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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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亜人との戦い

 ゲノス将軍の招集によって、カンタニア城の会議室に主立った者が集められた。

 将軍、参謀に士官達……主な参加者は軍に属する者達だ。

 その他にもカンタニア公爵とその家臣達が列席していた。公爵は行政の長として、この場に(のぞ)む立場にあったのだ。


 アルヴァから少し離れて、セレスティン司祭も静かに着席していた。

 いざという時、司祭には現地の神官を統率して、負傷兵の治療に当たってもらわねばならない。議論の流れだけでも聞く権利はあると考えたのだ。


 いずれの者も前回の遠征で、アルヴァとの顔合わせは済んでいる。そのため、余計なやり取りを省略して本題に入らせた。


「一刻も早く、コドナム砦を奪還すべきです。今こそ陛下の御旗(みはた)の元に総力を結集し、決戦を挑むべきでしょう」


 参謀が勇ましく口火を切った。

 既に反転攻勢をかけるという方針は明確化してある。その上でアルヴァはまず、彼らに自由な意見を出させるつもりだった。


「だが、あの砦は堅牢だ。正面から攻めるならば、伏兵に気をつけねばなるまい」


 ゲノス将軍はあくまで慎重だった。

 コドナム砦は帝国最北の砦として堅固(けんご)に構築されていた。自然の高台を利用し、容易に攻め落とせない構造になっている。

 それだけにそれを強襲して、あっさりと陥落させた亜人は脅威だ。

 鳥のような亜人が空を飛び、獣のような亜人が壁をよじ登り、砦内部へと侵入してきたのだ。


 もちろん、砦の守備隊も弓や投石・魔法で応戦したが、その勢いは止められない。

 内と外の両方から攻撃をかけられたコドナム砦は、たったの一日も持ちこたえられなかった。

 (ひるがえ)って、こちらがコドナム砦を奪還するのは容易ではない。

 不公平ながら、人間に亜人のような身体能力はないのだ。敵に乗っ取られた現状は誠に厄介だった。


「包囲をしてはいかがでしょうか? なんせ、奴らの数倍の兵力をこちらは保有しています。大防壁の守備隊と協力すれば、申し分ないでしょう」


 士官の一人が意見を述べるが、ゲノスが首を横に振る。


「いいや、亜人共は本国からの援軍を待っている可能性が高い。でなければ、

籠城(ろうじょう)を決め込む理由もなかろう。それによって、包囲の裏から援軍に襲われてはひとたまりもない。奴らには安全な連絡手段があるのも厄介だ」

「確かにおっしゃる通りです。全く……空を飛ぶなんて反則にもほどがありますな」


 将軍の意を組んで、参謀がぼやく。

 鳥人――鳥型の亜人ならば、まさしく空を飛んでの連絡・補給が容易にできてしまう。

 砦の部隊と援軍に連携されて、こちらが窮地(きゅうち)に立たされる懸念は無視できなかった。

 さらにいうと数倍の兵力――とは、あくまで兵数の比較に過ぎない。

 亜人の中には、一人で二人の帝国兵を圧倒する力を持つ者もいる。そうでなければ、砦は陥落しなかったはずだった。


 もっとも、兵数については帝国全土から召集できれば、たやすく解決できる話ではあるのだ。

 だが、諸侯の協力が得られない現状では、それもままならない。

 帝国は強大な戦力を持ってはいるが、その全てを常に動員できるわけではないのだ。全く歯がゆいことに……。


「苦しいのは分かっておりますが、どうにかしてくだされ! このままでは、連中がカンタニアに迫るのも時間の問題でしょう! 物資については、できる限りこちらで工面致しますから!」


