表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
362/441

猪突猛進

 レムズは馬を失ったらしく、自らの足で戦場を駆け回っていた。

 それでも白光の剣を振るい、グリガントを仕留めてみせる。駆け寄ってきたソロンに気づき、視線を向けてきた。


「ソロニウスか……。ランザム兄を仕留めたようだな。お前達の仕業か?」

「ミスティンの弓と魔法だよ」


 レムズもミスティンにまでは喰ってかからないだろうと、あえて名前を出してみる。


「ミスティン殿か……。さすがだな」

「本物と決まったわけじゃないと思うけどね」

「本物だろう。でなければ、あれほどの混乱はあるまい。まったく呆気ないものだな」


 実の兄の死だというのに、レムズの口調は意外なほど冷めていた。先程のグラットと同程度の他人事(ひとごと)である。


「君のことだから、兄者は俺が倒す――って言い出すかと思ったけど?」

「しょせん父と比べれば小物だ。ここで死ぬというなら、その程度の器だったのだろう」

「そんなものか……。それでどうする?」


 ソロンは話しながらも周囲を見回し、敵の気配を確認する。敵軍による聖獣の召喚が停止したため、残る魔物はわずかだった。


「決まっている。リーゲル兄を倒すのは今しかない」


 レムズの視線は、今も混乱の続く敵陣を見据えていた。


「待って、すぐにアルヴァの帝国軍もやって来るから」

「いや、機は逃せん。馬をよこせ」


 そう言うなり、レムズは近くの騎士から馬を奪い取る。そうして、騎士達と共に敵陣へと駆け出した。


「おっし、片付いたぜ。……ってまたかよ!」


 空から降りてきたグラットが、レムズの背中を呆れるように見る。


「ほんとこりないよね。仕方ないか……」


 ソロンは溜息をつきながら、レムズを追って駆け出した。グラットも相変わらずの面倒見のよさで、同じように続いてくれた。


 *


「邪魔だっ! 敗残の兵は引っ込むがいい!」


 レムズは騎士達を率いて、大将亡きランザム軍へと突撃する。

 白光の剣がきらめき、敵兵の身を焦がしていく。加速する騎士達の槍は、その勢いで敵兵を串刺しにした。

 大将が討ち取られたとしても、ランザム軍の兵力は決して小さくない。むしろいまだレムズ達を上回るほどだ。それでも、統制の崩れたランザム軍はなすすべもなかった。


 勢いに乗るレムズ達だったが、逃げる敵へは追撃をしない。突破した勢いのまま矛先を変え、奥にいるリーゲル軍へと襲いかかったのだ。


「ちょっと、無謀すぎるよ!」


 遠くにいるレムズの背中へ向かって、ソロンが叫ぶ。

 ランザム軍は敗残も同然とはいえ、決して無視できる兵力ではない。強引に突破して囲まれては、無事では済まないのだ。

 やむなく、ソロンとグラットがレムズ達の背後へと走り込んだ。

 必然的に千を超えるランザム軍と向き合うハメになる。

 敵軍は立ちふさがる二人を、鋭くにらみつけてきた。


「ちょっと、やべえんじゃねえか、これ?」

「だね」


 いくら士気の低下した敵軍とはいえ、総大将レムズというエサが自ら飛び込んできたのだ。欲が出るのも仕方がないというものである。

 そして、ソロン達の背後でも事態は進んでいく。


「兄者よ、前に出ろ! この聖剣が邪教もろとも貴様を(ほふ)ってくれよう!」


 突出したレムズが、敵陣の奥にいる指揮官へと吠え立てる。


 その時、敵軍が整然とした動きで左右に分かれた。

 空いた空間に石が次々と投げ込まれ、緑の煙が巻き起こる。どうやら、それがレムズに対する兄リーゲルの返答らしい。

 現れたのは聖獣グリガントだった。その数は何十体にも及ぶ。分かれた軍の間を大きな体で闊歩(かっぽ)し、レムズ達をつぶさんと向かってくる。


「ふん、馬鹿の一つ覚えだな。そのような魔物が聖剣に通じんと、まだ分からんのか!」


 馬上のレムズは、なおも強気で剣を正面に向ける。聖獣に向かって、堂々と立ち向かう構えだった。


「……馬鹿はお前だろうが!」


 グラットは嘆き叫んだが、レムズの背中には届かなかった。

 そうこうしているうちに、正面の敵兵も襲いかかってくる。


 グラットは文句を言いながらも、槍を振るってレムズの背後を守る。機敏に宙を駆け、敵を予想外の方向から攻撃して揺さぶってみせた。

 ソロンも蒼刃を振るい、地面を焼いて敵の接近を妨害する。敵の魔道士も風、水、土の魔法を持って制しようとするが、蒼炎は簡単には消せない。

 ソロンとグラットはわずかな二人で、ランザム軍を阻止してみせた。


「俺達って最強じゃね? 一騎当千は無理でも二騎当千ぐらいはいけそうだな」

「かもね」


 グラットの軽口にソロンも同意してみせる。

 様々な異形を相手にしてきたソロン達にとって、人間の敵はそうそう相手にならない。怖いのは油断と消耗ぐらいのものだろう。

 ……が、そんな二人の奮戦はむなしく、案の定レムズ率いる騎士達は苦戦し出した。


 レムズが振るう白光の剣は、グリガントすらも一撃で(ほうむ)る。だがそれには、相応の代価として精神力を要するのだ。既に何体もの魔物を相手にしていたレムズに、余力はなかった。


