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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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イドリス軍の猛攻

 青い花火が空に上がる少しばかり前。ミュゼック砦の屋上で、二人の男が戦況を眺めていた。


「ソロニウス殿下はやるようになりましたな」


 自慢のヒゲをなでながら、虎の亜人――ダルツ将軍が感嘆した。ダルツはイドリスが誇る歴戦の猛将だった。


「ああ」


 と、頷いたのは総大将のサンドロスである。

 少し前、ソロン率いる別働隊が、ラグナイ軍の後方へと果敢に攻撃をしかけたのだ。

 ソロンは現地でラグナイのレムズ王子と手を結んだらしい。彼の率いる別働隊は、数百人という規模にふくれあがっていた。


 とはいえ、ラグナイ軍は後方の部隊だけでも、その何倍もの戦力がある。それでも、ソロンの攻撃は相当な成果を上げたようだった。

 砦を攻める敵の指揮官も、本陣への奇襲に気づいたらしい。砦を攻撃する敵兵の動きが、目に見えて鈍っていた。


「ナイゼルが付いているとはいえ、誰にでもできることではないでしょう。正直なところ、少し前までは可愛い坊やだと侮っておりましたが……」

「今でも相変わらずの坊やさ。だが、俺の弟はああ見えて優秀なんだぞ。そうじゃなければ、別働隊は任せられん」


 サンドロスはカカッと笑った。


「弟君を信頼されているのですな」

「自慢の弟だからな。泣き言を漏らしてはいたが、あいつだって師匠のしごきは全て乗り越えてきた。性格的にはどう見ても向いてないんだが、戦いの才能は俺よりも恵まれている」


 サンドロスはそう言い切って、ダルツのほうを向いた。


「ソロンの合図が来たら、総攻撃をしかける。将軍も覚悟しておいてくれ」

「今更言われるまでもありません。既に全兵員に達しておりますので」

「なら結構だ」


 サンドロスは有無を言わずに頷いた。相手は百戦錬磨の将軍である。それ以上の言葉は必要なかった。

 戦場に笛の音が鳴り響き、砦を囲む騎士達が背を向け始めた。

 次の瞬間――ソロンの掲げた刀から、青い炎が放たれた。炎は砦の上空で爆発し、戦場に音と光を(とどろ)かせた。


「今の魔法が、ソロニウス殿下の……!?」


 ダルツが初めて見る魔法に目を見張った。


「ああ、随分と派手な合図だな」


 サンドロスは苦笑していたが、すぐに表情を真剣に切り替えて。


「――全軍、門前に集合せよ!」


 大きな声で号令を下し、自身も階段を駆け下りていく。ダルツも何も言わず、サンドロスに付いてきた。

 そうして、サンドロスは馬屋に用意していた愛馬へと飛び乗った。守備に付いていた兵士達も、国王にならって迅速に行動していく。

 またたく間にイドリス軍が、砦の門前へ結集したのだった。


「門をあけよ! 全軍突撃だ!」


 馬上のサンドロスはさらなる号令を下した。


 門が開くと共に、イドリス軍は怒涛(どとう)の勢いで出撃した。

 反転したばかりのラグナイ軍は、背後を突かれて恐慌を来たす。

 これまでのイドリス軍は、もっぱら守るばかりだった。ところが、そのイドリス軍が守りを捨てて、迅速な反撃に打って出た。ラグナイの兵士達が対応できなかったのも、やむを得ないことだろう。


