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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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三軍会合

 宴の翌日。ミュゼック砦の会議室では、次なる戦いへ向けた会合が開かれていた。

 アルヴァ、サンドロス、レムズ――会合の中心は各勢力を代表する三者だ。円卓を囲み、三つの勢力が三角形を形作っている。

 ソロンもイドリス王国の副代表として、サンドロスの隣に着席していた。もっとも、心情的な立ち位置が、限りなく帝国寄りなのは公然の秘密であったが……。



「恐らく、二人の兄は手を組んで私の前に立ちふさがるでしょう。それをザウラストが後援する形になると踏んでいます」


 レムズは戦いの見通しを会合の参加者へと説明していた。口調が丁寧なのは、もちろん相手にアルヴァがいるからだ。


「一つよいか」


 と、挙手をしたのはソロンの隣りに座るメリューだ。彼女の公的な立場はドーマ連邦の帝国大使である。三勢力のいずれにも属さないという意味では、特殊な立ち位置だった。


「――そのザウラストという人物について聞きたい。かの人物は四百年ほど前に教団を創設し、今も生き続けていると聞く。そなたが言う者は、本当に教祖ザウラストなのか。例えば、子孫という可能性はなかろうか?」


 現ザウラストが教祖本人だという情報は、当のメリューから伝聞として聞いた覚えがある。メリュー自身もシグトラから聞いたのだろう。しかし、その彼女自身も、疑いを持っているようだ。


「少なくとも、当人は教祖そのものだと主張しています」


 相手が女性なので、レムズも丁寧に答える。


「――カオスの秘法は不老不死すらも実現するのだと……。もっとも、その材料となるのは大量の生贄です。真実だったとすれば、あの男は人の寿命を喰らい、わがものとしていることになります」

「不老不死……。まるで夢物語のようですわね」


 アルヴァのつぶやきを拾ったレムズは、ここぞとばかりに表情を正す。


「ええ。ですが、紅玉の姫君よ。その夢物語こそが、奴ら邪教徒の原動力なのです。不老不死の夢に魅せられた者達が、連中の軍門に下っていきました。わが父にしても、その例外ではありません」

「そっか、それで君の父さんは……」


 興味を持ってソロンが口を挟めば、レムズは口調を変えながらも答えてくれる。


「そうだ。かつての父は多少なりと邪教から距離を保っていたし、最低限の道理もわきまえていた。だが、それも寄る年波には勝てなかったようでな。老いを恐れた末に、邪教の魅力に(あらが)えなかったのだ。その行き着く先は知っての通りだがな」


 レムズの口調には、かすかな悔しさがにじんでいた。結果的に、父と不幸な決別を果たしたのを悔いているのだろうか。


「ザウラストか……。得体の知れない相手ではあるが、戦いは避けられない。ここでそいつを倒さなければ、イドリスの国民は枕を高くして寝られないのでな」


 サンドロスはそう言い、それからレムズを見る。


「――レムズ王子、わが国は君をラグナイ王国の正式な後継者とみなそう。兄達を退け、王位についてもらいたい。それから、俺は同盟軍の総大将を君に任せたいと思っている」

「それは構わんが……。我らは現状、わずかな手勢しか持たぬぞ」


 疑問を呈するレムズに対して、アルヴァが口を開く。


「いびつではありますが、やむを得ません。我々帝国軍は下界に不慣れな上に部外者なのです。先陣を切ってラグナイ国内へ踏み入れば、反感を買うのは目に見えています。名目だけでも、あなたに総大将となっていただきたいのです」

「姫君がそうおっしゃるなら、私も異論ありません。総大将として、皆を導いてみせましょう」


 レムズは力強く宣言した。

 ……理屈は通っているのだが、アルヴァに従っただけに見えるのが不安を誘う。果たしてこの男に総大将など務まるのだろうか。

 ソロンがそう思っていたところで、レムズが立ち上がった。


「――俺はラグナイの王となり、正義と誇りにあふれた騎士の国を取り戻す。戦乱を鎮め、邪教の犠牲となる民を救いたいのだ。ネブラシア、イドリス両国の方々、そしてわが親愛なる騎士達よ。至らぬわが身であるが、どうか力を貸していただきたい」


