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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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リーゲルと教祖

 一人の男が、ザウラスト教団の大神殿を駆け抜けていた。

 派手なマントを(ひるがえ)し、何人もの供を連れている。平素ならば貴公子と持ち上げられるその面立ちも、今は精彩を欠いていた。


 男の姿は、静かな神殿において否応なく目立っていた。

 聖地たる大神殿においては、不調法といわれても仕方ない行為。しかし、それを見送る神官達も彼をとがめはしない。

 ラグナイ第一王子たる彼の身分は、ザウラスト教団すら(ないがし)ろにはできないのだ。……実態はともかく、リーゲル自身はそう思っていた。


「教祖殿に合わせてくれ! 急ぎ話をしたい」


 大神殿の最奥(さいおう)に続く大扉の前で、リーゲルは門番へと告げた。その息は荒く、余裕は見られなかった。

 門番が取り次ぐや、大扉が小さく開く。

 中から顔を出したのは赤い衣をまとった女――枢機卿(すうききょう)セレスティンだった。


 * * *


「リーゲル殿下、教祖がお待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 セレスティンは自ら扉を開き、リーゲルを招き入れた。

 するとリーゲルは、息せき切って謁見の間へと飛び込む。その従者達も慌てて、その後を追いかけた。

 セレスティンもそれを見送りながら、後へ続いた。


「教祖殿!」


 足を止めたリーゲルは、奥にいる人物を見上げて呼びかけた。


「やあこれは、リーゲル殿下! 弟君のことはご愁傷さまでした」


 玉座に座った教祖ザウラストは、柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべ相手を見下ろしていた。お悔やみを述べているとは、とても思えない表情である。王子を前にしてもへりくだる様子は(うかが)えない。


「前置きはいい。こちらの事情は既に知っているだろう。率直に頼む、俺を助けてくれ。このままでは、レムズに王国を奪われてしまう。教祖殿もこの地に居を構える以上、他人事(ひとごと)ではないはずだ」


 ザウラストのそばへと戻りながら、セレスティンは冷徹な眼差しで王子を観察していた。

 そばから少し見ただけでも、リーゲルが王としての器に欠けるのは容易に察せられる。先代の王はもちろん、第三王子のレムズと比較しても、大きく劣るだろう。


「我々は元来、流浪の身……。この国がなくなれば、また別の地へと流れるのも宿命というものです」


 ザウラストは落ち着き払って答えた。


「何をおっしゃるか、教祖殿! それはあんまりではありませんか!」


 悲愴な声と表情で、リーゲルはザウラストに訴える。その姿に王子たる威厳は微塵(みじん)も見られない。


「ですが――先王には長年に渡って、わが教団を支えていただきました。流れ者であった我らを受け入れていただいた恩は、今も忘れ難い。遺児であるあなたに協力するのも、道理というものでしょう」

「では!」


 リーゲルは表情をパッと明るくし、ザウラストに迫った。

 ザウラストはそれをいなすように、ゆったりと首を横に振る。


「一つ、問題があるのです。わが教団の秘術――カオスの神の奇跡を行使するには、それ相応の代償を必要とします。去年から戦が続き、わが教団にも少なからず消耗があった。それはあなたもご存知でしょう?」

「生贄ならば心配はいらぬ。町の一つや二つ、まるごと使ってもらっても構わない。教祖殿が望むなら、軍だってを動かそう」

「それは願ってもないこと! それでは、わが教団もリーゲル殿下への協力を惜しまないと約束しましょう。正しき後継たる殿下が、戴冠(たいかん)なされることを神に願います」


 ザウラストはあふれんばかりの笑みを浮かべ、玉座を降りる。そうして、リーゲルの腕を取った。

 対するリーゲルは引きつった笑みを浮かべていた。

 今更、自分の発言の重大さに気づいたのかもしれない。しかしながら、発言を取り消すこともなかった。もはや、彼にしても後がないのだろう。

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