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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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ホロージャ追撃戦

「また、無茶をしたようですね」


 顔を合わせるなり、馬上のアルヴァは叱るように声をかけてきた。口を動かしながらも、杖先を敵へ向けて紫電の魔法を放ち続けている。

 戦況は圧倒的で、アルヴァにとっては片手間で処理できる状況らしい。その両隣ではミスティンとメリューも騎乗していた。


「僕らはそんなに悪くないと思うけど……」

「おうよ、文句ならあのバカ王子に言ってくれ」


 息を合わせてソロンとグラットが抗議すれば、


「今回ばかりは、ごもっともですわね」


 アルヴァもあっさり言い分を認めてくれる。レムズの無謀っぷりには、彼女もほとほと嫌気が差しているらしい。


「さっさと行くぞ。ここまで来たら、もう一人の大将首も欲しいところだ。それとも、疲れて体も動かせんか?」


 せっつくメリューにソロンは答えて。


「いや、ここまで来たら付き合うよ」



 既に大将を失っていたランザム軍は、帝国軍の猛攻になすすべもなかった。早々と抵抗を諦め、散っていく。

 リーゲル軍の元へ合流する者、とにかく戦場から離れていく者……。ランザム軍が完全に崩壊したのは明白だった。


 前方の敵が消滅し、帝国軍の視界に次の戦線が見えてくる。

 そこにはリーゲル軍に南北から挟まれ、絶体絶命の危機にあったレムズ達の姿があった。


「……はあっ、失せろっ!」


 レムズの放つ白光が、グリガントの巨体を消し飛ばす。息は荒いが、レムズも援軍の到達に勢いを取り戻していた。


 南側に目を向ければ、強風に合わせて攻め立てるイドリス軍の姿が見えた。ナイゼルお得意の風魔法を使った戦術だ。

 大将たるサンドロスは、いつものように先頭に立っていた。

 サンドロスが馬上から金剛の大刀を振り下ろせば、地面から土砂が噴き上がる。

 風にあおられた土砂は、凶器となって敵軍へと吹きつける。


 ひるんだ敵へ向かって猛進するのは、虎将軍のダルツだ。彼は生身の足で大地を蹴っていたが、その速力は駿馬(しゅんめ)にも劣らなかった。

 低い体勢で疾駆する虎将軍は、たくましい腕で斧を振るう。風の魔導金属で作られた風牙の斧だ。

 ナイゼルの風と相乗すれば、それは刀をもしのぐ切れ味となる。リーゲル軍の兵士の首が、斬風を受けて次々と切断されていった。


「心配なさそうだね」


 ソロンがつぶやけば、アルヴァも応じる。


「ええ、私達も行きましょう。左へ向かいます!」


 アルヴァは後続の軍へと指示を叫んだ。左というのは北――つまり、南北に分かれたリーゲル軍の北側を叩くという意味だ。南側のイドリス軍と合わせれば挟み撃ちとなる。


 ソロンは帝国軍と共に、北のリーゲル軍の元へと殺到した。

 戦いは三国軍の圧倒的優勢にある。しかし、油断はできない。目前にいる北のリーゲル軍は、戦力のほとんどを温存しているのだ。

 それに気になるのは敵の王子の存在だ。敵が南北に分割されている以上、そのいずれかに大将である王子もいると見られる。リーゲルのいる本隊こそが最も戦力的に手強いはずだった。


