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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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レムズの覚悟

 ベスカダの町を離れたソロン達は、一路南西を目指した。


 出発した頃は未明であったが、やがてすぐに日が昇ってくる。

 目標の拠点はフラガの向こうにある山中――戦場となるミュゼック砦を眺められる場所だ。先日たどった道をさかのぼり、イドリス方面へと戻るのだった。


 自然、騎馬の速さで進んだ往路と比較すれば、歩みも遅い。

 おまけに、隠れようのない大所帯(おおじょたい)であり、行商の振りが通じるかも怪しい。なんといっても、牢獄上がりの騎士達の風体はどうみても不審だった。


 案の定、向かいからやって来る旅人には奇異な目で見られた。

 とはいえ、それだけで済むなら安いもの。ベスカダから追手が来れば、所在を通報されるかもしれないのだ。そこはもう、諦めて開き直るしかなかった。


 さて、七十人を超える大所帯となれば、困るのは食糧である。

 元々の想定は三十人の部隊。拠点を築くために別働隊を作った際、当然食糧も分けている。もちろん、牢獄にいた騎士達が食糧を持っているはずもない。

 以上より、現状に困窮(こんきゅう)するのも当然だった。


 しかし、対策は至って単純。

 途中の町で行商を装い、必要なものを購入するだけである。

 目立たぬよう少人数で買い物する必要があったが、ここでは騎士達が活躍してくれた。彼らは地元民であり、服装さえ整えれば自然に買い物もできるというわけだ。


「早く決着をつけないと、干上がってしまいますよ」


 もっとも、ナイゼルは用意した資金が尽きるのを気にかけていた。さすがの彼も、他国の通貨までは余分に準備できなかったらしい。

 そして、買い物はできても宿は取れない。何十人で宿を取れば、どうしようもなく目立つからだ。起きたら敵兵に包囲されていたというのは、さすがに御免こうむる。


「まあ、そもそも泊まるような路銀もないんですけどね」


 というのは、ナイゼルによる補足である。

 例によって、街道を外れた森の中でソロン達は野宿するのだった。


 *


 騎士達を含んだ一行は旅を続けた。

 フラガに近づくに従い、敵兵との遭遇を恐れて街道を外れる。南の山脈に沿うように歩いたのだった。

 幸いにも途中で、追手が来ることもなかった。メリューの耳によれば、監視されている気配もないらしい。ひょっとして、脅しが効いたのか。はたまた道を外れたことで、やり過ごせたのか。