 そう語ったレムズは、深々と頭を下げたのだった。

 アルヴァとサンドロスが真っ先に拍手し、それに他の者達も追随していく。この瞬間、三国による同盟軍が正式に結成されたのだった。


「なんとかなるかな……」


 一度は敵として刀を交え、一度は味方として生死を共にした相手である。ソロンはレムズを信じてみることにした。


 *


 会合は進み、内容は具体的な進攻計画へと踏み込んでいく。


「逃げ遅れた神官を捕獲し、尋問によって得た情報なのですが。ザウラスト教団は、独自の界門を複数抱えていたようです。地図をご覧ください」


 解説を担当するのは、イドリスの軍師たるナイゼルだ。

 彼は三勢力にそれぞれ二枚の地図を配っていく。どうやら、上界と下界の地図が組になっているらしい。

 兄の前に広げられた二枚の地図を、ソロンも覗き込む。地図には、その双方に複数の印がつけられていた。印が界門の位置を示しているのは、すぐに理解できた。


「それについて、私のほうでも確認しました」


 ナイゼルに引き続いたのは、帝国十将軍の一人――若き女将軍イセリアだ。


「――界門の配置は、いずれも上下界で対応しています。その多くはわが帝国の領内ですが、未発見の界門と考えてよいでしょう」

「へえ、よく今まで見つからなかったね」


 堅苦しい場をものともせず、ミスティンが呑気な感想をこぼす。

 帝国がこれまでに把握していた界門は二つ。帝都のそばにある門と、イドリスの上方にある門だ。それ以外にも存在は推測されていたが、実際に手がかりが得られたのは今回が初めてだった。


「地図を見る限り、転送先は森や離島など人家から離れた場所となっています。それゆえ、わが国からの発見は困難だったのでしょう。それに冒険者が偶然に見つけたくらいでは、その重要性に気づくのは難しい」

「何にせよ、重要な情報ですね。特にこの二点は予定の経路からも、さほど離れていません。進軍と共に、優先して制圧すべきでしょう」


 アルヴァは下界の地図に印された二点を、二本の指で示しながら主張した。

 計画では、ラグナイ国内の街道を通って王都を目指すことになる。二つの点もその経路から大きく外れてはいなかった。


「界門を使って補給線を引くって理解でいいか? 上界側の地理は、さっぱり詳しくないんだが……」


 サンドロスがアルヴァに向かって確認する。

 アルヴァは頷き、二枚の地図の対応する二点を両手で指差した。


「ええ。例えばこの界門は、帝国のバム島に通じていると思われます。無人島とはいえ、雲海を経由すれば主要な港までわずか一日……。未知なる下界を進軍するわが帝国軍にとって、補給は死活問題です。成功すれば、これほど心強いものはありません」


 アルヴァはよどみなく説明をする。相変わらず、無人島の名前まで把握しているらしい。


「了解した。俺達イドリス軍にとっても、補給は決して軽視できない。すまないが、当てにしてもいいか? 費用は後日に払おう」

「もちろんです、サンドロス陛下。補給線を確保した(あかつき)には、無償で支給いたしますよ」


 アルヴァは余裕たっぷりに答えてみせる。


「おいおい。さすがに、そこまで甘えるわけにはいかないだろう」


 サンドロスは遠慮がちに拒否するが、


「いいえ。界門さえつながれば、わが国にとってはさしたる負担もありません。これは同盟軍としての厚意だと思ってください」

「そうは言ってもなあ……」


 アルヴァは有無を言わせなかったが、サンドロスはなおも渋った。さすがに兄も一国の指導者である。帝国からこれ以上の借りを作らないよう警戒しているのだ。


「ソロン」


 と、アルヴァが小声で名前を呼び、目線を送ってくる。どうやら、兄を説得しろという意味らしい。


「もらっとけばいいよ。黒いのは見た目だけで、腹黒ってわけじゃないから」


 やむなく、ソロンはサンドロスへと声をかけた。

 実際のところ、アルヴァやエヴァートが何かを企んでいる可能性は低い。気前よく見えるのは、そもそもの国力が違いすぎるからだ。イドリスにとってはとてつもない難事業も、帝国にとっては片手間の軽作業なのだ。


「お前、もうちょっと言い方があるだろ……」


 サンドロスは小声で呆れたながらも、アルヴァへと向き直る


「――分かった、帝国からの支援を受けよう。相続く戦いで、俺達の(ふところ)も厳しい。重ね重ね感謝する」

「では、決まりですね。ザウラストの界門を制圧し、それによって得た補給物資は無償で全軍へ供給します。レムズ殿下もそれでよいですか?」


 アルヴァがそう言ってまとめにかかる。相変わらず、いつの間にか主導権を握っていた。


「姫君にご温情をいただいては、ぜひもありません」

「……ところで、俺の弟が帝国に懐柔(かいじゅう)されている気がするんだが。やっぱり、兄貴より女か……」

「そ、そんなつもりはないんだけど。少なくとも、イドリスの不利益にはならないよ。きっと……」


 サンドロスに痛いところを突かれ、ソロンはそう答えるのがやっとだった。


 その後も会合は続き、細かい調整と情報共有が行われた。

 具体的に議題となったのは、ラグナイ王国内の詳細な進路だ。

 兵力は優勢とはいえ、長期間の進軍を行うからには無益な戦いは避けるべきである。それゆえ、可能な限りはレムズと敵対的でない諸侯の領地を通る必要があった。

 ともあれ、三軍による会合は順調に終わったのだった。

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