レムズとの共闘
「さて、そろそろ本題といきましょうかね」
ナイゼルがようやくといったところで切り出した。そもそもの目的は、ザウラストを倒すための作戦を練ることなのだ。
「レムズ王子、簡単に現状を説明しておくよ。ラグナイがイドリスを攻めているのは知ってるよね?」
「ああ、ベスカダ城でその話は聞いた。もっとも、詳しい戦況までは聞かされていないがな」
「イドリス軍の防衛拠点はミュゼック砦だ。ザウラストの司教が指揮官で、それを攻め立てている」
ソロンが話し出せば、ナイゼルも付け加える。
「留意する点が一つ。指揮官は司教ですが、攻め手の中心は騎士が担っているようです。その意味は分かりますか?」
「なるほどな。自らの手を汚さず、俺達の勢力を削ぐということか。邪教徒らしい卑劣な策だ」
レムズは憤った。
これまで見てきた通り、ザウラストの権力は絶大だ。騎士達がその要請を跳ね除けるのは難しい。
何より、騎士とは戦いの世界に生きる者達である。捨て駒と分かっていても、自らの存在意義をかけて戦わねばならなかった。
「戦況はどうなっている? イドリスは持ちこたえているか?」
レムズはナイゼルを見返して問いかける。
「わが軍のダルツ将軍がうまく持ちこたえているようです。ですが、時間の問題でもあります」
ソロンも頷いて。
「だから、早めに決着をつける。まず、兄が軍を率いてダルツ将軍に合流し、砦に総力を結集しておく。僕達の役目は、ラグナイ軍の後方を突いて撹乱すること。そこを狙って、兄の本隊が出動するってわけさ」
「サンドロスが自ら出るというわけか。お前達も必死というわけだな」
「そりゃそうさ。君達の国みたいに、イドリスは大きくないからね。出し惜しみはできないんだよ」
ソロンはそう答えてから、さらに付け足す。
「――ラグナイ軍の後方には、たぶんザウラストの神官が控えていると思う。ただそうなると――」
「分かっている。そうなれば、連中が操る魔物と戦いになるだろう。しかし、それは百も承知だ。バケモノが怖くて、ザウラストに反旗を翻したりはできんさ。実際、前回の蜂起でも戦ったしな」
「それと、あくまでも狙いは撹乱です。危なくなったら、すぐに兵を引いていただけますか?」
ナイゼルが釘を刺すようにレムズを見た。猪突猛進型のレムズに対して、作戦遂行上の懸念を持っているらしい。
「貴様、騎士に向かって、敵に背中を見せろというのか!?」
「そうです。作戦上、どうしても必要なことですから。それとも、あなたは突撃するだけが能だと思っているのですか?」
激するレムズに対して、あくまでナイゼルは表情を崩さない。
「ぐっ……!」
レムズは歯噛みして答えなかった。
「レムズ王子、私からもお願いしよう。ザウラストを倒すため、その男も必死で考えているのだ。それに、魔物との真っ向勝負が無謀なのは、そなたも知っているであろう」
議論を見守っていたメリューが、口添えしてくれる。
レムズが起こした反乱は、ザウラストの聖獣と神獣によって鎮圧されたという。その恐ろしさは、彼もよく理解しているはずだった。
「……やむを得ませんね」
レムズはメリューに敬語で答え、それからイドリスの二人へ尊大に提案した。
「――今回は貴様らのやり方に合わせてやる。それから、兵と物資を集めるため、近場に領地を持つ者は一旦帰還させる。また、見込みのある諸侯にも手紙を送るつもりだ。それで構わんな?」
「ああ、頼むよ。ただ、敵に捕まらないよう慎重にね」
一も二もなく、ソロンは了解した。
そもそも、騎士とは一人で戦うものではない。高位の戦士として、馬丁を始めとした従者を伴うのが通常だ。
そして、レムズが率いる騎士の中には、高位の貴族もあるという。うまくいけば、それなりの勢力を結集できるかもしれない。
現段階での兵力は、百にも満たないのが現状である。ソロンやレムズの実力なら、その何倍の敵にも当たれるだろうが、やはり数はそろえておきたい。それに武器や鎧を初めとして、足りない物資の補充もありがたかった。
「当然だ、言われずとも注意しておく。……それと、全体の指揮は貴様が執っても構わん。俺はそれを部下達へ伝えよう」
「君達はそれでいいの?」
「今回の作戦は貴様らの発案だろう。それにサンドロスとの連携も考えねばならん。よほど愚かな指示を出さん限りは、言う通りにしてやる。その代わり、一つ条件がある」
「条件っていうのは?」
ソロン率いるイドリスの部隊は三十人ほど。対して、レムズ率いる騎士隊は四十人ほどである。現状では、レムズ傘下のほうが兵力が多かった。騎士達が仲間を連れてくれば、さらに差は広がるだろう。
通常、小勢を率いる側に指揮を委ねるのは珍しい。相手がレムズのような自信家ならば、なおさらである。
「戦いにあたっては、まずは俺が先陣を切る。それが条件だ」