 サンドロスの大刀が宙を薙げば、呼応するかのように大地が鳴動した。

 噴き上がる地面が、逃げる騎馬達の足元へ襲いかかる。

 思わぬ地面からの攻撃に馬の足が取られ、騎士もろとも吹き飛んでいく。サンドロスが持つ大地の魔刀の力だった。


 勇敢な騎士達が、撤退する軍の背後を守ろうとする。弓を構えて、追いすがる敵へ向かって矢を放った。それ相応の修練がなければ成しえない技である。

 だが、ダルツ将軍は馬に乗ったまま、豪快に斧を薙いだ。


 旋風が巻き起こり、矢が吹き飛ばされる。風はそのままの勢いで、敵の首を兜ごと断ち切った。

 ダルツが持つそれは風牙の斧。ナイゼルのように広く影響を与える風ではないが、切れ味は脅威そのものだった。


 砦から飛び降りた亜人が、東西を囲む崖へと駆け上る。縦横無尽に崖を走り回った亜人が、側面からラグナイ軍へと攻撃をしかける。

 ラグナイ軍も背後の警戒をしていなかったわけではない。だが、イドリス軍の予想以上の勢いを受けて、散々に打ち負かされた。


 * * *


 サンドロス率いる本軍の猛攻は、ソロン達の元へも伝わった。

 何千人が入り乱れる戦場において、全てを見渡すのは困難である。それでも、背後を突かれた敵軍の乱れは目立っていた。

 ソロン達と交戦しているラグナイ王の本陣も、混乱の中で動きを止めていた。


「さすが兄弟、息が合っているな」


 一連の流れを見て取ったメリューが称賛する。


「来たぞ、ソロニウス」


 その時、レムズが弾むような声を出した。この男にしては、ソロンの知る限り愛想の良い表情だった。


「来たって、何が?」


 レムズはラグナイ軍の方角を指差して、答えに代えた。

 見れば陣地を抜け出して、こちらへと走ってくる騎士の姿があった。その後ろには数十人の仲間らしき男達を連れている。


 勝負を挑んできたか――と、ソロンは思ったが、どうも違うようだ。先頭の騎士がその手に掲げているのは、剣ではなく白旗だったのだ。

 ラグナイ本軍の動きが止まった瞬間を見計らい、抜け出してきたのだろう。


「バンドルフ、待っていたぞ!」


 レムズは先頭の騎士へと親しげに呼びかけた。さすが騎士階級には顔が広いらしい。


「レムズ殿下! 私もあなたと共に戦いとうございます!」


 対する騎士バンドルフも、それに応える。

 その後ろからも次々と、レムズの元を目指してくる戦士達の姿があった。


「共に邪教徒を打ち倒しましょう!」

「レムズ王子、あなたこそが真の騎士です!」


 次々と口上を述べて、レムズの旗下に入ってくる。皆レムズを(した)い、ザウラストと戦おうとする者達だった。表向きザウラストに従っていても、やはり心の底は違っていたのだ。


「相分かった! このレムズが必ずやザウラストを討ち滅ぼそう。イドリスと力を合わせ、邪教をこの下界から駆逐するのだ!」


 レムズは剣を高々と掲げ、宣言した。新たに加わった騎士達も、剣を掲げて歓声を上げていく。


「ほほう……うまくいきましたね」


 と、ナイゼルも感心していた。ナイゼルはどうにか騎馬を駆りながら、ソロンの後ろに控えていた。

 そうこうしているうちに、レムズ傘下の勢力は倍にもふくれ上がる勢いだった。同時に、自軍を切り崩されたラグナイ軍は、いよいよ混迷を増していった。


「よし、今のうちだよ! レムズ王子、騎士達の再編成を急いで! その間、僕達がしかける! ただし、深追いしないように気をつけるよ!」


 ソロンは急ぎ指示を発して、さらなる攻撃をしかけようと構えた。


「私に合わせてください!」


 ナイゼルが馬を御しながら前へ出て、杖を構えた。杖先の魔石はもちろんナイゼル得意の緑風石だ。


 杖先の空気がゆらめけば、それは強風へと転じた。

 混乱の渦中(かちゅう)にあった敵軍へと、容赦なく風が吹きつける。

 風に押された敵兵が足を滑らせ転倒する。さらには、倒れた者の体に足を取られる者もいる。混乱は連鎖的に拡大していった。


「今だ、撃て!」


 ソロンが叫び、仲間達をうながした。

 放たれた矢は、追い風を受けて威力を増す。加速した矢は騎士の鎧すらも貫いた。


 間髪(かんはつ)入れず、ソロンは蒼炎を放つ。

 風にあおられた蒼炎が、戦場を焼き払う。

 直撃した者は炎上し、生き残った者も散り散りに逃げていく。王を守る兵は着実に数を減らしていた。

 前方を守る兵士達を蹴散らさねば、後衛の神官達までは攻撃が届かない。ソロンは攻撃の手をゆるめなかった。


 * * *


「イドリスと手を組むとは、見下げ果てた者どもめ! 余に受けた恩を忘れたか! 忘恩の徒には、一族もろともカオスの神の裁きが下されようぞ!」


 騎士達の造反を目にして、ラグナイ王は一層の怒りを爆発させた。

 そうして、王は残った騎士達を牽制(けんせい)する。裏切り者の一族は、呪海の生贄にするという宣言だ。王でありながら、ザウラスト教団の威光を借りるのが、もはや日常となっていた。

 王はさらに、そばにいた側近の司教をにらみ据える。


「――聖獣を放つのだ! 連中を踏み潰してしまえっ!」

「で、ですが……。今ここで放っては自軍にも被害が……」


 司教は王の指示にとまどいを見せた。


「構うものか! このままではそなたらも危ういのだぞ!」


 そうこうしている間にも、本陣を守る兵士達が次々と倒れていく。


 レムズと手を組んだイドリスの部隊は、少数ながら恐るべし手練ぞろいらしい。風と矢と蒼炎による猛攻で、何倍もの戦力差をも(くつがえ)す勢いだ。

 手を打たねば、王や司教を含む中枢が丸裸にされるのは自明だった。

 そんな様子を見て取って、司教は恐怖に顔を青ざめる。


「せ、聖獣を放てっ!」


 そうして、ようやく決断するのだった。

 号令を受けた神官達は、手に持っていた魔石を投げ出した。ザウラスト教団の秘術――聖獣を宿す聖石である。


 その時、イドリス軍から放たれた矢が、神官達の元まで届いた。数人の神官が矢を喰らい、地面に倒れる。

 だが、既に聖石は地面に落ちていた。それも一つや二つではない。何十という数だった。

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