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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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レムズとの共闘

「さて、そろそろ本題といきましょうかね」


 ナイゼルがようやくといったところで切り出した。そもそもの目的は、ザウラストを倒すための作戦を練ることなのだ。


「レムズ王子、簡単に現状を説明しておくよ。ラグナイがイドリスを攻めているのは知ってるよね?」

「ああ、ベスカダ城でその話は聞いた。もっとも、詳しい戦況までは聞かされていないがな」

「イドリス軍の防衛拠点はミュゼック砦だ。ザウラストの司教が指揮官で、それを攻め立てている」


 ソロンが話し出せば、ナイゼルも付け加える。


「留意する点が一つ。指揮官は司教ですが、攻め手の中心は騎士が担っているようです。その意味は分かりますか?」

「なるほどな。自らの手を汚さず、俺達の勢力を削ぐということか。邪教徒らしい卑劣な策だ」


 レムズは(いきどお)った。

 これまで見てきた通り、ザウラストの権力は絶大だ。騎士達がその要請を跳ね除けるのは難しい。

 何より、騎士とは戦いの世界に生きる者達である。捨て駒と分かっていても、自らの存在意義をかけて戦わねばならなかった。


「戦況はどうなっている? イドリスは持ちこたえているか?」


 レムズはナイゼルを見返して問いかける。


「わが軍のダルツ将軍がうまく持ちこたえているようです。ですが、時間の問題でもあります」


 ソロンも頷いて。


「だから、早めに決着をつける。まず、兄が軍を率いてダルツ将軍に合流し、砦に総力を結集しておく。僕達の役目は、ラグナイ軍の後方を突いて撹乱(かくらん)すること。そこを狙って、兄の本隊が出動するってわけさ」

「サンドロスが自ら出るというわけか。お前達も必死というわけだな」

「そりゃそうさ。君達の国みたいに、イドリスは大きくないからね。出し惜しみはできないんだよ」


 ソロンはそう答えてから、さらに付け足す。


「――ラグナイ軍の後方には、たぶんザウラストの神官が控えていると思う。ただそうなると――」

「分かっている。そうなれば、連中が操る魔物と戦いになるだろう。しかし、それは百も承知だ。バケモノが怖くて、ザウラストに反旗を(ひるがえ)したりはできんさ。実際、前回の蜂起(ほうき)でも戦ったしな」

「それと、あくまでも狙いは撹乱です。危なくなったら、すぐに兵を引いていただけますか?」


 ナイゼルが釘を刺すようにレムズを見た。猪突猛進型のレムズに対して、作戦遂行(すいこう)上の懸念を持っているらしい。


「貴様、騎士に向かって、敵に背中を見せろというのか!?」

「そうです。作戦上、どうしても必要なことですから。それとも、あなたは突撃するだけが能だと思っているのですか?」


 激するレムズに対して、あくまでナイゼルは表情を崩さない。


「ぐっ……!」


 レムズは歯噛みして答えなかった。


「レムズ王子、私からもお願いしよう。ザウラストを倒すため、その男も必死で考えているのだ。それに、魔物との真っ向勝負が無謀なのは、そなたも知っているであろう」


 議論を見守っていたメリューが、口添えしてくれる。

 レムズが起こした反乱は、ザウラストの聖獣と神獣によって鎮圧されたという。その恐ろしさは、彼もよく理解しているはずだった。


「……やむを得ませんね」


 レムズはメリューに敬語で答え、それからイドリスの二人へ尊大に提案した。


「――今回は貴様らのやり方に合わせてやる。それから、兵と物資を集めるため、近場に領地を持つ者は一旦帰還させる。また、見込みのある諸侯にも手紙を送るつもりだ。それで構わんな?」

「ああ、頼むよ。ただ、敵に捕まらないよう慎重にね」


 一も二もなく、ソロンは了解した。

 そもそも、騎士とは一人で戦うものではない。高位の戦士として、馬丁を始めとした従者を伴うのが通常だ。

 そして、レムズが率いる騎士の中には、高位の貴族もあるという。うまくいけば、それなりの勢力を結集できるかもしれない。


 現段階での兵力は、百にも満たないのが現状である。ソロンやレムズの実力なら、その何倍の敵にも当たれるだろうが、やはり数はそろえておきたい。それに武器や鎧を初めとして、足りない物資の補充もありがたかった。


「当然だ、言われずとも注意しておく。……それと、全体の指揮は貴様が()っても構わん。俺はそれを部下達へ伝えよう」

「君達はそれでいいの?」

「今回の作戦は貴様らの発案だろう。それにサンドロスとの連携も考えねばならん。よほど愚かな指示を出さん限りは、言う通りにしてやる。その代わり、一つ条件がある」

「条件っていうのは?」


 ソロン率いるイドリスの部隊は三十人ほど。対して、レムズ率いる騎士隊は四十人ほどである。現状では、レムズ傘下のほうが兵力が多かった。騎士達が仲間を連れてくれば、さらに差は広がるだろう。

