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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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竜巻の矢

 アルヴァはミスティンの元へ歩み寄って、敵陣を指差す。


「ミスティン、あの旗の下にいる男を仕留められますか?」


 アルヴァが指差したのは白い旗だ。もう一つの黄色い旗よりは近いが、それでも距離がある。敵陣に矢や魔法を警戒する素振りはなかった。


「ちょっと遠いけど、いけると思う。あの白馬の人だよね」


 ミスティンは何でもないように頷いた。そうして、旗の下を指差す。

 旗の下にいる指揮官らしき人物は、白馬にまたがっていた。その毛並みの白さは闇夜の中でもよく目立っている。

 今はレムズ達と聖獣との戦いを眺めながら、高みの見物を決め込んでいるようだった。


「正確には芦毛(あしげ)の馬ですね。ラグナイ第二王子のランザムだと思われます」

「ふむ……」


 ようやく起き上がったメリューが、よろよろと外壁の端に身を乗り出す。そうして、じっと敵陣を観察したかと思いきや。


「――そう言われてみれば、レムズと顔立ちが似ているな。確か、腹違いの兄だったか」

「いや、ホントかよ……。暗いし遠いし分かんねえよ」


 グラットが胡散(うさん)臭げにメリューを見る。


「銀竜はウソをつかん」

「お前の伯父さん、ウソついてたんだろ。豪快に」


 メリューの伯父でシグトラの兄――ハジンは敵と内通し、ドーマ連邦に波乱を起こした。ウソと呼ぶにはあまりにも(はなは)だしい暴挙だった。


「むっ……細かい男だな。身内の恥をほじくり返すな」


 メリューはうつむき、弱々しい声で言った。彼女はあの事件で祖父ともう一人の伯父を亡くしているのだ。


「いや、別にいいけどよ……」


 グラットも途端、バツの悪そうな顔になる。


「大丈夫、メリューはウソつかないよ」


 ミスティンは確信の笑みで、さわやかに断言した。


「そうですね。間違っていたとしたら、私の情報不足です」


 アルヴァはミスティンと顔を合わせ頷き合う。

 ミスティンは風伯の弓を手に取り、弓柄(ゆづか)を右手で握った。左手で矢をつがえて弓弦(ゆづる)を引き絞っていく。


「外したら、私の目で補正してやる」


 気を取り直したメリューが声をかける。


「ありがと、外さないけどね」


 ミスティンはその間も視線を標的へと据えていた。

 魔導金属で作られた弓柄へと、手袋ごしに魔力が流れ込んでいく。呼応した弓は淡い光を放ち出し、その光は矢へと伝染していく。


 下では今もレムズ達の怒号と、聖獣のおぞましい咆哮(ほうこう)がぶつかり合っている。しかし、それで集中を乱されるミスティンではなかった。

 標的までの距離は、控えめに見積もっても五百歩を超えている。松明(たいまつ)の光によって、居所は明瞭だがなんせ遠い。常識では弓で狙おうとは考えない距離だろう。


 それでも、ミスティンはためらわなかった。

 淡い緑光を放つ矢が、敵陣へと飛び込んでいく。

 敵が反応できなかったのも無理はない。わずか数秒の出来事だったのだから。

 矢はまっすぐに白い旗の下――指揮官が乗る白馬に突き刺さった。


 次の瞬間――矢が刺さった辺りから風が暴れ出した。

 旗、人、馬、土……様々なものを竜巻が巻き上げていく。戦場から離れていたはずの安全地帯は、(またた)く間に阿鼻叫喚(あびきょうかん)と化していた。


「ふう、うまくいったかな……」


 ミスティンは大きく息を吐いてつぶやいた。

 松明(たいまつ)までも巻き込まれたせいで、その惨状も闇に隠れてしまった。ただ荒れ狂う風の音だけが、こちらまで届いてくる。


「上出来ですよ。もっとも、想定より随分と派手な暗殺になりましたが」


 アルヴァはミスティンを称賛しながら、胸元に着けていた蛍光石のブローチを掲げた。

 魔力を込めたらしく、その光がいっそう強くなる。文字通りの渦中(かちゅう)が光の元にあらわとなった。


「……とりあえず、酷いことになってるのは分かったよ」


 血の気の引いた顔でソロンはつぶやいた。

 遠くてよく分からないが、色んなものが地面に落ちていくのが分かった。少なくとも、重い鎧をまとったままで助かる高さではないだろう。


 当のミスティンはどうかというと、疲れは見えるが至って平然としている。

 倫理観が欠けているとは思わない。こう見えて、彼女は戦場の現実というものを理解している。アルヴァのためなら、殺傷もいとわぬと腹をくくっているのだ。


「しっかし、その王子ってのは本物か? 影武者ってことはねえだろうな?」


 グラットが疑問を呈するが。


「さあて、敵の動きを観察すれば分かるでしょう」


 と、アルヴァは余裕の態度だった。


 *


