邪教の領域
王都の奪還という第一の目的は達したが、もちろん三国軍の進軍はこれで終わらない。
三国軍の本命は、あくまでザウラスト教団の壊滅である。そういう意味では、本番はここからだった。
総大将のレムズは、迅速なリーゲルの追討を望んだ。けれど、しばし王都で足踏みせざるを得なかった。
既に彼は実質的なラグナイ王であり、指導者の去った王都を無視できなかったからだ。そのため、しばらくは王都に滞在して政治に関わることになった。
手始めにレムズは、旧臣のドナークを正式に宰相として任命。その他の役職にも相応の人物を割り振ったのだ。
そのかたわら、レムズは進軍への準備を進めていく。王都からの志願兵を吸収し、軍をさらに拡大。さらには部下へ情報収集を指示し、リーゲルとザウラストの動きを見定めようとしていた。
そんな中、ソロン達も次なる動きを検討していた。
「推測は当たっていたようですね。やはり、リーゲル王子は王都を経由して、ザウラストの大神殿に向かったようです」
場所は王城の会議室。ナイゼルがレムズから連携された情報を報告してくれる。
大神殿とはザウラスト教団の本拠地であり、ラグナイ最大の宗教施設だ。教祖ザウラストもその場所にいるといわれている。
「さて、ザウラストはリーゲルを受け入れるのだろうかな?」
メリューが疑問を呈すれば、アルヴァが答える。
「受け入れるしかないでしょう。そうでなければ、ザウラストはこの国への足がかりをなくしてしまいます。王国政府の庇護がない状態で、あのような邪教が存続できるとは思えません」
「だな。あいつらだって、いい加減追い込まれてるだろうしな。あのバケモノだって、無限に湧いてくるわけじゃねえんだろ?」
グラットの指摘にソロンは頷いた。
「うん、聖獣と神獣の召喚には生贄が必要だからね。他国への侵略を防げば、捕虜を生贄にはできなくなる。僕達で全部終わらせよう」
他国を侵略し、そこで得た捕虜を生贄に捧げる。生贄によって生み出した魔物で再び他国を侵略する。そうやって、効率よく勢力を増すのがザウラストのやり方だ。
逆をいえば、その循環をどこかで断ち切れば、ザウラストのやり方は継続不可能となる。今がその時だった。
「いずれにせよ、ここまで来れば大神殿に向かうしかない」
サンドロスの結論には誰も異論がなかった。
決戦の時は、いよいよ近づいていたのだ。
その後、最低限の施策をおこなったレムズは、宰相ドナークに王都を託す。後顧の憂いをなくした上で、ついに三国軍の出発を指示したのだった。
*
王都を北上した三国軍は、大河に架けられた橋を渡った。
対岸に渡れば、そこはいよいよザウラスト教団のお膝元である。ここから北方にある大神殿こそが、その本拠なのだ。
大神殿の建造は、今を遡ること三十五年ほど前。教祖ザウラストの協力を得て国王となったラムジードが、感謝を表すために建造したのだという。
以来、教団はこの地域に対して、数々の特権を与えられていた。その中には徴税権すら含まれており、教団の基盤となっていた。大神殿に奉公する住民も多く、まさに邪教の領域と化していた。
一行は、そういった地域を通り抜けねばならないのだ。
予定では複数の町を通過しながら、数日を経て大神殿へと到達する見込みだった。
異変に気づいたのは、橋を渡った翌日だった。
一行は訪れるクラッゼミルという町を前にして、警戒を強めていた。リーゲルとザウラストが罠を張り、こちらの進軍を妨害してくる可能性を考えたのだ。
「妙だな……」
遠目から町の姿を目にしたメリューが、不審げにつぶやく。
「何が?」
「人気がない。クラッゼミルというのは、それなりに大きな町なのであろう?」
「あん? 人気も何も外からじゃ壁しか見えねえだろ」
グラットが疑問を呈するが、
「ひょっとして炊煙ですか?」
アルヴァは察したらしく、メリューを見る。
「うむ、奇妙なほどに煙が見えん。人が住み、生活を営めば、必ずや炊事の煙が上がるはずなのだ」
「どういうことだよ?」
「さてな、分からんから訝しんでおるのだ」
「とにかく行ってみようよ」
と、ソロンがうながした。
メリューの洞察は間違いではなかった。
三国軍が到達した時には、クラッゼミルの町はもぬけの殻となっていたのだ。
豊かな農場として王都を支えていた町は、今やその気配もない。ただ残された無人の田畑を風が揺らしていた。
「町が死んでる……」
ミスティンが怯えるようにつぶやき、ソロンへと身を寄せる。
「随分と寂しい町ですね。まさか廃村だったのですか?」
後続のイセリアが追いつき、声をかけてきた。
アルヴァは首を横に振って。
「いえ、そんなはずはないでしょう。ごく最近得た情報でも、四千を超える住民が暮らす町だと聞いています」
「もしかして、私達が攻めてくると思って避難したのかな?」
ミスティンはそう口にしながら、寂しげな町を眺めていた。
見れば、先行して町中に入ったレムズ達も当惑している様子だ。兵士達が手分けして、残った住民がいないか捜索している、
「開けっ放しだね。……野盗かな?」
ソロンは民家の扉へ注目した。扉は施錠されておらず、開放されたままだった。
「それにしては妙ですね。田畑が荒らされている気配がありません」
しかし、アルヴァは放置された田畑へと視線をやり、訝しげにする。
「入ってみようか」
ソロンが提案し、調査のために民家へと足を踏み入れた。
民家の中は荒れ果てており、食糧や食器が散乱していた。まるで直前まで人が食事を取っていたところを、荒らされたかのようだ。
「自主避難じゃなさそうだね」
「やっぱり、野盗?」
ミスティンが首をかしげるが、アルヴァはやはり否定する。
「そのわりに物が残っているのが気になります。野盗の仕業なら、略奪の跡も住民の遺体も見当たらないのは不自然でしょう」
「住民が退避したのでもない。野盗でもない。ならば――」
考え込むメリューの後をソロンが継いだ。
「まさか、人だけが連れ去られたってこと?」
ソロンの脳裏にある推測が走った。顔色を見る限り、他の皆も同じような考えに至ったようだ。
「とにかく、私達も生存者がいないか捜索しましょう」
アルヴァがそう言ったので、ソロン達もレムズ達と共に捜索へ加わった。
まもなくして生存者は見つかった。
町の地下室に隠れていた子供達を、レムズ傘下の騎士が見つけたのだという。
子供達は地下室で身を寄せ合って、暮らしていたのだそうだ。
レムズは自ら子供達の元を訪れ、聴取すると決定した。ソロン達もそれに同行させてもらうことになった。