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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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教祖ザウラスト

 ラグナイ軍の大敗から、しばらくの日が過ぎた。

 ミュゼック砦から遥か北東に、ラグナイの王都がある。そこからさらに数十里ほど北上した地に、ザウラスト教団の大神殿があった。

 大神殿の奥へと、一人の女が歩いてゆく。

 並み居る神官と兵士達が道を譲る中を、女は進んでいった。赤い衣をまとった彼女は、若くして教団でも有数の実力者であった。



「教祖よ。ただ今戻りました」


 枢機卿(すうききょう)はひざまずき、奥へ向かって声をかけた。奥には玉座のように装飾された仰々しい椅子があり、その上には男の姿があった。


 少年のように若々しい姿に、紫がかった銀髪。その肌は人形のように白く、作り物じみている。故国の民族衣装だという赤地の着物には、黒い入り組んだ紋様が描かれている。

 少年のような姿に反して、赤紫の瞳には異様な深みが宿っていた。それこそ、百年を得た老人ですら持ち得ない底知れなさである。


 幾百年を生きるという教団の創始者にして、今もなお君臨する教祖――ザウラストその人であった。


「ラムジード王が崩御されたそうだね」


 枢機卿に対して、ザウラストは気さくに声を返した。姿に(たが)わず、まるで少年のように若々しい声だった。


「ご存知でしたか」

「まさか、イドリスのような小国に敗れるとは思わなかったよ。かれこれ四十年近くになるのかな、彼とは長年の盟友だったから、私も寂しい限りだ」


 言葉とは裏腹に、ザウラストの口調は至って軽い。その口元には、薄笑いすら浮かんでいた。


「申し訳ありません。私が付いていながら、力及びませんでした。誤算だったのはレムズ王子の謀反(むほん)と、ネブラシア帝国の援軍です。多くの聖獣を投入しても、敵いませんでした」


 枢機卿は深々と頭を下げた。


「ハハハ、君も白々しいねえ。我々としては、王に退場してもらうのも想定の内だからね。王子は三人だけど、レムズは僕らに従わないだろう。必然的にリーゲル王子とランザム王子が残るわけだ」

「どちらかに肩入れなさるのですか? 正直に申して、どちらも大した器とは見受けられないのですが……」


 次の王を決めるのは、三人の王子でも諸侯でもない。ましてや、ラグナイ国民でもない。決めるのはザウラストだ。教祖が肩入れした者が、王として戴冠(たいかん)するのだ。


「あはは、君も辛辣(しんらつ)だねえ。私からすれば、どちらも次の王にふさわしい逸材だよ。だって、神輿(みこし)は軽いほうがいい――って、昔の偉い人が言ってたからね」


