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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第十章 邪教の領域
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獅子身中の虫

 三国軍は整然と隊列を維持しながら、ホロージャの町を行進していた。目指すは市庁舎のある町の中央である。

 先頭を騎馬でゆくのは、ラグナイ王の後継として名乗りを上げたレムズだ。


 そのすぐ後ろにはアルヴァとサンドロスの姿もあった。三軍の代表が衆目に顔をさらすことで、関係の良好さを強調する狙いらしい。他国への進攻は、それだけ気を遣うものなのだとか。


 もちろん、ソロン達も二人に付き添う形で、先団を進んでいた。

 レムズ率いるラグナイ軍は、大半が即席の志願兵によって占められていた。それでも士気は高く、レムズの元で軍規は徹底されている。粗相を行う者もいなかった。


 遠くから見守る市民達は当初、警戒する素振りを見せていた。

 しかし、こちらの兵士達の規律正しさが伝わると、次々と沿道へ繰り出してきた。

 レムズが余裕の表情で手を振れば、市民達からどっと歓声が沸き起こる。


「ふうん、国内では本当に人気あるんだね」


 つぶやいたのはアルヴァに付き添うミスティンだ。どことなくトゲがあるのは、先日の宴会で彼の醜態(しゅうたい)を目にしたためだろう。いまだレムズへは疑いの目を持っているらしい。


「あれでも騎士達の人望はあるみたいだからね。確かに女性相手への奇行は目に余るけど、ザウラストよりはマシって気持ちは分かるな」


 ソロンは擁護したつもりだったが、


「……お前もなかなか毒を吐くようになったな」


 サンドロスにはそう見えなかったらしい。


 そうこうしているうちに、ホロージャ市はすっかりにぎわいを取り戻していた。

 市民達は活発に町中を行き来し、商売を再開していたのだ。レムズ自身が平時の生活を続けるよう、市長を通して通達したためだろう。


 ラグナイ第二の都市かつ交通の要所というだけあって、行き交う人の数は多い。広い街道を通る馬車の姿も目立っていた。

 遠慮がちにこちらを(うかが)う馬車の御者を、三国軍は隊列に隙間を空けて通していた。これも市民生活に迷惑をかけずという、人気取りの一環だろう。


「さすが、ラグナイ第二の都市ってだけあるね。ひょっとして、イドリスより大きいかも……」

「イドリスの人口は約四万、ホロージャは約五万なので、こちらのほうがやや大きいですね。無論、私が見た統計が現在も正しいという前提ですが」


 聞かれてもいないのに、アルヴァが解説してくれた。彼女は途中で経由した町でも、事あるごとに書籍を購入していた。間違いなくその成果だろう。


「う~ん、負けてるのか。王都同士の比較はともかく、他の町にまで負けるのはちょっと悔しいな……」


 ソロンは複雑な胸中を吐露した。


「ははは! 別に勝ち負けを競うことでもないだろう。イドリスはイドリスで発展していけばいい。民が不自由なく安全に暮らしていけるなら、俺は満足だ」


 サンドロスは豪快に笑い飛ばした。

 ソロンと同じ赤髪に緑の瞳でありながら背丈は高く、たくましさは段違い。これこそ王者にふさわしい貫禄というものだろう。ソロンには決して備わっていないものだった。


「まっ、俺の故郷よりちっさいし、大した町じゃねえよ」


 自慢だか(なぐさ)めだか分からないことをグラットが言う。

 サンドロスに負けず劣らずのたくましい茶髪の青年。ソロンにとっては、今やもう一人の兄貴分ともいえる仲間だった。

 ちなみに彼の故郷ベオは人口十二万程度。大都市ではあるが、帝国本島にはそれ以上の都市がいくつもある。


「その通り。帝国にはこの程度の町はありふれていますし、気落ちするほどでもないでしょう。参考までに、帝都ネブラシアの人口は三十万です」


 続いたアルヴァは、何でもないように口にしたが、


「……なんか、悲しくなってきたんだが」


 サンドロスにとっては追い討ちに聞こえたらしい。言葉通りの悲しげな顔をソロンに向けてきた。……どうやら、王者の貫禄を感じたのは気のせいだったようだ。やはり、兄は昔ながらの兄だった。


