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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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接待の心得

 話はソロン達の勝利から翌日の晩に戻る。


 イドリス軍の拠点となったミュゼック砦では、(うたげ)(もよお)された。

 主催者は国王サンドロス。もてなす対象はアルヴァ率いる帝国軍、それからレムズ率いるラグナイの騎士達である。

 場所は砦の中庭だ。風情も何もない砦ではあるが、何日もかけて王都まで他国の大軍を招く余裕はなかった。



「上界から遥々駆けつけてくれたアルヴァネッサ上帝陛下と、帝国軍の勇士達に心より感謝する。諸君らの助力がなければ、今頃、何千何万という国民が危機にさらされていただろう」


 中庭に急造された壇上から、サンドロスが演説する。

 普段は訓練に使われている中庭だが、今は大勢の人々が集まっていた。その大半を占めるのが、帝国軍の兵士達である。

 もっとも、人数が五千人ともなると、さすがに収まらなかったらしい。中庭には千人ほどの代表者が出席して、他の者達には別室へ分散してもらっている。イドリス軍とラグナイの騎士達を合わせ、中庭には数千人が集まっていた。


「――レムズ王子初め、ラグナイの騎士達にも感謝したい。両国の間には、様々な確執があったのは事実だ。だが、俺はラグナイの皆を敵に回すつもりはない。真の敵はザウラスト教団だ。今は手を取り合い、帝国を含めた三国で友好を深めようではないか!」


