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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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あなたもお美しいですな

 国王ラムジードの消滅により、ラグナイ軍は撤退していった。

 元々、国王自身が撤退の方針を示していたのである。(とむら)い合戦とはいかなかったらしい。

 ラグナイ軍の中枢を担っていた神官達も、兵士達から守られるように去っていく。


 もっとも、国と教団の関係が今後とも続くかは不透明だ。今後、ザウラスト教団がどう動くかは、教祖の意向次第だろう。それを探る上でも、枢機卿(すうききょう)を逃したのは大きかった。

 戦場には捨てられた魔物が残っているが、それは帝国軍が処分に働いてくれている。大兵力を持ってすれば、じきに片付くはずだ。


 そして、後にはレムズの姿があった。起き上がる気力もないのか、王が消え去ったそばで大の字になって倒れている。

 仲間達は騎馬を降り、傷だらけのレムズのそばへと集まるのだった。



「こ、紅玉の姫君よ、見てらっしゃいましたか。あなたへの愛が、悪を打ち砕きまし……たぞ」


 息も絶え絶えに、レムズはアルヴァのほうを見た。


「……ええ、努力は認めねばなりませんね。ご苦労様でした」


 アルヴァは距離を保ちながらも、一応のねぎらいは見せた。


「――ミスティン、すみませんが治療をお願いできますか?」


 それから、アルヴァは隣に連れたミスティンへと声をかける。


「了解」


 ミスティンは前へ進み出て、(ふところ)から魔石を取り出した。最近は弓ばかりですっかりご無沙汰だったが、これも彼女の特技だ。もっとも、本職ではないのであくまで応急処置ではあるが。


「――鎧、脱がせて」


 ソロンとグラットも、声をかけられて意図を理解した。二人でレムズの鎧を脱がせて、治療の準備に取りかかる。

 ミスティンの聖神石(せいしんせき)が、血に(にじ)んだ体を(いや)していく。

 レムズはそんなミスティンを目にして。


「ミスティン殿。あなたもお美しいですな……」

「こやつ、本当に()りんな……」


 メリューが呆れがちにつぶやいた。この男、死にかけていても性根(しょうね)は変わらないらしかった。


 *


 レムズを騎士達に引き取らせ、ミュゼック砦まで運ばせた。それで、ソロンはようやく人心地をついた。


「あの枢機卿って人、二人は知ってたの?」


 色々と聞きたいことは溜まっているが、まずは先程の総括だ。ザウラストの神官達とは何度か戦ったが、枢機卿という女は格が違うように感じた。


「うん、ちょっと前にネブラシア城でも鉢合わせた。上と下、行き来してるみたいだね」


 先にミスティンが答えた。上と下というのは、もちろん上下界のことだ。


「ちょっと前というのは、君達と別れてからだよね」


 アルヴァ達と上界で別れてから何があったのか、ソロンはいまだ聞いていない。

 帝国で謀反(むほん)を起こしたオトロス大公という男――その背後には、ザウラスト教団が控えている。ソロンの情報はそこで止まっていた。


「あれから大公を捕らえ、皇帝ご一家を救出し、帝都も解放しました。けれど、大公をそそのかした教団の連中は、逃亡したままです。その中心にいたと思われるのが、かの(おんな)ですね」


 言葉足らずなミスティンを、いつものようにアルヴァが補足する。


「そっか、うまくいったんだね」


 教団の話はさておいて、ソロンはひとまず安堵する。皇帝エヴァートとは、わずかながら言葉を交わした間柄だ。何より彼はアルヴァの家族であり、他人事(ひとごと)とは見なせなかった。


