表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
360/441

ラグナイの王子達

 用水路に架かった橋をいくつか乗り越えて、一同は東門へ向かった。大した距離ではないため、馬を全速力で飛ばしてもバテることはない。


 早々とソロン達は、東門の近辺にたどり着いた。

 見る限り、鉄門は無事なようだった。外側から攻撃を受けたらしく、形を(ゆが)ませてはいるが、今も固く門を閉ざしている。


 もっとも、被害はそれに留まらない。門を挟んだ左右――外壁の二箇所が崩れ、隙間から向こう側が覗けていた。恐らくはグリガントの拳を受けたのだろう。

 現状は大きな隙間ではなく、人馬がようやく通れる程度だ。魔物が侵入するには足りないが、これ以上の攻撃を受ければ分からなかった。


 そして、敵の聖獣はグリガントだけではない。

 空を飛ぶ巨大な影は、トンボの形をしていた。黄の聖獣メガエラだ。メガエラはその大きさに見合わない機敏さで、外壁を越えようとしてくる。


「撃て! 死んでも壁を越えさせるな!」

「右からも来るぞ! 誰か、あっちを狙ってくれ!」


 対するレムズ軍も必死の応戦をしている。外壁の上に立つ大勢の兵士達が、弩弓(どきゅう)を構えながら叫んでいた。


 引き絞られた弦から矢が一斉に飛び立ち、メガエラを狙い撃つ。通常の弓よりも激しい音が、ソロンの耳にも届いた。

 いくつかは外れたが、何本かは命中した。

 弩弓とは器械式の弓であり、重く持ち運びには適さないが威力は高い。連続で胴体に刺さった矢には、巨大トンボも耐えられなかったらしい。羽ばたきを止めて、外壁の向こうへと落下していった。


 メガエラを落としても、兵士達が休まる様子はない。外壁の向こうに狙いをつけ、攻撃を継続しているようだった。こちらからはよく見えないが、狙っている相手はグリガントに違いない。


