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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第九章 深淵を越えて
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騎士の沽券

「ふぅ……。うまくいったようですね」


 外壁の向こうに待っていたナイゼルが、安堵(あんど)の息を吐いた。

 少し離れたところには大勢の騎士達も集まっており、その中心にはレムズの姿があった。


「仲間がいたとは、準備がよいな」


 レムズはソロンに近づき、ナイゼルのほうをちらりと一瞥(いちべつ)した。


「ええ。イドリス一の魔道士、ナイゼルと申します。レムズ殿下、以後お見知りおきを」


 ナイゼルは卒なく挨拶をするが、レムズはナイゼルの足先から顔までをじろりと眺めて。


「ナイゼル……。確か、先の戦いでサンドロスの軍師を務めた男だったな」

「おや、ご存知だったとは光栄です。かつての敵同士とはいえ、しばらくは味方。どうか仲良くしていただければ」


 ナイゼルは柔和な笑みを浮かべ、レムズへと手を差し出した。

 ……が、レムズはそれに応じず、手を引っ込めたままだった。


生憎(あいにく)、男と手をつなぐ趣味はない。だが、心配はするな。目的を果たすまでは協力してやる」

「つれない方ですねえ……」


 渋々ナイゼルは手を引っ込めた。


「ここで長話もなんだし、まずは離れるよ」


 仲間達を()かして、ソロンは歩き出した。


 騎士達も合わさった結果、何十人もの大所帯となった。大半を占める騎士達の統率は、レムズに任せることになる。

 その場には竜車が用意されており、ナイゼルもいつものように乗り込んだ。もちろん、作戦の開始前から仲間達が用意してくれていたのだ。


「どこへ向かうつもりだ」


 ソロンの隣に並んだレムズが尋ねてくる。


「ひとまず南の山中に向かう。そっちに拠点を造ってるんだ」


 足を止めずにソロンは答えた。

 仲間の人間達とは事前に別れ、南の山中へ拠点を築くよう指令を与えてある。一同そろってそちらへ合流する予定だった。


「その後はどうするつもりだ」

「ラグナイ軍が、今もイドリスへ攻撃をしかけているはず。僕らはその後方を突く。戦場はミュゼック砦からフラガのどこかになると思う」


 ソロンはそう言いながら、慎重にレムズの顔を(うかが)った。

 実際のところ、ラグナイの攻め手には騎士が含まれているという。ザウラスト教団を憎むレムズ達だが、自国の騎士と進んで戦ってくれるかは不透明だ。


「ふむ……」


 レムズは考える素振りを見せた。猪突猛進な嫌いのある彼だが、それでも指導者として思うところがあるのだろうか。


「ラグナイ軍の中には、もちろんザウラストに従う騎士達も含まれている。戦いになるかもしれないから、それは忠告しておくよ。嫌だったら、ここで別れてもらっても構わない」