 やがて竜巻は収まったが、ミスティンの一矢が敵に与えた被害は甚大だった。

 消し飛んだ明かりを補うためか、周辺の敵兵が松明(たいまつ)を持って現場に駆けつけていく。遠目にも混乱している様子が伝わってきた。


「思った以上に混乱しているようだな。連中、どこから攻撃を受けたかも把握できていないらしい。当のランザムとやらの名も幾度となく叫ばれているぞ」


 耳を澄ましたメリューが、持ち前の聴力で報告してくれる。


「おっ、成功か? 案外、呆気ねえもんだな」

「好機ですね。私達も行きましょう」


 アルヴァは背後に待たせている兵士達へと目をやった。

 被害を受けた第二王子の部隊は、見ての通り混迷の極みである。

 その後ろには、第一王子リーゲルの部隊も控えている。しかし、あちらも対応を決めあぐねているようだった。攻め込むなら、彼らが立て直す前が好機だろう。


「しかし、あのバケモノ共が邪魔だな」


 今も外壁に押し寄せるグリガントを、メリューは見ていた。

 敵本陣の混乱をよそに、聖獣の動きは止まらなかった。それをレムズ達が今も懸命に喰い止めている。敵へ追撃をかける余裕は、彼らにはなさそうだった。


「放し飼い状態ってわけか。迷惑なこったな」


 うんざりした声でグラットが吐き捨てる。


「放ってはおけないな。先に行くよ」


 ソロンが外壁上の手すりに足をかければ、


「おっしゃ、俺も付き合うぜ」


 グラットも同じように続いてくれる。


「行ってらっしゃい!」


 ミスティンはさすがに疲れた様子だったが、それでも精一杯の元気で見送ってくれる。


「くれぐれも無茶しないように。私達も後から突入します」

「了解、行ってくる!」


 ソロンは外壁の手すりを越え、一気に飛び降りた。結構な高さがあるが、身軽なソロンはものともしない。

 続くグラットも魔槍の力で難なく着地する。相変わらず便利な槍だった。


 外壁の外へと飛び降りれば、そこは草むらだった。門や街道から外れた場所に降りたため、道として整備されていないのだ。

 邪魔な草をかき分けながら、二人は戦場へと走った。


 グリガントの巨体は、少し離れたぐらいでは見逃しようもない。十人足らずの騎士が、魔物を押し留めようと必死に奮闘していた。

 もっとも、手負いの者も多い。中には馬を失い、徒歩で槍を振るっている者もいる。馬の機動力を抜きにして、聖獣の攻撃に対抗し続けるのは困難だろう。


 草むらを抜けたソロンは、背中の愛刀を引き抜いた。さらに足を速め、一息にグリガントへと駆け寄る。


「助太刀するよ!」


 そう叫ぶなり、刀を横に払った。

 グリガントは長い腕を振り上げ、今まさに騎士へと叩きつけようとしていた。

 だが、聖獣の横腹へと青い炎が喰らいついた。炎はみるみる肉だらけの腹を溶かしていく。腹がただれた魔物は、体を支えきれずに崩壊した。


「あのバケモノが一瞬で!?」

「まさか、あれが蒼炎のソロンか!?」


 騎士達は驚いた顔で一斉にこちらを見た。遺憾ながら、蒼炎のソロンの名が広まってしまっていた。

 騎士達の礼を受ける間もなく、ソロンは次なる標的を目指していく。


「相変わらず、すばしっこいやっちゃなあ」


 追いかけるグラットがソロンの速さに驚嘆する。もっとも、そのグラットにしても速さは常人の域を越えていた。恐らくは槍の魔力で身を軽くしているのだ

 と、そこへ騒がしい羽音が近づいてくる。空を羽ばたくザウラストの聖獣――メガエラが、こちらに目をつけたのだろう。


「邪魔だよ」


 ソロンは刀を上空に向け、青い火球を放った。

 ……が、メガエラは機敏な動きで火球をひらりとかわしてみせる。

 もっと引きつけて放つか、広範囲を覆う炎を放射するか……。ソロンが算段していると。


「甘いぜソロン。あっちは俺に任せな」


 グラットはそう言うなり、夜空へと飛び上がった。その片手には、もちろん超重の槍が握られている。


 たちまち彼の体が、メガエラの上まで急浮上する。

 グラットは両手で槍を握りしめ、魔物の頭へと急降下した。

 メガエラはそれを避けようともせず、槍は深々とその背中を貫いた。やはり、頭上は死角になるらしく、反応できないようだった。

 羽ばたく力を失った大トンボが、墜落し始める。


「一丁上がりだ」


 その背中を蹴って、グラットは次なる獲物の頭上へと飛び上がった。

 同じように急降下でメガエラを仕留め、それを足場にまた舞い上がる。連続した動作はまるで曲芸を思わせる。空を翔けるグラットにとって、メガエラは絶好の獲物だった。


「さすがにあれは真似できないなあ……。よし、空は任せるよ!」


 グラットが空なら、ソロンは地上だ。

 グリガントの横を駆け抜けると同時に、ソロンは刀を払った。蒼炎を叩きつけるようにお見舞いする。巨体が倒れる重低音が背後で鳴ったが、それを無視して突き進む。

 そうして、ソロンは難なくレムズの元へと近づいた。

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