表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
344/441

邪教の聖獣

 魔石が光と共に砕け散り、戦場を覆う勢いで煙があふれ出す。


「聖獣が来る! みんな、距離を取って!」


 ソロンは後ろの仲間達へ警告し、自らも馬を下がらせた。

 煙の向こうに巨大な魔物の影が映った。やがて、晴れた煙の中から現れたのは、緑の巨獣の姿。

 短い足と対照的に長大な腕、カバを思わせる大きな口。もはやおなじみとなったザウラストの聖獣――グリガントだ。


 相当な数を投入したらしく、その数は四十を上回りそうだ。

 巻き添えを恐れたのだろう、神官達が慌てて魔物から距離を取っていく。

 しかし、それだけで終わらなかった。


「むっ、あれはなんだ? 新手の聖獣か?」


 メリューが巨獣達の上へと視線を向ける。

 巨獣の頭上へと飛び上がるもう一種類の影があったのだ。

 見れば、大きなトンボの姿をした魔物である。耳障りな音を立てながら、羽を激しく動かしていた。こちらの数はおおよそ十体といったところだろうか。


「黄の聖獣メガエラよ、ゆけ! 裏切り者どもに、神罰を下すのだ!」


 ラグナイ王の狂気に満ちた叫び声が聞こえてくる。

 黄の聖獣メガエラ――それが巨大トンボの名前のようだ。

 それに呼応して、緑の聖獣グリガントがこちらへ向かって歩き出す。しかし、舞台は乱戦下である。その経路上には、仲間であるはずのラグナイ兵の姿があった。


「ひいっ!?」


 逃げ遅れた兵士達が、グリガントの長い腕に巻き込まれた。背後の自陣からの強襲に、兵士は哀れなほどに吹き飛んでいく。


「や、やめろ、バケモノめ!」


 叫ぶ兵士達の抗議にも耳を貸さず、虫でも潰すように魔物達は進み続けた。


「同士討ちも(いと)わぬということか……」


 敵軍の惨状を目にしたメリューが眉をひそめる。

 自分達を見捨てた神官達の暴挙に、ラグナイ軍は酷く乱れた。

 ソロンたち敵軍ではなく、魔物から逃れるためにラグナイの兵士達は散っていく。彼らの戦意喪失は、傍目(はため)にも見て取れた。


「ふん、好都合だな。これで俺は同胞と戦わずとも済んだわけだ」


 レムズが皮肉げに鼻で笑った。


 *


 ソロンは仲間と共に聖獣を待ち構えた。


 寝返った騎士達を加えても、こちらの手勢は三百人を超える程度に過ぎない。常識では、とても聖獣達を相手取れる兵力ではなかった。

 サンドロスの本隊なら、かろうじて足るかもしれない。だが、その兄達も今は大軍と交戦している最中なのだ。

 ゆえに、今はソロン達がこの場をしのぐしかない。


 徒党を組んだグリガントが、ラグナイ兵の(しかばね)を踏み越えて侵攻してくる。かつて、あの魔物の大群がミュゼック砦をたやすく陥落させたのだ。


 巨大トンボこと黄の聖獣メガエラはその上空で、機を(うかが)うように羽ばたいている。

 今のところ、近づいてくる気配はない。警戒は(おこた)れないが、まずはグリガントが優先だ。


「一体ずつ着実に! バラバラに狙っても効果は薄いよ!」


 ソロンの指示に従って、仲間達がグリガントへ攻撃を集中させる。

 イドリスの兵士達、ラグナイの騎士達――いずれにとっても、恐怖の象徴たる緑の聖獣……。しかし、仲間達も勇気を振り絞って弓矢と魔法を放った。


 巨体へと打ちつけるように矢と魔法が殺到する。

 一発、二発の攻撃では微動だにしない巨獣も、十発、二十発と喰らっては無事では済まない。集中された攻撃が肉をえぐり取り、赤黒い瘴気(しょうき)を噴出させる。

 ついに巨体を地面へと引きずり倒した。


 一連の攻撃を見届ける前に、ソロンは蒼煌(そうこう)の刀を魔物へと振り下ろす。

 蒼炎がグリガントを包み込めば、またたく間に肉の体が焼け焦げていく。異臭を放ちながら、巨体は力尽きた。


 ……と、一体のグリガントが群れを外れ、側面からこちらへ向かって来ようとした。気まぐれか、それとも詳細な作戦を実行する知能があるのかは定かでない。


「俺に任せろ」


 レムズが馬を駆り、単身ではぐれたグリガントへと向かっていく。

 グリガントの数歩手前まで接近するなり、レムズは剣を払った。

 白光が走り、グリガントの大きな腹が溶けるように崩れる。

 上半身を支えきれなくなった巨獣は、うずくまるように地へ転がった。


「よし、いいよ!」


