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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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ホロージャ防衛戦

 レムズ率いるラグナイ軍は東門、サンドロス率いるイドリス軍は南門を。ガゼット、イセリアの両将軍が率いる帝国軍は西門を目指す。

 相手は帝都の外壁すらも破壊するグリガントである。それより(もろ)いホロージャの外壁が長持ちするとは考えがたい。三軍は速やかに持ち場へと駆けていった。


 アルヴァ率いる第四軍は遊撃隊として、市庁舎のそばに残った。全部で千人程度の軍団だが、アルヴァはそれをさらに四つへ分割する方針を示した。

 西寄り、南寄り、東寄り、それから市庁舎前に陣取る中央隊――ちょうど他の三軍の隙間を埋める配置となる。

 西、南、中央の分隊には、それぞれ副将軍に指揮を任せた。彼らもガゼット、イセリアの傘下で戦ってきた歴戦の勇将だった。


「最悪の想定は神獣の登場です。もし、現れた場合は無理に戦わず、私達を待つように」


 アルヴァが各自へ注意を発し、それから見送った。


「僕達はアルヴァと一緒でいい?」

「ソロンは私と一緒に東へ。ミスティン、グラット、メリューは市庁舎の屋上から中央の分隊を支援してください。恐らく、この近辺が最も狙われやすいでしょうから」

「了解っ!」


 ミスティンは深く問わず、拳を握って即答する。


「なるほど、狙撃というわけだな。任せておけ」


 メリューは自信ありげに頷いてみせる。


「その二人は分かるけどよ、俺は何のためだ? 護衛か?」

「それもありますが、あなたは運搬(うんぱん)役です。状況に応じ、二人を運んで場所を移してください」

「……へいへい、がんばりますよ」


 アルヴァの答えに、グラットはげんなりした顔で応じた。


 * * *


 市庁舎の屋上から、メリューがじっと地上を凝視している。ミスティンはグラットと共にその両隣を陣取っていた。


「なんにも見えないね」


 ミスティンはメリューの視線の先を追って、すぐに諦めた。

 眼下には、市庁舎前の広場に陣取る兵士達の姿があった。何百人にも及ぶ兵士達が、油断なく周辺を警備している。


 しかし、ミスティンに見えるのはそれだけだ。

 夜の町にはポツポツと明かりが灯っているが、それだけで遠くを見通せるはずもない。それを可能とするのは、銀竜族の血を引くメリューの能力あってのものだった。

 ……と、何かを見つけたのかメリューは眉をつり上げた。


「ミスティン、あの男だ」


 そうして、メリューは手元にあった石を掲げた。石は魔力を込めると光を放つ蛍光石である。

 蛍光石が一筋の光で照らした先には、男の姿があった。


「ほい」


 返事をするや、ミスティンは即座に弓を引いた。

 矢は光に導かれるかの如く、指差された人物の足を正確に射抜いた。


「うぎゃっ!?」


 悲鳴を上げて男が宙に浮いた。巻き起こった衝撃波は、とても矢一本とは思えない破壊力で男を吹き飛ばしていく。

 男の手元から緑色の光がきらりと反射した。光を反射したそれは手元を離れ、地面へと転がっていったようだった。


「聖石だな」


 メリューが蛍光石の角度を変え、転がる石を追跡する。

 ザウラストの聖獣が封印されているという聖石……。しかし、その石は聖獣に姿を変えることもなく、用水路へと落ちていった。

 レムズの情報によれば、聖石は魔力を込めなければ聖獣を解放できない仕組みらしい。つまりは、その前段階で敵を倒せたなら成功といえた。


「うまくいったね」

「うむ、やはりそなたの弓術は素晴らしいな」

「ふふふ、それほどでも」


 謙虚な言葉とは裏腹に、ミスティンの表情はとても得意気だった。


「むっ! 今逃げた男は怪しいな。あやつだ」