 泣きが入った発言は、カンタニア公爵のものだった。

 彼は、かつてカンタニア王と呼ばれていた人物の子孫である。

 もっとも、その彼の先祖にしても、兵力では亜人に太刀打ちできなかったのだが……。

 今では軍務からも遠のき、帝国の将軍達に頭の上がらない立場となっている。


「それは分かっております。だが、こちらとしても無用な被害を出すわけにはならんのです。無謀な突撃は敢行できません」


 亜人の手強さを知るゲノスは、容易に反撃へ出る決断を下せないようだった。


 やり取りの間、アルヴァはじっと黙っていた。

 将軍一同と比べれば、いかに才女のアルヴァといえど軍務は素人に過ぎない。それは分かっていたので自重していたのだ。

 しかし、方針は定まらず会議は長引くばかり。やがて、()れたアルヴァは切り出した。


「懸念は無用です。亜人と戦いに持ち込み殲滅(せんめつ)するのみです」


 女王の杖を持つアルヴァにとって、もはや亜人など敵ではない。いかなる戦術を取ろうと、戦いに持ち込めば勝利する確信があった。

 だが、ゲノス将軍にはそんなことが分かろうはずもない。呆気に取られて、返事を捻り出すのに躊躇(ちゅうちょ)しているようだった。


「ですが、そう簡単にゆくはずが……」

「私にはこの杖があります」


 アルヴァは一同の前で女王の杖を掲げた。黒い魔石の中に収まる赤黒い霧……。杖先の魔石の異様さに一同は息をのんだ。


「その杖は……何でしょうか?」


 魔道士らしき士官の一人が女帝に質問をした。

 主に魔石は上流階級の持ち物であり、士官の中にも魔道の心得を持つ者は多い。それだけに杖の異様さに気づいたのだろう。


「ベスタ島の遺跡で手に入れた杖です。五十を超えるサーペンスをたやすく葬る力を持っています。たとえ敵が千を超えていようと、物の数ではありません」


 それを聞いて会議室の面々がざわめく。

 サーペンスは凶暴な雲竜として知られている。その大群を(ほうむ)るとなると並大抵の魔法ではない。

 古代遺物の中には、時に戦況を変化させるほどの強大な品がある。アルヴァはそれを手に入れたと主張しているわけだ。


 女帝のみなぎる自信に、ゲノス将軍を始めとした一同は、有無を言えなくなってしまった。

 アルヴァは元より自信家で、それに見合う実力も備えていた。

 だがそれにしても、これほどまでの大口を叩くとは予想外だったのだろう。


「それでは、陛下のお力を頼りにしてよいのですな?」


 将軍も覚悟を決めたようだ。

 アルヴァには、かつて雷魔法で自ら戦局を打開した実績がある。そのため、若き女帝を信じることにしたのだろう。


「ええ、お任せあれ。皆さんは砦から敵を誘い出していただけますか?」


 結局、帝都に戻ってからも杖の効果を検証する暇はなかった。

 とはいえ、さすがの女王の杖でも、砦の内部にいる敵を直接狙うのは難しいだろう。ならば、砦から出たところを狙うしかない。

 もっとも、それも簡単なことではない。

 そもそも攻城戦において、守備側は城塞(じょうさい)に閉じこもるからこそ厄介なのだ。その利点を捨てさせるには、何らかの作戦が必要だった。


 *


 アルヴァが率いる帝国軍は二千の兵を引き連れ、カンタニアを()った。

 目指すは北西。帝国軍はコドナム砦の南――リンブル砦に二日をかけて到達した。

 その守備隊の兵力はおよそ千。そこから五百を引き抜いて、合計二千五百人の部隊を再構成した。

 これが亜人との戦いに向かう部隊となる。


 皇帝が自ら率いるには、あまりにも情けない小勢……。本来なら時間をかけて、万の大軍を結集するのが当然だろう。

 だが、アルヴァにとっては十分だった。この戦力で、コドナム砦を亜人の手から奪い返すのだ。

 後方支援の部隊は、リンブル砦にそのまま駐留させる。その中には、セレスティンら神官達も含まれていた。


 もっとも、短期決戦であるため、彼女らの出番はないはずである。

 それでも連れてきたのは、それが戦争の常道だからだ。あまり常識を外れてばかりだと、軍人達を説得するにも時間がかかってしまう。