レムズはその性格に違わず、単刀直入に条件を出した。
「無謀な突撃をするつもりですか? それはいくらなんでも認められませんよ」
それに異を唱えたのはナイゼルである。
「そうではない。攻め手の中心は騎士達と言っただろう。であれば、ザウラストを嫌っている者も多い。だからこそ、俺が先頭をゆき、呼びかけるのだ。俺達に加勢とはいかずとも、戦いを放棄する者も現れるかもしれん」
「ふうむ、そういうことですか。ですが……そうなると、奇襲の効果は薄れてしまいますが……」
レムズの説明に、ナイゼルは困惑を見せた。
説得という提案自体は魅力的だ。しかしそのためには、レムズが名乗りを上げ、その存在を示さねばならない。常識的には、奇襲と同時に実行するような作戦ではないのだ。
「じゃあ、戦いの前に使者を送れば……。いや、さすがに無理か」
ソロンは別案を考えたが、すぐに自分で打ち消した。レムズもそれは思案済みだったらしく。
「ああ、敵の騎士はザウラストに降った者どもだ。使者を送れば、情報は確実に漏れると考えたほうがよい。奇襲は諦めねばならなくなるだろうな」
「分かった、言う通りにしよう。背後から君が名乗りを上げれば、敵もそれなりに衝撃を受けるだろうしね。うまくいけば、まっすぐに攻撃するよりも敵を崩せるかもしれない」
ソロンは提案を飲むことにした。
無駄な犠牲を減らして、敵をかき乱せるならそれ以上の策はない。何より、ここはレムズを仲間として信じるべきだと思ったのだ。
「――けど、あまり一人で突出しないでね。当日は、僕も一緒に行かせてもらうから」
もっとも、ソロンは釘を刺すのも忘れなかった。
「分かっている。俺とてそこまで愚かではない。目的はあくまで説得であり、武勇を示すことではない」
「後は奇襲がうまくいくかだけど……。君が脱出したのは、敵も当然気づいてるよね」
レムズが軟禁から脱出し、離反した事実は敵にも当然伝わるだろう。そうなれば警戒されてしまうかもしれない。
「ああ。だが、俺がイドリスに加勢するとまでは考えまい。恐らく、奴らは俺を助けたのが、お前達だとは気づいていないはずだ」
「そうなの?」
「普通に考えれば、国内の反乱の一端だと見るだろうな」
ソロン達はレムズ救出に際して、自分達の所属を示す痕跡を残していない。あるとすれば走竜の存在ぐらいだろうか。そう考えれば、レムズの見解にも納得できた。
「ザウラストにとっては、そっちのほうが現実的な敵というわけですか。イドリスも侮られたものですね」
ナイゼルが複雑な表情で苦笑していた。
*
「気をつけてゆくのだぞ」
宣言した通り、レムズが騎士達を送り出した。
「はっ、必ずや一族郎党を引き連れて、王子の元へ戻ってまいります!」
騎士達もそれぞれの思いを胸に秘めて、拠点を去っていく。
彼らは例によって、商人の姿に身をやつしていた。ラグナイ人がラグナイ人の行商の振りをして、国内を旅するのだ。不審に思われる可能性は低いが、それでも心配は尽きない。
騎士達が捕まり、この拠点の所在が割れれば、作戦そのものが危機にさらされてしまう。そう考えてみれば、ソロン達はずっと綱渡りを続けているようなものなのだ。
ともあれ、今は信じるしかない。騎士達の帰還を待っている間にも、時間は無駄にできないのだ。
まずは状況を把握したい。
ナイゼル、メリューの二人を連れて、ソロンは山の北側へと向かった。
そこからはイドリスとラグナイの国境付近が見渡せた。戦況を把握するには、最適な場所だといえるだろう。
北東から南西に向けて伸びる山脈――その途中がソロン達の現在地である。ここから街道を挟んだ北西側にも、平行するように山脈が続いていた。
そして、二つある山脈が狭まるところに砦がそびえている。イドリスの防衛線であるミュゼック砦は、自然を活かした要害となっていた。
砦を迂回するには険しい山脈を越えるか、はたまたソロン達のように黒雲下を越えねばならない。
いずれの経路も大軍を率いて進むのは現実的ではなかった。従って、ラグナイがイドリスを攻めるには、砦を陥落させるしかないのだ。
前回の戦争では、ラグナイの魔物によってあっさりと陥落させられた砦である。
だが、サンドロスは王に就任するや、砦の大幅な補強を指示していた。今回の戦いでは、それが一定の成果を得た形となった。
対するラグナイ軍は、砦から半里ほど北東に陣地を構えている。
以前見た通り、さらに北東のフラガの町にはラグナイ軍の大規模な基地がある。ただし、ミュゼック砦を攻めるには距離があり過ぎるため、あの場に陣地を構築したのだろう。
ラグナイ軍は今は攻撃の手を休めているようだ。けれど、いずれ国内から兵力が集まれば、総攻撃にかかるかもしれない。そうなれば、ミュゼック砦もいつまで維持できるか分からなかった。
だからこそ、打開するためにソロン達がいるのだ。