「ごめん、彼女に悪気はないんだ。ただちょっと……というか、だいぶ人より基準が高いからね。自然に上から目線になってるみたい」


 やむなく、ソロンが代わりに弁解しておく。


「そ、そうか……。別に非難しているわけじゃないから、気にしないでくれ。少し苦労するかもしれないが、悪い女じゃないと思うぞ」


 ……何やら、サンドロスに気を遣われたような気がする。


 町中には細い用水路が整然と走っており、その上に小さな橋がいくつも架かっている。

 そうして、橋を渡っているうちに、ソロン達は市庁舎へ近づいていた。

 市庁舎の向こう――北側には大きな川が見えていた。


「立派な川がありますね。用水路の水源でしょうか」

「さすが、紅玉の姫君はお目が高い」


 と、アルヴァのつぶやきを耳ざとく聞きつけたらしく、レムズが振り向いた。


「――このホロージャ市が建造されたのは、おおよそ百五十年前。あの大河が陸地へと切れ込む地形に、当時の王が目をつけたのが始まりとされています。しかしながら、ホロージャは結果として、長年に渡り治水に悩まされました。土を盛り、坂の上に町を作ることで、ようやくその対処に成功したのだとか」


 レムズはここぞとばかりに力説した。想い人に興味を持たれたのを察知し、全力で喰いついたようだ。


「それはそれは、素晴らしいですわね」


 対するアルヴァは、ミスティン並の適当な返事でそれに応えた。都市の成り立ちなど彼女が好物としそうな話題だが、レムズと会話を続ける意思はないらしい。

 それでも、愛想のよい返事をされたせいで、レムズは喜んだようだ。機嫌よさげに市庁舎へと向かっていった。


 そうして、ホロージャ市の明け渡しは順調に進められた。市庁舎を抑えたレムズは、正式に町の占拠を完了したのだった。


 *


 進軍続きだった三国軍に久々の休日が訪れた。

 ホロージャのような大都市は、拠点としても最適である。ここまで速い行軍を続けてきたため、しばらく休息することにしたのだ。

 町中にはもぬけの殻となった兵舎もあり、ある程度の兵士も収容可能だった。


 もっとも、三国軍の兵数はラグナイ全軍すらも凌駕(りょうが)している。到底、それだけで全てを収容できるはずもない。

 残りは市庁舎や宿のような施設を活用し、それでも収まらなければ広場に天幕を張った。行軍中は外壁のない場所での野営もあったため、それでも恵まれたものだった。

 三国軍の首脳部は利便性を考えて、市庁舎に宿泊する決まりとなった。もちろん、ソロンもその中に含まれている。


 兵士達にとってはありがたい休日だが、いくつかの狙いもあった。レムズは宣伝を行い、志願兵を募集したのだ。


「来たれ、勇士よ! 邪教徒をこの国から追い払い、誇り高き騎士の国を取り戻すのだ!」


 レムズは自ら広場で演説を行った。市民の反感を抑制しながら、支持を集めるように努めていたのだ。ザウラストへの非難はこの町でも受けがよく、レムズは一層の人気を集めているようだった。