 ソロンの懸念はよそに、その先は呆気なかった。

 帝国軍の先端が接触するや、北側のリーゲル軍は撤退を開始したのだ。

 ただ殿(しんがり)を守る敵兵が、撤退のために反撃してくるのみ。アルヴァはそれを容赦なく蹴散らし、さらにメリューへと声をかける。


「メリュー、リーゲル王子らしき人物を見かけたら、知らせていただけますか?」

「言われるまでもなく注意している。それらしき姿は見当たらんな」

「南側にいるかもね。あっちは兄さんに任せるしかないけど……」


 ソロンが指摘すれば、アルヴァも頷く。


「私達は私達で敵を追い込みながら、見逃さないようにするしかありません。リーゲル王子だけでなく、ザウラストの神官にも注意しましょう」



 三国軍は力を合わせ、リーゲル王子率いる敵軍を圧倒した。

 既に勝敗は決していた。アルヴァの興味も、どう勝つかではなく、どう片をつけるかに移っているようだった。


 敵は例によって、グリガントを置き去りに残して妨害してくる。魔物達の相手は兵士達に任せ、ソロン達はリーゲル王子の追跡に当たった。

 だが、逃げる敵をいくら蹴散らしても、それらしき人物は見当たらない。


「見つからないね。雑兵にまぎれ込まれたら区別もつかないか」

「だな。どっかの第三王子ならともかく、兄貴のほうはそれぐらい考えるだろうよ」


 ソロンの意見に、グラットも同意してくる。顔も知らないたった一人の敵を探すというのは、かくも厄介なのだ。

 アルヴァは捕らえた敵兵を即席で尋問していたが、捗々(はかばか)しい成果は得られなかった。


 そうこうしているうちに、ソロン達は他の二軍と遭遇した。

 レムズ、サンドロス、ナイゼル、虎将軍のダルツ、みな無事なようだった。

 もっともレムズは消耗が激しいらしく、木陰に腰を下ろして部下の治療を受けている。

 サンドロス達もその周囲に留まり、敵の警戒に当たっているようだった。既に大半が馬を降りていることから、敵の追跡は諦めたらしい。


「おお、紅玉の姫君よ!」


 レムズはアルヴァの姿を見るや、起き上がる気配を見せた。……が、痛みに顔をしかめ、すぐに断念する。


「楽にしてください。無理はなさらぬよう」


 アルヴァはレムズを気遣った……というよりも、大人しくしていろという意味かもしれない。無謀な特攻をした彼を、アルヴァは相変わらず冷ややかに見ていた。


「俺達の勝利だな」


 サンドロスがソロンに近づくや手を上げてくる。

 もっとも、小柄なソロンに対して届かない程度の高さだ。恐らくはわざと意地悪しているのだろう。

 ソロンは勢いよく跳び上がり、兄の手を強く叩いてやった。サンドロスは苦笑しながら、痛む手をひらひらさせる。

 アルヴァはそんなやり取りをほほえましげに眺めていたが。


「サンドロス陛下、リーゲル王子をご覧になりませんでしたか? 北側には気配がなかったのですが……」

「残念ながら……。詳細はナイゼルに聞いてくれ」


 サンドロスは首を横に振り、すぐそばのナイゼルに手を向けた。


「ふぅ……。結論から言いましょう。敵兵を捕まえて尋問したのですが、どうも随分前に逃げられてしまったようで」


 ナイゼルは疲れ果てた様子で説明してくれる。魔道士として優秀な彼も、いつも通りの体力不足を露呈させていた。


「ってことは、やっぱり南側にいたんだ?」

「いいえ、そうではなく。……えーっと、ランザム王子を始末したのは、帝国軍のほうですよね?」

「はいはい! 私がやっつけたよ」


 と、ミスティンが元気よく手を挙げる。まるで虫でも退治したかのような軽さだった。

 そんな彼女にナイゼルは苦笑しながらも。


「やはり、ミスティンさんですか……。いや、どうもランザム王子の死亡が伝わってすぐ、リーゲル王子は逃亡の準備をしていたそうなのです」

「どういうことだ? 俺達が挟み撃ちを受けた時には逃げるつもりだったのか?」


 座り込んだまま、レムズが口を挟んでくる。


「そういうことです。ザウラストの司祭に指揮を任せ、自らはあちらで戦況を見守っていたのだとか」


 ナイゼルが指差したのは東の丘だった。


「なんだと……!?」


 レムズが絶句する。自分達が死闘を繰り広げていた時に、敵の大将は戦場にいなかったのだ。その事実に衝撃を受けているのだろう。


「一応、戦いが有利に進めば戻るつもりはあったようですが……。自軍の不利を悟るなり、真っ先に逃亡したのだとか。これは複数の目撃証言が得られています」

「くっ、わが兄ながら見下げ果てた男だな」

「ご説明ありがとうございます。……となれば、急いで追いかけても意味はなさそうですね。逃げる時間は十分にあったでしょうから」


 アルヴァはかすかに肩を落としながらも納得する。


「やむを得ません。口惜しいですが、今回は諦めましょう。どのみち、王都へ向かえば、決戦は避けられないのですから」


 レムズは言葉通りの口惜しさを、表情へにじませていた。相手がアルヴァでなければ、もっときつい言葉を使っていたに違いない。

 ともあれ、三国軍の総大将はレムズであり、その彼自身が追討の矛を収めたのだ。

 こたびの戦いは三国軍の大勝で幕を閉じたのだった。

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