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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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言質は取りました

 事が起こったのは、深夜だった。

 鳴り響く警鐘(けいしょう)を耳にして、ソロンは跳ね起きる。服装は寝間着ではなく、着慣れた旅装だ。胸当てを付ければ、そのまま戦いに出られるようになっていた。


「アルヴァの予感は当たったようだな」


 同室にいたサンドロスも、落ち着いた様子で起き上がる。ソロンは昨夜のうちに、兄へも情報を連携していたのだ。

 急いで廊下へと駆け出れば、他の皆も同じような様子で姿を現した。警備のために、真夜中の市庁舎内は照明が灯っている。おかげで皆の顔をはっきりと確認できた。


「ふあぁ……。どいつもこいつも、夜中にばかりしかけやがって。俺様の熟睡を邪魔すんじゃねえよ」


 グラットが大きなあくびをしながら、自分本位に主張する。


「本来、夜襲とは欠点の大きいものです。攻め手の意思疎通も困難となり、同士討ちも頻発します。けれど、聖獣を野放図に暴れさせる限りは、そのような欠点も関係ないのでしょう」


 グラットのどうでもいい主張にも、アルヴァは懇切丁寧に説明を入れる。なんだかんだと言いながら、彼女も付き合いがよかった。


「お姫様、寝起きのクセによくそんな頭回るな……」

「グラットの緊張感が足らないだけだよ」

「緊張感が足らないのはお互い様だろ」


 ミスティンの指摘を、グラットが跳ね返す。


「皆さん、仲がよろしいですね。早くレムズ王子と合流しますよ」


 呆れるようにこちらを見たナイゼルが、うながしてくる。レムズの寝室は市庁舎内でも反対側だ。有事の際は、市庁舎前の広場に集まる予定だった。


 *


 深夜、市庁舎前の広場を、篝火(かがりび)の炎が照らしていた。

 そこへ続々と三国軍の兵士達が集まってくる。中には帝国将軍のガゼットやイセリアの姿もあった。

 もっとも、各軍の宿泊先はバラバラであり、兵士達がやって来る方面も同様だ。全員が集まるには、今しばらくの時間がかかりそうだった。


 合流するなり、レムズは無駄なく説明を開始する。


「敵の攻撃は西門、南門、東門の三方同時……。詳細は不明ですが、いずれにおいてもザウラストの聖獣が投入されている模様です。今のところ、門は突破されていないようですが時間の問題でしょう」


 情報が極めて早いことから、何らかの信号を使って見張りが伝達したのだろう。


 ホロージャは例によって、強固な外壁に囲まれる都市だ。そのような都市へ攻撃しようとすれば、大きな不利を(こうむ)るのが常識である。

 事実、過去の戦争史でも門や外壁を突破するために、多大な犠牲と時間をかけるのが大半だった。数ヶ月かけた末に、成果を挙げられないという事例も珍しくない。これは上界、下界を問わずである。


 それでありながら、強行突破を敵が選んだのは、ザウラスト教団の力あってのものだろう。

 すなわち、聖獣の怪力は、門も外壁も無力化してしまう。

 戦術史を塗り変える規格外の力で、かつてのラグナイ王は勢力を拡大してきたのだ。


 ……もっとも、サンドロスといいアルヴァといい、それぞれ外壁を破壊した経験を持っていたりする。もちろん、外壁が(もろ)いわけではなく、あの二人が規格外なだけなのだが……。



