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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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地下室の子供達

 民家の物陰には、地下へと続くハシゴがあった。物陰ゆえ襲撃者に発見されなかったのだろう。

 レムズが真っ先にハシゴを降りていく。

 ソロンも短いハシゴを降りて、地下室へと足を降ろした。アルヴァとミスティンもそれに続く。地下室が狭いという事情もあり、他の皆は待機していた。


 石床に置かれたランプが、狭い地下室を照らしている。

 地下室の床には所狭しとタルが置かれていた。

 そして、残った隙間に十人ほどの子供達が身を寄せ合っていた。


 見張っていた騎士が、子供達を安心させようとしきりに話しかけている。

 恐らく、地下室は備蓄用の倉庫として使われていたのだろう。子供達は、タルの中にある食糧や水で糊口(ここう)をしのいでいたはずだ。


「レムズ殿下、子供達は数日前からここに隠れていたようです」


 騎士がこちらの足音に気づき、レムズを見るなり説明する。


「数日だと?」

「はい。大人達と離れて以降、ずっと地下に隠れていたそうです。そのため、日付も分からないのだとか」


 (いぶか)しむレムズに、騎士は答えを返す。


「そういうことか。健康状態はどうだ? 問題があるなら、まずは手当をさせるが」

「食糧も十分あったらしく、大きな問題はありません。ただ、親と離れ離れになった衝撃が大きいようで……」

「分かった。誰か一人でいい、代表として話せるか?」


 レムズがそう求めると、年長者らしい少女がおずおずと前に進み出た。年長といっても、十をわずかに過ぎた程度だろう。ぞろぞろと現れた大人達に、彼女は緊張を隠せないようだった。


「――怖がる必要はない。ただ何なりと事実を話すがいい」


 レムズはいつも通りの態度で、少女へ問いかけた。心持ち口調は優しげだが、目つきは鋭く威圧的なのはいつも通りだった。

 さすがに十を過ぎたばかりの少女にまでは、レムズもへりくだらないらしい。


「は、はい……」

「単刀直入に聞こう。他の住民達はどこに行った?」

「えっと……町にやって来た人達に連れて行かれて……」

「それは何者だ? そもそも、住民達は抵抗しなかったのか?」

「軍の兵隊さんだと思うんですけど……。あ、えっと……町の入口をふさがれた上、子供達を人質に取られて、逆らえなかったみたいです。私達はなんとか隠れたんですが……」


 二つの質問に困惑しながら、少女はなんとか受け答えする。

 町を守る外壁は、見方によっては中の住民を閉じ込める檻となる。その性質を敵に悪用されたようだった。


「兵隊と言っても色々といるだろう。所属は分からんのか?」


 レムズは矢継ぎ早に質問を繰り出す。まるで捕虜の尋問のようだ。なにか見ていてヒヤヒヤする光景だった。


「所属って……。いえ、普通の鎧を着ていたとしか……」


 少女は脅えるような目で、レムズを見上げていた。後ずさろうとしてか、首を左右にキョロキョロさせる。しかし、背後に控える他の幼い子供達を見て、やむなく正面へと向き直る。