「よくやっているようですね」

「けど、レムズ王子の姿がないな」

「向こう側にいるのでしょう。見に行きましょう」


 と、アルヴァは外壁のほうを指差すや、馬を降りた。ソロンもそれにならって下馬する。


「――偵察してきますので、しばらく待機するように。ただし、外壁を越えてくる敵がいれば、必要に応じてラグナイ軍を支援してください」


 アルヴァは後続の兵士へと指示を下し、外壁へ向かって歩き出す。

 しかしながら、外壁の上は戦場そのものだ。グリガントはその長い腕で、巨岩を放り投げてくるのだから。

 現に東門付近の外壁は損傷が激しく、上部が破損しているところもあった。離れているからといって油断はできない。


「それじゃ、あそこから登ろう」


 ソロンはアルヴァの手を引き、ハシゴを架けられた外壁の一角を指差した。

 東門から数百歩ほど南に寄っていて、兵士達の姿が少ない辺りだ。あそこなら敵の標的にもなっていないため、安全に偵察できるだろう。


「……少し遠いですが、仕方ありませんね。時間が惜しいので走りましょう」


 アルヴァも渋々ながら同意した。

 そうして、彼女はソロンの手を引いたまま走り出す。

 引っ張られるのも(しゃく)なので、ソロンはすぐに追い抜いて引っ張り返した。


 ハシゴを登った二人は外壁の上に立った。

 外壁の上は、下から眺めるよりも広い通路になっていた。行き交う兵士達の怒号も、すぐそばから聞こえてくる。

 外壁の向こうを見下ろせば、おびただしい数の死骸が転がっていた。緑色の醜い巨体が松明(たいまつ)の炎に照らされ、嫌でも視界に入ってくる。


 目的の相手の姿はすぐに見つかった。白光(びゃっこう)の剣が放つ閃光は、闇夜の中であまりにも目立ったのだ。

 レムズは愛馬と共に自ら前線に立ち、剣を振るっていた。恐らくは破壊された外壁の隙間から、自ら踊り出たのだろう。

 周辺にはそれを守る騎士達の姿もある。レムズは指揮を()りながら、勇ましく聖獣の猛攻をしのいでいた。


 彼が聖剣と呼ぶ愛剣は、グリガントすらも一撃で仕留める。けれど、倒しても倒しても魔物は次々と投入されてくる。

 外壁上に構える兵士達も、矢を放って懸命にレムズを支援する。それでも、旗色はいかにも悪い。


 レムズが戦っているのは外壁のそばだ。そこからずっと離れたところに、まだまだ敵軍は控えている。

 暗くて分かりづらいが、ザウラストの神官とそれを取り巻く兵士達だろう。魔物を除いても敵軍の数は多く、レムズの軍を大きく上回っているようだ。

 もっとも、彼らは戦闘には参加せず、戦いをもっぱら聖獣に任せていた。


「あの旗は……?」


 ふとソロンの目に止まったのは、二つの旗だ。

 敵軍の中には様々な旗が掲げられている。ラグナイ王国旗、ザウラスト教団旗についてはソロンも見知っていた。

 しかし、それらとは別に二種類の旗が見えたのだ。遠くに見える黄色い旗と、それより手前に見える白い旗である。松明(たいまつ)を持った敵兵が数多くいるため、大きな旗をはっきりと視認できた。


 それらの下には立派な装いをした人物の姿も見えるが、遠すぎて顔までは判別できない。

 アルヴァも同じ旗に注目したらしく、目を留めていた。それから、近くで弩弓(どきゅう)を構えていた兵士へと近づいていく。

 この辺りは敵が寄ってこないため、攻撃の必要はない。しかしながら、無防備にするわけにもいかず、少数の兵士で警戒しているようだった。


 兵士達は困惑した様子でこちらをチラチラと見ている。


「失礼。あの旗はもしや、敵の王子が来ているのでしょうか?」


 アルヴァは旗のほうを指差しながら、兵士へと説明を求める。


「は、はっ! あれはリーゲル王子とランザム王子の旗です。黄がリーゲル王子、白がランザム王子の旗になります」


 にわかに現れた帝国軍総大将の姿に、兵士は明らかに面食らっている。緊張気味ながら、それでも兵士は答えてくれた。


「敵の王子が両方こっちに来てるのか……。これはレムズ王子も苦しいかもしれないな」


 話を聞く限り、敵の王子はいずれも大した人物とは思えない。それでも、敵の本体が来ているという事実は重い。


「――よし、僕も加勢するよ」


 ソロンは蒼煌(そうこう)の刀を抜き放ち、決意した。今にも外壁の上から飛び降り、レムズの元へと加勢する覚悟だったが、


「お待ちなさい、ソロン。考えがあります」


 あっさりアルヴァに制止された。


「考えって……どうするの?」

「来たようですよ」


 答える代わりに、アルヴァはソロンの背後を指差した。

 ソロンが振り向けば、空を駆ける男の姿が遠くに見えた。建物の屋根を飛び石代わりにしながら、何度も跳躍(ちょうやく)を繰り返している。

 男は槍を握り、二人の娘を両腕に抱えていた。そうして、こちらへと距離を詰めてくる。


「おーい、来たぜ!」


 上空からグラットの声が聞こえてくる。


「ひゃっほーい!」


 楽しそうに叫んだのは、グラットの左手にいたミスティンだ。空の旅がよほど愉快だったらしく、こちらに向かって手を振る余裕すら見せた。


「お、おい、ゆっくり降りろ! 危ないであろうがっ!」


 対照的に右手のメリューは何やら叫びながら、狼狽(ろうばい)していた。

 グラットは飛鳥の如く(かろ)やかに、外壁の上に降り立った。

 ミスティンがしっかりした足取りでこちらへと駆け寄ってくる。


「うぬぅ、気持ち悪い……」


 ……が、メリューは降り立つなり、へたり込んだ。空の旅は彼女にとって刺激が強かったらしい。


「大丈夫?」


 慌てて駆け寄ったソロンが、彼女の手をつかむ。


「大事ない。これしきでへたれる私ではないわ」


 メリューは強がったが、その顔はいかにも覇気がない。元から色の白い顔を、いっそう蒼白に変えていた。それでも、手を引かれながらアルヴァの元へと歩いていく。


「お疲れ様です。メリューは無理せず休んでいてください」

「か、かたじけない……」


 ねぎらいを受けたメリューは座り込み、外壁上の手すりに背を預けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