「現状、外壁内部からの攻撃はないということですね?」


 アルヴァが問えば、レムズが頷く。


「そのようです。ただし、その後までは断言できかねますが」

「なら、こちらは四つに分割するとしましょうか」


 レムズの報告を受けて、アルヴァが提案する。


「三つじゃなくて、四つなんだね。市内にいくらか残すってことか」


 ソロンは立ちどころに理解する。敵が外壁の内側からしかけてくる可能性は、先日に検討したばかりだった。


「ええ、三軍が出払った隙を見て、市内に聖石を放ってくる可能性は大いにあります」


 それはかつて帝都の襲撃にも使われた手口だった。セレスティンが(ろう)した策を、今回の敵も使用してくる可能性は高い。


「――それゆえ、中央には私自身が遊撃隊として残ろうと思います。わが帝国軍なら分割しても余力はあるでしょうから」

「ああ、頼もう。敵がどこからしかけるか分からない以上、難しい判断が必要になるからな。残り三方をどうするかだが……」


 サンドロスが難しい顔つきで、アルヴァとレムズの顔を(うかが)う。


「三方全てが均等だと考えないほうがよいでしょう。恐らく、最も攻撃が強固なのは東側と見ています」


 アルヴァが敵の陣容を予想する。

 西と南は既に三国軍の勢力圏であり、敵が大軍を回すのは困難だ。逆に王都方面となる東門は、敵の陣容が分厚いと考えられた。


「ならば、我々が東へ向かいましょう。もしかすると、兄者達もあちらから攻めてくるかもしれません」


 レムズが進んで名乗り出た。自国のことゆえに、自ら危険をかぶる覚悟を持っているようだ。


「定石なら、帝国軍に当たって欲しいところだが……」


 サンドロスはレムズのほうを見ながら、なおも悩む素振りを見せる。


「心配はいらない。俺達にしても、もはや小勢ではないのだ。兄者の手勢など恐れるに足らんさ」

「兵力に不安がありますわね。どちらかの将軍を支援に回しましょうか?」


 アルヴァはガゼット、イセリアの両将軍へと視線をやった。二人とも無駄口は挟まず、アルヴァの指示に従うつもりのようだ。


「姫君の心遣い、感謝します。ですが、御手をわずらわせるには及びません。ここは我らだけで十二分に足るでしょう」


 アルヴァの申し出を、レムズは丁寧ながらきっぱりと拒否した。誇り高いばかりに、自分達だけで解決しようとするのは相変わらずだった。


「……やむを得んか。ならば、任せよう」


 サンドロスもレムズの覚悟を察して同意する。アルヴァも仕方なく頷いていた。

 レムズ率いるラグナイ軍の勢力は、日増しに増強されている。帝国軍の援助がなくとも、単体で敵に当たることも一応は可能だろう。


「であれば、残りの帝国軍は西。イドリス軍は南に当たるという方向でよろしいですね?」


 アルヴァは視線を西から南へ送りながら、サンドロスに確認を取る。


「了解だ。それから、足の速い亜人を各陣営に送る。戦況の連絡はそれに任せてくれ」


 ホロージャの町は、直径一里に足りない程度の規模である。俊足を誇るイドリスの亜人兵ならば、南門から西門までわずか数分で連絡できるのだ。

 アルヴァもサンドロスもさすがに手慣れたものである。レムズと揉めることもなく、テキパキと役割分担を決めてしまった。



「イセリア将軍。こちらは大した相手ではなさそうだな」


 ガゼットが同僚の女将軍に声をかける。緑の聖獣は間違いなく強敵だが、歴戦の勇士だけあって余裕にあふれていた。


「同感です。ですが、油断せずに行きましょう」


 イセリアは生真面目に返事をした。


「では、お前もしっかり陛下を守れよ」


 ガゼットが肩を叩き、グラットを激励する。


「言われんでも、ちゃんと働くぜ。親父もしっかりやれよ!」


 二人の将軍は兵士達を引き連れて、西門へと向かっていった。


「えっと、僕は……」


 ソロンはアルヴァとサンドロス、二人の顔を(うかが)った。ソロンは一応、イドリス軍の副将である。さすがにここはサンドロスに付くべきだろう――と思ったが。


「そうだな……。弟は引き続き、そっちで預かっておいてくれ」


 サンドロスがそんなことを言って、ソロンの背中を押した。


「まあ、よいのですか? 事実上、弟君がイドリス一の戦力でしょう」


 どこか白々しい口調で、アルヴァは押し出されたソロンの腕をつかんだ。


「どこから来るかも分からん敵を、相手取るのは大変だ。遊撃隊にはそいつが適任だろう」

「と言いますか、私にはもう連れて行く気満々にしか見えませんけれどね」


 諦めるような調子で、ナイゼルが口を挟んだ。

 実際、アルヴァはソロンの腕を強く握って、離す気配はない。ついでにもう一方の腕はミスティンが押さえていた。


「ええ、言質(げんち)は取りましたので」


 アルヴァはにこりと微笑(ほほえ)んだ。


「結局、こうなるんだよなあ」


 と、グラットがつぶやいていた。

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