「ちなみに、ウチの父は来ておりませんか?」


 ナイゼルがガノンドの安否を確認すれば、


「帝都の修道院で療養中ですが、心配はいらないでしょう」

「おじいちゃん大活躍だったよ。私と一緒にお城へ忍び込んで、それから敵の将軍と決闘して勝利したんだって。ちょっと無理しすぎた感じはするけど、元気そうだったよ」


 アルヴァが答え、ミスティンがさらに付け加える。


「いや、お城に忍び込んだって……。君も先生もあんまり無茶しないでよね。僕が言うのもなんだけどさ」

「全くですよ。もういい年だというのに……。まあ、お役に立てたのなら幸いですが」


 ソロンとナイゼルは呆れながらも、ガノンドの無事を喜んだ。


「それで、君達がここに来たのも、ザウラスト教団を追ってきたってことかな?」

「ええ、邪教の追討と同盟国の援助を理由にして、お兄様から兵を拝借しました」

「そうそう、アルヴァは元帥(げんすい)様なんだよ」


 ミスティンが嬉しそうに口を挟む。


「なに、元帥って?」

「軍事の最高職です。将軍達を率いるに当たり、形式上の地位を与えられただけです。もっとも、そんなものがなくとも私は身一つでここまで来ましたが」

「そっか、ありがとう……」


 アルヴァの力強い言葉に、ソロンの目頭が熱くなった。しがらみに縛られてはいても、その中で最大限の努力をしてくれる。それが彼女の在り方だった。



「おーい! ソローン!」


 遠くから聞き知った声がこだまする。ソロンが振り向けば、兄サンドロスが騎乗しながら駆け寄ってくる。


「おう、来た来た」


 と、グラットがつぶやく。

 サンドロスの近くには、帝国軍を率いる二人の将軍――ガゼットとイセリアの姿もあった。どうやら、彼らがイドリスの本隊を助けてくれたらしい。


「お久しぶりです、サンドロス陛下」


 アルヴァはサンドロスに近づくや、早々に頭を下げた。


「――貴国の領内を通過するに当たり、先に十分な了解を得なかったことをお許しください。なにぶん、火急を要する事態でしたゆえ」


 ネブラシアはイドリスの友好国ではあるが、軍を勝手に出入りさせてよいという道理はない。平時なら宣戦布告も同然の行為であるため、アルヴァはそこを釈明したのだ。

 戦場に至るまでには、王都イドリスの近辺を北上し、ミュゼック砦を通過する必要がある。

 それができたのは、かつてアルヴァ自身がイドリスに貢献し、信用を得ていたのが大きかったはずだ。


「お、おお。そこまでかしこまられると逆に困ってしまうが……」


 対するサンドロスは露骨に動揺していた。

 無理もない。とてつもない借りを作った相手から、下手に出られたのだ。おまけに、今のアルヴァは大軍を率いる指揮官でもある。かつてとは立場が違いすぎた。

 サンドロスは慌てて下馬し、負けじと頭を下げる。


「――俺達こそ国家存亡の危機に、助けられたことを感謝したい。君が軍を率いてくれなければ、確実に敗北していただろう」

「感謝をされるいわれはありません。帝国への侵略行為を働いた邪教を追討するため、我々としても軍を進める必要があったまでです」


 そこまで話したところで、アルヴァは相好を崩した。


「――それに、あなたの弟は幾度に渡ってわが帝国の危機を救ってくださいました。いまだ、借りを返しきれていないと私は考えます」

「そうか。ソロンが少しでも君達の役に立ったならば、俺も兄として冥利に尽きるというものだな」


 話題が身内のものになって、サンドロスもどうにか表情をゆるめた。結局、王になろうとも兄は堅苦しい会話が苦手なのだった。

 何はともあれ、この場を取り成せるのはソロンの他になさそうだ。


「立ち話もなんだし、とりあえずは砦に戻らない? みんな疲れてるだろうしさ」


 ソロンが提案すれば、皆一も二もなく従った。

 イドリス軍については言うに及ばず。途中参加の帝国軍にしても、強行軍で駆けつけてくれたのだ。疲労が深いのは皆同じだった。

 そうして、魔物が全て掃討されたことを確認し、ミュゼック砦へと戻るのだった。


 *


 今回の戦の要であるミュゼック砦だが、ソロンが足を踏み入れたのは初めてである。

 軍事基地らしく無骨そのものとはいえ、内装に乱れはなかった。それも最後まで敵の侵入を許さなかったからこそだろう。


 五千にも及ぶ帝国軍が宿泊するには、砦はあまりに手狭だった。けれど、そこはアルヴァも承知の上。部屋が足りないぶんは、中庭を借りて天幕を広げていた。

 ソロンもこれまで共に旅をしてきた仲間達をねぎらい、怪我したものがいれば手当を手配するのだった。


 砦の一室を借りるなり、ソロンは早々とベッドに沈んだ。まだ日が陰ってもいない時刻だが、これ以上は何をする気力も起きなかった。

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