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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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王都ラグルーブ

 ホロージャ防衛戦に大勝した三国軍は、幾日かの休息を経て進行を再開した。

 目指すは王都ラグルーブ。ホロージャを占拠した段階で、一行は行程の半分を終えていたのだ。


 先の戦いで最も損耗が激しかったのは、レムズ率いるラグナイ軍だ。それでも進行が可能だったのは、ラグナイ現地からの志願兵もまた多大だったためである。

 次男ランザムが死に、長男リーゲルが敗走した今、レムズは後継戦争において圧倒的優位に立った。

 勝ち馬に乗るかのように、人々もその下に集っていく。その数は死傷した兵を埋めるにも十分なものだった。


 むしろ、問題だったのはレムズ自身の負傷である。しばしの休息を取ったのは、彼の療養という事情が大きい。

 それでもなおレムズは無理を通し、馬車で治療を続けながら隊列に参加していたのだった。



「ホロージャでは随分と時間を使っちゃったね。まあ、休息はやむを得なかったけどさ」


 王都へ向かう行軍のかたわら、ソロンがつぶやいた。

 レムズが馬車で療養中という事情もあって、隊列の先頭は帝国軍が代わっていた。ただし、先導はラグナイ軍の騎士に任せてもいる。

 メリューが頷いて。


「レムズの兄も態勢を立て直しているやもしれんな」

「立て直したところで、さして脅威とも思えませんが……。純粋に王子同士の戦いならば、負ける要素はないでしょうね」


 アルヴァの言葉には含みがあった。ソロンもそれをすぐに理解する。


「結局、真の敵はザウラストってことか……」

窮地(きゅうち)(おちい)った今、リーゲル王子がすがる先は説明するまでもないでしょう。本当の戦いはこれからです」

「うむ、あれだけの戦いでも、神獣が投入されなかったのが気になるな。ザウラストはまだ、力を温存しているように思えてならん」


 メリューが幼い顔を精一杯厳しくしていた。


 *


 あれ以来、三国軍の進軍は至って順調だった。リーゲル軍の抵抗は見られず、むしろレムズに恭順を誓うものばかりだった。

 やがては、レムズの傷も()え、ラグナイ軍が再び全軍の先頭に立つようになった。

 そして、三国軍は当初の目的地――王都ラグルーブへとたどり着いたのだった。


 王都にふさわしいホロージャ市を上回る城塞が、三国軍の前に立ちふさがる。

 王都が備蓄する緊急時の物資は、数ヶ月分にも及ぶという。ここに立てこもられたなら、戦力の優位はあってもそれなりの苦戦は免れないだろう。

 ……が、王都の門はあっさりと開かれた。それこそホロージャ市と同様にである。


 レムズの前に(こうべ)を垂れたのは、年老いた男だった。門を自ら出て、真っ先にレムズへと恭順を示したのだ。


「お前は……ドナークか!」

「はっ、レムズ殿下。お久しぶりでございます」

「随分前に宰相を解任されたと聞いていたが、復帰したのか?」

「いいえ、宰相に戻ったわけではありません。ただ今は王都で政治を担う者がいなくなってしまったのです。それでこの老兵が急遽(きゅうきょ)、担ぎ出されたのですが……。今は役職も決まっていないような状況でして……」


 老人の顔は困惑にあふれていた。彼がここにいるのは、ただ貧乏クジを引いたからに過ぎないのだろう。


「リーゲルも邪教の連中もいないということか?」

「はっ。先日、敗走するリーゲル王子が戻ってきましたが、市民の総意で入城を拒否しました。悪態をついてはいましたが、諦めて大神殿へと向かわれたようです」

「ふっ、そいつはいい気味だ。ご苦労だったな」

「いいえ、このような状況になるまで手を打てなかったこと、面目ありません」

「……父を止められなかった俺も同罪だ。重要なのは、これからいかに古きよきラグナイを取り戻すかだ。お前にも協力してもらうぞ」

「はっ!」


 老人は再びうやうやしく頭を下げた。


 *


 一行は王城に向かい、ラグルーブの城下町を馬で進んでいた。

 質実剛健を(とうと)ぶ騎士の町らしく、無骨で頑丈そうな石造りの建物が並んでいる。

 そんな中で異彩を放つのは、赤色の曲がりくねった柱のような飾りだ。何かの前衛芸術か、宗教的な意味があるのか……。こんなものを作る連中は、例の邪教で間違いないだろうが。


 ともあれ、ラグルーブは戦時中とは思えない活気ある町だった。こちらの王都の人口はイドリスの倍程度らしく、ソロンの知る限り下界では最も大きな都市だ。


 レムズを一目見ようと、大勢の市民が沿道に集まってくる。


 先頭をゆくレムズは市民の称賛を浴びながら、威風堂々と騎乗姿をさらしていた。すぐ横には、先程の老臣ドナークを伴っている。

 アルヴァやサンドロス、それにソロン達もレムズのすぐ後ろに続いていた。やはりこれも、三国友好を宣伝するためである。

 特に帝国代表が若く美しい娘という事実は、市民に好印象を与えたようだった。



「意外と人気あるんだね」


 ミスティンがレムズの後ろ姿を見ながら口にする。


「良くも悪くもまっすぐな男だからな。部下からの人望も厚いようだったぞ。まあ、二人の兄よりは相対的にマシなのだろう」


 メリューが答える。レムズ救出に参加していた彼女は、比較的に彼とのやり取りが多かった


「ふ~ん」


 と、ミスティンは自分から振っておいて気のない返事をする。分かってはいたが、レムズには興味ないらしい。


「しっかし、手間がねえのはいいけどよ、大丈夫なんか? まさか、また同じ手を使ってこねえだろうな?」


 ホロージャ市の時を思い浮かべたのか、グラットが疑り深く声を上げる。


「さすがに考えにくいと思うけどね。ホロージャならまだしも、これだけの町を捨ててまでやる策じゃない。戦う力があるなら、籠城(ろうじょう)したほうがよっぽどマシだよ」


 ソロンが見解を述べれば、アルヴァも賛同する。


「恐らくは、単純に余力がなかったのでしょう。しかしながら、これで終わりだとも思えません。王都を捨てた彼らが行き着く先は――」

「ザウラストの元だな。王都ではなく、連中の本部に勢力を結集したのやもしれん」


 メリューは眉をひそめていた。このままでは終わらないと、彼女も予感しているのだろう。


 馬を降りた一行は、ラグルーブ城へと到着した。

 城外で出迎えた旧臣達が、レムズを大々的に歓迎してみせる。

 風見鶏なのか、それとも心からザウラストに反感を持っているのか。その心根は分からない。それでも、レムズは横柄かつ寛大に受け入れるのだった。


 一行は門を抜けて、城内へと足を踏み入れる。

 飾り気はないが、無駄のない機能的な城だ。城壁はさほど高くないが、それは第一に城下町の外壁が防衛の役目を果たすためだろう。

 城内には、不気味な赤い渦のような紋様が多数描かれていた。どうやら、ザウラスト教団の影響は、この城の美術面にも及んでいたらしい。


「くっ……見るたびに酷くなっているな。俺が王になったら、徹底して模様替えしてやる」


 レムズは顔をしかめながら決意していた。

 旧臣達はレムズへ、即時の王への戴冠(たいかん)を勧めた。

 王城を押さえた今、レムズが王として戴冠するのが道理だというわけだ。

 もっとも、レムズ自身は「リーゲルとザウラストとの決着が先だ」と現段階では固辞していたが。

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