 新たな標的を見つけたのか、メリューは次なる方角を蛍光石で指し示す。


「ほい」


 ミスティンはまた矢をつがえ、流れるような動作で弓を引き絞った。


 怪しい動きをした人物をメリューが発見し、ミスティンが仕留める。その連携のために、二人は市庁舎の屋上で張っていたのだ。

 無辜(むこ)の市民への犠牲を避けるため、市庁舎への接近は大々的に禁止している。それでも警備をすり抜け、近づいて来る者を狩るのだ。

 もし、それで敵が市庁舎への接近を諦めるなら、それも結構。敵の接近を(はば)めるなら狙いは成功なのだ。


「くそ、退屈だぜ。俺も投げ槍でも持ってくりゃよかったか」


 そんな二人の様子を横目に、グラットは暇を持て余していた。手元にある超重の槍は、替えのきかない貴重な魔槍である。投擲(とうてき)には使えない。


「どのみち投げ槍では届かんだろう。お前は大人しく見学しておれ」

「や~い、暇人」


 注意するメリューと、それに乗っかり(はや)し立てるミスティン。グラットは悔しそうに顔をしかめていた。


 そうして、二人はザウラストの工作員を倒し続けた。

 二人の連携による射程は、深夜の闇にも関わらず恐ろしく長い。予想外の強襲に敵も対応できずにやられていった。

 と、緑の煙が遠くから沸き起こった。


「むっ……敵もしびれを切らしたようだな」


 市庁舎への接近を諦めた敵が、町中で聖石を放ったのだろう。

 緑の煙は複数の場所で散発的に発生していく。いずれもミスティンの弓ですら狙えないほどに遠い。

 聖獣の召喚には魔力を要するため、一人で何体もまとめて召喚するのは難しい。密集して目立つのを避けた結果、敵の工作員はバラバラの場所で聖獣を召喚したようだった。


「敵もバカじゃないし、これ以上の妨害は難しそうだね」

「とはいえ、市庁舎に近づけないという目標は達成した。あれはしょせん悪あがきのようなものだな」


 いかに強大な聖獣とはいえ、単独での戦闘力は高が知れている。何十人という兵士に囲まれては、大した抵抗もできないのはこれまでの戦いで証明済みだ。


「――しかし、民もろとも町を放棄し、罠に使うか……。我らを倒すという目的には(かな)っているが、その後の展望があるはずもない。二人の王子に、為政者としての資質はないようだな」


 メリューは辛辣(しんらつ)に敵の指導者を切って捨てた。


「まっ、あの王子のほうがマシなのは確かだな」


 グラットもレムズに対して一応の評価をする。


「人でなしと変態なら、変態のほうがマシだもんね。……私は帝国人でよかったよ」

「ミスティン……。お前、時々キツいよな」


 グラットは恐れるように、ミスティンを見た。


「だが、私も連邦人で――父様の娘でよかったのも確かだ」


 しみじみとメリューはミスティンに同意し、さらに続ける。


「――ともあれ、ここでの仕事は終わりだな。これ以上、ここにいても収穫はなかろう」

「んじゃ、ようやく俺の出番か。行き先はお姫様のとこでいいな?」


 グラットは超重の槍を握りしめ、二人に確認を取る。


「異論はないが、そなた二人も運べるのか?」

「やったことねえが、まあ大丈夫だろ」


 と、グラットはミスティンとメリューの腰を両腕に抱える。メリューを抱えた右腕の先には、そのまま魔槍を握っていた。


「……手つきがやらしい」

「生まれついての痴漢だな」

「俺にどうしろってんだよ……。ちゃんとつかまらねえと落ちるからな」


 グラットは二人の抗議を黙殺し、空へと飛び上がった。


 * * *


 突如、町中に現れた魔物が、長い拳を振るって建物を破壊していく。市民達は悲鳴を上げて、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 長年に渡り、国王ラムジードが用いた緑の聖獣……。その脅威はラグナイ国民にも広く知られていた。もっとも、それが自分達に向けられるとは(つゆ)にも思わなかっただろうが……。


