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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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邪教の領域

 王都の奪還という第一の目的は達したが、もちろん三国軍の進軍はこれで終わらない。

 三国軍の本命は、あくまでザウラスト教団の壊滅である。そういう意味では、本番はここからだった。


 総大将のレムズは、迅速なリーゲルの追討を望んだ。けれど、しばし王都で足踏みせざるを得なかった。

 既に彼は実質的なラグナイ王であり、指導者の去った王都を無視できなかったからだ。そのため、しばらくは王都に滞在して政治に関わることになった。

 手始めにレムズは、旧臣のドナークを正式に宰相として任命。その他の役職にも相応の人物を割り振ったのだ。


 そのかたわら、レムズは進軍への準備を進めていく。王都からの志願兵を吸収し、軍をさらに拡大。さらには部下へ情報収集を指示し、リーゲルとザウラストの動きを見定めようとしていた。


 そんな中、ソロン達も次なる動きを検討していた。


「推測は当たっていたようですね。やはり、リーゲル王子は王都を経由して、ザウラストの大神殿に向かったようです」


 場所は王城の会議室。ナイゼルがレムズから連携された情報を報告してくれる。

 大神殿とはザウラスト教団の本拠地であり、ラグナイ最大の宗教施設だ。教祖ザウラストもその場所にいるといわれている。


「さて、ザウラストはリーゲルを受け入れるのだろうかな?」


 メリューが疑問を呈すれば、アルヴァが答える。


「受け入れるしかないでしょう。そうでなければ、ザウラストはこの国への足がかりをなくしてしまいます。王国政府の庇護(ひご)がない状態で、あのような邪教が存続できるとは思えません」

「だな。あいつらだって、いい加減追い込まれてるだろうしな。あのバケモノだって、無限に湧いてくるわけじゃねえんだろ?」


 グラットの指摘にソロンは頷いた。


「うん、聖獣と神獣の召喚には生贄が必要だからね。他国への侵略を防げば、捕虜を生贄にはできなくなる。僕達で全部終わらせよう」


 他国を侵略し、そこで得た捕虜を生贄に捧げる。生贄によって生み出した魔物で再び他国を侵略する。そうやって、効率よく勢力を増すのがザウラストのやり方だ。

 逆をいえば、その循環をどこかで断ち切れば、ザウラストのやり方は継続不可能となる。今がその時だった。


「いずれにせよ、ここまで来れば大神殿に向かうしかない」


 サンドロスの結論には誰も異論がなかった。

 決戦の時は、いよいよ近づいていたのだ。

 その後、最低限の施策をおこなったレムズは、宰相ドナークに王都を託す。後顧の(うれ)いをなくした上で、ついに三国軍の出発を指示したのだった。


 *


 王都を北上した三国軍は、大河に架けられた橋を渡った。

 対岸に渡れば、そこはいよいよザウラスト教団のお膝元である。ここから北方にある大神殿こそが、その本拠なのだ。


 大神殿の建造は、今を(さかのぼ)ること三十五年ほど前。教祖ザウラストの協力を得て国王となったラムジードが、感謝を表すために建造したのだという。

 以来、教団はこの地域に対して、数々の特権を与えられていた。その中には徴税権すら含まれており、教団の基盤となっていた。大神殿に奉公する住民も多く、まさに邪教の領域と化していた。


 一行は、そういった地域を通り抜けねばならないのだ。

 予定では複数の町を通過しながら、数日を経て大神殿へと到達する見込みだった。


 異変に気づいたのは、橋を渡った翌日だった。

 一行は訪れるクラッゼミルという町を前にして、警戒を強めていた。リーゲルとザウラストが罠を張り、こちらの進軍を妨害してくる可能性を考えたのだ。


「妙だな……」


 遠目から町の姿を目にしたメリューが、不審げにつぶやく。


「何が?」

人気(ひとけ)がない。クラッゼミルというのは、それなりに大きな町なのであろう?」

「あん? 人気も何も外からじゃ壁しか見えねえだろ」


 グラットが疑問を呈するが、


「ひょっとして炊煙(すいえん)ですか?」


 アルヴァは察したらしく、メリューを見る。


「うむ、奇妙なほどに煙が見えん。人が住み、生活を(いとな)めば、必ずや炊事の煙が上がるはずなのだ」

「どういうことだよ?」

「さてな、分からんから(いぶか)しんでおるのだ」

「とにかく行ってみようよ」


 と、ソロンがうながした。


 メリューの洞察は間違いではなかった。

 三国軍が到達した時には、クラッゼミルの町はもぬけの殻となっていたのだ。

 豊かな農場として王都を支えていた町は、今やその気配もない。ただ残された無人の田畑を風が揺らしていた。


「町が死んでる……」


 ミスティンが怯えるようにつぶやき、ソロンへと身を寄せる。


「随分と寂しい町ですね。まさか廃村だったのですか?」


 後続のイセリアが追いつき、声をかけてきた。

 アルヴァは首を横に振って。


「いえ、そんなはずはないでしょう。ごく最近得た情報でも、四千を超える住民が暮らす町だと聞いています」

「もしかして、私達が攻めてくると思って避難したのかな?」


 ミスティンはそう口にしながら、寂しげな町を眺めていた。

 見れば、先行して町中に入ったレムズ達も当惑している様子だ。兵士達が手分けして、残った住民がいないか捜索している、


「開けっ放しだね。……野盗かな?」


 ソロンは民家の扉へ注目した。扉は施錠されておらず、開放されたままだった。


「それにしては妙ですね。田畑が荒らされている気配がありません」


 しかし、アルヴァは放置された田畑へと視線をやり、(いぶか)しげにする。


「入ってみようか」


 ソロンが提案し、調査のために民家へと足を踏み入れた。


 民家の中は荒れ果てており、食糧や食器が散乱していた。まるで直前まで人が食事を取っていたところを、荒らされたかのようだ。


「自主避難じゃなさそうだね」

「やっぱり、野盗?」


 ミスティンが首をかしげるが、アルヴァはやはり否定する。


「そのわりに物が残っているのが気になります。野盗の仕業なら、略奪の跡も住民の遺体も見当たらないのは不自然でしょう」

「住民が退避したのでもない。野盗でもない。ならば――」


 考え込むメリューの後をソロンが継いだ。


「まさか、人だけが連れ去られたってこと?」


 ソロンの脳裏にある推測が走った。顔色を見る限り、他の皆も同じような考えに至ったようだ。


「とにかく、私達も生存者がいないか捜索しましょう」


 アルヴァがそう言ったので、ソロン達もレムズ達と共に捜索へ加わった。


 まもなくして生存者は見つかった。

 町の地下室に隠れていた子供達を、レムズ傘下の騎士が見つけたのだという。

 子供達は地下室で身を寄せ合って、暮らしていたのだそうだ。

 レムズは自ら子供達の元を訪れ、聴取すると決定した。ソロン達もそれに同行させてもらうことになった。

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