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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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決死の戦い

 死骸の山となった聖獣から、赤黒い瘴気が立ち昇る。充満する瘴気によって、戦場はこの世あらざる様相を呈していた。


「まだいるのか!?」


 なおも続々と現れる聖獣を遠目にして、さしものメリューも唖然とする。

 新たに登場した数は最初に投下された数を超えている。ひょっとしたら、百を超えているかもしれない。

 しかも、聖石を投下する配置を工夫されているのが厄介だ。正面から側面まで聖獣が分散して向かってくる。全てさばくのは至難だった。


「邪教め! どれだけの罪なき人々を生贄に捧げたのだ」


 レムズが邪教への怒りを口にしながら、剣を振るった。人々を呪海の生贄として捧げることで、ザウラストの魔物は生み出されるのだ。


「踏ん張るんだ! 兄さん達の本隊が来るのを待って!」


 ソロンは仲間を激励し、刀を振るい続けた。

 仲間達に対空を任せたソロンは、戦場を駆け回り刀を振るう。その度に何体もの魔物を(ほうむ)った。

 緑の聖獣は徒党を組んで、ソロン一人に向かってくるが、その程度では動じない。


 蒼惶の刀を掲げて魔力を込めれば、青白い光が戦場を照らす。

 刀を振り下ろせば、蒼炎は奔流(ほんりゅう)となって地上を焼き払っていく。

 何体もの巨獣が、まとめて炎に飲み込まれた。

 師から受け継いだ名刀は、この場においても圧倒的な力を誇っていたのだ。


 だが、敵も愚かではない。魔物を散開させ、側面にも巨獣を投下しながら、攻め寄せてくる。魔法で一網打尽にされるのを避け、こちらの対応を困難にする作戦のようだ。

 ザウラストの聖獣に知能はないが、それを使役する側はその限りではない。ラグナイ王は若き日から、幾多の戦場をくぐり抜けてきたという。その知識は侮れなかった。


 側面から来る巨獣を、レムズが駆け回りながら仕留めていく。白光の剣は光を失わず、邪教の獣を斬り裂き続けた。彼に続く騎士達も、巨獣を相手に一歩も引かなかった。


 ナイゼルは風を起こし、空から迫る巨大トンボを足止めする。仲間達の弓矢が、止まった敵を着実に仕留めた。


 メリューは投擲(とうてき)する短刀を自由自在に操った。時に空のメガエラを撃ち落とし、時に地上のグリガントを炎と氷の魔刀で葬った。


 けれど、多勢に無勢。戦況は次第に不利へ向かっていた。

 絶大な力を誇る魔法武器であるが、その使用には精神力を要する。そして、人間の精神力にはやがて限界が訪れるのだ。

 ソロンとレムズ、ナイゼルにメリュー……。ソロン達は少数精鋭であるがゆえに、その精鋭が力尽きれば打つ手がなくなってしまう。


 最初の犠牲はレムズ傘下の騎士達だった。

 数の増えたグリガントを仕留めきれず、長い腕による反撃を喰らった。盾と鎧による防御も、巨獣の怪力を前にしては意味をなさなかった。

 彼らの勇敢な戦いぶりは本物であり、それだけに被害を伴ったのだ。


 そして、少数の犠牲がほころびとなり、全体の負担が増していく。穴を埋めるには、ソロンも仲間達も疲れすぎていた。


「これは……難儀ですね」


 いつも涼しい顔をしていたナイゼルも、既に表情に余裕がなかった。広範囲に影響する強風の魔法は、それだけ消耗が大きい。おまけに、ナイゼルの体力不足はご存知の通りだ。


「くっ、兄さんの助けが来ないかな……」


 淡い期待と共に、ソロンは口にするが。


「残念ながら、あちらにしても精一杯でしょう」


 至極冷静に、ナイゼルは首を横に振った。もっとも、分かっていたことなので、ソロンも落胆はしない。

 サンドロス率いる本隊は、今もラグナイの大軍と交戦中だ。あちらには聖獣こそわずかなようだが、それでも倍近い戦力差がある。