 そして、魔物に気を取られる騎士達へと、左右に分かれた敵軍が弓を構える。

 グリガントの振るう長い腕を受けては、馬は一撃で肉塊となる。ましてや、盾も鎧も意味があるはずもない。腕をかわした者も、横からの矢を受けては無事では済まない。


 一人一人と騎士達が倒れていった。

 騎士達の中には、左右に控える敵軍へ挑む者もいた。だが、リーゲル率いる軍勢は、後方に控えていたため無傷なのだ。騎士達は馬もろとも矢の的になるだけであった。

 おまけに、崩壊しつつあったランザム王子の軍も、いつの間にか統制を取り戻していた。恐らくは、リーゲル王子が手を回して、指揮権を奪い取ったのだろう。


「ちっ、このままだと俺らまで道連れになるぞ!」


 グラットが舌打ちし、ソロンを見る。

 ソロンも目線を返して、冷徹に判断を下す。


「……しょうがないな。アルヴァ達のところまで撤退しよう」


 残念ながら、レムズの戦いは無謀すぎた。自業自得としか言いようがない。グラットと二人で命を賭ける理由はなかった。


「お前って意外と冷たいよな。相手がお姫様なら、あんな必死なのによ」


 グラットの声は、非難というよりは冷やかす調子だった。そう言いながらも、退路を切り開くため槍を振るってくれている。


「本当に守りたいものがあるなら、優先順位は考えるさ。もちろん、君のことだって大事に思ってる」


 ソロンが刀を振り下ろせば、蒼炎が地を這うように駆けていく。熱波に押された敵兵が吹き飛び、あるいは下がっていく。


「そういうのは女の子に言ってやんな。……よし、飛ぶぜ!」


 グラットはソロンを左手で抱え、一息に飛び上がった。

 下界の引力から解き放たれて、体がグングンと浮上していく。

 思わぬこちらの動きに、敵軍も唖然とこちらを見上げる。遅れて弓を構えてくるが、慣れない高角への射撃はそうそう当たらない。


「うわっ、こりゃ凄いな!」


 ソロンは戦いの最中であることを忘れて声を上げた。

 上から見下ろせば、炎と光にあふれた夜の戦場が見て取れる。レムズ達も敵の軍勢も、当初の陣形は崩れて乱戦の只中だ。ただグリガントの巨体だけが嫌に目立っていた。


 *


 空を舞うグラットは、西の方角を目指した。

 そちらには、今にもやって来る軍隊の姿があった。整然と列を作るそれは、言うまでもなくアルヴァ率いる帝国軍だ。

 レムズ達を助けられるかは、彼女達の到着にかかっている。しかし、いまだ距離がある上に、ランザム軍という壁が残っていた。レムズ達が無謀な突撃をした代償は、それだけ大きかったのだ。


「しっかし、お前も大概軽いよな。お姫様とかミスティンと変わんねえんじゃねえか?」


 軽々とソロンを抱えながら、グラットが言う。


「そう言われても大きくならないんだから……。あっ!?」


 ソロンは思わず声を上げた。

 リーゲル軍は南北に分かれてレムズ達を挟んでいた。そして、その南側へと殺到する軍が視界に入ったのだ。

 南からやって来る軍といえば――


「ひょっとして、お前の兄ちゃんかよ」

「そうみたいだね」


 サンドロス率いるイドリス軍は南門で戦っていた。

 戦いに勝利した彼らは外壁の東側を周り、この場所までやって来たのだろう。

 しかも、その動きは早く、今にもリーゲル軍に襲いかからんばかりだった。


「俺らも撤退する必要なかったな」

「ああ、戻ろう」


 ソロンが即決すれば、グラットは空を飛んだまま方向を転じた。あえて敵中へ戻り、友軍の到達を待つのだ。


 事態はすぐに動いた。

 サンドロス率いるイドリス軍が、リーゲル軍の南側へと接近。

 背後から上がる(とき)の声に気づき、リーゲル軍は一転して窮地(きゅうち)に陥る。レムズ達を倒さんとしていた兵力を、防衛に向けざるを得なかった。


「ほんと、紙一重だな。悪運が強いヤツだぜ」

「けど、助かるに越したことはないよ」


 グラットとソロンは何だかんだで安堵の溜息を吐く。

 続いて、ソロン達が交戦していたランザム軍の元へと、アルヴァ率いる帝国軍が殺到した。


「お姫様もやる気みたいだな。巻き添え喰らわないよう気をつけろよ」

「大丈夫、これで分かるでしょ」


 ソロンは青い炎を夜空に打ち上げ、こちらの所在を仲間達に知らしめた。

 そうして、二人は敵中を突っ切りながら、帝国軍の元へ舞い戻ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