 サンドロスは高々と言い切り、杯を掲げた。

 昨日のアルヴァ相手とは打って変わり、さすがにイドリス国王としての貫禄が備わってきたようだ。

 イドリス軍、帝国軍、ラグナイの騎士達……方々(ほうぼう)から歓声が上がり、宴が開始された。



「やっぱり、(さば)きたてはおいしいね」


 ミスティンが刺し身を口に頬張って喜んだ。イドリス川で捕れた魚を、寸前まで生かしたまま水樽に保管していたのだ。刺し身の鮮度は最高である。


「うむ、自分で釣った魚はやはり格別だな。塩ダレと刺し身がなかなかうまく合わさっておる」

「あんなの釣りじゃねえよ。俺は認めねえからな」


 得意気なメリューにグラットが抗議するが、それも涼しげに受け流される。


「ふっ、頭の固い男め」

「何にせよ、苦労した甲斐がありました」


 アルヴァがそんな皆を微笑(ほほえ)ましげに見守っていた。


「ははは……今日は本当に助かったよ」


 ソロンは今日の苦労を思い出し、苦笑した。


 *


 これだけの料理を振る舞うには、大変な苦労があった。

 砦には数千人が一定期間持ちこたえるだけの糧食がある。その中心となる米は保存性に富み、味だって悪くはない。

 しかしながら、そればかりで持て成すには、さすがに寂しいものがあった。


『調達を頼む。これは王命だ』


 朝起きるなり、無茶振りされたのは例によってソロンとナイゼルの二人だ。

 幸い、北西にイドリス川の支流があった。ソロンは砦に駐留していたイドリス兵を動員して、急遽(きゅうきょ)川へと向かった。


「あなたも忙しいですね。手伝いますよ」

「ふむ、釣りか。私に任せるがよい」

「あっ、川遊びだったら私も行きたい!」


 なぜか、持て成される側の他国の友人達が手伝ってくれた。

 ミスティンはどう見ても遊び半分だったが、釣りの技能には文句のつけようがなかった。

 メリューは例の能力で、魚を水中から引き上げ続けた。

 アルヴァは川を帯電させて、魚を浮かび上がらせていた。そこを兵士達が網ですくい取っていくという寸法だ。


 ……酷い乱獲を見たような気がするが、まあこの程度で生態系に影響はないだろう。


「……あいつら反則じゃね? 真面目に釣りしてるのが悲しくなってくるんだが」


 地道に釣り竿を握っていたグラットが、しきりにボヤいていた。


「気持ちは分かるけど。今は釣りの成果を競ってるわけじゃないからね」


 ともあれ、お陰でどうにか新鮮な魚を、砦へと運び込んだのだった。

 ちなみに、ナイゼルは南のマザール村へ買い出しに向かった。

 一見して簡単そうだが、一日で数十里を往復するのはなかなかの強行軍だ。まあ、ナイゼルは例によって例の如し、竜車に座っているだけなのだが。

 調理にも、もちろん兵士達が駆り出された。その甲斐あって、かれこれ何千人もの料理を確保したのだった。


 *


 広い会場をソロンが見渡せば、出された食事に驚く兵士達の姿がそこら中で見られた。

 二人の将軍を含め、帝国軍の大半はもちろん下界が初めてだ。これまでは食事も、上界から持参したもので済ませていたらしい。


 この場で最も目立っているのは、魔物達の姿焼きである。

 双頭の蛇に、巨大ダンゴムシことグソック、透明感のあるアメーバなどなど……。堂々たる有様で食卓の上に鎮座していた。

 人は少ない下界だが、魔物の数ならば上界を上回っている。もっとも、魔物と呼ばれるものの多くは危険で、しかも捕獲が難しい。おまけに毒まで含むものもいた。


 それでも種族を選んで狩りをし、適切に調理すれば立派な食材となる。サンドロスもソロンと同じく、自ら兵を指揮して食材を捕獲してきたのだ。

 姿焼きを選んだのもサンドロスの演出であるが、今のところ実を結んでいる様子はない。

 見た目の異様さが興味に勝ったのか、帝国の客人達からはあからさまに忌避されていた。



「ふむ、これが下界の酒というものか。なかなか悪くないな。ほれ、お前も飲んだらどうだ?」


 ガゼットが酒をあおりながら、グラットへも勧める。イドリスの酒は米を原料としたものであり、ぶどう酒中心の帝国産とは味わいが違っていた。


「言われなくてもな。……しっかし、親父と宴会ってのは落ち着かねえな」


 父と隣り合ったグラットは、親子の距離感に当惑していた。


「情けないことを言うでない。お前のような親不孝者にしては、過分な父君ではないか。感謝の気持ちを忘れるでないぞ」


 優雅に酒をたしなみながら、メリューが苦言を呈する。幼い見た目に反して、(さかずき)を持つ姿は様になっていた。


「俺はお前みたいな親父っ子じゃねえんだよ」

「くくくっ! お前、そんな小さな子からもそんな扱いなんだな」


 反論するグラットを見て、ガゼットが笑う。


「いや……こいつ親父とそんな年変わんねえぞ」

「おいおい、父をからかうのはよせ。冗談だろ……」


 ガゼットが唖然としながらメリューを見た。


「待て、デタラメを抜かすな」