 *


 翌朝、リンブル砦を出発した昼過ぎ。

 遠方にコドナム砦の姿が見えてきた。高台の上に建造された堅固(けんご)な砦である。

 砦には少人数ながら、見張りの亜人らしき姿があった。砦の上空を飛び回る鳥のようなものが見えるが、あれも恐らくは見張りの亜人だろう。

 それ以外の大半は、砦の中にこもっているのだと推測がつく。ただし、伏兵の可能性も無視できないのは、作戦会議で将軍が指摘した通りだ。


 そして帝国軍は千五百を連れて、砦攻めにかかる。……のではなく迂回(うかい)する。

 目指すは北の大防壁。

 あくまで狙いは砦だが、表向きは大防壁に向かうと見せかけるわけだ。


 なんといっても、コドナム砦の亜人達は孤立を恐れている。

 大防壁の防備を強化し、北からの援軍を遮断してしまえば、いずれ彼らの命運は尽きてしまう。

 さらに、砦から東西の森には五百ずつ伏兵を忍ばせておく。

 無論、アルヴァの本隊とは別の経路で秘密裏に配置してある。これは途中に敵の伏兵がいないかを、調査する意味合いもあった。


 *


「連中、向かってきますかな?」


 コドナム砦を迂回する道中、ゲノス将軍が話しかけてきた。

 アルヴァとゲノスは馬上に揺られながら、軍の後尾に位置していた。


「さあて、それは彼らのみが知ることです。来ないなら来ないで結構。そのまま大防壁へ向かいましょう」


 砦内部の敵を誘い出す方法としては単純である。

 陽動を見破られる可能性もあるが、それも想定内だった。

 亜人が何もしてこなければ、それはそれでよい。大防壁の修繕と防備の強化ができるなら悪くはないのだ。

 唯一、脅威があるとすれば、北の援軍と合わさって挟み撃ちされた場合だけだ。


 しかしながら、いまだ大防壁の大部分は健在である。こちらが警戒する中を、容易に突破できるとは思えなかった。

 なんといっても、こちらには杖の力がある。

 敵に援軍があったとしても、先に砦の亜人を殲滅(せんめつ)することは訳ないはずだ。


「それにしても、亜人とは随分と無謀な攻め方をするものですね」


 砦を仰ぎ見ながら、アルヴァは疑問を口にした。

 敵が擁する千五百の手勢は、少なくはないが決して多くもない。援軍が期待できるとしても、敵の領内へ突入するには厳しい人数だった。


「ふうむ、それが彼らのお国柄なのかもしれませんな。なまじ個人の力量が大きい分、力に任せた戦術が主流なのでしょう」


 口ひげに手をやりながら、ゲノスが答えた。


「お国柄……ですか。無謀を好むと言えば、古い時代の騎士にもそのような流行がありましたが……。全く迷惑きわまりないですね」


 妙な表現にアルヴァは苦笑する。

 しかし、案外そのようなものかもしれないな――とも思い直す。

 以前も含め、亜人達の多くは力任せの攻勢をかけてくる傾向があった。自軍の被害をいとわぬ攻撃に、帝国も多くの被害を受けたのだ。

 亜人の国ドーマ――こういった戦法も、彼らが歴史の中で築いてきた伝統なのだろうか。


 帝国軍本隊はコドナム砦の迂回(うかい)を終えた。事態が動いたのは、そこから北上する道中でのことだった。

 大防壁へ到達する前に、砦から亜人達が出撃して来たのだ。数は恐らく、敵全軍の半分といったところだろう。


 こちらを殲滅(せんめつ)するつもりなのか、単なる牽制(けんせい)か、敵軍の正確な意図は分からない。

 どちらにせよ、おびき出せたという結果があれば十分だ。敵がこちらの背後を突く形だが、備えはできている。


「来ましたね。将軍、お願いします」


 予定通りの展開に、アルヴァはほくそ笑んだ。

 今から、この杖を振るうのが楽しみで胸が高鳴る。かつては感じた戦場の恐怖も、今は不思議となかった。


「はっ、総員反転を!」


 ゲノスが手を上げ、手はず通りの指示を出した。後尾にいたアルヴァとゲノスを中心に、すぐさま全軍を反転させたのだ。

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