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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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拠点の日々

「相談なんだけど、兄さんと連絡が取れないかな?」


 ナイゼルとメリューの二人へ向けて、ソロンは提案した。


 出発前の予定では、今頃サンドロスは自ら砦に入城しているはず。敵の後方へ回り込んだソロンと示し合わせ、総攻撃で敵を挟み撃ちする。それが計画の骨子だ。

 そのためにも、兄と連絡を取ることが望ましい。けれど、敵が陣地を構える一帯を通過し、砦まで連絡を送るのは至難だった。


「私の風魔法なら、離れた場所にも声を届かせますが……。有効距離は障害物がないところで、半里といった程度でしょうか。さすがにここから砦までは遠すぎますね」


 まずナイゼルが案を出した。

 風とは空気の流れそのものであり、音もまた空気の振動である。ゆえにナイゼルの風魔法は音を操れるのだ。精密な空気の操作が必要であり、ナイゼルだからこそできる芸当である。

 もっとも、当人はその技術を主に宴会芸で使用していたが……。


「近づいてから魔法を使えばいけるかもね。他に案がなかった時はそれでいこう」


 最悪でも仲間の亜人に山中を走らせ、直接ミュゼック砦と連絡を取るつもりだった。それと比較すれば、距離が縮まるだけマシというものだろう。


「有翼人種はイドリスにはおらんのか?」


 メリューが確認のため質問をしてくる。

 ドーマ連邦に住む亜人の中には、翼を持った者もいる。空を翔ける彼らは、攻撃に連絡にと重宝するそうだ。


「残念ながら、下界では見た覚えはないね。そもそも、翼があるなら上界まで飛んでいけるし、下界で暮らす必要ないんじゃないの?」

「一理あるな」


 ソロンが首を横に振って答えれば、メリューも納得を示す。


「ねえメリュー、君の目って、どこまで物を飛ばせるのかな?」

「視界が届く限り、二里は届くと思うぞ。しかし、あまり小さな物は辛いな。さすがの私でもとらえきれなくなる。それから、勢いも減衰するから暗殺のような用途には難しい」


 メリューは懇切丁寧に自分の能力を説明してくれた。


「いや、暗殺はいらない。兄さんと連絡が取りたいだけなんだ」


 ソロンはそう言って、遠くの砦へと目をやった。

 イドリスが防衛拠点とするミュゼック砦は、(かすみ)がかって見えている。特に天気は悪くないので、単純に距離がありすぎるのだろう。


「ふむ、試してみるか。文を用意するがいい」



 メリューに言われた通り、ソロンはさっそく矢文の用意に取りかかった。


 ナイゼルと相談をしながら内容を固めていく。

 こちらの近況と大まかな所在地、それからレムズ王子を味方につけたことを記す。さらには、後日行う攻撃についても伺いを立てるようにした。

 それらの内容を暗号化した上で、ナイゼルが文をしたためる。計画は慎重に。途中で矢文が落下し、敵の手に渡る可能性も考慮しておく。


「分かりやすくてよいな」


 赤い布がくくられた矢を、メリューは握りしめた。矢には遠くからでも分かるように、派手な布をくくりつけたのだ。

 そうして、矢を軽く投げるや、紫の瞳が(きら)めいた。

 矢は加速し、砦へ向かって飛んでいく。


 ソロンはすかさず双眼鏡を覗き込み、矢を追跡した。矢は快調に風を切って進んでいく。ひらひらと赤い布が風に揺れていた。

 離れていくに従って、矢は少しずつ減速していく。メリューの神通力も、やはり距離の壁は無視できないのだ。それでも、着実に矢は砦を目指していった。


 しばらくして、矢は砦の屋上に着地したようだった。

 ……ようだというのは、双眼鏡越しに見ても、ソロンの視力では判別がつかなかったためである。メリューによれば無事に到達し、衛兵に回収されたらしいが。

 後はサンドロスが内容を確認し、返信してくれることを祈るばかりだ。もちろん、返信のための手順も矢文の中に記してあった。


 数時間後、砦の屋上に返信用の矢文が設置された。

 設置されたといっても、例によってソロンにはさっぱり見えない。あくまでメリューの申告である。


「ふう……さすがにあれだけ離れると大変だな」


 メリューは息を吐きながら、それでも瞳に矢をとらえたらしい。

 ゆったりとした動きで、矢が空中を駆け戻ってくる。

 突如、動き出した矢を見て、兄達は今頃、驚いていることだろう。

 矢は近づくに従って、加速していく。肉眼でも赤い布がはっきりと見えるようになった。


 やがて、こちらに近づいた矢は減速し、ソロンの手元へと向かってくる。ソロンはサッと矢を手でつかんだ。


「メリュー、ありがとう。ゆっくり休んでいて」


 疲れた様子のメリューを、ソロンはねぎらった。


「なに、どうということもない」


 そう言いながらも、メリューは目をつむって山上に寝転がった。愛らしい見た目も相まって、糸の切れた人形を思わせる姿だ。ミスティンならこらえきれず、ちょっかいを出したかもしれない。


 ともあれ、念動魔法は精神と目に負担がかかるらしい。ゆっくり休んでもらおう。

 ソロンがくくられていた文を広げれば、兄の字が目に飛び込んできた。もっとも、暗号化されているため、意味はさっぱり分からないが。


「了承していただけたようですね。敵が砦に向かった機を見計らい、背後から突いて欲しいと仰せです。それから、その刀で花火を打ち上げれば、それを合図にミュゼック砦からも総攻撃をしかけるとも」


