白光の剣
「ぐ……貴様、なぜ生きている!?」
苦痛に顔をゆがませながら、レムズがラグナイ王に問う。
「わしはカオスの力で不死身となったのだ! その程度で父は殺せんぞ、バカ息子があぁぁぁ!」
心臓を貫かれたはずのラグナイ王は、凄まじい形相でレムズの首を締め上げる。王の目は血走り、もはや人間のものとは思えなかった。
「人であることを……捨てたか! ならば、貴様をもう……父とは思わん!」
レムズも必死の形相で抵抗し、浮いた足で父王の腹を蹴った。狙いは腹に刺さったままの白光の剣である。
「おおおぉぉぉ!」
王はうめいたが、それでも腕の力をゆるめない。今まさに、レムズの意識は薄れようとしていた。
* * *
「させないっ!」
ソロンは走り寄り、刀を一閃。ラグナイ王の肩へと斬りつけた。
「ぐおっ!?」
斬りつけた肩口から青い炎が立ち昇る。たまらず王はレムズを放り投げた。
そこへ向かって駆け込んでくるのがグラットだ。レムズを追いかけたソロンを、さらに追ってきてくれたらしい。
「おい、死んでねえだろうな?」
と、グラットがレムズを助け起こす。
「きさまぁ!」
横槍を受けたラグナイ王が、ソロンを血走った目でにらんでくる。その心臓には今も白光の剣が突き刺さったままだ。
「まだだっ!」
時間を稼ぐため、ソロンはもう一太刀を浴びせる。先程の一撃は、レムズを巻き込まないために加減していた。けれど、今度は容赦のない魔力を込めて、王の顔面へと蒼炎を叩きつけた。
巻き起こる爆炎が王の体を吹き飛ばし、飲み込んでいく。そこから逃れるようにソロンは跳び下がった。
レムズもどうにか自分の足で立ち上がり、グラットに支えられながらよろよろと歩き出す。
今の一撃でとどめを刺せたかは分からない。恐らく、王は生きているだろうが、それでもしばらくは動けないはずだ。
「くそっ! 手を出すな、ソロニウス!」
レムズはグラットの腕を振り払い、悔しげにソロンをにらみつけた。
レムズの首元には赤黒いあざが浮かんでいた。相当な力で締め上げられたのだろう。だが、そんな中でも彼は強がりを口にしていた。
「おいおい……。お前、ソロンが助けなけりゃ死んでたぜ」
「頼んでなどいない」
グラットが呆れて忠告するが、レムズは取りつく島もない。
「私が助けるように頼んだのですが」
後ろから遅れてやって来たアルヴァが付け足した。彼女は不快そうに眉をひそめて、馬上からレムズを見下ろしている。その両隣にはミスティンとメリューも駒を並べていた。
レムズは途端に声色を変えて。
「なんと! 紅玉の姫君はなんと慈悲深いのか……! あなたに救われた命をもって、私は王を倒してみせます!」
レムズは握りしめた拳で、ラグナイ王を指した。薄れる黒煙の中から影が立ち上がる気配が見える。
「うぜえ……」
豹変したレムズを目にして、グラットがつぶやく。
「意気込みは結構だけど、剣はどうするの?」
ソロンはそれよりも現実的な問を投げかける。レムズの剣は、今もラグナイ王に刺さったままだ。
「ぬうっ……。わが気迫を持ってすれば、聖剣などなくとも……」
レムズはそう言いながら、部下の騎士へと手を伸ばす。どうやら、鋼の剣を借りるらしい。
「やれやれ」
メリューがつぶやいた瞬間。
「ぬぐうっ!?」
ラグナイ王の腹から、白光の剣が抜け出した。剣は宙を浮かびながら、レムズの元へと向かってくる。ベスカダ城内でも見られた光景の再現だった。
「メリュー殿、かたじけない!」
レムズは愛剣を握り締め、礼を述べた。
「悪い父親を持って災難だったな。だが、こうなればとことんまで親子喧嘩の決着をつけるがよい」
対するメリューは不敵に笑って、レムズの背中を押したのだった。
顔面にソロンの蒼炎を浴びた王は、人間としての顔すら失っていた。顔の皮ははがれ、赤い肉がむき出しになっている。
「ぐぬおおおおお……」
唸り声と共に、ラグナイ王の体が徐々にふくれていく。もはや、それは人の形を離れつつあった。かつてドーマ連邦で戦った獣王の異形を、ソロンは思い出していた。