「レムズ王子。その子、怖がってるよ」


 見かねたミスティンが、ついにレムズをとがめた。


「こ、怖がっているですと! 私を? では、どうすれば?」


 レムズは衝撃を受けた顔で、ミスティンのほうを見る。どうやら、自覚がなかったらしい。

 ミスティンは返事の代わりに、ソロンの肩を叩いてきた。


「ん、僕?」

「うん。女の子の扱いは得意だよね?」

「……その言い方には抗議したい」

「私もそのほうがよいと思います」


 アルヴァも同意してくる。


「まあいいや、僕に任せて」


 ソロンはレムズをよけて前に進み出た。少なくとも、自分のほうがレムズよりも人当たりがよいのは間違いない。


「むっ、ソロニウスか」


 レムズは不服そうだったが、とがめはしなかった。


「緊張しなくていいから、楽にして。できたら、質問に答えてくれるかな?」


 ソロンはしゃがんでから少女と目線を合わせ、柔らかな笑みを作ってみせる。


「ふわっ……。う、うん!」


 すると少女は顔を赤くして、ソロンを見返した。


「鎧っていうのは、あの人達と同じ鎧だよね」


 ソロンはレムズ傘下の兵士達を指差した。


「うん」


 少女は大きく首を振って頷いた。


「それじゃ、ザウラスト教団――赤い服を着た人達は見なかった?」

「あっ、遠くのほうにチラッとだけ。近づいてきたのは、兵隊さんでしたけど……。遠くのほうで、赤い人達が叫んでたのを覚えています」

「なるほど。ザウラスト教団が兵を使って実行したようですね。兵はリーゲル王子の手の者でしょう」


 アルヴァが頷きながら、少女の言葉を咀嚼(そしゃく)する。


「どっちに行ったか分かる?」

「分かんない。みんな怖かったんで、ずっと隠れてましたから……」

「そっか、無理もないな」



 ソロンはそうやって、少しずつ話を聞き出していく。

 そうすると、子供達がいかに恐怖に怯えていたかが伝わってくる。どれほど心細い思いをしながら、この地下室で耐えてきたのだろうか。

 三国軍がやって来たのも物音で察していたが、襲撃者の軍が戻ってきたと勘違いしていたらしい。そのせいで、騎士達に発見された時も非常に怯えていたようだった。


 町の住民も当初は、襲撃者の軍を強く警戒しなかったという。リーゲルの軍が相手ならば、それも当然だろう。

 なんせリーゲルは前王の長男であり、順当なら新王となっていた人物だ。これほどの暴挙に出るなど、普通なら予想もつかない。


「くっ……。俺が休養している間にこんなことが起きていたとは……」


 詳細を聞き、レムズは悔しげに表情を歪めた。


「あなたの責任ではありません。不慣れな下界での強行軍は、我々にとっても負担が大きく、休息は必要でした」


 アルヴァは珍しくレムズを(なぐさ)めていた。


「おお、なんと慈悲深きお言葉……!」


 もっとも、感激するレムズからアルヴァは嫌そうに顔をそむけていたが……。



「答えてくれてありがとう。もう大丈夫だよ」


 少女の話を一通り聞き終えたソロンは礼を言い、もう一度ほほ笑んでみせた。それから、レムズのほうへと向き直って。


「――他に聞きたいことはある?」


 何のために住民を連行したかは考えるまでもない。追い詰められたリーゲルは、生贄とするために自国民へ手を出したのだ。


「いや、十分だ。……どこまでも落ちたな、リーゲルめ。民を生贄にする為政者など、自らの足を喰らうタコと何ら変わらん。それを知っていたからこそ、父も国民には手を出さなかったのだ」


 レムズは憎々しげに兄を唾棄(だき)してみせた。

 そうして、レムズは少女へと歩み寄る。頭を軽く撫で、それから宣言した。


「――俺はこの国の新しい王となる。邪教徒どもにもリーゲルにも邪魔はさせん。民の命を守ると約束しよう」


 レムズの強い意志は子供達にも伝わったらしい。皆、真剣な表情でレムズへと視線を送る。


「レムズ様、父さんと母さんと町のみんなを助けてください!」


 泣きわめかんばかりに子供達はレムズへと嘆願した。


「ああ、全力を尽くそう。この聖剣に誓ってな」


 レムズは苦々しい表情でそう言った。

 現実として、連行された住人達を救うのは極めて難しい。口だけで「絶対助けてみせる」などと約束するのは返って不誠実なのだ。

 レムズもアルヴァもそれを分かっていたからこそ、不用意な発言はしなかった。


 レムズの意向で、子供達は王都へ移送されることになった。王都には孤児院などの施設も一通りそろっているらしい。保護するには最適だろう。


 *


 これ以上の手がかりは得られない以上、もはやこの町に用はない。

 レムズは早々と出発を指示した。うまくいけば、住民をさらった敵兵に追いつけるかもしれないのだ。

 ただし、出発の前に敵が去った方向を検証しなければならない。


「ふんふん、敵は北から来て、そのまま北に引き返したみたいだね」


 町の北門を出たところで、ミスティンが大量の足跡を検分する。狩人として足跡を検証するのが、(さが)になっているらしい。


「さすがはミスティン殿。素晴らしい洞察力です」

「ほ~ん」


 レムズはそんな彼女を称賛するが、ミスティンは微妙な表情で返事をするだけだった。


「ってことは、行き先は大神殿だろうね。他の町には向かわないのかな?」


 ソロンの疑問に、アルヴァが答える。


「そもそも、敵軍の兵力は精々数千でしょう。邪教の力で脅すにしても、あまり大勢を連行する余力はないはずです。この町が精一杯ではないかと」

「ああ、その辺も計算して、手頃な町を狙ったんだろうな」


 グラットは嫌悪感を隠さなかった。


「住民をさらったのは数日前だったか……。四千を超える住民を連行するなら、相当に速度も落ちるはずだ。悪いが少し進軍を速める。姫君もどうかご容赦を」

「構いません。人道のために生贄の儀式を止めるのは当然です。ましてや、それが邪教の増長を防ぐのですから」


 アルヴァが力強く頷けば、レムズも軍の先頭へと戻っていった。

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