 覗き込んだナイゼルが解説してくれる。本来は解読用の暗号表があるのだが、この男は(そら)で意味を理解できるらしい。

 矢文にはその他にも、ミュゼック砦の現状が事細かに記されていた。ダルツ将軍と共に兄が奮闘し、敵を退けているようだった。


 そうして、方針が固まった。

 もっとも、決行は最低でも騎士達が帰還を果たしてからだ。それまでは、ラグナイ軍が砦へ攻撃をしかけても、傍観に徹するしかない。


 残された時間は、さほど多くなかった。限られた時間で、最低限の訓練をする必要があった。

 ソロン率いるイドリス隊と、レムズ率いるラグナイ隊……。二つの部隊がソロンの指示に従って、迅速に動けることが望ましいのだ。


 しかしながら、全てが順調に運んだわけではない。

 イドリス人とラグナイ人は、長らく敵対してきただけあって水と油である。さらにラグナイの騎士は、とりわけ亜人に対する差別意識を持っていた。それゆえ、(いさか)いに発展することもあったのだ。

 その度に、ソロンやナイゼルがたしなめたのだが……。


「くだらんことでケンカをするな。俺達の目的はなんだ?」


 意外にも、最も積極的に動いたのはレムズだった。


「はっ! ザウラストを討ち、邪教からわが国を取り戻すことです。ですが、レムズ殿下……そのイドリスの王子は、去年の戦いでわが同胞を殺したのですよ」


 騎士はソロンへと視線をやりながら抗弁する。

 ソロンが去年の戦いで、レムズ傘下の騎士を手にかけたのは事実である。もっとも、あちらが先にしかけた戦争であり、ソロンは降りかかる火の粉を払ったに過ぎない。


「正面から戦って敗北したことに文句を言うのは、騎士の名折れというもの。そして、俺やお前達が助かったのは、そいつらの助力あってのものだ。属する国家や人種が異なるからといって、(いさか)いを起こすな」

「はっ……。申し訳ありません、殿下」


 レムズの叱責に、騎士は深々と頭を下げた。形だけかと思いきや、騎士の眼差しにはレムズへの敬意が(うかが)えた。一応、本心から反省しているらしい。


 *


 しばらくは訓練の日々が続いた。

 途中、ラグナイ軍によるミュゼック砦への侵攻も一度だけあった。しかし、それも単なる挑発行為だったらしく、大規模な戦いにならなかった。

 恐らく、ラグナイ軍は援軍の到着を待っているのだろう。本格的な戦いはそれからだと考えられた。


 そうこうしているうちに、騎士達が戻ってきた。

 彼らは自分の家族、領民などから信頼できる者を集めてきたようだ。多くは騎士ではなく歩兵であるが、全部で百を超える兵力である。既存の兵力と合わせれば、二百に迫る勢力となった。


 また、騎士達は同時に馬も連れてきていた。騎士を名乗る以上、軍馬の存在は欠かせなかったのだ。

 そういったことも考慮して、住居と馬屋は事前に拡張してある。急ごしらえではあるが、不自由な思いはさせたくなかった。今や拠点は小さな村のようになりつつあった。


「悪いが、この程度の兵力しか集まらなかった。現状、目立つことはできんゆえ、大々的に集めるのは難しくてな」


 兵力を集めて得意気になると思いきや、レムズは謙虚だった。


「十分さ。むしろ、この短時間でよく集めてくれたよ。それを言うなら、僕達なんてたった数十人だからね」


 そう応えたソロンは、皆の前で宣言した。


「――僕たちはこの兵力で決戦を挑む。次にラグナイ軍が砦へ向かって動いたら、その背後を突くんだ」

「いよいよだな」

「軍師の本領を発揮させていただきましょう」


 メリューやナイゼルも意気込みを見せていた。


 *


 敵に動きが見られたのは、翌日のことだった。


「坊っちゃん、つい先程、偵察から連絡がありました。ラグナイ軍がフラガを経由し、陣地へ続々と集まっているようです。想定される兵力はこれまでの倍……。集結が終わり次第、時を置かずして、ミュゼック砦へ進撃する可能性もあります」

「来たか……! いつでも出れるように出陣の準備を」


 報告を受けたソロンは身構えたが、ナイゼルは報告を続けた。


「その前にもう一つ。どうやらラグナイの援軍は、国王ラムジード自らが率いているようです」

「なんだと!? 父上が!? それは誠か、見間違いではあるまいな?」


 ナイゼルの報告に驚愕(きょうがく)を見せたのはレムズだった。


「偽物の可能性は否定できませんが、これはラグナイ軍自らが喧伝(けんでん)していることです。士気を高めるために前線へ出てきたのでしょう」

「ラグナイも本気ってことか……。どうする、父親と戦える?」


 ソロンは気遣ったが、レムズは首を横に振った。


「いいや、むしろ好都合だ。ザウラストを倒すためには、どのみち父を越えねばならん。俺自らが引導を渡してくれよう」



 しばらくして、いよいよラグナイ軍の陣地に動きがあった。ミュゼック砦へ向けて、大軍が出陣したのだという。

 本陣に兵を残した場合は、そこを突こうと考えていた。ところが、敵は全軍で砦を攻める構えだという。いずれにせよ、攻める場所が本陣から動く敵軍になっただけで支障はない。

 敵軍が砦に到達するまではまだ時間がある。その間にソロン達が後背を突くのだ。


「みんな、行くよ!」


 ソロンが号令し、二百人に迫る部隊が動き出した。

 拠点には一人も残さない。全員で山を降り、戦場へと向かっていく。険しい地形は、馬を降りて引かねばならなかった。もっとも、地形は把握済みであり迷うことはない。

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