「本当に見下げ果てた者達ですね。その二人の王子というのは……」


 繰り広げられる暴虐を()の当たりにして、アルヴァが嘆息した。

 ソロンとアルヴァは騎馬隊を率いながら、街の東側へ向かっているところだった。

 既にアルヴァの指示は下り、指揮下の兵士達は聖獣討伐に動き出している。彼女の周辺を囲むのは、ソロンと百人ほどの兵士達だ。


「それだけ追い詰められてるってことかな。僕達も行こう。大した相手じゃないけど、町を破壊するのは許せないよ」

「言われるまでもありません」


 ソロンがうながせば、アルヴァも頷いた。

 町中の乏しい明かりを補うため、指揮下の兵士達が松明(たいまつ)を掲げる。アルヴァも胸元に、いつもの蛍光石を着けていた。

 最初に目についたグリガントは、既に兵士達によって囲まれていた。全方位から浴びせられる矢の嵐に、その巨体も抵抗できないでいる。仕留めるのは時間の問題だった。


「こっちは手出しはいらないね。あっちに行こう」


 ソロンが指差したのは、三体のグリガントだ。帝国兵の到着が間に合っていないため、町を好き勝手に破壊していた。

 もっとも、町中に走る用水路が邪魔になって、グリガントも自由に動けないようだ。奴らの巨体にとっては、用水路もちょっとした溝と変わらない。それでも、鈍い巨体で渡るのは難儀するらしかった。


 ソロンは馬を飛び降り、そのままの勢いで魔物へと向かっていく。

 背中の刀を抜き放ち、魔力を込める。蒼煌(そうこう)の刀が青白い光と共に熱を帯び出す。

 颯爽(さっそう)と跳躍し、用水路を一息に越えた。そこに至り、ようやくグリガントがこちらに気づいた。


 鈍い動きで振り向いた顔面へと、ソロンは刀を振り抜いた。蒼炎が吹きつけ、巨獣の顔面を激しく焼いた。

 グリガントは悲鳴すら上げられなかった。顔を一瞬にして溶かされたため、声を上げるための器官も破壊されたのだ。グリガントは地響きと共に倒れ伏し、街道に(むくろ)をさらした。


「まずは一匹!」


 ソロンは快哉を叫び、残り二体へ矛先を向けようとする。

 既にアルヴァは次の聖獣へ杖先を向けていた。

 杖先から稲妻を凝縮したような玉が放たれる。ソロンが見るのは初めてだが、爆雷という魔法らしい。


 爆雷はゆったりとした動きで、緑の聖獣を追いかけていく。

 そこに込められた力を見て取ってか、巨獣が逃げようとする。しかし、動きの鈍さが災いして手遅れだった。その背中に爆雷の玉が触れるや、電撃が体に広がって行く。

 途端、グリガントの体が痙攣(けいれん)を始める。数秒の後、巨獣の体が激しい音と共に弾け散る。哀れ、グリガントは肉塊へと変わり果てた。


「見ましたか、ソロン。素晴らしい威力でしょう」


 アルヴァは誇らしげな顔でこちらを見た。


「す、凄いね……。さすがはアルヴァだな」


 悪趣味な魔法だと思ったが、口には出さなかった。当の彼女が嬉しそうにしていたためだ。

 残った最後の一体も兵士達が取り囲み、矢を浴びせていた。醜い顔には無数の矢が突き刺さり、赤黒い霧のような血を噴き出していた。

 その末路を見届けるまでもなく、アルヴァは馬首(ばしゅ)を東へ向けた。


「さて、レムズ殿下の助勢に向かいますよ」

「あっ、もしかして……そのつもりで東を選んだんだ? やっぱり不安があるよね」


 ソロンは回収した馬にまたがりながら、納得する。


 各門の防衛に向かった軍の中で、最も戦力的に不安なのがレムズのラグナイ軍だ。

 西門にはサンドロス、ナイゼル、それに虎将軍のダルツがいる。多少の兵力不足は優に(くつがえ)せる人材の厚さだ。

 ガゼットとイセリア――二将軍の率いる帝国軍については、言うに及ばず。兵力は三軍の中で最高――両将軍の実力も申し分ないといってよいだろう。


 (ひるがえ)って、レムズの軍は兵力こそ増大したが、人材不足は否めない。なんといっても、内乱で有力な部下を失ったのが痛手だったのだ。

 騎士達の練度は相当に高いが、今は道中で組込んだ志願兵が大半を占めている。他の軍とは埋めがたい差があった。


「事実、危ういでしょうね。彼があなたのお兄様のように柔軟ならよかったのですが、あの気性ですから」


 アルヴァは片方の将軍を援軍に送ると提案したが、それはレムズに跳ね除けられたのだ。


「了解。そういうことなら、早く行こう」


 そう話しながらも、二人の馬は東へ向かって駆け出していた。聖獣を倒し終えた兵士達も、次々と後へ続いてくる。


「もっとも、短時間で敗北するほど軟弱でないとも見ていますが……。さて、どうなっているでしょうね」

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