王は一層ぎらついた目でソロンをにらんでくる。先程の一撃が相当にこたえたらしく、視線は恨みにあふれていた。
「王よ! 貴様の相手はソロニウスではない! この俺だっ!」」
レムズはひるむことなく、白光の剣を構えた。そのまま全力疾走し、自らの足で父王へと向かっていく。
「大丈夫なんか? あれ」
熱に浮かされたレムズとは対照的に、グラットは疑わしい目でその背中を見送っていた。
「任せよう。こっちは周りの魔物を片付けるよ」
ソロンはそれだけ答え、支援のためにレムズを追った。
既に多くの敵兵は戦意を失っているが、それでも魔物がまだ残っている。二人の戦いに邪魔が入らないようにするとしよう。
「……しゃーねえなあ。あいつは気に入らねえが、手伝ってやるか」
グラットは渋々ながら槍を片手に、ソロンへ続いた。
「醜い姿だな、邪教の王よ!」
王の変化を待たずして、レムズは白光の剣を振りかぶった。その刀身には、魔法の光が満ちあふれている。
脳天を狙った一撃を、王は腕だけで受け止めた。斬り裂かれた腕から赤黒い霧が吹き上がったが、断ち切れはしない。
レムズは攻撃を止めず、次々と太刀を撃ち込んだ。
腕、肩、腹――斬撃が命中する度に光が巻き起こる。それぞれの一撃に強い魔力が込められているのだ。
それを受けるラグナイ王は息も荒く、忌々しげに顔を歪めた。それでも、王はまるで倒れる様子がなかった。
「馬鹿息子が! 死にさらせえ!」
ラグナイ王の腕が伸びるや、それはまともな人間の数倍の長さに達した。異形の腕は剣の射程を超えて、レムズへと襲いかかる。
レムズはそれを盾でふさぐ……が、予想以上の怪力に盾が砕けた。凄まじい衝撃に巻き込まれ、レムズの体も吹っ飛ばされる。
「――見よ、これがカオスの力だ!」
地面に這いつくばった息子を見下し、ラグナイ王は勝ち誇った。
「まだだ!」
けれど、すぐにレムズは起き上がる。使い物にならなくなった盾を捨て、白光の剣を両手に構えた。
そこへラグナイ王のふくれた腕が襲いかかる。
叩きつけるような王の一撃を、レムズは紙一重の動きでかわした。腕が衝突した地面がえぐれ、土塊が飛び散った。
勢い余って王の体勢が崩れる。
その瞬間を逃さず、体勢を低くしたレムズが剣を払った。
「ぬおっ!」
斬撃は足へと命中し、王は大地へと転がった。重量のある体が地響きを鳴らす。
鈍い動きで起き上がった王へと、レムズは剣を片手に近づく。
レムズの鋭い突きが、王の肩を貫いた。それから、すぐに剣を引き抜いて距離を取る。
ラグナイ王は倒れない。それでも、レムズの剣技は王を圧倒していた。油断をなくしたレムズは、あれ以来、一度も直撃を受けていないのだ。
「ぐっ、バカな! わしはカオスの力を得たのだぞ!」
「それがどうした! 所詮は借り物の力だろう! 騎士であることを忘れた貴様に、俺は負けん!」
「す、枢機卿!」
王は後方へと声をかけた。
「お任せを」
枢機卿と呼ばれたのは、赤い法衣を着たザウラストの神官だった。
法衣の意匠から見て、高位の聖職者だろうか。フードで覆っているため見た目には判別もつかないが、かすかに聞こえた声は女のように思えた。
その周囲には何人かの神官を従えている。
「えっ、あの人……!?」
ミスティンが驚きに目を見開いていた。相手を知っているのだろうか。
「まさか、彼女が……」
アルヴァもミスティンの反応を見て、何かを察したらしい。
もっとも、ソロンが詳しく尋ねている暇もない。
枢機卿の杖先から黒炎が湧き上がったのだ。
通常なら王の後方にいた枢機卿が、レムズを狙うのは難しい。実際、王と対峙していたレムズの警戒もそちらには及んでいなかった。
ところが、黒炎は曲線を描きながら、レムズを追尾する。
嫌な予感がしていたソロンは、既に動いていた。レムズの側面へと走りながら、蒼煌の刀に魔力を込める。
放たれた蒼炎が黒炎と衝突し、上下に広がった。
黒炎はなおも押し寄せてくる。予想よりも強力な魔法だ。気を抜けば、蒼炎ですら押しやられてしまうだろう。