 国家すら左右する命題を、ザウラストはまるで遊びのように扱っていた。もっとも、その側近たる枢機卿も、主君の態度には慣れたものである。


「では、様子見でしょうか?」

「そうだね。いずれにせよ、二人で争っている場合でもないだろう。レムズに勝たなければ、話にもならないわけだし」

「レムズ王子には、イドリスとネブラシアが引き続き加担すると思われます。そうなれば、あの二人では勝機は薄いでしょう。教祖の元へ泣きついてくるのは必然と思われます」


 そこまで語ったところで、枢機卿はハッとしたように顔を上げた。


「――もしや、それが狙いでしょうか?」

「理解が早くて嬉しいね。そうなったら二人を競わせて、生贄を献上させるのさ。より貢献してくれたほうが、次の王ってことでいいんじゃないかな」

「全ては御心のままに」

「それにしても、帝国が上界から軍を送ってくるとはねえ……。王はどっちでもいいけど、そっちのほうは気になるかな」


 教祖は天井を仰いだ。まるでその先にある上界を見据えるように……。


「はい。上帝アルヴァネッサが自ら軍を率いて降りてきたようです。この眼で見届けましたので、間違いないかと」

「ふ~ん、前の皇帝がねえ。女王の杖を手に入れたのは彼女だったね」


 ザウラストにしては珍しく、この話には興味を見せていた。その手には女王の杖――かつて、アルヴァネッサが手にしていた杖が握られていた。


「ええ、皇帝自ら杖を発掘し、あまつさえ振るうとは意外ではありましたけれど」



 (はる)か昔、ザウラストが生誕する前の時代……。下界を浸蝕する呪海――カオスの海を、制しようとする者は少なからずいた。

 その目的は千差万別。星と人類の生存を願う者もいれば、私欲に利用しようとする者もいた。いずれにせよ、彼らはザウラストの先輩ともいえる研究者達だった。


 いかなる研究もカオスの力――つまりは神の力を制するには至らなかった。けれど、わずかながら成果も残された。

 もっとも、その成果すらも危ういものでしかなかった。カオスに関する研究は当時から邪法として忌み嫌われたのである。

 そして、現在の教団からすれば宝の山である遺産も、多くは廃棄され途絶えてしまった。


 それでも、全てが消え失せたわけではない。下界における黒雲下や、上界における孤島――そういった秘境には、時の権力者も影響を及ぼせなかった。

 結果、それらの遺産が残されたのである。


 ザウラストは教団を使って遺産を回収しており、杖もその一つだった。

 実際のところ、アルヴァネッサが杖を手にしたのは偶然でしかない。

 古文書から得た情報を枢機卿が振りまいた結果、たまたま当の女帝が喰いついたのだ。おまけに、女帝が自ら杖を振るうとは、さすがに予想外ではあったが……。



「君の報告は受けていたけど、さぞ見ものだったそうだね。そんなに面白い事態になるなら、私も行けばよかったよ」


 ザウラストは子供っぽい仕草で、悔しそうに溜息をついた。側近から見ても、本気か冗談か容易に判別できないのが、この教祖の性格である。


「申し訳ありません。聖獣を放った結果、アルヴァネッサが杖の力を引き出すまでは想定通りでした。ただ、杖の暴走までは、私も予想できませんでしたので」


 過去の出来事を引き合いに出し、枢機卿は謝罪する。もっとも、その程度で怒る教祖ではないため、形だけに過ぎない。


 教団が帝都に聖獣を放ったのは、アルヴァネッサが杖を手に入れた後のことだ。オトロス大公の要請に従う形で、枢機卿が実行したのである。

 その目的は二つあった。


 一つは帝国に混乱をもたらし、オトロスの勢力を強めるため。それは背後にいる教団の影響力を高めることにもつながる。

 理想はアルヴァネッサやエヴァートといった主要皇族の殺害だが、結果的には失敗した。

 それでも、時の皇帝を失脚させたのは大きな成果であり、オトロスにも恩を売れた。もっとも、今となってはオトロスに大した価値も見出せないわけだが……。


 そして、二つ目は杖の力を試すためだ。

 女王の杖がどれだけの力を秘めているのかを見極め、教団の研究に役立てる目的があった。

 教団の希望通りに杖を持ち出した女帝は、神獣を使役してみせた。神獣は聖獣を喰らい、圧倒的な力を見せつけたのだ。


 枢機卿からすれば、それだけで十分な驚きだった。遺産を手に入れたとしても、その力を発揮できる事例は少ない。(たぐい)まれなる才能と研究があって、初めて成せるのだ。

 それこそ、教祖ザウラストのような傑出(けっしゅつ)した才能が必要となる。

 これが平凡な魔道士だったならば、神獣の召喚すら叶わなかっただろう。アルヴァネッサもまた傑出していたがために、事態を引き起こしたのだ。


 彼女の制御下にあった神獣は、聖獣を喰らいながら力を増していく。同じカオスの力を根源とする聖獣は、神獣にとって食料でしかなかったのだ。

 そして、ふくれ上がる力が、神獣の暴走を引き起こした。アルヴァネッサの制御下を離れた神獣は、聖獣を喰らった勢いのまま、帝都を破壊せしめたのだった。

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