 ソロンが快哉を叫ぶ。もっとも、倒したのはわずかな魔物に過ぎない。


 すぐに次なる巨獣がやって来る。

 そして、その上空から巨大トンボが動き出した。グリガントの上を追尾し、連携できる位置を保っている。


 巨獣に手間取っているところを、空から狙われてはたまらない。

 ソロンは刀を払い、空へと火球を放った。

 ところが、ひらりとトンボは上にかわした。鳥と違って、虫の羽ばたきは動きが自在で読みにくいのだ。


「ここは私が」


 ナイゼルが杖先を向け、強風の魔法を放った。

 向かい風に向かって、メガエラが抵抗を試みる。自然、その動きが止まり、付け入る隙が生まれた。


「今だ! 軍師殿に続け!」


 仲間達の矢が殺到し、トンボの羽を貫いた。

 メガエラは必死に羽ばたいたが、抵抗むなしく戦場へと落ちていく。


 もっとも、ナイゼルの魔法でも上空の全てを(おお)えはしない。強風から逃れたメガエラは向きを変え、迂回しながらこちらを狙ってくる。

 ソロンがそちらに対応しようとするが。


「空は我らに任せるがよい。そなたは陸を頼む」


 メリューが上空に向けて、十を超える短刀を放り投げた。

 メガエラは機敏に短刀を回避しようとするが――


「――落ちよ!」


 瞬間、メリューの瞳が光る。

 短刀は視線に誘導され、メガエラの羽へと突き刺さる。短刀は執拗(しつよう)に、四枚ある羽の全てを貫いた。

 落ちるトンボを尻目に、短刀は再び舞い上がる。次なる獲物を求めて、宙をさまようのだった。


「心配なさそうだね」


 ソロンは仲間達に感謝し、馬から跳び下りた。

 矢と魔法が飛び交い、死体の転がる戦場である。そこを駆けるには、自分の足のほうが都合よい。騎士道には反しそうだが、あいにくソロンは騎士ではなかった。


 ソロンは陸を歩く巨獣へと走り寄り、刀を横に薙いだ。

 扇状の蒼炎を至近から受けたグリガントは、炎上しながら吹き飛んでいく。

 もう一体のグリガントが、長い手足を振るって襲いかかってきた。


「遅い!」


 ソロンは真っ向から刀を振るい、巨獣の手足へと蒼炎をぶつけた。

 衝突した蒼炎に弾かれて、巨体がよろめく。蒼炎はそのまま巨体を飲み込んだ。

 以前は強敵であったグリガントも、今のソロンと刀の前には敵ではない。ソロン自身も幾度の死線を乗り越えて成長していたのだ。


 一方のレムズも負けてはいない。

 こちらは騎士らしく、馬の足で戦場を駆け巡る。


「聖剣よ! 邪教の獣を滅するのだ!」


 レムズが右手を突き出せば、白光の剣が輝く軌跡を残す。そこから放たれた光弾が、次々と敵を光の中へ消し去っていった。

 二人の人間がこれだけの戦果を上げることは、戦場においてそうそうない。それだけ、ソロンとレムズの戦い振りは凄まじかった。


「ソロニウス。貴様、なかなかやるではないか」

「そっちもね。君が味方になってくれてよかったよ」


 敵を倒しながら、二人は健闘を称え合った。


 * * *


「ぬう馬鹿な! 司教、神獣はないのか!?」


 イドリス軍とレムズ達の思わぬ奮闘に、ラグナイ王が歯噛みする。まだこちらの手駒は残っているが、不安は隠せない。


「いえ、神獣は……。ここにあるのは聖石だけです」


 対するザウラストの司教が、弱気で受け答えする。


「なんだと! 教祖殿は出し惜しみされているのか!?」


 王は司教の衣をつかんで迫った。


「そ、そんなことは……。神獣結晶の精製には、それ相応の対価が必要とされます。教祖は聖石だけで対応するようにと仰せです。それに元々は、砦のイドリス軍だけを相手にする想定でしたから……」

「ふざけおって! 全てだ! 持てる聖獣を全て放つつもりでいろ! 投下する時と場所も私が指示してやる」

「はっ! 陛下の仰せのままに」


 建前上、ラグナイ王と教祖ザウラストは対等の関係である。いかに司教とはいえ、カオスの神に帰依した王の頼みを断りきれなかった。


 ラグナイ王自らの指揮に従って、次々と神官達が聖石を投下していく。

 煙が巻き起こり、新たな聖獣達が戦場に姿を現した。

 既に兵士達は散らばっているため、今度は犠牲もなかった。


「ふはは、我こそは王の中の王――カオスの神に選ばれし王であるぞ! 異教徒どもを、一人残らず踏み潰してしまえ!」


 ラグナイ王は目を血走らせ、高らかに笑い声を響かせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