 通常、小勢を率いる側に指揮を委ねるのは珍しい。相手がレムズのような自信家ならば、なおさらである。


「戦いにあたっては、まずは俺が先陣を切る。それが条件だ」


 レムズはその性格に(たが)わず、単刀直入に条件を出した。


「無謀な突撃をするつもりですか? それはいくらなんでも認められませんよ」


 それに異を唱えたのはナイゼルである。


「そうではない。攻め手の中心は騎士達と言っただろう。であれば、ザウラストを嫌っている者も多い。だからこそ、俺が先頭をゆき、呼びかけるのだ。俺達に加勢とはいかずとも、戦いを放棄する者も現れるかもしれん」

「ふうむ、そういうことですか。ですが……そうなると、奇襲の効果は薄れてしまいますが……」


 レムズの説明に、ナイゼルは困惑を見せた。

 説得という提案自体は魅力的だ。しかしそのためには、レムズが名乗りを上げ、その存在を示さねばならない。常識的には、奇襲と同時に実行するような作戦ではないのだ。


「じゃあ、戦いの前に使者を送れば……。いや、さすがに無理か」


 ソロンは別案を考えたが、すぐに自分で打ち消した。レムズもそれは思案済みだったらしく。


「ああ、敵の騎士はザウラストに降った者どもだ。使者を送れば、情報は確実に漏れると考えたほうがよい。奇襲は諦めねばならなくなるだろうな」

「分かった、言う通りにしよう。背後から君が名乗りを上げれば、敵もそれなりに衝撃を受けるだろうしね。うまくいけば、まっすぐに攻撃するよりも敵を崩せるかもしれない」


 ソロンは提案を飲むことにした。

 無駄な犠牲を減らして、敵をかき乱せるならそれ以上の策はない。何より、ここはレムズを仲間として信じるべきだと思ったのだ。


「――けど、あまり一人で突出しないでね。当日は、僕も一緒に行かせてもらうから」


 もっとも、ソロンは釘を刺すのも忘れなかった。


「分かっている。俺とてそこまで愚かではない。目的はあくまで説得であり、武勇を示すことではない」

「後は奇襲がうまくいくかだけど……。君が脱出したのは、敵も当然気づいてるよね」


 レムズが軟禁から脱出し、離反した事実は敵にも当然伝わるだろう。そうなれば警戒されてしまうかもしれない。


「ああ。だが、俺がイドリスに加勢するとまでは考えまい。恐らく、奴らは俺を助けたのが、お前達だとは気づいていないはずだ」

「そうなの?」

「普通に考えれば、国内の反乱の一端だと見るだろうな」


 ソロン達はレムズ救出に際して、自分達の所属を示す痕跡(こんせき)を残していない。あるとすれば走竜の存在ぐらいだろうか。そう考えれば、レムズの見解にも納得できた。


「ザウラストにとっては、そっちのほうが現実的な敵というわけですか。イドリスも侮られたものですね」


 ナイゼルが複雑な表情で苦笑していた。


 *


「気をつけてゆくのだぞ」


 宣言した通り、レムズが騎士達を送り出した。


「はっ、必ずや一族郎党を引き連れて、王子の元へ戻ってまいります!」


 騎士達もそれぞれの思いを胸に秘めて、拠点を去っていく。

 彼らは例によって、商人の姿に身をやつしていた。ラグナイ人がラグナイ人の行商の振りをして、国内を旅するのだ。不審に思われる可能性は低いが、それでも心配は尽きない。


 騎士達が捕まり、この拠点の所在が割れれば、作戦そのものが危機にさらされてしまう。そう考えてみれば、ソロン達はずっと綱渡りを続けているようなものなのだ。

 ともあれ、今は信じるしかない。騎士達の帰還を待っている間にも、時間は無駄にできないのだ。


 まずは状況を把握したい。

 ナイゼル、メリューの二人を連れて、ソロンは山の北側へと向かった。

 そこからはイドリスとラグナイの国境付近が見渡せた。戦況を把握するには、最適な場所だといえるだろう。


 北東から南西に向けて伸びる山脈――その途中がソロン達の現在地である。ここから街道を挟んだ北西側にも、平行するように山脈が続いていた。

 そして、二つある山脈が(せば)まるところに砦がそびえている。イドリスの防衛線であるミュゼック砦は、自然を活かした要害となっていた。


 砦を迂回(うかい)するには険しい山脈を越えるか、はたまたソロン達のように黒雲下を越えねばならない。

 いずれの経路も大軍を率いて進むのは現実的ではなかった。従って、ラグナイがイドリスを攻めるには、砦を陥落させるしかないのだ。


 前回の戦争では、ラグナイの魔物によってあっさりと陥落させられた砦である。

 だが、サンドロスは王に就任するや、砦の大幅な補強を指示していた。今回の戦いでは、それが一定の成果を得た形となった。


 対するラグナイ軍は、砦から半里ほど北東に陣地を構えている。

 以前見た通り、さらに北東のフラガの町にはラグナイ軍の大規模な基地がある。ただし、ミュゼック砦を攻めるには距離があり過ぎるため、あの場に陣地を構築したのだろう。


 ラグナイ軍は今は攻撃の手を休めているようだ。けれど、いずれ国内から兵力が集まれば、総攻撃にかかるかもしれない。そうなれば、ミュゼック砦もいつまで維持できるか分からなかった。

 だからこそ、打開するためにソロン達がいるのだ。

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