 メリューがすかさず抗議する。


「――我らが長命とはいえ、さすがに大袈裟だぞ。父君より十程度は年下だろう」

「それでも、十分に驚きなんだがな……」


 ガゼットはもう一度メリューを見たが、やはり信じられないようだった。



「この(はし)というのは、なかなか扱いが難しいですね。フォークでよいでしょうか?」


 イセリアが慣れない食器に苦戦しながら、料理をつまもうとする。さしもの彼女も剣の如く自在に――とはいかないらしい。


「イセリア将軍、こうするのです」


 と、アルヴァが得意気に箸の使い方を教示してみせる。豆をつまんで、上品に口へと放り込んだ。


「はあ……む、難しいです。それにしても陛下、慣れてらっしゃいますね」


 イセリアはどうにか箸で料理をつかもうとする。空気を読むイセリアは上司には逆らえず、フォークは諦めたらしい。


「ふふ、下界で暮らした経験がありますからね。……ソロン、だからその箸の持ち方は行儀が悪いですよ。箸は羽根ペンではありません」


 他人事(ひとごと)のように眺めていたら飛び火した。


「別にいいよ。他の人は知らないけど、僕はこれでうまくやってきたし」


 ソロンは箸でご飯を詰め込み、頬をふくらまして聞き流すそうとするが、


「もうこの子ったら、そんなにふくらせて」


 当のアルヴァが放ってくれない。温かい目でこちらを見ながら、ツンツンと人差し指で頬を突いてくる。


「いや、恥ずかしいからやめてよ……」

「……あのお二方は、いつもあんな感じなのか?」


 イセリアは呆気に取られた面持ちで、アルヴァとソロンを見比べていた。そうして、隣のミスティンに小声で何やら尋ねている。


「うん、仲良しだもの」


 と、ミスティンも嬉しそうに答える。

 イセリアに限らず、主に帝国軍からの視線がソロンに突き刺さる。

 普段は見せない上帝陛下の素顔に、みな注目せざるを得ないのだ。こちらもその巻き添えを喰らう形だった。


 いたたまれなくなったソロンは、会場に視線を移してやり過ごす。

 見れば、接待のため方々(ほうぼう)に気を遣うサンドロスとナイゼルの姿があった。


 サンドロスは会場を回り、ラグナイの集団へと声をかけていた。見る限りは険悪な雰囲気もない。かつての敵であったレムズとも、ごく普通に言葉を交わしている。

 男には常にそっけないレムズにしては、なかなか珍しい。サンドロスの人徳か、はたまた宴の空気がなせる業だろうか。


 もう一方のナイゼルは、謎の宴会芸を披露していた。

 演台の上に立った彼が、杖を振る度に美しい音色が鳴り響く。

 細かい仕組みは不明だが、風魔法の応用で音を奏でているらしい。相変わらず無駄に芸達者で、末端の兵士達までが拍手喝采していた。


「そういや僕も、接待の仕事を兄さんから頼まれてたんだけど……。なにかしたほうがいいのかな?」


 そんな二人の様子を眺めながら、ソロンがこぼした。

 イドリス陣営の中では、ソロン一人が帝国側の座席に着いていた。それは兄からの配慮であると同時に、接待の役目を期待されていたからだ。


「それをもてなされる側の私に聞きますか……。別に気にせずともよいのでは。一応、今も我々の相手をしているでしょう?」


 と、アルヴァが呆れ気味ながらも答えてくれる。


「まあ、確かに。君は主賓(しゅひん)中の主賓だもんね。ここはいつもの顔ぶればかりで気楽だけど、接待してるって感じはしないからさ」


 帝国側の主要人物で慣れない相手といえば、精々がガゼットやイセリアくらいだろうか。それにしても、さして気を遣う相手ではない。


「なるほどな。そんなに接待がしたいなら、あちらに行ってはどうだ?」


 メリューが指し示したのは、ラグナイの騎士達のほうだった。もちろん、その中心にはかの騎士王子がいる。先程はサンドロスと話していたようだが、今は騎士達だけだ。

「あ~、レムズ王子か……。あっちはさすがに敷居が高いかなって……」


 ソロンは言いよどんだ。

 共闘によって最低限の信頼関係は築いたものの、相変わらず苦手意識が捨てきれない。


「注文が多いな。接待したいと言い出したのは、そなただろうが。そもそも、あやつを引き込んだのもそなたの仕業。仲良からずとも、戦友としての情ぐらいはあろう」

「別に接待したいとまでは言ってないよ。……けど、戦友かあ」


 ソロンは尻込みしながらも、アルヴァに視線で助けを求めてみる。


「……私は行きませんよ。そんな愛らしい目で(すが)られても、駄目なものは駄目です」


 アルヴァはそっと視線を外した。


「そ、そう……」


 別に愛らしい目で見た覚えはないが、それは置いておく。

 行かない理由は聞くまでもなかった。レムズに対するアルヴァの苦手意識は、それこそソロンの比ではない。

 何はともあれ、メリューの発言にも一理ある。ソロンは意を決して、レムズの元へ向かった。

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