 ともあれ、順調な旅といってよいだろう。

 四日目にはフラガの横を通り過ぎ、そこから一日かけてイドリスの国境――ミュゼック砦へと近づく。そうして、目的の拠点を間近にしていた。

 拠点の正確な所在は実のところ、ソロンもよく知らない。別働隊には地図を元に、おおよその地点を指示していただけだったからだ。


 しかし、それも心配はいらないだろう。こちらから発見するのは難しくとも、彼らは見通しのよい山の上にいるのだ。


「ソロニウス殿下っ!」


 案の定、すぐにソロンを呼ぶ声が聞こえた。

 山の上側から駆け下りてくる男達の姿があった。別働隊の仲間達である。こちらを迎えようと見張っていてくれたのだ。

 再会を祝い、仲間達の先導を受けて山中を歩く。竜車がゆくには少し狭い山道だったが、それでも進み続けた。


 山を二時間ほど登り、裏手へと回り込んでいく。敵に察知されないよう、拠点は死角になる山の南側に築いていたのだ。


「おお、絶景だな」


 南に広がる光景を見て、メリューが声を上げた。

 黒雲の下に広がる荒野には、黒い亀裂が縦横無尽に走っている。まるで幼子が爪で引っ掻いたように、亀裂は無秩序に伸びていた。

 ソロン達は、深淵の荒野を北側から臨んでいたのだ。

 その光景には、もちろんイドリス川や深淵の大穴も含まれていた。


「ほんと凄いね。よくあんなところ通ったもんだよ」


 ソロンは感嘆の声を上げた。高所から見れば、自然の驚異が一層に強く伝わってくる。たどった道を思い、今更ながら怖気が背筋を走ってくる。


「どこからわが国へ入ったのか疑問だったが……。貴様ら、まさか深淵の荒野を踏破したのか……」


 レムズは狂人を見るような目で、こちらを見ていた。どうやら、レムズですら無謀と見なすような暴挙だったらしい。犠牲者がなかったことを喜ぶほかない。


 そこからすぐに目的地は見つかった。

 拠点には既に多くの小屋が造られていた。

 木の柱の上に布をかぶせたような簡素な小屋。それでも、持ち前の竜車に積んであるテントと合わせれば、全員が十分に宿泊できそうだった。


 人の住居だけではなく、拠点には馬屋も用意されている。戦いにおいては馬達も重要な戦力であり、粗末な扱いはできなかった。もちろん、走竜用の竜屋も完備されている。

 こういった拠点は人間の兵士達に指示を出して、構築したものだ。工作に優れた彼らは山の木を切り倒して、これらの施設を造り出したのだった。


「立派な拠点ができましたね」


 ナイゼルはそんな拠点を満足そうに眺めていた。


「ふん。この俺が掘っ立て小屋暮らしとはな」


 ところが、レムズは自嘲(じちょう)するように鼻を鳴らした。


「おや、ラグナイの王子様はベッドのあるところでないと眠れませんか? そこにいるソロニウス王子などは、どこだって眠れますよ。わが主人はこう見えて、なかなかたくましい男なのです」


 ナイゼルがソロンを引き合いに出して、そんなことを(のたま)う。

 ちなみに、ソロンがどこでも眠れるのは事実だ。……が、それはたくましさの証拠ではない。単に生理的欲求に素直なだけである。


「ぐっ、馬鹿にするな。騎士たる者、眠る場所は選ばん。土の上だろうと、(まき)の上だろうと、邪教を倒すためとあらば。ましてや、愛する御方のためとあらば!」


 レムズはナイゼルの挑発にあっさり乗った。

 もっとも、彼にしても道中は簡素なテントの中で野営している。小屋があるだけマシというものだろう。


「眠るだけで大袈裟な奴よのう」


 メリューが呆れ顔で溜息をついていた。


「よく分かんないけど納得してくれたんだよね。それじゃ、さっそくだけど会議といこうか。みんなで小屋の中に集まって欲しい」


 話題の終わりを見て取って、ソロンは提案した。


 *


 小屋の中には、申し訳程度に机が用意されていた。兵士達が木材を加工して、急ごしらえしたものだろう。

 もっとも、机はあっても椅子はない。地面に敷かれた布の上に、ソロンは足を組んで座った。他の者達も同じようにして、机を囲んでいく。


「レムズ王子」


 全員が座ったところで、ソロンは話を切り出した。


「なんだ?」

「君は敵に回った騎士達とも戦う覚悟があると言っていた。けど、それだけじゃない。ザウラストと戦えば、結果的に君の家族や知り合いにも害が及ぶかもしれない。それだけは、正直に話しておきたいんだ」

「しつこいぞ、ソロニウス」


 レムズは鼻で笑った。


「――そんなことは俺が一番よく知っている。ザウラストと父上をたやすく切り離せないのは、この目で見ていたからな」

「そっか……。愚問だったみたいだね」

「甘い男だな、ソロニウス。俺の行動は、後世で売国奴と(ののし)られるかもしれん。だが、わが祖国が邪教の手に落ちる前に、誰かがザウラストを殺さねばならない。立ちふさがるなら、父や兄とて斬り捨てるまでだ」


 レムズは肉親と戦う決意を力強く語り切った。

 しかし、ソロンが気になったのはそこではなかった。


「そなたが言うザウラストとは、もしや教団の教祖のことか?」


 先に質問をしたのはメリューだった。

 今まで、ザウラストといえば教団そのものを指すことが大抵だったのだ。けれど、『殺す』という表現は個人に向けられているとしか思えなかった。


「それ以外に誰がいるというのです。あの男さえ殺せば、邪教は瓦解(がかい)する。それをやるのは私しかおりますまい」

「見たことあるんだ、ザウラストを!?」


 ソロンも何度となく名前を聞いたが、得体の知れない人物だった。四百年前にドーマ連邦から追放され、今に至るまで存命しているという。その一端が明らかになるのだろうか。


「ああ。普段は姿を隠しているが、俺達王族は特別扱いらしくてな。見た目は若い男だが、わが父の若き日より姿は変わらぬと聞く。何の亜人かも知らんが、得体の知れん奴だ」


 レムズは嫌悪感をあらわに語った。


「ザウラストは、私と同じ銀竜族だ。もっとも、私には半分ほど人間の血が流れているがな」


 口を挟んだメリューを、レムズが意外そうに見た。


「あなたと、ザウラストが……?」

「うむ。ザウラスト教団は、遥か北のわが祖国で(おこ)った組織だ。そして代々わが一族と対立してきた。不倶戴天(ふぐたいてん)の敵と言ってもよいだろうな」

「そうか……。まさかザウラストにそんな経緯があったとは……。我々と力を合わせて、ザウラストを倒しましょう」


 レムズはいかにも好意的に、メリューへと手を伸ばした。


「う、うむ」


 メリューもしぶしぶながらその手を握った。

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