 ソロンはあえて踏み込んだ。たとえ今、取り(つくろ)ったところで、後に(いさか)いの種となるだけだろう。

 それに今や、レムズ達のほうが大人数なのだ。力で従わせるのも難しい以上、正直に話して協力を頼むしかない。


「そんなことは先刻承知だ。俺が決起してからも、邪教徒ばかりと戦っていたわけではないからな。……その拠点とやらに向かうぞ。先導はお前がしろ」

「了解。けど僕は後ろに付くから、他の仲間に付いていって。疲れている人がいたら、馬もいくつかは貸せるから」

「俺達が信用できんか?」


 レムズがかすかに眉をひそめた。どうやら、ソロンの意図を騎士達の監視か何かと理解したらしい。


「えっ? どっちかと言うと追手が心配なんだけど……」


 ソロンは怪訝(けげん)な声を上げて、後ろを振り向いた。

 今のところ、追手がかかる様子はない。敵もあれだけの被害を受けた上、最後に脅しもかけておいた。新たな追手を放つには、時間がかかるはずだ。

 それでも、警戒するに越したことはない。


「ふん、そういうことか。いいだろう」


 レムズはソロンの意図に納得したらしく、それ以上は言わなかった。


 *


 予定通り、南に向かって街道を進んでいく。

 先頭はナイゼルが乗る竜車と、それを囲む仲間達だ。

 その後ろには大人数の騎士達が連なっているが、その大半は馬も鎧もない虜囚(りょしゅう)のままの姿である。傍目(はため)には、とても騎士とは見えないだろう。


 馬についてはソロン達も多少の替えは用意していた。しかしながら、これだけの人数を乗せるられる用意はさすがにない。自然、行軍は徒歩を基準にするしかなかった。

 その徒歩にしても、あえて急ぎはせず普通の速度を保つようにしてある。


 牢獄暮らしだった騎士達は体力が衰えているし、そもそも彼らは敗残の身なのだ。戦いでケガをした者もいる以上、強行軍は困難というものだ。

 進行が遅れたら、追手に追いつかれる可能性は高まる。けれど、もし追手が来てもまた追い返せばいい。ソロンはそうやって腹をくくっていた。


 そうして、ソロンは馬にも乗らず、騎士達の背後を歩いていた。時折、後ろを(うかが)って警戒するが、今のところベスカダから追手が来る気配はなかった。


「そこまで気を張らんでもよいぞ。私の耳は些細な物音も逃さん。気配を察知すれば、そなたに伝えてやろう」


 ソロンの様子を見て、メリューが尖った耳を立てた。慣用句ではなく、動物のようにピンと立てている。自分の意思で耳は動かせるらしい。


「そう? 何から何まで悪い気がするけど……。第一、君も疲れてるじゃないか」


 メリューは自分の足で歩く気力がなかったらしく、今は乗馬の身だった。先程の脱出劇が終わってから休憩もないため、疲れが溜まっているのだろう。

 それでも、ソロンに並んで最後尾を守ってくれていた。


「否定はせんが、音を拾う程度なら大した負担でもない。……しかし、そなたらは疲れないのか? 先程、あれだけ暴れたであろうに」


 そう言ったメリューは、呆れと(うらや)みを合わせた目をこちらへ向ける。


「いや、数は多かったけど大した相手じゃなかったしね。少しは疲れたけど、普通に歩くぐらいなら支障ないよ。……レムズ王子は元気そうだね」


 ソロンはあえてレムズへと話を振った。

 彼はなぜだか、ソロンの横に付いて一行の背中を守っていた。こちらを見定めているのか、あるいはソロンだけに殿(しんがり)を任せたくないのか。その胸中は(うかが)い知れない。

 ともあれ、苦手意識があろうとも、今は目的を同じくする同志である。会話を避けていては、協力関係も築けないだろう。


「当たり前だ。これしきで弱音を吐くようでは、騎士とは言えまい」


 実際、さすがのもので全く息を荒げていない。しかしながら、言い方が尊大過ぎて、会話をつなげる気が失せる。


「なんと言うべきか。そなたら、人間離れしておるよな」


 人間の血が半分だけ流れているメリューが、そんな皮肉を投げかけた。


「人間の領分を越えるべく、たゆまぬ研鑽(けんさん)をする。メリュー殿、それが騎士道というものです」

「そ、そうか……騎士道は奥が深いのだな」


 メリューはいかにも適当な感想を返した。突然、声色(こわいろ)を変えて語り出すレムズを気味悪がっているらしい。

 それから、メリューはふと思い出したように。


「――時にそなた、その剣はもしや星霊銀か?」


 彼女の視線はレムズの腰へと送られている。そこには、彼が聖剣と呼ぶ白光の剣が吊られていた。

 星霊銀とは呪い――つまりは呪海の力を振り払う金属である。見た目は銀に似ているが、その秘めた力はザウラスト教団との戦いに欠かせなかった。


「星霊銀という言葉は存じませんが、わが国では白光銀(びゃっこうぎん)と呼んでいます。伯父上が昔、遺跡から発掘した物で、邪教の術を打ち破る効果があるのだとか」

「それが混沌(こんとん)を払う金属だというなら、星霊銀に違いあるまい。あの灰の聖獣とやらを、一撃で(ほうむ)ったわけだからな」


 メリューの説明に、ソロンも納得する。


「ああ、そっか。僕も去年、似たような剣を使ったよ。帝都の事件の時だけど、神獣を倒した反動で砕けちゃった。鏡にしたり、矢尻にしたり、剣にしたり――星霊銀にも使い道がたくさんあるんだね」

「ほう……。貴様、二体も神獣を倒しているのか?」


 レムズが言う二体目とは、イドリスで倒した神獣のことだろう。レムズと刀を交えたのは、その直後だが、彼も聞き知っていたらしい。


「それだけではないぞ。わが祖国においても、こやつは神獣に等しいものを仕留めておる。そろそろ、神獣殺しの異名を名乗ってもよいぐらいだな」


 なぜだか、メリューが誇らしげに語った。

 ちなみに、神獣に等しいものとは獣王のことだろう。カオスの結晶を飲み込んだ獣王は、極めて神獣に近い力をまとっていた。


「いや、なんか変な呼び名増やさないでよ。あの蒼炎(そうえん)のナントカってヤツ、ミスティンのせいで迷惑してるんだよね」

「そうか? 私も悪くないと思うがな。……ともあれ、星霊銀の剣を持つ者が仲間にいるのは心強い。頼りにさせてもらうぞ、レムズとやら」

「お任せください、メリュー殿。先日の戦いでは不覚を取りましたが、次こそは神獣にこの剣を突き立ててみせましょう」


 レムズは力強く言い切った。

 フラガで出会った女給によれば、レムズの蜂起(ほうき)は神獣によって潰されたという。次こそは――というのは、それを指しているのだろう。


「もちろん、僕だって協力するよ。一緒にザウラスト教団を倒そう」


 ソロンは嬉しくなって手を伸ばした。やはり、彼は目的を同じくする同志なのだ。きっとうまくやっていけるだろう。


「言ったはずだぞ、ソロニウス。俺は男と手をつなぐ趣味はない」


 ……が、手はあえなく払われた。


「そなたも固い男だな。握手ぐらいしてやってはどうだ? そやつは、その辺の女よりも美しい顔立ちをしている。そう考えれば問題あるまい」

「いや、取り成してくれるのはありがたいけど、その理屈はちょっと……」

「メリュー殿。あなたの言にも一理ありますが、例外を認めては騎士としての沽券に関わる。美醜(びしゅう)が性別の基準を越えるなど、あってはならんのです」


 レムズは生真面目に答えたが、ソロンが納得できるはずもない。


「いや、どこに一理があったの?」

「仕方あるまい。握手なら私がしてやる。気を取り直せ」


 憤然とするソロンの手に、小さな手が添えられた。気の毒そうな顔をしたメリューが、そっと握ってくれたのだった。

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