「はああっ!」
ソロンは叫び、自らに活を入れた。
蒼炎が勢いを増し、黒炎を飲み込んだ。蒼炎は威力を落としながらも、敵の術者へと向かっていく。
しかし、枢機卿は杖を振るってその蒼炎をかき消した。
「黒炎を相殺するか……。やはり、あなた方は侮れない」
枢機卿は驚いた様子でソロンを見ていた。
もっとも、驚いたのはこちらも同じだ。ソロンの刀やレムズの剣ならともかく、並の魔法では黒炎を打ち消すことも叶わなかっただろう。アルヴァの魔法ですら相性が悪いかもしれない。
枢機卿に従う神官達が、続いて杖を向けてくる。だが、それはソロンの仲間達が見逃さなかった。
アルヴァの紫電が神官を貫いていた。立て続けに放たれた稲妻が、さらにもう一人を貫く。
少し遅れて着弾したミスティンの矢が、小さな竜巻を巻き起こす。残った二人の神官を杖もろとも吹き飛ばした。
「あなたが、オトロスをそそのかした張本人ですか。投降なさい、聞きたいことがあります」
アルヴァは杖先を枢機卿へと突きつけ、言い放った。距離は相当に離れているが、アルヴァの魔力を持ってすれば、剣を首に突きつけているも同然だ。
「さすがに、これだけの相手は厳しいですね」
アルヴァの言葉に応えず、枢機卿がつぶやく。そして、杖先から自らを隠すような闇の霧を巻き起こした。撤退のための煙幕だろうか。
「逃しません!」
アルヴァの杖先が輝き、紫の稲妻が枢機卿を襲う。続いて、ソロンも青い火球を放った。
しかし、展開された闇がいずれも吸い込んでいった。
「ならば私が」
ナイゼルは風を巻き起こし霧を流そうと試みたが、闇は風すらも吸い込む。
「――破れませんか……」
ナイゼルはやむなく杖を降ろした。
闇の霧が晴れた時には、既に枢機卿の姿は消え去っていた。
「逃しちゃったか……」
「十分ですよ、邪魔はさせなかったのですから」
溜息をつくソロンを、アルヴァがなぐさめる。
「それより、今はあちらのほうが重要であろう」
メリューが続いて、レムズのほうを指差した。
ソロン達が枢機卿と戦っている間にも、親子の死闘は続いていた。枢機卿の妨害を防いだ甲斐もあって、戦いはレムズの有利に進んでいた。
騎士として常にたゆまぬ修練を積んできたレムズと、邪教に頼って欲望のままに生きてきた王。
いかに怪力を得ようとも、無尽蔵の体力があろうとも、その力量差は縮まることがなかったのだ。
王の怪力をレムズが無駄のない動きでかわしていく。そうして、生じた隙にレムズが剣で一撃を加えていく。
異形となった王であろうとも、痛みは感じるのだろうか。やがて、焦りをつのらせた王は、大振りの攻撃を放った。
レムズはそこを見逃さず、一気の突進を繰り出した。
両手で握りしめられた剣が、ラグナイ王の心臓を再び貫く。そのままの勢いで、王の巨体は地面へと縫いつけられた。
もっとも、その程度で王にとどめを刺せないのは既に証明済みだ。
「ぜ、はあ……! 全く……。ゴキブリのようにしぶとい男だ。だが、この上で聖剣の魔力を流し込まれてはどうかな?」
息を荒くしながらも、レムズは父であった者を見下ろし言い放った。
「や、やめろ……! わしはお前の父で、国王だぞ! わしが死んだら誰がラグナイを治めるのだ! 息子よ、レムズよ!」
地面に縫いつけられたまま、異形の王は命乞いした。
レムズはその懇願には表情一つ動かさなかった。それどころか、不敵な笑みを浮かべる。
「安心しろ! ラグナイの王位は俺が継いでやる! 国を治めるのは貴様や兄ではない! ましてやザウラストでもないのだ!」
レムズはありったけの魔力を白光の剣へと込めた。刃先から広がる光が、王の体を包み込んでいく。いかに化け物じみた体とはいえ、体内へ魔力を流し込まれてはタダでは済まない。
「親不孝者……めえっ!!」
その叫びが断末魔となった。
王の体は赤黒い霧となって散り、光の中に消えていく。まさにザウラストの神獣と同じような最期だった。
こうして、国家の行方を左右する盛大な親子喧嘩は終りを迎えた。