 一方、アルヴァの狙いは界門である。ホロージャの南西部の山中には、ザウラスト教団が使用する界門があったのだ。

 当初の予定通り、帝国軍は界門に兵を送った。制圧した界門によって、帝国との経路がつながれる。三国軍の補給はそうして盤石(ばんじゃく)となるのだった。


 ともあれ、休日である。

 ソロン達もせっかくの機会を逃さず、ホロージャの町中を歩いていた。これは町を見て回りたいという、アルヴァたっての希望があった。

 ミスティン、グラット、メリュー……。いつもの仲間達も手練ぞろいであるため、大仰(おおぎょう)な護衛が必要ないのはありがたかった。


 すっかり、ソロンがアルヴァの傘下に見られているのがアレだったが……。最近は帝国軍の兵士達までが、愛想よく敬礼してくれるようになったのは喜ぶべきか。


「それにしても、アルヴァはよく休めたよね」


 と、ソロンが尋ねる。

 元帥たるアルヴァが、帝国軍で最も忙しい立場にあるのは間違いない。それでも、彼女は時間を作って、市庁舎を抜け出してきたのだ。


「レムズ殿下と比較すれば、私の仕事は多くありません。両将軍と交替で十分処理できる程度です。それに、これだって単なる観光ではありませんよ」

「え~、観光じゃないんだ?」


 ミスティンが残念そうな声を出す。


「あなたが観光するのは自由ですよ。ただ、私としては敵があまりに他愛なかったのが気懸かりです。国内第二の都市を、こうも簡単に明け渡すでしょうか?」

「ふむ、獅子身中の虫がいるやもな」


 メリューがアルヴァの意図を理解したらしく頷く。

 ……と、ミスティンがソロンの肩を突いてきた。アルヴァにしなかったのは、話の腰を折らないよう配慮したためらしい。


「体内に虫がいたら、獅子みたく強い生き物だって抵抗できないでしょ? 壁の内側に、敵が残ってるんじゃないかって話だよ」

「おぉ~!」「やるじゃねえか」


 ミスティンとグラットが拍手してくれる。


「よくできました」


 と、アルヴァも称賛してくれたが、ソロンは顔をしかめた。


「その程度で褒められるのも、なんだかなあ……。それより、今から敵が残ってないか探すつもりなの?」

「それが可能なら理想ですが、現実には難しいでしょうね。レムズ殿下には市庁舎の職員を警戒し、検査するよう頼んではいます。けれど、何万といる市民に敵が化けている可能性を否定できません」

「あー、あいつら石一つで魔物呼べるんだっけか。最初の帝都の時だって、いきなり町中から魔物が現れたわけだしな」


 ザウラスト教団は聖石と呼ばれる石を用いて、聖獣の召喚を行う。見た目は一般的な魔石とさして変わらないため、(ふところ)に隠し持たれては発見も難しい。


「……あれって、お姉ちゃんの仕業だよね」


 ぽつりとミスティンがつぶやけば、視線が一挙に彼女へと集まる。

 内部から突如現れた聖獣によって、帝都は大きな被害を受けた。

 ソロン達は、聖獣が召喚された現場を目撃したわけではない。しかし、犯人は帝都内部にいたザウラスト教徒であり、主導したのがセレスティンなのは明らかだった。


「お、おう……。そういやあの時に、お前の姉ちゃんに会ったな。素知らぬ顔で怪我人を助けるとか言ってたか……」


 グラットが当時を思い出し、冷や汗を浮かべていた。

 善良な司祭の顔をしていたセレスティン――その裏では邪教の幹部として、破壊工作を主導していたのだ。ソロンも当時、修道院でセレスティンによる看病を受けたが、今更ながら背筋が凍る思いである。


「…………」


 話題が話題であり、気まずい沈黙が流れるが、


「……そういうわけで、市内からの攻撃を完全に防ぐのは、困難だと考えています。せめて市内の地理を把握し、敵の出方を予想しておきたいのです」


 アルヴァが話を本題に戻したので、ソロンも質問する。


「まず、狙われそうなのは市庁舎だけど、そっちは警戒してるんだよね」

「ええ、レムズ殿下の部下が常時、持ち物検査をしています。聖石を持つ者がいれば、すぐに分かるでしょう。不要に庁舎へ近づく者がいれば、それも誰何(すいか)されることになっています」

「北の川は?」

「無論、監視させています。緑の聖獣が水堀を渡れることは、とうに確認済みですから」

「最近はトンボもいるしなあ」


 と、グラットが付け足す。


「市庁舎は大丈夫そうだね。となると、敵が狙ってきそうなのは――」

「アルヴァにレムズ、それからそなたの兄だな」


 ソロンの続きを、メリューが引き取った。


「そうだね。といっても、それもそこまで心配はいらないだろうけど。アルヴァは僕達が守ってるし、他の二人も当人達が手練だから」

「はい。ですから、後は市内を見回るとしましょう」



 ホロージャ市は西、東、南の三方から来る街道が交わる地点である。町の入口も西門、東門、南門の三箇所に分かれていた。

 その後、しばらく市内を見回ったところで、アルヴァが終わりを切り出す。


「今日はこんなところでしょう。最低限の警戒は帝国軍でも行いますが、あなた方も心構えはしておいてください」

「分かった。けど、これまでだって油断はなかったつもりだけどね」


 旅の途中、寝る時にしても刀はすぐ隣においてあった。長く平和に恵まれてきた上界人と違って、下界人は常に危機にさらされている。ソロンも下界人の一人として、危機には敏感だったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] セレスティンは怪しいと思ってたけどザウロスト教団の者だってどこで判明してたっけ・・・ 記憶が・・・
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