 当初は背後を突いて優勢だったサンドロスの軍も、時間の経過と共に勢いを失いつつあった。それでも、互角以上に戦っているのは称賛に値する。


「さすがに厳しいな……。レムズ王子、巻き込んで悪かったよ」


 息を切らしてソロンが弱音をこぼした。自分の足で走り回った手前、ソロンの体力はすっかり消耗していたのだ。

 作戦に問題があったとは思わない。

 背後から奇襲した上で敵を誘導し、兄の本軍による挟み撃ちを成功させた。さらにはレムズの呼びかけで、敵だった騎士を離反させた。


 しかし、そこまでやってなお埋めがたいほど、両軍には戦力差があった。

 なんせ聖獣を仕留めるには、一般兵が数十人がかりでしかけねばならないのだ。ソロンやレムズならば単身で相手もできるが、それだけで全体の形勢は変えられない。


「ソロニウス! 貴様も騎士ならば、その程度で弱音を吐くな! 俺は俺の意思で戦いを選んだ。ザウラストを打倒し、紅玉の姫君をお救いするのだ! 貴様に謝られる覚えなどない!」


 レムズはソロンを馬上から見下ろし、誇り高く()えた。

 ソロンは苦笑して。


「……悪かったよ、レムズ王子。騎士というつもりはないけど、僕だって男だ。最期まで悪あがきはするつもりさ」


 彼の意志の強さにあおられて、ソロンももう一度奮い立つ。

 近寄ってきた巨獣の足を炎で払い、起き上がれなくする。そうすれば、後は仲間達が始末してくれるだろう。戦い続けるため、最小限の力で敵を無力化するのだ。

 そうして、また十体を超える巨獣を撃破した。



「ぐ……ぬう……」


 苦痛に顔を歪ませるメリューの姿が、ソロンの目に映った。

 メリューは持ち前の念動魔法で、空から襲いかかる敵を落とし続けた。

 だが、そんな彼女も既に力はなく、表情はうつろだった。手綱を握る手すら、もはやおぼつかない。気を抜けば、今にも落馬しそうだ。


「メリュー、下がってくれて構わないよ。付き合ってもらう義理はないはずだ」

「ふん。そういうそなたは、獣王との戦いから逃げなかったであろう。私も友を見捨てて逃げるほど恥知らずではない。そんな教育は父様から受けておらぬからな」


 こんな状況にも関わらず、メリューは不敵に笑ってみせた。紫の瞳は再び力強く輝き出す。

 けれど――


「いや、ここまでだな」


 ここに至って、ついにソロンは観念した。

 戦力の差は歴然で、努力や気合で(くつがえ)せるものではない。

 作戦に誤りがあったとは思わないが、ザウラスト教団の力は想像以上に強大だったのだ。


 ここを放棄して撤退するしかない。

 心配なのはサンドロス達の本隊だが、こちらが撤退すれば彼らも砦に下がってくれるだろう。そうすれば、再び膠着(こうちゃく)状態に持ち込める可能性もあった。

 問題は残った聖獣達の猛攻を、砦を盾にしのげるかどうかだが……。ミュゼック砦が陥落すれば、もはや王都も危うくなるのだ。


 ともあれ、巻き込んでしまった仲間達だけでも救わねばならない。メリューはああ言ったが、ここで彼女を死なせては、師匠シグトラに申し訳が立たなかった。


「よし……!」


 ソロンは覚悟を決めて、蒼煌(そうこう)の刀を握り締めた。

 刀の力を全力で解き放てば、撤退の時間稼ぎぐらいはできるかもしれない。もっとも、その後のソロンに自力で立てるだけの余力が残るかは分からないが……。


 その時、大きな(とき)の声が沸き起こった。

 声の源はサンドロス率いるイドリス軍の本隊――そのさらに向こう側だ。見れば、所属不明の軍隊が砦の前に姿を現していた。位置関係を見る限り、ミュゼック砦を抜けてきたのだろうか。


「どういうことだ!?」


 さしものレムズも、これには顔色を一変させた。


「援軍でしょうか……? しかし、わが軍にそこまでの余力があるとは……」


 ナイゼルも当惑した表情でつぶやく。


「ほう……さすが早かったな」


 メリューだけは、何かを悟ったようにニヤリと笑った。

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