖剣に誓ってな」
レムズは苦々しい表情でそう言った。
現実として、連行された住人達を救うのは極めて難しい。口だけで「絶対助けてみせる」などと約束するのは返って不誠実なのだ。
レムズもアルヴァもそれを分かっていたからこそ、不用意な発言はしなかった。
レムズの意向で、子供達は王都へ移送されることになった。王都には孤児院などの施設も一通りそろっているらしい。保護するには最適だろう。
*
これ以上の手がかりは得られない以上、もはやこの町に用はない。
レムズは早々と出発を指示した。うまくいけば、住民をさらった敵兵に追いつけるかもしれないのだ。
ただし、出発の前に敵が去った方向を検証しなければならない。
「ふんふん、敵は北から来て、そのまま北に引き返したみたいだね」
町の北門を出たところで、ミスティンが大量の足跡を検分する。狩人として足跡を検証するのが、性になっているらしい。
「さすがはミスティン殿。素晴らしい洞察力です」
「ほ~ん」
レムズはそんな彼女を称賛するが、ミスティンは微妙な表情で返事をするだけだった。
「ってことは、行き先は大神殿だろうね。他の町には向かわないのかな?」
ソロンの疑問に、アルヴァが答える。
「そもそも、敵軍の兵力は精々数千でしょう。邪教の力で脅すにしても、あまり大勢を連行する余力はないはずです。この町が精一杯ではないかと」
「ああ、その辺も計算して、手頃な町を狙ったんだろうな」
グラットは嫌悪感を隠さなかった。
「住民をさらったのは数日前だったか……。四千を超える住民を連行するなら、相当に速度も落ちるはずだ。悪いが少し進軍を速める。姫君もどうかご容赦を」
「構いません。人道のために生贄の儀式を止めるのは当然です。ましてや、それが邪教の増長を防ぐのですから」
アルヴァが力強く頷けば、レムズも軍の先頭へと戻っていった。